矢崎部品株式会社前例がない状況を切り開いていく仕事
自分の意志と言葉、そしてバイタリティが必要

  • グローバル人材の育成・確保

1台の車で何千メートルも使わるワイヤーハーネス。それは電線だけでなく、その周辺に接続するコネクタなどの各種部品を束にした自動車部品だ。電源となるバッテリーからヘッドライト、テールランプ、カーナビなどの電気機器までをつなぐ経路があり、人体に例えると神経とも言える。矢崎グループは、このワイヤーハーネスにおいて世界でトップクラスのシェアを誇る企業グループ。1962年、タイを皮切りに海外子会社を設立し、2022年6月20日現在、45の国と地域に140の法人を有する。24万名弱の従業員のうち、22万名弱が海外で働いている。「世界とともにある企業」「社会から必要とされる企業」を社是する同グループは、JICA海外協力隊の経験者を積極的かつ継続的に採用している企業だ。今回、ものづくり事業統括室ものづくりリソースセンターNYS推進企画部の宮川拓也さんに話を伺った。

チームメンバーの10名中3名がJICA海外協力隊経験者
それは偶然ではない

前例がない状況を切り開いて業務を遂行するには、自分の意志と言葉、そしてバイタリティが必要です。私たちNYS推進企画部は10名のメンバーで構成されていますが、今回紹介する鈴木沙代さんをはじめJICA海外協力隊経験者が3名もいるのは決して偶然ではありません。それぞれがルーティンワークだけでなく、さまざまな重要業務を担っています。

部署名「NYS」とは「New YAZAKI System」の略称で、いわゆる改善活動です。徹底的な無駄の排除による原価低減活動で知られるトヨタ生産方式(注1)をベースにした、2000年から続けている矢崎グループのアイデンティティとも言える活動です。NYS推進企画部は、このNYSを国内の生産現場だけでなく、管理・間接部門や海外工場に浸透させる役割を担っています。

現在、鈴木さんは大きく2つの業務を担当しています。1つは、当社の福利厚生施設であり、一般のお客様にも開放しているリゾート施設「イエリゾート」(沖縄県国頭郡伊江村 )の収益を向上させること。メーカーとホテルは異業種ですが、NYSのアプローチが効果的だと私たちは考えています。

もう1つは、「NYS発表会」の復活です。2010年までは毎年開催されていた全社行事で、改善活動に関する情報を共有すると同時に、発表準備を通じて従業員がNYSを自分事としてとらえられることを企図しています。かつての発表会の運営ノウハウを踏まえつつ、いま働いている従業員のモチベーションを向上させる企画にしなければなりません。この重要な発表会の復活と運営も私たちNYS推進企画部が担っており、鈴木さんが力を発揮しています。

入社3年目の鈴木さんには、少し荷が重いことは、上司として認識しています。もちろん鈴木さん一人だけでは完結できないところは私たちが補いますが、まずはもがいてほしいのです。NYSは一方的に教えるのではなく、ともに学びながら成長し、全社を良くする活動です。だからこそ異文化への理解もあり、成長過程にある鈴木さんが適任だと思っています。

ものづくり事業統括室ものづくりリソースセンターNYS推進企画部の宮川拓也さんものづくり事業統括室ものづくりリソースセンターNYS推進企画部の宮川拓也さん

サモアとYAZAKI
深い縁をつないでくれる協力隊経験者への期待

当社の主力製品であるワイヤーハーネスは、いわゆる労働集約型の産業であり、比較的賃金の安い海外の工場で生産するケースが多いため、ものづくりの主体は海外にあると言っても過言ではありません。また、自動車メーカーなどお客様の工場の近くで部品を生産し、その地域社会に貢献したいという企業方針もあります。そのため、必然的に当社の社員は、海外出張や駐在の機会も少なくありません。結果、異文化を体験的に理解しているJICA海外協力隊経験者への期待は大きく、毎年のように採用しています。

内定者を対象とした、入社前の海外武者修行プログラム「アドベンチャースクール」制度は、私が入社した1996年当時は新入社員全員が参加していました。当時、当社の工場があったサモアで3週間、さらにニュージーランドで2週間、ホームステイをしながらの異文化を体験しました。特にサモアでの日々は忘れられません。

ホームステイ先のお宅は柱4本と床のみで、壁が全くないことに驚きました。夜中、屋外にあるトイレの扉を開くとゴソゴソと動くものがあり、何かと思えば子豚たち。放し飼いなので、夜は居心地のいい場所に集まって寝ていたのでしょう。満員の通勤バスでは、座席に座る人の膝の上に座るという習慣もありました。私は外国人ですが、伝統衣装「ラバラバ」(腰巻き)を着ていると現地の人に見えたようで、あるとき、バスの中で見知らぬ女性が膝の上に座ってきました。そのときに「自分も馴染んできたな」とうれしくなったのを覚えています。

サモアは当社との関わりが深い国で、私自身も思い入れがあります。そのサモアで2年間も協力隊として活動した鈴木さんには、縁を感じています。鈴木さんには、NYSの普及活動を通じて全社的な視点を身に着け、さらに生産現場での経験を積み、いずれは海外で活躍してほしいと思っています。

NYSはインストラクター制度もあり、現在は70名ほどの指導講師が国内で活動しています。今後は、海外の生産現場にNYSを普及させる指導講師が必要だと考えており、鈴木さんにはその一人になってほしいと期待しています。

JICAボランティア経験者から

ものづくり事業統括室 ものづくりリソースセンター NY 推進企画部 鈴木沙代さん
(サモア/小学校教育/2017年度派遣)

サモアで学んだ大切なこと
入社動機は「恩返し」

私は群馬県館林市の出身で、栃木県の私立大学で小学校の教員免許を取りました。中高の英語の教員免許も取得し、卒業後は子どもに関わることが出来る仕事を模索しながら、茨城県の小学校で臨時教員として働いていました。そこでは、外国籍の子どもたちに対する算数と国語の補修を担当していたのですが、今思えばその頃から海外に興味があったのだと思います。そんな中、親の勧めでJICA海外協力隊に参加、教師としてサモアに派遣されました。

実家で暮らしていた頃はさまざまなことを真剣に考えすぎてしまっていたのか、ストレスを感じることが多く、頭痛や腹痛、口内炎によく悩まされていました。それが、サモアで一人暮らしを始めた途端、全てなくなったのです。私は母親に似たのか、完璧主義な性格です。決して優秀ではないのに、テストなどでも「100点を取らなくちゃ」と思い込んでしまうところがあります。ですから、サモアの人たちの大らかさには衝撃を受けました。

サモアに赴任した当初は「カリキュラム通りに教えなくちゃ」という気持ちが強かったと思います。しかし、私の赴任先は規則やルールに忠実と思っていた公立学校なのに時間割がなく、時計すらないのです。教師は自分が好きなタイミングで、好きな教科を子どもたちに教えていました。私の相談相手だった女性教師は、常に子どもの様子を見て、子どもが興味を持って勉強に取り組めるように授業を工夫していました。「教育は私のパッション」と公言している、バイタリティ溢れる女性です。実際、子どもたちに情熱的に接していて、みんなから尊敬されていました。リラックスできる環境でさまざまな刺激を受ける中、私はサモアで「教える」よりも「教わる」ことのほうが多かったと思います。

宮川さんも触れていましたが、サモアにはかつて当社の工場がありました。撤退後も、裁縫やパソコンを教える訓練機関や「矢崎きずな基金」(注2)を設置するなど、今でもサモアへの支援を社として続けています。そのため現地では、日本人の私に親しみを込めて「YAZAKI~!」と声をかけてくる人もいました。隊員時代、「矢崎」の社名すら知らなかった私は、サモアの人たちに「矢崎」を教えてもらったのです。

帰国後、JICAが主催する協力隊経験者と企業の交流会で当社と出会ったときは「私に親切にしてくれた大好きなサモアを支援していただき、ありがとうございます。恩返しをさせてください」という気持ちが溢れました。ワイヤーハーネスとは何かをまったく知らず、サモアに恩返しをしたいという気持ちが私の最も強い志望動機でした。もう一つの志望動機は、また海外で誰かをサポートすることでした。当社ならその機会があり、これまでの異文化での暮らしとコミュニケーションに慣れていることは強みになると思っています。実は、この初心を思い出したのは久しぶりです。宮川さんの言う通り、今は仕事のプレッシャーが大きくて、不安になることもあります。入社して2年弱はメンターとなる先輩社員が付き、サポートしてくれましたが、今考えると、その先輩に甘えすぎていたのかもしれません。一人で業務を遂行しなければならなくなった今、最近は初心を忘れて、目の前の出来事に対してただつらいと思うこともあります。

しかし、この場でサモアのことを話す中で、サモア滞在時にお世話になった女性教師の言葉「辛いこともがあっても出来るだけ楽しく振る舞いなさい」を思い出しました。実際、その女性教員は何が起きても常に楽しそうに振舞っていたから、私も見習わなければなりませんね。

サモアで小学校教育隊員として活動した鈴木さんサモアで小学校教育隊員として活動した鈴木さん

正しさを求めすぎてしまう自分
サモア人から教わった臨機応変の姿勢を心がけたい

仕事では暗中模索をしてますが、当社女子寮での生活は大いに楽しんでいます。静岡県裾野市にある寮は会社の敷地内にあるため、「仕事と生活の境目がない」と思う方もいるかもしれませんが、私は気になりません。寮の仲間とは、恋愛リアリティ番組を一緒に観て盛り上がるなど、和気あいあいと過ごしています。いろいろな場所で暮らすことが苦でない感覚は、サモアでも裾野市でも同じです。気ままな一人暮らしには正解がないので、どこにいても自分なりにリラックスできるのだと思います。

しかし、仕事では完璧主義の性格が出てしまい、正しさを求めすぎて押しつぶされそうになることがあります。今は、サモアの人たちから教わった、「状況に応じて最善の対応をする」ことが実践できるようになりたいと思っています。例えば、私が担当する「イエリゾート」の仕事。ここで働く人たちは、ホテルの接客業を通じてお客様に喜んでもらう、つまり人を幸せにする仕事をしたくて入社しています。製造現場で培ったNYSの考え方をホテルの現場に定着させるには、私が現地で一緒に働いて苦労を共にしながら、実例を「やってみせる」ことが必要なのかもしれません。

将来期待されている、NYSの指導講師の仕事も同じです。その場の状況を踏まえて、サモアで私の相談相手になってくれた女性教師のようにユーモアを入れたり、興味を持っていただくように工夫をしたりすることを心がけたいです。もっとリラックスして、正解を求めすぎずにその場で最善の対応ができるよう、臨機応変に働くこと。サモアで学んだ、このような姿勢を生かしもっとレベルアップして、会社とお客様に貢献していきたいです。

※このインタビューは、2022年8月に行われたものです。

注1:トヨタグループが考案した「自働化」と「ジャスト・イン・タイム」を2本柱とした経営思想。「自働化」とは、単純な機械化ではなく「人間の知恵を付与することで、不良品を生産しない」仕組みのことを指す。不良品を検査で発見するのではなく、そもそも不良品を作らないようにすることを意味する。また、「ジャスト・イン・タイム」とは、「必要なものを、必要なときに、必要なだけ」手に入れるという考え方。生産現場の「ムラ・ムリ・ムダ」がなくなり、生産効率が上がると考えられている。
注2:2018年に矢崎総業株式会社によって設立。サモアの将来を担う人材育成を目指した大学奨学金の支給や、雇用創出支援を目指した小規模事業への助成を行っている。

ものづくり事業統括室ものづくりリソースセンターNYS推進企画部の鈴木沙代さんものづくり事業統括室ものづくりリソースセンターNYS推進企画部の鈴木沙代さん

PROFILE

矢崎部品株式会社
設立:1959年
所在地:東京都港区三田1-4-28 三田国際ビル17F
事業概要:ワイヤーハーネス、コネクタ等自動車部品の開発・設計・生産
協力隊経験者:常時複数名在籍

HP:https://www.yazaki-group.com/company/parts.html
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