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TICAD8に向けて:アフリカの「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」を支える日本の協力

2022年9月29日

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(すべての人が適切な予防、治療、リハビリ等の保健医療サービスを、必要な時に、経済的な困難を被ることなく受けられる状態のこと。 以下UHC)は、アフリカ大陸の発展、安定、強靭性(レジリエンス)強化のために必要なものです。意外と知られていないかもしれませんが、日本はさまざまな方法でアフリカのUHCの実現に向けてサポートをしています。

国際協力機構(JICA)はアフリカ開発会議(TICAD)を通じてUHCの重要性を長らく提唱し、支援してきました。日本自身の経験を活かした支援が功を奏しはじめ、アフリカ全域で死亡率が低下してきています。

ケニア保健省で保健財政を担当するイザベル・マイナ氏は「日本は国連、国連開発計画(UNDP)、世界銀行、アフリカ連合委員会(AUC)などの共催機関とともにTICADを主導してきました。TICADは、すべてのアフリカの指導者が健康への取り組みを見直すことにつながるため、アフリカのUHCへの取り組みに役立ちます」と言います。

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JICA国際協力専門員 戸辺 誠氏

「1961年にUHCの枠組みを確立した日本には、公的健康保険制度の確立や戸籍・住民基本台帳の管理、感染症や生活習慣病に関するノウハウがあり、アフリカにとっての良いロールモデルのひとつになりえます」とJICA国際協力専門員の戸辺誠氏は言います。

JICAは、アフリカ諸国の診療所や保健所、病院などの医療施設の建設・維持、医師・看護師・助産師などの人材育成や地方への配置、医療機器や医薬品などの調達などを支援し、質の高い医療サービスを提供することに貢献してきました。

UHCにおけるアフリカの問題点について、「アフリカの多くの人が『質の高い医療サービスを受けるにはお金がかかる』と考えています。なかには高額な費用への不安から、医療サービスを利用することをあきらめる人もいます」と戸辺氏は指摘します。

こうした医療サービスへのイメージを変化させ、UHCを達成するためには、すべての人々、特に貧しい人たちが、高額な医療費を自己負担しなくても医療サービスを受けられるようにしなければいけません。

「多くのアフリカ諸国は、病気や怪我をする前に健康保険に加入することで、医療サービスを利用する際の自己負担額をできるだけ小さくできるよう、公的な健康保険制度を確立しようとしています。JICAは、アフリカ諸国が健康保険制度を確立することを支援しています。健康保険制度により、保険料や自己負担医療費が支払い能力に基づいて決定され、サービス提供の有無は必要性に基づいて行われる。つまり、お金や資産がある人は保険料を多く支払う一方、貧しい人は少額の保険料を負担するか免除される。そして、いざ病気やけがをしたときは、保険料をいくら支払ったかにかかわらず、誰もが必要性に応じてお金の心配なくサービスを受けられるようになること、これがJICAの目標です」

マイナ氏は「アフリカの指導者たちが大陸レベルでUHCに取り組むことで、将来的には援助への依存から脱却し、より持続可能な保健財政へと段階的に移行することを目指しています」と付け加えます。

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ケニア保健省保健財政課長 イザベル・マイナ氏

アフリカが直面する感染症、非感染性疾患、傷害の「三重苦」

「経済成長に伴いUHCを進展させることで、貧困の削減にも寄与することができます。ですが、UHCの浸透率はアフリカ全体の世帯の約43%にとどまっています」とマイナ氏は言います。

2050年にはアフリカ大陸の人口が25億人になると予測されています。これは、アフリカ大陸がUHCと経済発展を実現するために十分な基盤を築いておく必要があることを意味します。

また、アフリカは、国による違いはあるものの、感染症、非感染性疾患、傷害といういわゆる「三重苦」に直面しています。マラリアや結核などの感染症、糖尿病や高血圧、がんなどの非感染性疾患、そして暴力や傷害などです。

サブサハラ・アフリカでは栄養不足が依然として問題ですが、北アフリカ諸国では肥満が蔓延しており、心血管疾患に悩まされています。その他にも、多くの国々が依然として子どもや妊婦の高い死亡率に悩まされており、保健医療システムが不十分であるのが現状です。

「JICAのUHCへの取り組みには、エボラ出血熱、マラリア、サル痘、ポリオ、新型コロナウイルス感染症といった感染症にアフリカが対処できるようにすることも含まれます」と戸辺氏は言います。

JICAの協力には、感染症研究所ネットワークの構築といったマクロな協力もあれば、マラリア対策のための蚊帳の配布のような草の根や地域社会での協力もあります。

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ケニアの保健担当者とJICAが保健施設を訪問し、公共財政管理制度改革に反映させるため、資金の流れに関する好事例を学んだ(写真提供:イザベル・マイナ氏)

「新型コロナウイルス感染症が発生する前に日本とともに行った活動は、アフリカの保健医療システムの強化に役立ちました。これがあったからこそ、コロナ禍の間も必要不可欠な保健サービスが提供され、コロナ禍の対応にも役立ちました」とマイナ氏は言います。

「新型コロナウイルス感染症は社会システム全体を揺るがしましたが、それ以前に行われた取り組みにより、アフリカはコロナウイルスの脅威に耐えることができたのです」(マイナ氏)

UHCに必要なのは継続的な資金確保

すべての人にとって手に届く料金で医療サービスを提供するためにも、また病院を建設し、医療従事者を訓練するためにも、資金確保が重要です。医療制度は、援助資金の減少や、政府による予算配分の優先順位の変化などから影響を受けます。そのため、医療制度はこのような外的なショックに強くなければなりません。

戸辺氏は「医療を向上させるためには、資金調達の方法を検討する必要があります」と指摘し、「2010年に世界保健機関(WHO)が保健財政にスポットライトを当てるまで、多くの国がこの問題を認識していませんでした」と言います。

「薬を買うにも、医療施設や診療所を整備するにも、お金は不可欠です。たとえば、JICAが日本の税金を使って病院を寄付するなど、援助国は途上国のために単発の協力はできますが、それを持続させるには、途上国自身が継続的にお金を調達し、医療分野に安定的に資金が投入することが必要なのです」

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セネガル国民皆保険局長とJICAの協力について協議する戸辺誠氏(写真提供:戸辺誠氏)

JICAは、ケニア、コートジボワール、セネガルなどの国々に対し、非常に低い金利で融資を提供し、貧困層や脆弱な人々の医療サービスへのアクセス確保や、農村部での看護師や助産師の育成といった取り組みを支援しています。

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セネガルにおけるUHCの実現に向けたJICAの協力(図表提供:戸辺誠氏)

ケニアのUHCに向けた道のり

「UHCに向けたケニアの道のりは現在進行形で、日本を含むステークホルダーの支援とともに加速してきました」とマイナ氏は言います。

1963年の独立後、ケニア政府は病気、貧困、識字率の低さに対処することを表明し、これがUHCへの道筋となりました。1966年には、国立病院保険基金(National Hospital Insurance Fund)が設立され、正規雇用の労働者に健康保険が提供されるようになりました。2013年になると、リンダ・ママ・プログラム(無料妊産婦ケアプログラム)の導入、JICAの支援による孤児や児童幼児への健康保険料補助、高齢者や重度の障害者への健康保険料補助、中高生への健康保険適用(Edu Afya)、さらに専門的な医療機器などの投入による保健医療システム強化への取り組みなど、UHCへの取り組みを開始しました。

2017年にはUHCはケニア政府の四大重点課題の1つに設定されました。医薬品、保健医療人材、医療機器などの投資が行われ、4つの郡でUHCにかかわる試験的取り組みを開始しました。

ケニアにおけるUHCに関する試験的取り組みから得た教訓は、ケニアの現在のUHCモデルに反映されています。マイナ氏は「保険料を払える人は払います。払えない人には、政府が健康保険料を補助金で肩代わりしサポートするということです」と言います。

JICAは、ケニアにおけるUHCのさらなる推進に向け、UHC関連政策の実施を支援するための円借款をケニアに提供しました。対象政策分野は、予算管理などの公共財政管理制度改革、保健医療サービスの質、保健情報など、非常に幅広いものです。

このようなケニアのUHCへの取り組みの成果は、いくつかの代表的な指標にも表れています。たとえば、リンダ・ママ・プログラム(無料妊産婦ケアプログラム)によって、医療施設での出産割合が2013年には44%だったものが、現在では80%近くまでに増加しました。5歳未満の子どもの死亡数は、1963年の出生1,000人当たり177人から、2021年には出生1,000人当たり42人へと著しく減少し、平均寿命も1963年の49歳から現在の67歳へと伸びました。

「UHCは、国民の健康維持につながり、国民が健康であることにより、安定した、より強靭(レジリエント)な社会を実現することができます」とマイナ氏は言います。

「UHCは、一人ひとりの人間を対象とするものであり、人々の安全、人々の健康に関わるものです。健康な人は、国の発展に貢献することができます。子供たちが健康であれば、学校に行くことができます。子供が元気なら、親も仕事に行くことができます。人々がこれまで医療サービスを受けるために費やしていたお金と時間が、経済発展に向けられることになります」

また、同氏は「社会的に保護されている人々は、国の平和を乱すことはまずありません。平和であればこそ、安定がもたらされます。安定した国は、経済、政治、社会など、あらゆる面で機能しているため、強靭(レジリエント)な社会になります」と話します。

TICAD8の3つの柱である「経済」「社会」「平和と安定」をUHCと結びつけることで、UHCの重要性がより理解されるようになります。

戸辺氏は「経済発展には国民の健康が不可欠です。そして、どんなに豊かで自立した人でも、年をとったり経済状況が変わったりすると弱者になりえます。発展した社会では、弱者が家族だけに依存しないよう、社会が弱い人たちを支援します。健康に関する格差は、人々の不満を生み、社会を不安定化させます。UHCは世界をより平和に、より安定させるのです」と言います。

TICAD8は、アフリカにとっては、自国の持続可能な発展のためにUHCに投資することの利点と重要性を認識する機会となり、日本にとっては、アフリカで起こっていることが日本の日常生活に影響を与えるという、世界の相互依存関係を認識する良い機会です。アフリカの発展、アフリカのUHCを支援することは、日本をより安定させることにもつながります。

「人々が支え合う社会は、世界をより安定させ、より持続可能なものにしていくのです」と戸辺氏は語りました。

(本記事は2022年8月19日に英語で掲載した「Towards TICAD8: Japan Promotes Universal Health Coverage in Africa」を和訳したものです)