現在の場所は

田中理事長メッセージ

2022年8月22日

日本とTICAD

第8回アフリカ開発会議(TICAD8)が8月27、28の両日、アフリカ北部チュニジアで開催される。TICADは、日本政府に加え、国連、国連開発計画(UNDP)、世界銀行、アフリカ連合委員会(AUC)が共催し、アフリカの開発課題を議論する。

主役はあくまでもアフリカ諸国である。とはいえ、日本政府が一貫してこの会議をリードしてきたのも事実だ。その意味で日本外交の重要なツールである。

1993年に東京で第1回が開かれて以来、2013年の第5回までは5年に一度日本がホスト国となった。その後アフリカと日本で3年ごとに交互に開催することになり、16年に初めてケニアのナイロビで第6回が開かれた。今回はアフリカ大陸で2度目の開催である。

TICADが始まった1990年代から、世界は大きく変貌した。ロシアのウクライナ侵攻、新型コロナウイルスの蔓延、深刻化する気候変動など、30年前には想定すらされなかったことが現実となっている。

アフリカ 投資・人材有望

そのような今、改めて日本にとってのTICADの意義を確認することは重要だろう。アフリカの開発に日本が関与していくことには、どのような意味があるのだろうか。

第一に重要な観点は、人口学的趨勢だ。その顕著な特徴は、アフリカが最も人口増加が見込まれる地域だということである。

最近公表された国連の世界人口予測によれば、アフリカ全体の人口は2022年中に14億2674万人となると見込まれ、中国の人口を上回る。2050年にはアフリカの人口は実に24億8500万人程度になり、インドの16億7049万人、中国の13億1264万人を凌駕すると予測される。

これは、アフリカが世界経済の中で最も可能性を秘めた地域だということを意味しよう。人口減少が確実な日本にとって、長期的な投資先としても、国内への人材供給源の面でも、アフリカの重要性が高まることは確実である。

第二に、世界が直面する危機の影響は、アフリカに特に重くのしかかる。

世界が新型コロナの流行から抜け出せない中、ロシアによるウクライナ侵略という国際秩序への挑戦が発生した。公表されているアフリカのコロナ感染者数は欧米などより少ない。しかし、これは氷山の一角だ。コロナがアフリカの医療体制に与えた悪影響は、計り知れない。

コロナによる経済停滞はより深刻な問題だろう。いまだ経済が脆弱なアフリカでは、国連のSDGs(持続可能な開発目標)のいくつものターゲットで大きな後退が見られている。

危機の今 開発に協力を

新型コロナ以前、アフリカで1日1.9ドル未満で暮らす「極度の貧困層」は減少し続けていた。しかし、2020年には推定5500万人が再び極度の貧困状態に陥った。ウクライナでの戦争のためロシアとウクライナからの食糧や肥料の流れが止まれば、アフリカが深刻な食糧不足に陥ることが懸念される。

このような「複合危機」に見舞われるアフリカに今、なぜ日本が関心を寄せるべきなのか。

世界は、ロシアの暴挙に苦しむウクライナを支援しないわけにはいかない。地理的に近い欧州は、ウクライナ支援の中核をになう立場にある。その欧州自体、燃料価格の高騰などで苦しめられている。

日本もまたウクライナに対し、相当な緊急財政支援や人道支援をしている。一方で、ウクライナへの軍事支援はできない。日本は今こそ「ウクライナ以外の地域での開発協力に尽力する」との気概を持つべきではないか。

長期的に大きな可能性を秘めているアフリカが苦しむ中、TICAD8は、日本がアフリカの真のパートナーであることを示す機会である。

ここで肝要なのは、日本とアフリカとの協力を短期的対応にとどめないことだ。現在の危機から、アフリカの可能性に見合った長期的発展に向かう道筋を、日本はアフリカ諸国や国際機関と共に探っていかなければならない。その際、重要となるのは「強靱性」という概念である。

「強靱性」が身についていれば、短期的な危機に直面しても、危機の連鎖を防ぎ、「人間の安全保障」を担保できるようになる。

例えば、現在のアフリカは、主要穀物を輸入に頼らざるをえない。豊富な資源が存在するにもかかわらず、製造業が十分育っていない。妊産婦や乳幼児死亡率の高さが示しているように基礎的医療体制は脆弱である。

TICADはこれまでにも、こうした状況に取り組んできた。アフリカでコメ生産を約10年ごとに倍増させる事業は順調に進み、日本がケニアで始めた小規模農家の生産性向上プログラムは、その他の諸国にも普及し始めている。

製造業を強化する「カイゼン」運動もエチオピアから他国に広がっていった。日本発祥の母子手帳や、病院での「カイゼン」運動もしかりだ。

TICAD8では、改めて強靱性を強化する試みを、なるべく多くの諸国に広げていくべきだろう。

また、イノベーションを促進し、アフリカの可能性を一気に広げる試みも必要だ。アフリカのICT(情報通信技術)基盤は依然として、遅れている。しかし、弱点を抱えながらも、ICTを社会全体の変革に結びつけようとする試みではアフリカは世界をリードしているといっても過言でない。国際協力機構(JICA)が行っているスタートアップ企業への支援事業には、アフリカの野心的な起業家がぞくぞくと応募してきている。

TICADは2013年の第5回ごろから、民間企業の参加が大きなテーマとなった。アフリカの首脳も「援助より投資が欲しい」と声を上げてきた。

世界的にはアフリカへの投資は増えている。ただ、残念ながら日本企業の対アフリカ投資はいまだに低水準にある。日本では依然としてアフリカは遠い地域だと見られているのかもしれない。とはいえ、将来の可能性に注目すれば、アフリカを無視し続けるわけにはいかない。

世界が危機に直面する中で、アフリカのリスクばかりが目に付くかもしれないが、スタートアップに取り組むアフリカの若者を見れば、将来の発展の芽がそこにあることは確実だ。

「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)というビジョンを掲げる日本にとって、アフリカはこの広大な地域の西端に位置する。国際秩序が大きく揺さぶられている今こそ、「困難な時の友は、真の友」である。日本はそれを、アフリカの人々に対して示さなければならない。

日本とアフリカをつなぐ友好のネットワークを強化する。TICAD8はそのための大舞台である。

国際協力機構
理事長 田中 明彦
(2022年7月31日 読売新聞「地球を読む」への寄稿)