島根県海士町3ヶ月で共有した夢
隠岐諸島の通学路をトレッキングルートに

  • グローバル人材の育成・確保

島根県の隠岐諸島は、地質や生態系だけでなく人の営みを含めたつながりを評価され、2013年に「ユネスコ世界ジオパーク」として認定された。以後、環境保全や教育活動を通じて地域を活性化させていく取り組みが続いている。海士町は、そんな隠岐諸島に属する中ノ島の人口2,200名ほどの小さな町だ。近年、都会のような便利さはないが未来に必要なものは全てあるという意味の「ないものはない」をキャッチコピーに掲げ、高校選びの新しい選択肢である「島留学」など、独自の取り組みが全国から注目されている。海士町にて、JICA海外協力隊派遣前実習として国内の地域活性化や地方創生の課題に取り組む派遣前型OJT「グローカルプログラム(注1)(以下GP)」の受け入れ担当をしている、町役場・JICA国際協力コーディネーターである森田瞳子さんに話を伺った。

最大の売りは「人の良さ」
人が人を呼んでくる日本海の離島

海士町の最大の売りは、何と言っても「人の良さ」です。現在、町の人口の約2割以上を占めている移住者は、お世話好きの町民とのつながりがあって移住を決めることが多いようです。歴史的には「島流し」の地として知られていますが、最近では「人さらいの島」と呼ばれているほどです。

私自身、2021年3月に家族で奈良県から海士町に引っ越してきました。以前、JICAの仕事でケニアに駐在していたのですが、子どもを地域のみんなで育てる環境でした。国内でもそんな土地に住みたいと思っていた時、海外に行くはずだった友人が先に移住していて、「子育てにもすごくいい環境、仕事はすぐ見つかるから心配しないで」と誘ってもらいました。その言葉を信じて早々に引っ越したのですが、町民には「仕事も決めずに来たの?」と驚かれたものです。

最初は、ドイツ人の農家さんが経営する農園で英語の通訳と事務仕事を請け負い、そのご縁から町役場で他の農家さんの事務関連をお手伝いするようになりました。JICA国際協力コーディネーターに着任したのは2021年10月です。夫は島の公立高校で職を得ました。

2022年1月から始まったGPですが、22年9月までに9名の実習生を受け入れています。3ヶ月間のプログラムで1期生は2名、2期生(牧野さん含む)3名、3期生は4名受け入れと、毎回応募人数により受け入れ人数は変わっています。今回ご紹介する牧野稔さんは2期生で、4月から6月まで島に滞在してくれました。

GP実習生のような方々を海士町では「滞在人口」と呼んでいます。遠く離れていても関わってくれる人を指す「関係人口」とは違い、短期でもいいので島に滞在してくれる人たちのこと。その中から移住を決める方がいれば嬉しいことですが、入れ代わり立ち代わり新しい人がやって来ることも歓迎、という概念です。

多くの離島と同じく、海士町には大学はありません。多くの高校生が進学のために島を離れて戻ってこないことが長年の課題でした。しかし、そういった若者たちは島が嫌いなのではありません。島でどのような仕事があるのか、島での仕事が自分に向いているのかどうかがわかりにくい状況にあったからです。そこで、2020年から町役場主導で始めたのが「大人の島留学」などの制度です。20代の若者を対象に、海士町内で働きながら1年間暮らすことが可能な、就労型お試し移住体験です。2021年からは、隠岐島前3町村で連携し、広域的な事業として取り組んでいます。制度設立当初は、隠岐島前高校卒業生や島出身者を主な対象に始めた制度ですが、現在では全国各地の若者を広く受け入れています。「大人の島留学」制度は、制度創設から現在までの2年間で約200名の若者を受け入れました。令和4年度には年間約100名の若者が制度を活用し、滞在しています。

「大人の島留学」制度は、3年目で年間60名もの若者が島にやってくるまでになりました。海士町は20代30代が少ない人口構成なので、若い人ならではのアイディアやエネルギーを島にもたらしてくれています。今後は、令和7年度に年間200名の島留学生受け入れを目標にしています。

海士町役場・JICA国際協力コーディネーターの森田瞳子さん海士町役場・JICA国際協力コーディネーターの森田瞳子さん

自分で目標を設定して行動する
それが事業所や町のためになるのかも考える

「大人の島留学」制度は、町役場関連の就労先が多いのが特徴です。JICAのGPはそれとは差別化を図ったほうがいいと思い、私の個人的なつながりも使って多様な実習先を探しています。現在、実習生は6つのほどの事業所の中からボランティア先を選べる態勢です。実習生は3ヶ月間しか島にいないので、その間に目に見える形での達成感を得られる活動を各事業所と話し合って考えることになっています。

GPの実施にあたって気をつけているのは、実習生自身が目標を設定して行動すること。自分はどの事業所で何をやりたいのか、GP期間中にどこまで達成したいのかを考えてもらいます。やりたいことが本当に事業所や町のためになっているのか、これも考慮してもらうポイントです。独りよがりの活動にならないように注意しなければなりません。これらのことは、JICA海外協力隊としての派遣先での活動の練習になっていると思います。

牧野さんは、教育委員会所属のジオパーク特命担当として活動している宮岡健二さんのもとで、ひたすら竹を切り続ける活動をしました。宮岡さんが小学校時代に使った山の通学路を再整備して、隠岐ジオパークのトレッキングルートとして復活させるためです。彼の素晴らしさは、その心構えだと思います。自分がやりたいからというよりも、宮岡さんの想いに共鳴して寄り添い続けました。そして、山道の途中で休憩できる広場になるはずの、三角地帯の開墾を成し遂げたのです。観光地として公開するのはまだ先になりますが、町の人たちにはすでに大きなインパクトを与えています。利用する小学生がいなくなり、草木に覆われていた道が半世紀ぶりに開通したのですから。

牧野さんは、宮岡さんともすごくいい人間関係を結びましたね。GP実習が終わった後も、わざわざフェリーに乗ってここまで遊びに来てくれます。以前、ぶどう農園で活動した女性隊員も、派遣国のカメルーンに向かう前に自ら島に遊びに来てくれましたね。

今後の課題は、実習生が派遣国に旅立った後の関係性の継続です。派遣先と海士町をオンラインで結び、現地での生活の様子などを伝えてもらう機会を作るなど、あれやこれや考えています。

JICAボランティア経験者から

グローカルプログラム生 牧野稔さん
(スリランカ/サッカー/2022年度派遣)

新たな世界の人たちとの交流
地域のためになるような仕事

建設関連の会社員として、11年ほど働きました。当時は仕事に面白さは求めてはいけない、仕事とプライベートはきっちり分けるべきと思っていました。仕事一筋の11年間で、我ながらよく働いたと思います。いい上司や仲間にも恵まれましたが、誰のために働いているのか分からなかったのも事実です。「もういいかな」という思いから退職し、1年ほどダイビングや船舶免許の取得など、自分のやりたいことをしました。その時、自分は海や島が好きなのだと気づき、これからはやりたいことを我慢せずにやる人生を送ろうと思いました。

会社勤めの頃とは違う世界の人たちと交流したい、地域のためになるような仕事がしたい、そんな思いで探し当てたのが「地域おこし協力隊」(注2)です。関連項目をネット検索すると“海士町”のワードが何度も表示され、参加者のプロフィールを見るとJICA海外協力隊の経験者が多いことが分かりました。私は、いずれどこかの地域に根差して暮らし、そこに骨を埋めるつもりでいます。「地域おこし協力隊」は派遣先に定住するための制度ですから、まずは協力隊で海外の見知らぬ地域で2年間暮らしてみようと考えました。

私は海外旅行の経験がありませんので、協力隊として海外で活動するのが楽しみです。もともと島好きなので、マダガスカルや東ティモール、フィジーなどの島国ばかりを希望した結果、派遣国として決まったのがスリランカです。訓練所では、スリランカの公用語であるシンハラ語の猛特訓を受けましたが、頭に定着せずに今も困っています。これは現地で生活しながら覚えるしかないですね。現地の小学生から大学生までにサッカーを教えることになっていますが、私の腕もさび付いているため、練習しながら教えるつもりです。

牧野さんと教育委員会所属ジオパーク特命担当の宮岡健二さん牧野さんと教育委員会所属ジオパーク特命担当の宮岡健二さん

生粋の海士町育ちの方のストーリーに共感

GPでは、町役場の森田さんからさまざまな実習先を紹介いただきました。その中の一つが、教育委員会所属のジオパーク特命担当として活動している宮岡健二さんです。すぐに「これだな」と感じました。海士町はIターンの方々の活躍が目立ちますが、出来れば私は生粋の海士町育ちの方と一緒に活動をしたいと思っていたからです。そして何よりも、宮岡さんが小学生時代に使っていた山の通学路を復活させるという取り組みに共感しました。

島での住まいだった民宿から活動現場の日須賀地区までは、電動自転車で片道40分ほどです。自動車の運転は禁止されているため、雨の日は休みにしていましたが、ほとんど雨に降られることはなかったので毎日活動していました。朝10時頃、現場に到着。携帯電話で宮岡さんに業務開始の連絡を入れてから、草刈り機を使って下草や細い竹を切り、道や広場となるスペースを確保する作業を始めます。そうこうしていると、宮岡さんをはじめ地区の人たちが手伝いに来てくださり、みんなで作業を行うという流れです。

会社員時代はデスクワークばかりだった私ですが、手を動かして何かを作ることが本当は好きということに気づきました。JICA海外協力隊から帰国した後は、定住する地域を探しながら定年のない手仕事を見つけたいと思っています。

海士町での生活は、本当に楽しい思い出ばかりです。GP実習が終わってまだ3ヶ月程度、宮岡さんや森田さんに協力隊訓練の修了報告をしたかったこともありますが、今回のインタビューを受けて戻りたくなりました。これから海士町とどのように関われるのかはわかりませんが、少なくとも時々は訪れて「滞在人口」になることは間違いありません。宮岡さんたちと開拓した山道で、「隠岐ジオパーク」を体験できるツアーをやってみたいですね。私はスリランカ人観光客限定のツアーを担当させてもらおうかと思っています。

※このインタビューは、2022年9月に行われたものです。

注1:JICA海外協力隊の合格者向けOJTプログラム。希望者は協力隊訓練所での訓練開始前の一定期間、国内各地域の自治体・団体等の実施する地方創生など、国内課題解決に資する活動に参加することで、国内の地域活性化に関する知識と経験を習得する。また、開発途上国に派遣中の活動に必要なコミュニケーション能力や計画策定から実施、モニタリング、評価に至るPDCAサイクルの実践経験を積む。2022年9月現在、島根県をはじめ6道県にて実施が計画され、40名を超える協力隊合格者が参加している。
注2:都市地域から過疎地域等の条件不利地域に住民票を異動し、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこし支援や、農林水産業への従事、住民支援などの「地域協力活動」を行いながらその地域への定住・定着を図る、総務省主管の取り組み。隊員は各自治体の委嘱を受け、概ね1年以上3年未満の任期で活動する。2026年までに現在の6,000名から10,000名に増やす目標を掲げている。

グローカルプログラム生の牧野稔さん(スリランカ派遣予定)グローカルプログラム生の牧野稔さん(スリランカ派遣予定)

PROFILE

島根県隠岐郡海士町
所在地:島根県隠岐郡海士町海士1490
HP:http://www.town.ama.shimane.jp/
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