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TICAD8:サヘル地域の平和と安定に向けた、人間の安全保障の構築

2022年10月7日

アフリカ大陸のサヘル地域は、サハラ砂漠の南端に沿った5,000キロメートルに及ぶ半乾燥地帯です。モーリタニア、セネガル、マリ、ブルキナファソ、ニジェール、ナイジェリア、カメルーン、チャドを含むこの地域は、アフリカの中でも特に貧困と紛争に苦しむ人の多い地域です。

気候変動、暴動、組織犯罪など、さまざまな脅威に直面するサヘル地域で「人間の安全保障」(すべての人間が欠乏と恐怖から自由を得て尊厳を持って生きること)を実現し、平和を作るには、どうすればよいのか。国際協力機構(JICA)ガバナンス・平和構築部のお二人に話を聞きました。

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(左)JICAガバナンス・平和構築部 平和構築室 室長 室谷龍太郎氏
(右)JICAガバナンス・平和構築部 国際協力専門員 土肥優子氏

「平和構築には、目の前の紛争や暴力をなくすだけでなく、いかに再発を防止するかということも考えなければなりません。そのためにJICAは、行政と地域社会の信頼関係や地域社会の中での信頼関係を強化することで、国や社会の強靭性を高め、人間の安全保障の実現を目指しています」とJICAガバナンス・平和構築部平和構築室長の室谷龍太郎氏は言います。

JICA国際協力専門員の土肥優子氏は「平和構築にはさまざまな分野・角度からの総合的なアプローチが必要です。だからこそ、日本と国際機関が情報やアイデアを集め、共有する場であるアフリカ開発会議(TICAD)は重要なのです」と指摘します。

室谷氏も土肥氏も、サヘル地域の目の前の課題として治安改善を挙げます。実際、JICAはマリで、国連平和維持活動(PKO)とともに警察官の能力開発に取り組んできました。しかし、長期的な観点では、「現地の政府やコミュニティが自らの地域のガバナンスやコミュニティの強靭性を強化することで人間の安全保障を実現できるように、JICAが協力することが重要」と2人は述べます。

気候変動と弱い行政能力が引き起こす負のスパイラル

長期的な「人間の安全保障」の達成のためには、例えば気候変動によって失われる水などの資源やそれを管理する現地政府の行政能力の弱さも、大きな課題となります。

サヘル地域では気候変動による飢饉や干ばつが大きな脅威となっています。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のデータ(注1)によると、サヘル地域の気温は2080年までに1876年比で2~4.3℃上昇するといわれています。室谷氏は、一つの事例として、かつて3000万人以上に水を供給していたチャド湖が、1960年代以降90%も縮小してしまったことを指摘します。

「貧困が非常に高いレベルにあるサヘル地域において、気候変動はまさに『生きるか死ぬかの問題』なのです。『水』や『肥沃な土地』といった資源が急速に縮小していくことは、水が飲めるか、食糧が手に入るかという不安に直結しています。こうした不安が、競争や緊張の温床となります」と土肥氏は言います。

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サヘル地域、特にモーリタニア、マリ、ブルキナファソ、ニジェール、チャドは、このような暴力的な紛争や過激主義の温床である、と室谷氏と土肥氏は指摘します。

特に首都圏から遠く離れた遠隔地や人口密度の低い地域など、行政の影響力が弱い地域では、状況がさらに悪くなります。貧困や資源不足に対処するための水、教育、インフラといった基本的なサービスや支援が行き届かず、自分でお金を稼ごうにも働き口が不十分です。

「このような背景から、遠隔地では、ほとんど存在感のない地方政府、中央政府への不信感が募りやすくなります。さらに、権力者たちの汚職やこれまでの職権の乱用等による政府に対する不信感もあり、過激主義グループや組織犯罪グループが活動しやすくなっています」と室谷氏は言います。

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「このようなグループは、家族や家畜などの財産を守る代わりに、自グループに協力するよう人々に迫ったりします」と室谷氏は言います。「過激派グループは、弱い立場にある一般の人々を餌食にし、保護を与えるという名目で金銭や協力を強要します。政府に対する不信感に付け込んでいるのです」

こうした状況を踏まえ、JICAは、地方行政の能力強化、地域社会での協働、政府への信頼醸成につながるような協力を行っています。たとえば、「みんなの学校プロジェクト」では、地域住民がJICAと協力しながら学校を自ら運営・監督しています。行政の支援が乏しいサヘル地域では、地域コミュニティによる自助・共助が欠かせません。

サヘル地域の課題は世界の課題

「サヘル地域が直面している課題は、国際社会の辺境で起こっていることのように見えるため、軽視されがちです」と室谷氏、土肥氏は指摘します。「ですが、今や世界は相互に関連しています。サヘル地域の問題は世界に影響します。この地域はもっと注目されるべきなのです」

室谷氏は「サヘル地域の状況を見れば、気候変動の影響を受けやすい地域がいかに戦争や紛争に陥りやすいかが分かります。拠点を広げつつあるテロ組織も治安の悪いサヘル地域に根付いてしまう可能性があるのです」と言います。「TICAD8は、この地域の国々が国際的な開発パートナーと対等に語り合い、強靭な国家と社会の構築に向けて、さまざまな取り組みの方向性を一致させるための機会なのです」

サヘル地域でのJICAの活動内容は多岐にわたります。サヘル地域5ヶ国(ブルキナファソ、チャド、マリ、モーリタニア、ニジェール)の問題点を把握するための調査を行い、効果的な協力のためにどういう分野に取り組むのが良いか、試行錯誤しています。

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2022年のサヘル地域の経験共有セミナーで撮影された写真。2021年のオンラインセミナーに続くセミナーでした。

「戦後や災害後の復興に携わってきた日本は、その経験をサヘル地域と共有してきました」と土肥氏は言います。

2021年6月、JICAはオンラインセミナーを開催し、日本の地方自治体の役割や経験、広島の戦後復興や東日本大震災からの復興に関する経験や知見をサヘル地域の参加者と共有しました。特に、行政の役割、行政と地域社会が復興に向けたビジョンを共有すること、そしてビジョンを実行するためのリーダーシップが重要であることが示されました。

「サヘル地域の国々が抱える課題には、予想以上に多くの共通点がありました」と室谷氏は言います。そのため、日本が議論を主導しつつ、各国が目標を共有するための場や仕組みを構築し、さまざまな地域と各国政府の間の信頼を回復できるよう支援することで、この地域に貢献することができます。

今後の展望について土肥氏は、「サヘル地域と西アフリカの経験、日本の経験を結びつけることで、地域的なアプローチを強化したいですね」と語ります。「JICAのプログラムはこれまで国単位を対象に行われてきました。ですが、この地域は共通の課題に直面しており、国同士の学び合いはとても有効なのです」

(本記事は2022年8月16日に英語で掲載した「Towards TICAD8:Building Human Security in the Sahel for Peace」を基に作成したものです)