株式会社リコー「困りごと」を掘り起こす
協力隊の目

  • グローバル人材の育成・確保

株式会社リコーでは、多様な人材が活躍できる職場づくりを進めるため、ワークライフ・マネジメントを推進している。そのための制度の一つにボランティア特別長期休暇制度があり、これまでに9人の社員がこの制度を活用し青年海外協力隊に参加した。ビジネスソリューションズ事業本部新興国事業センター所長の清水潔(しみず・きよし)さんに、社員が協力隊に参加することの意義、そして帰国した社員に期待することなどについて聞いた。

先進国と新興国で異なる製品機能

当社は、複合機やプリンターなどのオフィス向け機器を中心に革新的な商品とサービスを提供してきました。世界の約200の国と地域で、約11万人の従業員がそれぞれの地域に密着した販売・サポート体制を構築しています。

このようなことを言うと、すでにグローバル化が行き届いた企業のように聞こえるかもしれませんが、決してそうではありません。当社に新興国事業センターが設置されたのは2014年で、つい最近のことです。その目的は、新興国の需要を掘り起こすことです。これまで力を入れてきた日本や米国、欧州などのマーケットを対象とした商品開発には、より早く、より美しく、ソフトウェアとの親和性がより良いものをというように、現行モデルに機能を付加していくことが求められてきました。しかし新興国に限って見ると、それは必ずしも当てはまりません。

たとえば、国によっては質の良いものから悪いものまで100種類以上の紙があり、そうした国では、あらゆる紙が紙詰まりすることなく使えるプリンターや印刷機が求められています。あるいは、非常にほこりっぽい環境でプリンターや印刷機を使う国では、ほこりに強い構造にしなければならないし、インフラ整備が進んでいない国では、輸送の際にでこぼこの道路で大きく揺れても壊れない丈夫さに加え、梱包方法にも工夫が必要です。

こうした新興国特有のニーズをうまく掘り起こし、商品開発につなげていけば、その技術を先進国の商品開発にフィードバックすることも可能です。新興国事業センターではこういった考え方のもと、新興国マーケットのニーズ調査と商品開発を進めており、われわれがターゲットにしている国の中には、青年海外協力隊の派遣国も含まれています。

異文化の中で暮らすことで見えてくるニーズ

気候や文化・慣習など環境の違いから、われわれが提供する製品やサービスがうまく使えないという開発途上国や新興国特有の「困りごと」は、その国で生活してみて初めて見えてくるものです。先ほどの紙の質やほこり、道路事情などの話は、まさにその典型です。アメリカやイギリスなどの先進国で暮らしても、こうした「困りごと」に直面することはないでしょう。途上国や新興国のニーズを掘り起こすためには、こうしたことを肌で感じてきた人たちが持ち帰る情報が鍵になってきます。

われわれがターゲットにしているのは経済規模が拡大している新興国ですが、青年海外協力隊が派遣されている国は新興国よりも開発途上国の方が多いかと思います。しかし、今後まちがいなく、多くの途上国が新興国の仲間入りを果たすでしょう。そうした意味では、新興国であっても途上国であっても、その経験が貴重であることに変わりはありません。協力隊員は、現地での活動や生活を通じて先進国では想像できない「困りごと」を数多く経験しているはずです。その経験こそが、新興国や途上国のニーズの掘り起こし、魅力的な商品開発につながるのだと思っています。

こうしたビジネス的な側面に加え、社員の協力隊参加を通じた社会貢献にも取り組んでいきたいという考えもあります。協力隊やシニア海外ボランティアへの参加は、リコーが掲げる次世代の育成、地域コミュニケーションの発展という社会貢献の方向性にも合致したものです。

これまで、ボランティア特別長期休暇制度を活用し協力隊に参加した社員は9名で、うち1名が活動中です。インフラも整備されていない途上国で、現地の人と共に活動してきた協力隊経験者には、他の社員にはないたくましさがあります。現地の人と対等に渡り合い、計画を立て実行に移してきた交渉力や行動力を、今後、ビジネスの現場でも発揮してくれるものと期待しています。

会社としての課題は、協力隊活動を終え帰国した社員の受け入れをどうするかということです。協力隊に参加してきた社員を、帰国後、その経験を十分に生かせない部署に配属しても意味がありません。また、途上国でのボランティア経験を個人の経験で終わらせず、会社の経験、情報として蓄積し、社員間で共有していくための仕組みも必要です。会社として、こうした姿勢や仕組みを整備し、帰国後の活躍をイメージしやすくすることで、ボランティア特別長期休暇制度を活用し青年海外協力隊に参加する社員をもっと増やしていきたいと考えています。

JICAボランティア経験者から
新興国事業センター 竹田佳代(たけだ・かよ)さん

「彼らのために」という気持ちがビジネスに厚みを持たせる

2014年10月から2016年9月までの2年間、ボランティア特別長期休暇制度を活用して青年海外協力隊に参加しました。派遣されたのは中央アジアのキルギスで、職種は地域活性化を目的とした「コミュニティ開発」でした。協力隊に応募したのは入社から3年が経った頃です。学生時代にフィリピンの孤児院を支援するNPOでボランティア活動を行っていたこともあり、国際協力に関わりたいという思いがずっとありました。

営業として3年間働いてきた中で、モノをつくり続けている私たちの経済活動が少なからず自然環境を悪化させているのではないかというジレンマを抱えていました。「この経済システムから脱却するためのモデルが、世界のどこかにあるのではないか。自然環境に優しい経済活動を考えてみたい」という思いも重なり、協力隊へ応募しました。

派遣先にキルギスを希望したのには理由がありました。実は子どもの頃からシルクロードを馬かラクダで旅することに憧れていて、大学ではオスマントルコ史を専攻し、トルコにも留学しました。キルギス語はトルコ系の言語ということもあり、キルギスで協力隊を募集していることを知った時には「私のための要請だ」と感じたのです。

赴任先は、首都のビシュケクから車で4時間ほど走ったところにあるチョルポンアタという町で、「一村一品運動を通じた地域活性化」が私の活動でした。ところが職場に行ってみるとそのような仕事はなく、キルギス人の同僚から言われたのは「あなたを呼んだのは、プロジェクトの企画書を書いてJICAからお金を取ってきってほしいから」という言葉。協力隊では「自分はいったい何のために来たのだろう」という場面に直面することがあると聞いていたのですが、私もまさにそういった状況でした。

しかし、頭でいろいろ考えても解決策は見つからないと思い、とりあえず外に出て町を知ることから始めました。そうしているうちに、チョルポンアタは観光地であるにもかかわらず情報発信が不十分であるなど、決して旅行しやすい町ではないことに気が付きました。観光地ゆえに季節労働が多く、安定した職がないことも見えてきました。

こうした問題を解決するためにまず取り組んだのが、インターネットを活用した情報発信です。観光サイトや公式フェイスブックを開設し、地図やパンフレットなどを作成しました。また、一村一品運動として地域の特産品を使った観光客向けのお土産用のジャムや手工芸品などを販売しました。さらに、マーケティングや商品企画の重要性を理解してもらうため、日本での経験を生かして営業セミナーを開催しました。こうした取り組みもあって、一村一品運動でちょっとした雇用を生み出し、生産したお土産の売上げを伸ばすなどの成果も残すことができました。

キルギスでの活動を通じて私が得たのは、何もないところから現状を考察し、必要な仕事を自ら考える力です。私がどんなに頑張っても彼らが望む「JICAからお金を取ってくる」という結果を出すことはできないわけですから、そこは潔く諦めるしかありません。一方で、私自身も何かしらキルギスの人たちのために役に立ちたいという思いもあるので、やったことがないことでもとりあえずチャレンジする勇気が必要です。そしてこうした中で、「信頼とは現状を受け入れて寄り添うところから生まれる」ということにも気づきました。

赴任前に感じていた「私たちの経済活動が自然環境を悪化させている」という問題意識についても、キルギスの人たちの生活に触れたことで、解決につながる大きなヒントが得られた気がします。キルギスの人たちは、ナイフ1本で鍵穴の修理も大工仕事も料理もしてしまうというように、モノを買うのではなく、同じモノでもいろいろな使い方をすることで上手に暮らしています。私たちの経済活動も、ハードを買い替えるだけではなく、ソフトによっていろいろな価値や機能を加えるような商品づくりができるのではないかと、今は考えています。

帰国後は新興国事業センターに配属となり、新興国の業績分析を担当しています。協力隊に参加する前に在籍していた営業部では、売上げを伸ばすことが最大の目標だったわけですが、今は、リコーの技術や知識を私たちが事業を展開する国のために役立てたいという思いが強くなりました。協力隊に参加したことでキルギスが私にとって特別な国になり、これからも何らかの形でキルギスの人たちのために役に立ちたいと考えるようになったことが影響しているのかもしれません。こうした思いが、結果的にビジネスに厚みを持たせ、多くの人たちをあらゆる意味で豊かにすると信じています。

活動地となったチョルポンアタにあるソンクル湖(写真奥)には、年間8万人の湖水浴客が訪れる

竹田さんが配属されたチョルポンアタ市役所

一村一品運動でお土産として販売したフェルト帽子を手にする竹田さん(写真右)

関係者向けに開催した「営業セミナー」では、開発したお土産を売るために必要な商品企画やプロモーション方法などを伝えた

PROFILE

株式会社リコー
設立:1936年
所在地:東京都中央区銀座8-13-1(本社)
事業内容:複写機、プリンター、印刷機、FAX、スキャナ、光学機器、半導体、デジタルカメラの製造など
協力隊経験者数:9人(2017年1月現在)
HP:http://jp.ricoh.com/

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