愛知県豊橋市海外で鍛えられた人材を
地域の活力に

  • グローバル人材の育成・確保

自治体の仕事には「ずけずけと地域社会に入っていく力」が求められている――。そんな視点から、青年海外協力隊経験者を積極的に採用している自治体がある。愛知県豊橋市は2010年度から職員採用試験に国際貢献活動を行ってきた人を対象とした特別枠を設け、これまで5人の協力隊経験者を採用している。協力隊経験者が地域社会の振興や発展にどのような役割を果たし得るのか、その可能性や期待することなどについて、豊橋市役所総務部人事課主査の榊原修治(さかきばら・しゅうじ)さんに話を伺った。

地域に入っていく力に魅力

豊橋市が青年海外協力隊経験者を積極的に採用するようになったのは、佐原光一(さはら・こういち)市長のアイデアでした。佐原市長は、前職の運輸省職員時代に中米パナマにJICA専門家として赴任していた経験があり、そこで協力隊員の方々と交流があったそうです。お子さんが遊んでもらうこともあれば、協力隊員の相談相手になることもあったと聞いています。そうした交流の中で、赴任当初は2年間の任期を全うできるのか不安に思えるほど頼りなかった若者が、任期を終える頃にはすっかりたくましく成長する姿を目の当たりにし、経験の場としての協力隊というものに大きな魅力を感じたといいます。

佐原市長が特に感心したのが、異文化社会でボランティア活動に取り組む中で、多くの隊員が相手の気持ちを察しながら周囲の人々を巻き込み、まとめていく、広い意味でのコミュニケーション能力を身に付けていったことだそうです。日本人はどちらかというと控えめで、異文化の中で地域社会に積極的に入っていくのは苦手だといわれていますが、協力隊員は、市長の言葉を借りるなら「ずけずけと地域社会に入っていく力」を持っていると感じたといいます。それこそが、佐原市長が市の職員に協力隊経験者を積極的に採用しようと考えた理由なのです。

総務部人事課主査
榊原修治さん

多様な人材が求められるこれからの地方自治体

豊橋市は、質の高い行政サービスを提供していくためには多様な人材が必要だという考えのもと、民間企業などで培ってきた能力や経験を生かしてもらおうと、2001年度にさまざまな職務経験を持つ「社会人採用」を始めました。2003年度には、一般の公務員採用試験で行われる学科試験を課さない「自己推薦採用」を取り入れ、スポーツや芸術などに打ち込んできた経験や人に負けない能力のある若手の人材を募集してきました。

そして2010年度に、自己推薦採用の中に国際貢献活動の経験が連続して2年以上ある人を対象とした特別枠を設置しました。協力隊経験者を強く意識したものだったのですが、自己推薦枠採用には30歳までという年齢制限があります。しかし、日本で社会経験を積んでから協力隊に参加した人は、帰国時にはすでに30歳を超えていることも多く、年齢制限によって優秀な人材を採用する機会を逃してしまうことから、2015年度に社会人採用の中にも特別枠を設けることにしました。自己推薦採用では30歳以下を、社会人採用では31歳以上を対象にすることで、国際貢献活動を経験してきた幅広い年齢層の方に応募いただける仕組みになっています。

これまで豊橋市では、エクアドル、カンボジア、カメルーン、セネガル、ウガンダで活動していた5人の協力隊経験者を採用しています。配属先は本人の希望と適性を踏まえて決めていきますが、協力隊の経験を直接的に生かせる部署に配属できているかというと、必ずしもそうとは言えません。しかし、協力隊で身に付けた資質は、どのような部署であっても生かせる場面が必ずあると考えています。

地域や組織活性化の起爆剤に

2016年度に採用された協力隊経験者は、多文化共生国際課に配属され、現在は2017年1月に豊橋市で開催される「外国人集住都市会議とよはし2016」の事務局を担当しています。このイベントは、多様性を生かしたまちづくりや外国籍住民が活躍する社会をテーマに、定住者・永住者、留学生などを含めた外国人住民の多様性を都市の活性化につなげる施策などについて、全国25都市が参加して話し合う場となっています。帰国後にJICAで働いていた経験もあるので、そこで得た知識や人脈も生かしながら、各都市の関係者との調整、講師の選定や依頼といった業務に主体的に取り組むなど、即戦力として活躍しています。

かつて自治体の仕事というと、市民から寄せられる要望に応えるという受け身的なイメージがあったかと思いますが、近年は、自ら地域の課題を見つけて市民に周知し、その解決に向けて、時には一緒になって取り組んでいくことが求められるようになっています。また同時に、仕事を通して地域社会に関わるだけでなく、一市民として地域活動に参加することも必要だと感じています。たとえば、自治会やPTA、消防団、ボランティアなどを通して地域社会と関わっていくことで、地域の声をもっと行政に生かしていくことができるのではないでしょうか。

協力隊経験者に期待しているのは、地域や組織の活性化の起爆剤になってほしいということです。彼らは、言語も文化も異なる国で、積極的に地域に入って活動をしてきた人たちです。もちろん相手の立場や気持ちなどを尊重しながら、先ほど紹介した市長の言葉どおり、「ずけずけと」地域社会に入っていって地域の情報やニーズ、市民の声を吸い上げてほしいです。豊橋市では、こうした力を地域の活力にしていきたいと考えています。

JICAボランティア経験者から
豊橋市役所 障害福祉課 鳥居悠希(とりい・ゆうき)さん

エクアドルで得た自信が今の私を支えている

大学を卒業後、埼玉県の障害者支援施設で働いていた時に、エクアドルで障害者教育を行う青年海外協力隊を募集していることを知りました。応募の条件は実務経験3年以上。私も働いてちょうど3年経過したところでしたので、すぐに応募を決めました。もともと海外で仕事をすることに興味があり、大学時代には1年間ほど休学し、ワーキングホリデーを利用してイギリスで暮らした経験もありました。しかし、短期滞在の旅行者という感覚が拭えなかったことがずっと心に引っ掛かっていました。もっと現地に根付いた生活をしたいという気持ちがあったので、協力隊の募集を見たときに「これだ」と思ったのです。

エクアドルで配属されたのは、日中、障害のある人たちが生活する通所施設です。私には、施設を活性化していくために障害者を対象としたさまざまな活動を企画し実施することに加え、職員に対して障害者支援のためのノウハウを伝えることが期待されていました。しかし、通所施設にいるだけでは、この国に暮らす障害者がどのような生活をしているか、なかなか見えてきません。また、どのような障害者のための支援制度があり、実際にどのようにそれを利用しているのか、あるいは利用できていないのかなども分かりません。そこで、同じ福祉の職種の協力隊員と福祉部会を立ち上げ、障害者の作業所を通して見えてくる地域社会とのさまざまな問題を取り上げた日本の映画を上映しながら、全国を回るキャラバン隊を結成しました。

帰国後に市役所で働きたいと考えたのは、このキャラバン隊での経験が大きかったと思います。全国を回ることで、地域によって障害者に対する考え方や施設の充実度、支援制度の活用状況に違いがあることが見えてきたからです。各地でいろいろな人と話しているうちに、施設から外に出て、制度や仕組みづくりを通して障害者を支えていきたいという思いが強くなっていきました。

2010年6月に帰国してから就職活動を始め、インターネットで求人情報を調べていたところ、豊橋市がその年から協力隊活動など海外での貢献活動を行ってきた社会人を採用する制度を立ち上げたことを知り、応募しました。私は静岡県出身で、大学卒業後は埼玉県で働いていたので豊橋市とは直接的なつながりはなかったのですが、当時、協力隊経験者を募集している自治体が少なかったこと、また実家から近いということもあり、迷いはありませんでした。

現在の所属は障害福祉課です。身体障害者手帳や療育手帳の受付、障害者手当、在宅生活を営むために必要な各種制度の受付や書類の処理などが私の主な仕事です。以前の仕事と大きく違うのは、担当しているのが豊橋市に暮らす1万数千人の障害者の方々ということです。以前は、障害者と直接関わりながら、「この人のために何をすればいいか」を考えていたのが、市役所では、すべての障害者の方々にサービスが行き届くようにすることを考えなければなりません。行政サービスは平等であることが重要なのです。そこが難しくもあり、また面白さを感じるところでもあります。

私自身、派遣前と帰国後で変わったと感じるところは、「どんなことでも尻込みせずに挑戦できるようになった」ことだと思います。豊橋市には1万4,000人以上の外国人が暮らしていて、障害福祉課の窓口に相談に訪れる外国人の方も多いのですが、派遣前の私なら言葉が通じないからと、対応するのをためらったと思います。ですが、自分から前に出ていかないとコミュニケーションがとれないエクアドルで活動してきたおかげで、外国人に対して、たとえ言葉が分からなくても苦手意識を持たずに対応することができています。

障害福祉課には手話を使う人、筆談をする人も訪れるので、コミュニケーションの手段にはいろいろなものがあることに、あらためて気付かされます。コミュニケーションの手段が多様という点では、多文化共生にも似ているような気がします。

今は新しい事業に携わることも多くなっています。その一つが、豊橋市視覚障害者協会と連携した手話バッジの作成・普及です。市役所や病院、郵便局やスーパーマーケットなどで手話のできる方にバッジを着けていただくことで、聴覚に障害のある方々がスムーズにコミュニケーションを取ることができています。こういった新しい事業の立ち上げは、事前にリサーチをしたり、関係部署と調整したりと、エクアドルで福祉部会を立ち上げてキャラバン隊を結成し、全国を回った経験と共通するところがあります。2年間エクアドルで頑張ってきたという自信が、今の私の支えになっているような気がします。

障害福祉課
鳥居悠希さん

協力隊時代の鳥居さん(写真中央)。通所施設で障害者を対象とした絵画教室を開催。絵の具の準備をしている様子

PROFILE

愛知県豊橋市
人口:37万7,999人(2016年10月現在)
世帯数:15万4,124世帯(同)
市役所所在地:愛知県豊橋市今橋町1番地
HP:http://www.city.toyohashi.lg.jp/
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