鳥取県南部町「第二の故郷」に思ってもらうこと
それこそが町の財産

  • グローバル人材の育成・確保

鳥取県南部町は、穏やかな自然に囲まれた暮らしが息づき、町全体が環境省の「生物多様性保全上で重要な里地里山」に選定されている。しかし、この地も少子高齢化と人口減少が課題となっており、20年前は12,000名ほどだった人口が、現在は約10,000名までに減っている。そんな町に賑わいを戻す取り組みを続けているのが、JICA海外協力隊の経験者を中心に組織されている公益社団法人青年海外協力協会(通称JOCA)。就労継続支援や放課後児童クラブなどの事業を展開している。JICA海外協力隊派遣前実習として、国内の地域活性化や地方創生の課題に取り組むOJT「グローカルプログラム(派遣前型)」受け入れは、南部町とJOCA南部のコラボレーションとして必然だったのだろう。
南部町役場企画政策課課長の田村誠さんに話を伺った。

少子高齢化と人口減少の町
ボランティア志す若者が良い刺激に

町の中で人を見る機会が減りました。町の人口密集地でも、2045年には半分になるという予測があります。町役場でも空き家対策や移住促進策を進めているのですが、人口減少に伴って役場の人員も少なくなっています。私が入庁した2001年には180名ほどいた職員が、今は約120名。この規模になると、縦割りに自分の担当業務だけをしていればいいという場合ではありません。町民の困りごとを自ら拾い、改善していく職員になる必要があります。そのためには「役場の中にいるだけじゃあかんよ」と若手職員にいつも言っています。行政の仕事ですから書類作りも必要ですが、それは切羽詰まってから私に相談すればいい、電話番も私がするので君たちはネタをつかみに外へ行けと。まずは町の人たちに顔を覚えてもらわなくては何も始まりません。特に、キーパーソンが集まるJOCA南部と7つの地域振興協議会(南部町独自の自治組織)には、毎週顔を出すようにして欲しいですね。

外に出て様々な人とコミュニケーションをするという点では、グローカルプログラム(注1)(以下GP)の実習生は、意気込みからして違いますよ。元々の性格もあるのかもしれませんが、見知らぬ土地でボランティア活動をするという志を持ち、実際に一歩踏み出した時点で能力が劇的に高まるのでしょう。

いつでもどこでも、知っている人にも知らない人にも話しかけるGP実習生の姿勢は、これからの時代の役場の職員にも必須です。彼らがいい刺激を与えてくれていると思います。新しい人が町に来て活躍すると、地域の人も徐々に熱を帯びてくるのです。

南部町役場企画政策課課長の田村誠さん南部町役場企画政策課課長の田村誠さん

挫折の経験が人を育てる
帰国後を心待ちに

2022年の7月から9月までの3ヶ月間、井上貴絵さんと松井美奈子さんの二人がGP実習生として、南部町で活動をしてくれました。私は挨拶先を尋ねられた程度で、後はほとんど何もしていません。JOCAが二人のミッションをサポートしているので、町から「これをしてください」とお願いしたこともありません。

この3ヶ月、町内のいたるところで二人の姿を見かけました。例えば、若者の社会復帰支援拠点である「いくらの郷」で体験メニューを手伝った井上さんは、伝統的な虫送りをもとにした「火祭り」に興味津々。祭事の目的や執り行い方など、町民に綿密にリサーチしながら積極的に動いていたのが印象的でした。こうした活動にはJOCAが付かず離れず見守っているので、行政側としては何の手間もかかっていません。

二人の報告会に参加した際、私がもっと深く関わればより成果が出たかもしれないと、彼女たちに申し訳なく思うこともありました。しかし、JICA海外協力隊の経験者であるJOCAのスタッフは、考え方が違ったようです。「成功することだけが協力隊の活動ではない。一度挫折して、そこからはい上がってくるところに協力隊の魅力がある」とのこと。町役場の私に自ら情報を取り来ないのであれば、その程度の活動でしかなかったと、少し厳しい指導方針です。そうやって鍛えられたからでしょう、二人とも最終的にはダントツのコミュニケーション能力を発揮してくれました。

これから二人は、それぞれの派遣国に羽ばたきます。帰国したら南部町役場の採用試験を受けてほしいというのが私の本音で、大きく期待しています。そういった道を選ばなかったとしても、帰国後も気軽に連絡してもらいたいですし、遊びにも来てもらいたいですね。彼女たちのような意気込みがある若者が、南部町を第二の故郷だと思ってつながりを持ち続けてくれることは、町にとって貴重な財産に他なりません。

JICAボランティア経験者から

グローカルプログラム生 井上貴絵さん
(ルワンダ/コミュニティ開発/2022年度派遣)

「やらなくてはいけない」から「やることを見つけられる」に成長
思考を変化させてくれた3ヶ月

私は栃木県出身ですが、大学進学で上京してから今まで、東京の飲食店で仕事をしてきました。いわゆるバリスタです。これからもコーヒーに深く関わっていきたいと思いつつ、日本ではコーヒー豆の生産者になれないことが気がかりでした。国内では一部の地域で少量が生産されていますが、気温や標高の関係で高品質のコーヒーは栽培できないからです。

海外にじっくりと腰を据え、コーヒー豆の生産を学びたいと調べた結果、辿り着いたのがJICA海外協力隊。私の派遣国であるルワンダは、コーヒーの名産地であるエチオピア、ケニア、タンザニアと近く、やはり高品質の豆を作っています。まずは農園で働きつつ、少しずつ「消費者はこういう豆を求めているよ」といった情報も現地に伝えていくつもりです。日本は、コーヒー豆の焙煎技術では世界トップクラスですし、私も多少なりとも自信がありますから。

GPに参加した理由は、今はとにかくボランティア活動にとことんのめり込もうと考えたからです。社会では10年ほど仕事をしてきましたから、次の仕事に就く前に何でもやってみようと思っています。

最初の数週間、実はGPに参加したことを非常に後悔しました。どこで何をするのかが決まっていると想像していたのですが、ミッションだけを渡されて情報収集や協力者を見つけることはすべて自分でやらなければならない、そんな現実を知ったからです。例えば、同じくGPに参加した松井美奈子さんとのグループミッションは、ケニアに派遣中の協力隊員と南部町を結ぶ異文化体験イベントを開くこと。その隊員は以前、私たちのように南部町に滞在していました。ミッションと情報はそれだけで、イベント内容や町民への広報をどのようにしていくかは私たち次第。地域振興協議会や観光協会のスタッフに相談し、町内のスーパーなどにチラシを置かせてもらいました。

何でもゼロから自分でやらなくてはならない状況に、最初は不満でした。こんなことなら東京で楽しく働いていたほうが良かったと、文句ばかりを並べている自分自身がそのうち嫌になり、「やってみるしかない」と動き始めたのが大きなきっかけとなりました。町の人に挨拶から会話を広げていくと、みんなが私のような「よそ者」にも気さくに応じてくれ、とても寛大だと分かりました。素敵な縁をたくさん結べるようになり、活動が楽しくて仕方なくなりました。「自分でやらなくてはいけない」というマイナス思考が、「自分で選べる、見つけられる」というプラス思考に変化したことは、私にとって大きな収穫となりました。

私の個人ミッションは、JOCA南部の事業でもある「生涯協力隊」を活性化させることでした。具体的には、町内のボランティア活動内容の開拓です。「火祭り」のお手伝いはその一環だったのですが、美しくて幻想的なイベントで私も感動しました。町を盛り上げる観光資源にもなり得ると思い、提案させていただいています。

南部町でのGPは、自分が目指すコーヒーとはまったく関係がないと思っていました。しかし、鳥取県はお茶よりもコーヒーを多く飲む文化です。私の経歴と派遣国を知っている方々からは、「ルワンダからこっそりコーヒーを持ってきてね」「帰ってきたらコーヒーショップを開く場所を用意しておくよ」と冗談交じりに声をかけてもらい、嬉しかったです。ご縁のある私であればルワンダのコーヒー豆を南部町で紹介しやすいかもしれません。しばらく離れてしまいますが、この町に帰ってくる方法はいくらでもありそうです。

左からJOCAグローカルプログラム中国・四国担当コーディネーターの佐藤豊さん、井上さん、松井さん、JOCA南部副代表の鈴木亜依子さん左からJOCAグローカルプログラム中国・四国担当コーディネーターの佐藤豊さん、井上さん、松井さん、JOCA南部副代表の鈴木亜依子さん

JICAボランティア経験者から

グローカルプログラム生 松井美奈子さん
(モザンビーク/ソーシャルワーカー/2022年度派遣)

協力隊活動への学び
与えてくれた町への思い

私はこれからモザンビークに派遣され、ソーシャルワーカーとして障害者の生活向上や啓発活動などの活動を行う予定です。大学卒業後、地元である群馬県内の病院に勤務し、関係機関との連絡調整や生活支援制度の活用支援などを担当。その後、障害者の就労支援施設でも勤務し、医療・福祉関連の現場でキャリアを積んできました。

国際協力に興味を持ったのは、学生時代にベトナムの孤児院に滞在したことがきっかけです。当時、特に何か出来たわけではないのですが、「ずっとここにいたい」と感じたことを覚えています。JICA海外協力隊に憧れていたのですが、自身のキャリアが足りないと思っていました。しかし、同僚が若くして亡くなるなどの経験をして、「挑戦するのは今しかないのでは」と思い直し、協力隊参加を決意しました。

GPに参加したのは、南部町という町づくりの一環としての地域福祉に興味があったからです。また、今まで生活したことがない場所で学びに集中できることが魅力でした。仕事だと腰を据えて長く働きたいと思う性格なので、期間限定というのも私には合っていましたね。

私は、個人ミッションを「JOCA南部が新しく作る福祉施設への提言」に定めました。町役場の福祉関連部署やJOCAが運営する就労支援施設、グループホームでの情報収集を通じて、私がキャリアを積んできた群馬県と南部町のある鳥取県とでは福祉制度にも違いがあることが分かりました。「福祉の地域性」というものに触れることが出来たのです。

デイサービスなどでは、利用者が全員で同じ体操や遊びをするのが一般的ですが、何をするかをある程度は選択できる形が良いと考えました。また、高齢者と障害者、子どもといった利用者ごとに分けるのではなく、みんなが一緒になってお互いが関わっていけるような場所になればいい。そんな提言をこれからまとめていくのですが、調査不足だったことは否めません。もっと活動の幅を広げて情報を集めるべきでしたし、スタッフにちょっと話を聞いたぐらいでは有益な提言につなげるのは困難だとも感じました。GPの目的の一つは、事業管理の手法を学ぶことです。私の場合、目標の立て方も実行の計画性も甘くて、反省点ばかりが残りました。これはモザンビークでの活動に活かしたいと思っています。

成果らしい成果は残せなかった私ですが、町の人たちからは「2年後にまた帰って来てね」と声をかけていただいています。遠い群馬県から来て、そんなことまで言ってもらえる関係性になれるとは思いもしませんでした。協力隊から帰国して、私が目指す障害者支援の仕事と南部町の町づくりをつなげていけるのかは、まだ分かりません。しかし、私の心を満たしてくれた南部町のために、今後も何かをやりたいと思っています。

※このインタビューは、2022年9月に行われたものです。

注1:JICA海外協力隊の合格者向けOJTプログラム。希望者は協力隊訓練所での訓練開始前の一定期間、国内各地域の自治体・団体等の実施する地方創生など、国内課題解決に資する活動に参加することで、国内の地域活性化に関する知識と経験を習得する。また、開発途上国に派遣中の活動に必要なコミュニケーション能力や計画策定から実施、モニタリング、評価に至るPDCAサイクルの実践経験を積む。2022年9月現在、鳥取県をはじめ全国8自治体にて実施が計画され、40名を超える協力隊合格者が参加している。

グローカルプログラム生の松井美奈子さん(左・モザンビーク派遣予定)と井上貴絵さん(右・ルワンダ派遣予定)グローカルプログラム生の松井美奈子さん(左・モザンビーク派遣予定)と井上貴絵さん(右・ルワンダ派遣予定)

PROFILE

鳥取県南部町
所在地:法勝寺庁舎 鳥取県西伯郡南部町法勝寺377-1
HP:https://www.town.nanbu.tottori.jp/
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