一般財団法人たらぎまちづくり推進機構山と川、田んぼ、そして人
地方の「当たり前の日常」に
付加価値を見出して情報発信

  • グローバル人材の育成・確保

過疎化と人口減少が進む地方都市において、次世代が地域に魅力を感じる「持続可能性」を育てることは喫緊の課題だ。一般財団法人たらぎまちづくり推進機構(通称、たらぎ財団)は、熊本県の南部に位置する球磨郡の多良木町が100%出資して設立した地域商社。2020年10月の設立以来、「人材育成・関係人口創出事業」と「商品高度化事業」、「ふるさと納税事業」の3つの事業に取り組んでいる。2022年、財団の活動を更に促進するため、JICA海外協力隊派遣前実習として国内の地域活性化や地方創生の課題に取り組む「グローカルプログラム(派遣前型)」の受け入れ団体となった。同財団の立ち上げメンバーであり、グローカル実習生と活動をともにした、業務執行理事の栃原誠さんに話を伺った。

25年間で人口が4分の3に減少
地元消滅を回避する「ストロングポイント」とは

山と川があって田んぼがある―私たちの住む多良木町はのどかで良いところですが、全国どこにでもある田舎の風景だとも言えます。私が町役場に入った1995年当時12,000名弱だった町の人口は、25年後の現在は約9,000名にまで急減しています。多良木町が属する熊本県の人吉・球磨地域の市町村はすべて「消滅可能性都市」とされているのです。「消滅可能性都市」とは、日本創成会議が2014年5月に発表した資料になります。

自然豊かな風景だけでは差別化できないのであれば、どうすればいいのでしょうか。ストロングポイントになり得るのは「人」しかないと私は思っていますが、縁もゆかりもない方にいきなり移住してもらうのはハードルが高すぎます。住まなくても何らかの形で多良木町に関わってくれる、いわゆる「関係人口」を増やしていくことが必要です。

町内にも面白い人やモノはたくさんあります。例えば、何年も連続して農林水産大臣賞などの受賞をしているしいたけ農家の方、九州地区のお米食味コンクールで4連覇を果たしている米農家グループ、「球磨焼酎」は国内でも数銘柄しかない地理的表示(GI)ができる希少な焼酎などがあげられます。しかし、こうした「スゴさ」を情報発信し切れていない現状があり、またそれらが持つ魅力を魅力として実感するには、外部の視点を持つ優秀な人材が必要です。地域と都市部のハブ役になりつつ、地域で面白いことをしている人に注目して発信する―たらぎ財団(以下、財団)の事業は今、このフェーズにあります。地元の子どもたちが進学や就職で町外に出た後、キャリアのどこかで「地元に戻るかどうか」を考える時がくるはずです。その時に町で面白いことをやっている元気な人がたくさんいれば、「戻ろうかな」と思ってくれるかもしれません。

業務執行理事の栃原誠さん業務執行理事の栃原誠さん

「外の人」の視点求めて受け入れ決意
「グローカルプログラム」から得られたこと

人吉・球磨地域でJICAの「グローカルプログラム(派遣前型)」(注1)(以下GP)が実施されることになり、実習生の受け入れに手を挙げた一番の理由もここにあります。私たちが当たり前のように見ている日常を、外の人に付加価値を見出してもらい、情報発信してほしいと思ったからです。その意味で藤田彩加さんは素晴らしい人でした。

情報発信のためには、まずは藤田さんに人吉・球磨地域と多良木町を知ってもらい、たくさんの人と話をしてもらわなくてはなりません。藤田さんはあらゆる機会を見つけてこの地域を練り歩き、財団の名刺をたくさん配ってPRもしてくれました。黒子に徹するという姿勢は、JICA海外協力隊の特徴なのかもしれませんね。藤田さんは「自分が目立つ」とか「自分の成果を上げる」というそぶりがまったくありませんでした。財団のミッションと戦略を自分なりにしっかり咀嚼し、町のために精一杯の活動をしてくれました。私だけでなく、スタッフと住民の誰に聞いても同じような高評価です。

具体的には、インスタグラム、Facebook、ツイッターなどのSNSを使った情報発信を担当してもらいました。今まではイベントなどがあった時のみに発信していたSNSですが、藤田さんは町の日常を切り取って1日3回という高頻度で発信、フォロワーを増やしてくれました。ヨルダンに出発する彼女が財団からいなくなった今、「藤田さんがせっかく盛り上げてくれたSNSをみんなでちゃんとやっていこう」と、気を引き締めています。

また、ふるさと納税の返礼品アイディア出しも藤田さんにお願いしました。アイディアから実際に返礼品になった商品もあります。多良木町内の事業者などとの交流で多くの情報を集めていた藤田さんは、事業者と財団をつなぐ役割を果たしてくれました。

地域にはいろいろな思いを持った人が住んでいるので、気を付けるべきこともあります。藤田さんのような実習生に、地域の人が過度な期待を持ってしまい、ハレーションが起きてしまうような事態は避けなければなりません。と言いつつも、行動制限もしたくない。私たちはとにかく情報共有を徹底し、事務所で毎日顔を合わせて話すほか、あらゆるツールを使ってコミュニケーションを取るようにしました。

協力隊に行く人たちが国内での地域活性化を学び、海外の地域でもその力を発揮するのがGPの目的だと私は理解しています。縁あって多良木町に来てくれた実習生に嫌な思いを抱えて帰ってほしくありません。受け入れ側がプログラムの価値を理解して、それなりの時間とパワーを注ぐ覚悟をすることが必須だと思っています。

藤田さんは障害者支援が専門です。他人との丁寧な関わり方は、キャリアの中で培われたスキルだと思いますが、財団での活動でも大いに役立ちました。多良木町にぜひ帰って来てほしい人材ですが、ヨルダンでの新たな2年間で心境の変化も出てくるかもしれません。藤田さんがどのような道を歩むにしても、私たちはこれからも彼女を応援していきたいと思っています。

JICAボランティア経験者から

グローカルプログラム実習生 藤田彩加さん
(ヨルダン/障害児・者支援/2022年度派遣)

与えられたチャンスは活かすだけ
ワクワクしながらプログラムに参加

小学生の頃、テレビで奇形児をホルマリン固定した病理標本を目にしました。障害を持って生まれただけで、そのような扱われ方をすることに疑問を持ちました。近所に障害を持つ子どもがいたこともあり、そうした経験から福祉の道を目指すようになりました。

大学では国際福祉を学び、卒業後は障害者施設や介護施設で実務経験を積みました。その中で、障害のある人たちも安心できる場所であれば笑ったり泣いたり、感情を率直に出してくれることを知りました。そういう居場所を確保することは誰にとっても大切なことです。「自分はここにいてもいいんだな」と思える場所がいろんなところにあれば、社会に生きるみんなが幸せになれる、そんな考えを持つようになりました。

2018年、JICA海外協力隊としてヨルダンに派遣されましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で緊急帰国。2022年に再びヨルダンへ赴きます。私はGPの1期生だったのですが、残念ながら専門とする障害者支援に関われる地域がありませんでした。しかし、与えられたチャンスは活かすだけ、生まれて初めての九州で学べることはきっとあるはずと、ワクワクしながらプログラムに参加しました。

GPの活動では、ふるさと納税の商品開発や情報発信などを任されましたが、私にとっては全くの異分野でした。栃原さんをはじめ、たらぎ財団(以下財団)の方々に「税金とは何か」から教えていただきました。町の魅力を発信する財団のインスタグラムでは、ふるさと納税の返礼品だけではなく、それを作っている生産者の方や田んぼ、空などを撮って掲載。どういう写真が評価されるのかを数値で確認し、財団メンバーと共有しました。私自身がSNSの初心者だったので、苦手意識がある人とも共感し合いながら取り組んだことも良かったと思います。

よそ者の私が商品開発や情報発信をするには、とにかく外に出て町を知らねばなりません。特に目的がなくても町内を歩くようにして、人とすれ違えばご挨拶。話しかけてもよさそうな雰囲気だったら「青森から来たんです」と私を知ってもらい、財団の名刺も渡してふるさと納税の返礼品も扱っていることをお話しました。

よく歩きましたから、地域のさまざまな方と関係性を作ることができたのだと思います。そのご縁で町内の障害者施設に訪問することが叶い、福祉観点の町づくりも提案することができました。嬉しかったのは、「実は子どもに障害があって…」と話しかけてくれたお母さんがいたこと。私の専門分野とGPがつながるとは思っていなかっただけに、アンテナを立てていると「どこかでつながる」ということを実感できました。

ヨルダンで障害児・者支援隊員として活動した藤田さんヨルダンで障害児・者支援隊員として活動した藤田さん

「毎秒」が学びと刺激の連続
新たな居場所ができた感謝

多良木町での経験は、毎日というより「毎秒」が学びと刺激の連続でした。まずは、私が日本のことを何も知らないことに気づかされたのが大きいです。青森県つがる市という寒い土地で生まれ育った私は、雪が降らない冬があることが想像もできませんでした。真夏が収穫期だと思っていたメロンが、熊本県では夏が来る前に出荷のピークが終わってしまいますし、とにかく夏は暑くて驚きました。

財団のメンバーも町の人たちも、遠く青森から来た私を受け入れて最初は緊張していたと思います。そんな関係からお互いの存在を居場所のようにしていくには、まずは私から話しかけることが大事でした。話しかけるタイミングや言葉遣いに注意しながら、誰よりも大きな声で挨拶し、相手の話もちゃんと聞くことを心がけました。

GPの活動では、いずれ任期が終わる私が主役になってはいけないとも思っていました。町の活性化という目標で言えば、それをこれから目指していくのは財団のメンバーや町の人たちですから、私は押しつけにならないように気をつけながら「こうすればこうなる」というきっかけや仕組みを作ることに徹したつもりです。

財団のメンバーをはじめ町の人たちが、ヨルダンに行く私の背中を押して、応援してくれています。今後の人生で何か困ったことや相談したいことがあったら、話を聞いてもらえる人たちが多良木町にできました。それは私にとって心強い武器です。町との出会いに感謝しつつ、私も町のためにできることをしていきたいと思っています。

※このインタビューは2022年9月に行われたものです。

注1:JICA海外協力隊の合格者向けOJTプログラム。希望者は協力隊訓練所での訓練開始前の一定期間、国内各地域の自治体・団体等の実施する地方創生など、国内課題解決に資する活動に参加することで、国内の地域活性化に関する知識と経験を習得する。また、開発途上国に派遣中の活動に必要なコミュニケーション能力や計画策定から実施、モニタリング、評価に至るPDCAサイクルの実践経験を積む。2022年9月現在、熊本県をはじめ全国8自治体にて実施が計画され、40名を超える協力隊合格者が参加している。

グローカルプログラム実習生の活動でヨルダンを紹介する藤田彩加さんグローカルプログラム実習生の活動でヨルダンを紹介する藤田彩加さん

PROFILE

一般財団法人たらぎまちづくり推進機構
設立:2020年
所在地:熊本県球磨郡多良木町大字多良木730−3
事業概要:
・商品高度化事業
調理師学校等との産学連携や高級料理店とのコラボレーション企画による、商品の高付加価値化と商品ラインナップ拡大の実施、専門家と地域住民によるECサイト構築や野菜定期便の導入などの事業実施
・人材育成事業
IT系の企業誘致に必要なIT人材や次世代に向けた人材育成を目的として起業予備大学などとの連携、若年世代を対象としたキャリア教育
グローカルプログラム実習生受入数:1人(2022年9月現在)
HP:https://taragi.net/
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