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北岡前理事長メッセージ

2022年3月16日

はじめに

新型コロナウイルスが世界的に拡大して2年あまりが経過しました。日本を含め、多くの国でワクチン接種が進みましたが、アフリカでは、接種率(2回接種)が約10%に留まり、取り残されています。一部の国では規制が徐々に緩和され、日常生活を取り戻す方向に舵を切りました。しかしながら、世界は新たな感染症にいつ襲われるとも限らないことを忘れてはなりません。人・モノ・金が密接に結びつく今日の国際社会において、アフリカを含む全ての世界の国々・地域の健康と安全なくして、世界の健康と安全を確保することはできないのです。

TICAD8(第8回アフリカ開発国際会議)は今年の8月に開催されます。私達はこの2022年を、コロナを克服し、新しい時代に向けて歩み出す年としなければなりません。またSDGs(持続可能な開発目標)も、2030年の目標達成に向けた取り組みを更に強化する必要があります。この時代の転換期に行われるTICAD8は、アフリカ、日本、そして国際社会が連帯してアフリカの課題を克服し、ポストコロナ時代の安心できる社会を再構築していく上で極めて重要な意義を持つでしょう。


深化する日本とアフリカの関係

日本とアフリカの関係は、多くのアフリカ諸国が独立を果たした1960年以降、着実に深化してきました。1964年に開催された東京オリンピックには、独立後間もないアフリカ各国から22カ国が参加しました。ザンビアは閉会式の日に独立を迎え、新たな国旗とともに入場行進を行いました。敗戦からの復興を経て高度経済成長時代に入った日本と、欧州列強の支配を脱して、独立国としての誇りを以て国づくりに邁進するアフリカの関係づくりはこの時代から始まったのです。TICADは冷戦後、国際社会が「援助疲れ」に陥っていた1993年に、アフリカとのパートナーシップとオーナーシップの重要性を掲げ、日本が主導して開始されました。その後、アフリカ各国の支持を得て、定期的に開催されるようになり、最初のTICADから約30年を経て、今年、チュニジアがホスト国となり、8回目のTICADが開催されます。


アフリカにおけるJICA協力の特徴-「人間重視」、「自立支援」、「日本の経験の活用」

50年以上にわたるJICAのアフリカ協力を振り返ると、3つの大きな特徴があります。一つ目は「人間重視」の協力です。JICAはこれまでに「人間の安全保障」の理念に基づいて、一人ひとりの人間が、自らの可能性を実現する機会を持ち、尊厳をもって生きられるようになるための協力を推進してきました。また人と人とが繋がり、相互に信頼関係を築くことが大変重要と考えています。二つ目は「自立支援」の協力です。JICAはアフリカの各国と人々が自らの力で発展しようという意欲=「オーナーシップ」を常に有していることに確信をもって、その意欲を支えることを基本方針としています。私達がJICAの事業を「援助」ではなく「協力」と呼んでいる背景がここにあります。三つ目は「日本の経験の活用」です。1868年の明治維新当時、産業において後進国であった日本が短期間で自国の伝統とアイデンティティを損なうことなく、法に立脚し、自由で民主的、平和で繁栄した国家建設を実現した経験や教訓は、独自の文化を有する多くのアフリカ諸国の発展にとって大いに参考になります。

例えば、「みんなの学校」プロジェクトでは、コミュニティが自らの意志と民主的プロセスによって学校を支えています。この結果、教育機会の拡充や学力の向上だけではなく、学校給食を通じた子供の栄養改善や地域の緑化などにも貢献しました。日本もまさにこうした形で子供たちの教育レベルの向上と健康の改善を行ってきました。コミュニティのオーナーシップ、人々の信頼ときずなによって、一人一人の子供たちが自らの力で将来を切り開く「自由」を追求した協力といえるでしょう。同プロジェクトはこれまでにサブサハラ・アフリカ地域の9カ国で展開され、その対象は約70,000校に及びます。また、日本の戦後の高度経済成長を支えた産業振興アプローチである「カイゼン」は、JICAによる協力を通じてアフリカに種がまかれ、現在はAUDA-NEPAD(アフリカ連合開発庁-アフリカ開発のための新パートナーシップ計画調整庁)が「アフリカ・カイゼン・イニシアティブ」としてアフリカ大陸全体への普及活動を推進しています。日本の開発経験を活かしたJICAのアプローチをアフリカの人達自身がカスタマイズし、自らのオーナーシップで普及・展開を図ったこのイニシアティブは、日本の開発経験を有効に活用した典型的な事例と言えるでしょう。


TICAD8に向けて—“Build Forward Better towards a resilient, inclusive and prosperous Africa”

TICAD8に向けて、これらの伝統的な協力の特色を堅持しつつも、ポストコロナの新しい時代のアフリカのニーズに合致した協力を更に進化させていきます。

例えば、保健分野では、強靭で包摂的な保健医療システムを強化するために「予防」「警戒」「治療」の三本柱からなる「JICA世界保健医療イニシアティブ」によって、デジタル技術も活用しながら包括的なアプローチを大陸横断的に推進します。また、イノベーティブなアイディアに溢れるアフリカの起業家育成や、アフリカが進める地域経済統合の推進等、アフリカの強靭な経済の構築に貢献していきます。将来性あふれるABEイニシアティブ(アフリカの若者のための. 産業人材育成イニシアティブ)の修了生は、日本企業とアフリカ経済の橋渡しを担うことになるでしょう。更には、アフリカの未来と発展を支えるリーダーとなる人材を日本に招き、日本独自の近代化経験を学ぶ機会を提供する「JICA開発大学院連携プログラム」や、アフリカの大学と連携して現地で同様の機会を提供する「JICAチェア(日本研究講座設立支援事業)」を通じて、ポストコロナの新しい時代を切り開くアフリカの若手リーダーの為の「日本の経験共有プログラム」を更に充実していきます。この他にも、デジタル技術の主流化、気候変動対策、ディーセントワークの実現、サヘルの平和と安定等、新しい時代における様々なアフリカの課題の解決に向けて、多様なパートナーと共に「Build Forward Better towards a resilient, inclusive and prosperous Africa」のスローガンのもと、アフリカ諸国が主導する発展を力強く後押ししていく所存です。


おわりに

「国造りの基礎はまず人造りにある」。これは1979年UNCTAD(国連貿易開発会議)総会での大平首相による演説の一節です。日本の発展のプロセスで最も重視されたのが「人造り」でした。この日本の開発経験に裏付けられた「人間重視」の方針は、長年に亘ってJICAの協力の核となってきました。他でもないアフリカの人々が国家を支え、経済成長を牽引しており、こうしたアフリカの人への投資が日本を含む海外からの民間投資やビジネス展開にも直結していきます。JICAはポストコロナの時代においても、この「人間重視」の方針を維持・発展させ、新たな時代のアフリカの社会経済を担う人造りに取り組みます。また、この取組を通じて生まれる日本とアフリカの人のつながりは、同じ価値観を共有する仲間として、ポストコロナ時代におけるアフリカ及び日本双方の持続的な発展に寄与していくものと信じています。

国際協力機構
前理事長 北岡伸一