凸版印刷株式会社東南アジアへの事業展開と
インバウンド市場を見据えた人材育成

  • グローバル人材の育成・確保

凸版印刷株式会社は民間連携ボランティア制度を活用し、2013年度から毎年3人の社員を青年海外協力隊として開発途上国に派遣している。2015年度も3人の社員を派遣する予定になっており、これを含めて計9人という派遣人数は、同制度を活用している企業の中でも最多だ。そして2015年2月には初年度に送り出した社員が1年間の任期を終え帰国し、それぞれの部署で活躍している。人材育成の選択肢の一つに青年海外協力隊への派遣を選んだ理由、そして活動を終え帰国した社員に期待することなどについて、人事労政本部人財開発センター部長の岡本吉平(おかもと・よしへい)さんに聞きました。

グローバル事業の展開に欠かせない人材の育成

印刷会社というと、雑誌やポスターなどを印刷しているというイメージが強いと思いますが、事業内容は多岐にわたっています。現在当社は、従来の出版物や商業物の印刷のほかICカードやクレジットカードなどの企画、デザイン、発行、運用などを行う「情報ネットワーク」系、液晶テレビやタブレット、スマートフォンのディスプレイ関連製品や半導体関連製品などを提供する「エレクトロニクス」系、そして、機能性と環境適正に優れた商品パッケージを開発・製造する「生活環境」系の3つの領域で事業を展開しています。

しかしながら、少子高齢化やデジタル技術の普及に伴い日本の出版市場は縮小傾向にあるだけでなく、エレクトロニクス系と関連する液晶テレビも、海外メーカーとの価格競争が激しくなり、採算がとりづらくなっています。こうした背景もあり、当社は「グループを含めた構造改革の遂行」「新事業・新市場の創出」「グローバルな事業展開の加速」という経営課題に取り組んでいます。この3つの課題に共通したキーワードが“海外マーケット”ということになるのですが、残念ながら現在、当社の売り上げに占める海外の割合は17%程度と、まだ十分な水準に達していません。業種は違いますが、家電メーカーなど他の上場企業では海外の売上げが50%を占めているところもあることを考えると、当社も海外を意識したビジネス展開により一層、力を入れていかなければなりません。

そのために重要なのがグローバル人材の育成です。そこで当社は2011年度にトレーニー制度をスタートさせました。これは、入社3年目から10年目の若手社員を海外の現地法人あるいは代理店に1年間派遣して、海外ビジネスの理解、語学力、異文化適応能力などを身につけてもらうことを目的としたものです。しかし、当社の現地法人は中国や台湾に多くあるため、派遣できる国や人数がどうしても限定されてしまいます。トレーニー制度がスタートした2011年度と翌年の2012年度にそれぞれ10人の社員を派遣し、2013年度はさらに人数を増やしたいと考えたときに、たまたま新聞でJICAの民間連携ボランティア制度を知り、当制度と併せ、当社の人材育成メニューに青年海外協力隊という選択肢を加えていくことになりました。

人事労政本部人財開発センター部長
岡本 吉平さん

ボランティア活動を通じた個人の成長に期待

トレーニー制度で海外に派遣する社員は、グローバル事業に関係している事業部の推薦で選ばれます。海外の現地法人や代理店の数の問題から派遣できる人数が限られているため、ある種の優先順位をつけなければならないという事情があったのですが、グローバル事業に関わっていない社員は、本人が望んでも海外に派遣される機会はありませんでした。民間連携ボランティア制度を活用することを決めたのは、「海外に行きたい」「将来的に海外で活躍したい」という若い人材を掘り起こしたいという意図もあったのです。

2013年度に初めて青年海外協力隊への参加希望者を社内で公募したときには、50人の応募がありました。その中から、書類選考と面接を通じて選んだのは男性2人と女性1人の計3人です。将来的に事業展開を考えているインドネシア、マレーシア、ベトナムの3ヵ国に送り出しました。職種はインドネシアとマレーシアが「環境教育」、ベトナムは「マーケティング」です。結局、2013年度はトレーニー制度が16人、民間連携ボランティア制度が3人、計19人の社員を海外に派遣したことになります。

しかし海外派遣といっても、トレーニー制度と青年海外協力隊では活動の内容はまったく違います。トレーニー制度は、当社のグローバル事業を現地で経験することを目的にしているのに対して、青年海外協力隊は開発課題への貢献を目指したボランティア活動です。一義的には当社の事業とは直接関係したものではなく、あくまでも個人の成長を目的としたものです。一方で、世界の国々が抱える社会的な課題やニーズに応えるためのソーシャルイノベーションは、これから当社が取り組むべき領域だと考えています。開発途上国でボランティア活動に従事することが、こうした領域で将来的に活躍してくれる人材の育成につながるものと期待しているところです。

経験が生きる5年後、10年後を見据えて

2013年度に派遣した3人は1年間の任期を終えて、2015年2月に帰国しました。帰国後は派遣前に所属していた部署に戻り、以前と同じ業務に携わっています。私は彼らと同じ部署ではないので接する機会は少ないのですが、そんな私でも派遣前に比べてひと回り大きく、たくましくなっていることがわかります。組織の中にいると、上司がいて、与えられた仕事をやることが当たり前になってしまいますが、青年海外協力隊では現地の人と同じような生活を送り、現地の言語でコミュニケーションをとりながら、時には自分の仕事を自分で創出しなければならないこともあります。そうした過酷ともいえる状況の中で目的に向かって活動した達成感が、彼らの自信につながっているのではないでしょうか。

青年海外協力隊での経験が実際に当社の成長にどのようにプラスになっていくのか、現段階ではまだわかりません。おそらく5年後、10年後に答えが見えてくるのではないでしょうか。ただ帰国した社員が、JICAからの要請で派遣前訓練に講師として招かれたり、各種の取材を受けているのは、現地でしっかり活動してきた結果であると考えています。そうした意味では、今後当社事業にどのような効果が現れてくるのか楽しみです。

赴任先の国から帰国した社員を、会社によってはグローバル要員として海外事業部や現地法人に配置換えをするケースもあると聞いていますが、当社の場合、まずは派遣前の部署に戻ることを原則としています。以前やっていた業務であればこそ、それまでとは違った視点からさまざまな改善を取り入れて行けるのではないかと考えています。しかし、現地で身につけた生きた語学力やコミュニケーション能力は大きな宝物ですし、現地の文化や生活習慣を理解している人間というのは当社にとって貴重な人材です。今後、さまざまな場面で活用していきたいと思います。

グローバル化というと、これまでは海外の市場に展開するアウトバウンドが主流でしたが、近ごろは日本を訪れる外国人を対象にしたインバウンド市場が盛り上がりを見せています。“海外マーケット”は実は日本国内にも広がってきているのです。2020年の東京オリンピックに向けて、海外からいろいろな引き合いがあったときに、彼らの経験が国内でも大いに生かされるのではないかと期待しています。

JICAボランティア経験者から

いつか凸版印刷の社員としてインドネシアで活躍したい

もともと私は、海外にチャレンジしたいという希望を持っていて、民間連携ボランティア制度を活用した青年海外協力隊への参加を募る社内公募を知って、「これはチャンスだ」と思いました。運よく社内選考を経て初代派遣3名の中の1人に選ばれたときは、本当に嬉しかったことを鮮明に記憶しています。

派遣されることになったのはインドネシア・ロンボク島でした。「学校を巡回して地域住民と子どもたちに環境の啓蒙活動をしてほしい」という要請内容でしたので、当然、配属先であるロンボクの環境管理事務局は活動に積極的だと思って張り切っていました。ところが、いざ学校を巡回して活動しようとしても環境管理事務局は計画も何もなく、「学校から要請がないから」と言うばかりで思うように活動することができませんでした。

2ヵ月ほど「何しに来たのだろう」という状況が続きましたが、待っているだけでは前に進まないと思い、自らが行動することにしました。環境管理事務局の同僚に辛抱強く環境教育の重要性を訴えながら自分で学校巡回のスケジュールを作成し、学校を管轄している教育局と宗教局の認可を取りつけるところから始めました。そして教育局と宗教局から認可が得られたことでようやく活動が軌道に乗り、自らが行動を起こしたことで、配属先からの協力も得られるようになったのです。言葉で訴えることはもちろん大切なのですが、やはり行動で示していかなければ理解や賛同は得られないということを学びました。

現地の小中学校を巡回して環境教育の授業を行ったのですが、日本人はもちろん外国人もいない地域なので、私が行くだけで子どもたちはスターがやって来たかのように大騒ぎでした。そういう意味では子どもたちの関心を引き付けやすく、授業はしやすい環境でした。インドネシアの授業は先生が一方的に話すことが多いと聞いていたので、資料や教材はすべて自分で作成し、できる限り生徒たちとコミュニケーションを取りながら、グループワークやプレゼンテーションを取り入れるなどの工夫を凝らしました。

巡回をして多くの学校を見ていくうちに、もっと学校間で直接的なコミュニケーションがあれば生徒たちはもちろん、教員にとっても刺激になり、環境に対する意識もより高まるのではないかと思うようになりました。そこでロンボク島にいる他の協力隊メンバーと現地の人たちを巻き込んで実行委員会を立ち上げ、環境イベントも開催しました。イベントの企画や運営、スポンサー企業集め、テレビやラジオ、チラシなどを使った告知などは、すべて実行委員会で行いました。結果として、イベントには多くの生徒たちのほか、一般のお客さんも多く参加してくれただけでなく、メディアにも取り上げられるなど、大成功に終わりました。こうした活動には、凸版印刷で営業職として働いてきた経験がとても役に立ったと思います。

今後、インドネシアでの協力隊経験をどのように仕事に生かしていくかについては、正直、まだ手探りの状態です。ただ、行ったことがプラスだったという思いは確かです。何もないまっさらな状態から活動を組み立てたり、イベントを企画・運営したりしたことは、会社で仕事をしていたら絶対にできない経験であり、今後の営業活動に必ず役に立つと思うのです。

1年間の活動を経て、インドネシアという国が自分にとって特別な場所に変わり、企業人としての将来のビジョンも変わりました。例えば、首都ジャカルタでは地下鉄の建設が進んでいて、今後日本のようなICカードが普及していくはずです。それこそ、まさに情報ネットワーク系事業に強い当社の技術を生かせる分野です。すぐには無理かもしれませんが、いつか凸版印刷の社員としてインドネシアを舞台に活躍したい、という目標ができました。

営業本部首都圏担当 礒川 貴人さん
(平成25年度派遣/インドネシア/環境教育)

協力隊として派遣されたインドネシアのロンボク島では、学校を巡回し子どもたちに環境保全の大切さを伝えた

PROFILE

凸版印刷株式会社
設立:1900年
従業員:8,900名(単体:2015年3月末現在)
本社事務所:東京都千代田区神田和泉町1番地
事業内容:印刷テクノロジーをベースに情報ネットワーク、エレクトロニクス、
生活環境の3分野で事業活動を展開
HP:http://www.toppan.co.jp/
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