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ジェンダー視点に立った農業分野の協力の成功事例

2022年10月4日

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左:JICA元専門家 富高元徳氏、右:JICAシニアジェンダーアドバイザー 田中由美子氏

1.なぜジェンダー視点に立って稲作プロジェクトを推進することが重要なのか?

「当初は、米の収量を増やしさえすればプロジェクトは成功だと考えていました。」アフリカ諸国の稲作改善に取り組んできた元専門家である富高元徳氏は、そう語ります。

「しかし、私たちが本当に達成しようとしているのは人間の幸せと幸福であり、それにはジェンダー平等の推進を含む、より広いアプローチが必要だったのです」

富高氏は、2007年から2012年にかけて行われた「灌漑農業技術普及支援体制強化計画」(以下、TANRICE(タンライス))の専門家として、稲作農家の収量増加を支援するために2007年にタンザニアに赴任しました。タンザニアでの長期滞在は3回目でした。

「1990年代に、TANRICEの前身であるキリマンジャロ農業研修センター(KATC)プロジェクトに関わったとき、プロジェクトに参加している男性に状況を尋ねると、『順調だ、収量も増えているし問題ない』と言うのですが、それは真実の一面に過ぎなかったのです」と振り返ります。

「女性に聞いてみると、まったく違う答えが返ってきました。女性は『仕事は大変だ、問題は山積みだ』と言うのです」と富高氏。同氏は、KATCのプロジェクトに関わるなかで、農作業の実に6割以上が女性によって行われていることを知りました。

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「こうしたキリマンジャロでの経験から、稲作プロジェクトの効果を高めるためには、ジェンダーの視点を取り入れなければならないと気づいたのです」と富高氏は言います。

この教訓から、JICAはKATCプロジェクトフェーズ2(2001-2006)やTANRICE(2007-2012)、TANRICE2(2012-2019)などのプロジェクトでは、研修参加農民の半数を女性にするなど、ジェンダー平等の視点を取り入れています。

富高氏は、稲作研修に男性と同様に女性が参加するというアプローチが、米の生産と地域社会の両方にポジティブな影響を与えたと言います。

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2018年9月、ジェンダー研修の参加者がローアモシ灌漑スキームを視察(富高元徳氏提供)

2.ジェンダー主流化が稲作プロジェクトの鍵になる?

JICAガバナンス・平和構築部シニアジェンダーアドバイザーの田中由美子氏は、「ジェンダー主流化(女性・男性双方の利益や関心を考慮した政策決定アプローチ)を推進するにあたっては、プロジェクトのあらゆる側面で発想を転換する必要がありました」と言います。

田中氏によると、1990年代にJICAが初めて企画部に環境・WID室を設置するまで、ほとんどのJICAプロジェクトにおいて、ジェンダー平等や女性のエンパワメントは考慮されていませんでした。

タンザニアのプロジェクトで、性別に基づく固定的な役割分担を見直し、ジェンダー平等を推進していくことになったきっかけは、田中氏が実施した現地調査でした。

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「日本から派遣された農業専門家の大半は男性で、現地のプロジェクト参加者も男性でした。現地の女性は専業主婦であり、稲作とは無縁だと日本の農業専門家たちは思っていました。でも実際は、農家の妻や娘がほとんどの農作業をやっていたのです」

田中氏は、農家の男性と女性が一日のうち何時間をどんな活動にあてているのかについてアンケート調査を行い、研修を行う際、調査結果を書いた図表を壁に貼り出しました。その図表を見ると、女性が男性よりも長い時間稲作に従事し、より多くの労力をかけていることが明らかでした。

にもかかわらず、家庭やコミュニティの意思決定において発言権を持っているのは男性だったのです。

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タンザニアで開催されたジェンダー研修(写真提供:田中由美子氏)

灌漑稲作はコミュニティでの協力や交渉が必要となります。水田を均平にならし、灌漑設備を整備し、複数の関係者やコミュニティの間で水利権を管理していかなければなりません。しかし、前述の通りタンザニアの女性には発言権がほとんど無かったので、こうした交渉のテーブルに着くことすらできませんでした。

「男性にのみ研修をしても、多くの情報やスキルは、それを本当に必要としている人たち、つまり女性には届かないのです」と田中氏は言います。

意外にも、こうした女性の地位の課題を改善したのは、家計簿や財務管理のトレーニングといった、一見ジェンダーとは直接関係のない活動でした。

「タンザニアにおいて、農作業にかかる費用や収入を記録するなどの財務会計を行っているのは、農家の10%程度に過ぎません」と、田中氏は言います。「タンザニアの農家では、女性が働いて生み出したお金を男性が飲酒や愛人など、あまり賢くない方法で使ってしまうという問題がしばしば起こります。ですが、夫婦で家計と財務を管理し、お金の話に女性が参加することで、それが改善されるのです」

この研修プロジェクトでは、家計管理と財務会計に必要なスキルと習慣を育てることも目的の一つであり、夫と妻が一緒に話し合って家計を決めたり、仕事をすることが奨励されました。

3.ジェンダー主流化とタンザニアのオーナーシップ

社会的に女性に発言権が認められていなかったタンザニア。JICAは農業支援を行う中でその事実と現実に直面し、ジェンダー主流化の視点が農業支援に取り入れられました。しかし、「ジェンダー主流化」という価値観は、もともと現地の人々には認識されていなかったものです。「国際協力」の名のもとに、外の価値観を持ち込み、現地の人々の考え方を変革しようとするのは、アフリカのオーナーシップを軽視することにもなりかねません。タンザニアでのプロジェクトに、こうした問題はなかったのでしょうか。

「私たちは価値観を押し付けているわけではありません」と田中氏は話します。「ジェンダー平等や女性の地位向上は、タンザニア自身が国を挙げて掲げている目標です。タンザニアには、女性省(正式にはコミュニティー開発・ジェンダー・女性・特別グループ省)という省があり、ジェンダー平等や女性のエンパワメント、若者の統合は、国の政策の中でも優先度が高いのです。私たちが行ったのは、教育やヘルスケアにフォーカスされがちなジェンダーの視点を農業分野にまで広げるよう促すことでした」

TANRICEやTANRICE2が成功した背景には「タンザニアの人々のオーナーシップ」があったと、田中氏と富高氏は口をそろえます。日本は同じく女性の社会進出という課題に取り組む国として、タンザニア側の意思を尊重しながらジェンダー主流化の視点を取り入れた協力を行っています。

「プロジェクトのカウンターパートである農業省は、強力なオーナーシップを持っていました」と富高氏は言います。「タンザニア政府は、TANRICEの活動にイネ研究者、農業研修所教官、農業普及員を配置しただけでなく、40の灌漑スキームで稲作研修を実施する費用の約60%を負担したのです」

このような相互的なアプローチは、日本のアフリカ協力の指針となってきました。これまで7回にわたり開催されてきたアフリカ開発会議(TICAD)でも「オーナーシップとパートナーシップ」が尊重され、2022年8月に開催されるTICAD8では女性のリーダーシップについても主要なテーマの一つとなる予定です。

「日本も、タンザニアも、世界も、共通の課題に取り組みながらともに変化しています」と田中氏は言います。

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タンザニア農村で開催された家計管理研修(写真提供:田中由美子氏)

4.1970年代から続く日本のアフリカ稲作支援

日本は1970年代から、タンザニアのキリマンジャロ州を皮切りに、アフリカの稲作を支援してきました。その後、徐々にアフリカ全土に稲作プロジェクトを拡大してきました。

現在、日本がアフリカの稲作開発で行っている取り組みの一つに、アフリカ23カ国と国際機関が参加する協力枠組み「アフリカ稲作振興のための共同体(Coalition for African Rice Development:以下、CARD)」(2008~2018年)があります。

これは、2008年、横浜で開催されたTICAD IVで発表されたもので、サブサハラ・アフリカの米生産量を倍増させることを目的とした取り組みです。実際、CARD フェーズ1では、対象地域における米の年間生産量が2008年時点で1400万トンだったのに対し、2018年には2800万トンに増加し、目標が見事に達成されました。

CARDの目標達成には、タンザニアにおける「タンザニアコメ振興支援計画プロジェクト(TANRICE2:2013-19)」を始めとした稲作関連プロジェクトが貢献しています。国際連合食糧農業機関統計データベースによると、タンザニアの水稲生産量は2008年の142万570トンから2018年には341万4815トンに増え、10年間で約2.4倍になっています。

2019年、TICAD7を契機としてCARDフェーズ2が開始され、対象国が合計32カ国に拡大されました。気候変動や人口増に対応した生産安定化(Resilience)、民間セクターと協調した地場産業形成(Industrialization)、輸入米に対抗できる国産米の品質向上(Competitiveness)、農家の生活向上のための営農体系構築(Empowerment)の4つに重点をおいたRICEアプローチにより、2030年までにサブサハラ・アフリカの年間米生産量を2800万トンから5600万トンに倍増させることが目指されています。

ウクライナ問題などにより、アフリカの食料安全保障は危機にさらされています。CARD フェーズ2を通し、アフリカの食料自給率が高まることで、同地域がこうした外的要因に対する強靭性を身に着け、持続的に発展していくことが期待されています。

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機械でのコメ収穫作業は、人力より、早く、清潔で、安価(写真提供:富高元徳氏)

(本記事は2022年7月21日に英語で掲載した「A Surprising Yield of Rice Farming Cooperation: Inclusion for Women」を和訳した記事になります)