よこはま動物園ズーラシア協力隊の経験が生きた「チンパンジーの森」

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ズーラシアが担う4つの社会的役割

よこはま動物園ズーラシア(以下、ズーラシア)には、約70種を超える動物たちが、「生命の共生・自然との調和」のコンセプトに基づき、それぞれの生息環境に近い形で展示されている。動物たちと共生する植物や人々の文化をも含めた環境の再現は特有の雰囲気を体感できるとあって人気だ。

 レジャー施設として認識されることの多い動物園だが、実際には次のような社会的役割を担っている。

1. 自然保護の場:希少な野生動物の保護と繁殖を行う。
2. 調査研究の場:動物の生態や繁殖、動物園の諸活動に関する調査・研究を行う。
3. 社会教育の場:動物や自然環境について、関心を持つきっかけを社会に提供する。
4. レクリエーションの場:余暇をリラックスして楽しく過ごしていただく場を提供する。

 こうした社会的役割を、協力隊員としてウガンダの地でも果たし、帰国後は現地で得た体験や知識をズーラシアに還元しながら活躍をつづける川口芳矢さん(平成18年度派遣/ウガンダ/環境教育)を訪ねた。

「環境教育活動」に大きな魅力 職場の理解で現職参加

 

大学院で動物応用科学を専攻した川口さんは、財団法人横浜市緑の協会動物園部に就職。同協会が管理運営を行うズーラシアで勤務することとなった。動物の飼育や来園者への解説などを行う動物職に就いていた川口さんに転機が訪れたのは、就職してから6年目のこと。大型類人猿に関するシンポジウムに参加した際、登壇者のなかに、協力隊員としてオランウータンの生息地で環境教育活動に携わった人がいたのだ。かねてから、野生動物本来の姿や、現地の人々が野生動物とどのように共生しているのかについて大きな関心を抱いていた川口さんは、その元協力隊員の話に惹きこまれた。「それまでも、野生動物のことを知るために、休みを利用して海外へ足を運ぶことはありましたが、短期間の観光では不十分だと感じていました。協力隊のことは漠然と知っていただけで、まさか環境教育という職種があるとは考えてもみませんでした」と川口さんは話す。

 協力隊員としての活動が、野生動物との関わりを通して、現地の人々の生活を豊かにしたり、環境に対する意識を高められることに、川口さんは大きな魅力を感じた。また、現職のまま参加をすれば、帰国後に自身の実体験や現地で得た知識を園にフィードバックし、ズーラシアをより良い動物園にしていける、そんな思いもあった。一次試験に合格した川口さんは、同僚や園が自分の考えにどう反応するのかを不安に感じながらも、まず、当時の直属の上司に相談した。すると、その上司は、「現地の人々と関わりながら、野生動物の生態について学び、環境保護の一翼を担えるなんて、園の目指すところでもある。良い機会じゃないか」と背中を押してくれた。川口さんと同様に日ごろから動物への探究心の強い同僚たちからは、「うらやましい」との声が数多くあがった。同園では、協力隊への現職参加は制度化されていなかったが、川口さんの現職参加を全面的にサポートすることで意見が一致。そこから約1年をかけて丁寧な引継ぎを済ませた川口さんは、キャリア7年目で任地のウガンダへと飛び立った。

「協力隊に参加したおかげで、多様な人々に出会い、その価値観に触れ、私自身の考え方も非常に柔軟になったと思います」と話す川口さん。

現地を知る人間だからこそできることがある

同園から初の現職参加となった川口さんは次のように話す。「私たちの仕事は生き物が相手なので、全員が一斉に休むことはありません。基本的には2人1組のペアでどちらかが必ず出勤する体制をとります。誰かが長期にわたり休むときには、ペアを超えてカバーしあいながら、いない人の仕事を補います。つまり、私の場合も、現場の同僚たちの理解があったからこそ、園も現職参加を認めてくれたのだと思います。帰国してから2年がたちますが、今なお、私の協力隊参加を支えてくれた皆さんに心から感謝していますし、これからも恩返しをしていきたいと考えています」。

 川口さんの現在の上司である竹内敏夫さんは、前述にある動物園の4つの社会的役割のなかでも、特に③の「社会教育」が重要だと話す。「大人子どもを問わず、来園されたお客さまが、動物を含めた自然環境について関心を持ち、一人ひとりが環境保全に対して意識を高めなければならない時代になっています。ズーラシアでは、飼育係のとっておきタイムというものがあり、飼育係が動物たちについて様々な解説をするのですが、その際、川口くんのように、現地を実際に知っている人間の話には説得力があります。現地を知る人間にしかできない問題提起や考え方を、来園してくださった皆さんに提供できることは、とても意義深い『社会教育』だと考えます」。

 同園における現職参加は、今後も希望者がいれば、その都度、前向きに検討されることになっている。ただし、検討の対象となるためには、一定のキャリアと実績があること、また現地での経験を職場に還元できることが必要だと竹内さんは話す。そんな竹内さんは、自身も学生時代に協力隊に興味を持ち、募集説明会へ参加したことがあるそうだ。「もう30年も前の話です(笑)。当時、私はまだ学生で、技術らしいものを持っていなかったこともあり、協力隊に参加することはありませんでしたが、数十年にわたり協力隊の活動が脈々と続いていることを思うと感心します」。

「協力隊での活動は、現地の人々の役に立ち、本人のスキルアップにもつながり、そして、園全体の財産にもなっています」と竹内さん。

エコツーリズムによる経済効果と生命の共生

川口さんの派遣先は、およそ450頭の野性チンパンジーが生息するウガンダ南西部のカリンズ森林保護区。図らずも、川口さんが派遣される以前から、ズーラシアではチンパンジーの飼育施設を園内に新設する計画が持ち上がっていた。「現地では、朝晩、どこからともなく野生チンパンジーの鳴き声が聞こえる場所に住んでいました。私にとっては、それだけでゾクゾクしてしまう最高の環境だったと言えます」と川口さんは笑顔を見せる。

 チンパンジーが生息する森林の近辺では、村人たちが生活を営んでいる。森林が幹線道路に面していることもあり、かつては大規模な森林伐採が行われていたこともあったそうだ。こうした状況を憂慮した一部の人々からエコツーリズム計画が提案され始動したが、川口さんが赴任するまでは、充分に機能していない状態だったという。したがって、必要に応じて既存のプログラムを見直し、発展させ、定着させることが川口さんに求められた主な活動内容だった。エコツーリズムとは、自然環境や文化遺産を守るために観光という要素を取り入れたもの。地元の人々が観光ガイドとして雇用されたり、その地域特有の民芸品などが土産物として販売されたりすることで、地元に利益が還元され、自然環境と人々の生活の保護を同時に行っていくという手法だ。

 エコツーリズムの導入にあたり、川口さんはまずチンパンジーの生態調査を実施。チンパンジーが観察しやすい時間帯や場所、チンパンジーが好む木の実が熟す時期などを知るために、現地スタッフと協力しながら記録をとり、チンパンジーの観察を目的としたプログラムを立案した。同時に観光客が周辺の村を訪れるコースも設定し、村の生活や食文化に触れる機会を作った。また、村人グループを組織して、土産物の開発も行った。実際に参加した観光客からは、現地ならではの体験ができたと喜ばれ、村人たちからは収入が増えたことに感謝の声が寄せられた。地道な活動は少しずつ実を結び、川口さんが離任するころには村人グループに一定の資金ができていた。

 また、村人たちの意識にも変化が見られた。日本からテレビ番組の制作チームが、カリンズ森林保護区の取材に訪れたときのこと。テレビクルーに意見を求められた村人の1人が「以前は、野生動物は私たちの畑を荒らす厄介者だと思っていました。でも、エコツーリズムのおかげで考え方が変わりました。チンパンジーなどの野生動物や森林環境を守っていくことで、観光客が増え、そのおかげで私たちの収入は増え、より豊かな生活をすることができる。ですから、これまで以上に、野生動物や森林を大切にしていきたいと思っています」と答えたのだ。これを聞いた川口さんはとても驚いたという。「実は目の前にある課題を一つずつこなしていくことが精一杯だったので、エコツーリズムの全体の仕組みや目的について、村の人々に詳しく説明していなかったのです。でも、彼らはきちんと理解をしてくれていました。模範解答のような答えを聞いて、正直、とても驚きましたが、それ以上にものすごく嬉しかったです」と川口さんは話す。

 ウガンダでの川口さんの一連の活動の様子は「カリンズ日記」との名のもと200報を数え、ズーラシア・オフィシャル・ブログの1つとして公開されている。

観光客向けの土産物を作る村人のグループ。「『エコツーリズムのおかげで、子どもの文具を揃えられる』と聞いたときは嬉しかったですね」と川口さんは話す。

命あるものすべてが共存できる世界を目指したい

園の職員である川口さんが協力隊員としてウガンダで活動をしていたことがきっかけとなり、竹内さんは、川口さんが帰国する数ヶ月前に、JICAの草の根技術協力事業(詳細はこちら)の一環でカリンズ森林保護区を視察訪問。「現地スタッフと英語でコミュニケーションをとり、仕事を遂行する川口くんの姿に大きな頼りがいを感じました。現地での仕事ぶりから、帰国したら、これまで以上に園の力になってくれる、そう思いました」と竹内さんは当時のことを語る。

 川口さんの帰国後まもなく公開となったズーラシアの「チンパンジーの森」は、監修した大学教授や建設会社の担当者が川口さんの任地であるカリンズ森林保護区を訪れたうえで建設されている。川口さんは関係者を実際の森に案内し、森に生息するチンパンジーが好んで利用する樹木の形状や樹種を説明したり、擬木(コンクリート等で本物に似せて作られた人工の木)を作成する際の形状や配置についてアドバイスした。こうして、川口さんの現地での経験や知識が大きく反映された「チンパンジーの森」では、現在7頭のチンパンジーが川口さんを含めた5名によって飼育され、来園した人々を楽しませている。川口さんが解説などを行なう際には、自身のウガンダでの体験を交えることもあるそうだ。

 協力隊へ参加する以前は、自身の職業柄、どうしても動物側の視点にのみ立つ傾向にあったという川口さんだが、実際に現地での生活経験を積んだ今は、周辺に住む人々の視点にも立てるようになり、来園者に知ってもらいたい項目が増えたと話す。「動物を含めた自然保護のことを考えるとき、周辺に住む人々のことも一緒に考えていくことは、とても大切なことなんです。自分さえ良ければいいと考えるのではなく、命あるもの全てが互いに折り合いをつけながら、共に歩んでいける世の中になるよう、自分にできることをしていきたいですね」と川口さんは話す。

 川口さんが意味する「命あるもの全て」には国境も、人種も、種の壁さえ存在しない。存在する壁を全て取り払い、「互いに折り合いをつけながら、共に歩んでいく」、この考え方は、国際協力にも共通していることではないだろうか。

PROFILE

よこはま動物園ズーラシア
「生命の共生・自然との調和」をメインテーマに掲げるよこはま動物園ズーラシア。

この「ズーラシア(ZOORASIA)」という愛称は、動物園(ZOO)と広大な自然をイメージしたユーラシア(EURASIA)の合成語で、平成8年秋に市民公募で選ばれました。
園内は動物、植物、人の文化を織り交ぜながら、世界の環境を演出し、地域特有の雰囲気を体感できます。

動物展示ゾーンは、世界の気候帯・地域別に分けて展示しており、動物たちの生まれ故郷を思い起こす生息環境展示やゾーン毎に変化するヤシやユーカリなどの植物相で構成され、まるで世界一周の動物旅行をしているかのようです。また園内に点在する石像や生活用具のオブジェによりさまざまな地域の人たちの文化にも触れることができます。

展示動物は、約70種400点で、オカピ、インドライオン、ドゥクラングールなど珍しい動物たちに出会うことができます。また、楽しく動物たちのことを”見て、知って、学んで”もらえる「ガイドツアー」「飼育係のとっておきタイム」「ズーラシアワークショップ」や、オカピなどの人気動物をモチーフにしたオリジナルキャラクター「ズーラシアンブラス」の金管五重奏など様々なプログラムも実施しています。
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