「食事」や「教科書」の「調査」を踏まえ、
栄養指導の最適化を図る

安冨 藍さん(マラウイ・栄養士・2017年度2次隊)の事例

総合病院に配属され、院内外での栄養指導に取り組んだ安冨さん。その対象者や内容のレベルを適切に選択する際の手がかりとしたのは、患者への「食事調査」や、現地の学校で使われている「教科書」の調査だった。

安冨さん基礎情報





【PROFILE】
1989年生まれ、徳島県出身。管理栄養士として病院・特別養護老人ホームに計6年間勤務した後、2017年10月に青年海外協力隊員としてマラウイに赴任。19年10月に帰国。

【活動概要】
カスング県病院(カスング県カスング)に配属され、主に以下の活動に従事。
●患者を対象とする食事調査の実施
●配属先内や地域での栄養指導の実施
●モデル献立の提案
●配属先内での5S活動


 安冨さんが配属されたのは、病床数約250床の総合病院。カウンターパートにあたる栄養士が配置されていたのは、「地域保健」の担当部署であり、その主な業務は、栄養補助食品を配布するなどして低栄養児をフォローする国の低栄養対策プログラムの統括だった。その業務に忙殺され、手薄になっていたのが、患者や地域住民に向けた栄養指導。それを活性化させることが、安冨さんに求められていた役割だった。

食事調査を踏まえた栄養指導

先輩隊員のものを参考に安冨さんが作成し、好評だった「6 food groups」(マラウイ版の「6つの食品群」)の解説教材

入院病棟で患者やその家族を対象に実施した栄養指導で講義を行う病院給食の調理スタッフ

 栄養指導を始めるのに先立って安冨さんが取り組んだのは「食事調査」だ。対象としたのは、栄養指導のニーズがありそうだと判断した「糖尿病・高血圧科」「HIV/エイズ科」「産婦人科」「乳幼児科」の4つの専門外来の患者たち。それぞれ約30人ずつをサンプルに、身長や体重、血糖値、血圧などを測定し、BMIを計算したうえで、「聞き取り」よって主に以下の情報を確認した。
■直近の1週間で、どのような種類の食品(肉、魚、卵、野菜、豆など)を、どのくらいの頻度で食べたか。
■前日、どのような食品をどのような調理法で食べたか。
■前日におやつを食べたか。
■前日の夜は何時に寝て、当日は何時に起きたか。
■前日にどのような仕事を何時間くらい行ったか。
 この食事調査によって確認できたのは、主に次の事実である。
■調査対象とした科では全般に、低栄養の人は少ないが、たんぱく質の摂取量が少ない。
■糖尿病・高血圧科では、BMIが高値で太り気味の傾向がある。
■糖尿病・高血圧科とHIV/エイズ科では、摂っている食品のバランスが比較的悪い。
 以上の結果を踏まえて最初の栄養指導の場としたのは、専門外来の糖尿病・高血圧科。主に朝の開院時に、待合室で診察を待つ患者を対象に、1回15分程度の講習を行った。受講者は平均で50人程度。主な内容は、食品の種類の解説、糖尿病と高血圧の解説、糖尿病と高血圧はどのような食品を多く摂るのが良く、どのような食品の摂り過ぎが良くないか、血圧や血糖値はどの範囲が危険かなど。その後、専門外来のHIV/エイズ科でも陽性者に必要な栄養について指導するようになった。
 英語がわからない患者も少なくなかったことから、講習は現地語のチェワ語で行うようにした。安冨さんは現地語学訓練で2週間程度学んだだけであり、不安は大きかったが、同僚が手を貸してくれた。そのひとりが、糖尿病・高血圧科で事務を担当していた男性だ。手が空いているときに講師役を引き受けてくれるようになった。彼は配属先でもっともスピーチが達者な人であり、安冨さんが作成したレジュメを渡すと、受講者を引きつける絶妙なトークを行ってくれるのだった。
 栄養指導を始めてしばらくすると、ひとつの課題が見えてきた。講習の内容を同僚たちに伝えたところ、「患者はそのくらいのことは知っているので、無意味だ」と言われることが出てきたのだ。そこで安冨さんがとった対策は、マラウイの小学校や中等学校で活動する協力隊員に依頼して現地の理科の教科書を取り寄せ、「栄養」に関連する知識がどの程度盛り込まれているかを調べて知識レベルを把握することだった。すると、ビタミンやミネラルの摂取源・機能・欠乏症など、日本の学校教育で教えられているのと大差のないレベルの知識は、マラウイの中等学校まででも教えられていることがわかった。安冨さんは以後、その情報を踏まえて、配属先での栄養指導のレベルを調節するようになった。

2回目の食事調査で方針転換

配属先によるアウトリーチに同行し、住民への栄養指導を行う安冨さん

 安冨さんは任期の半ば、それまでの栄養指導の効果を測る目的で、2回目の食事調査を行った。対象は、1回目と同じ4つの専門外来。調査の内容は1回目とほぼ同じにしたが、方法は「記入式」に変更した。1回目の調査で、聞き取り調査では時間がかかり過ぎるという反省があったからだ。
 この2回目の食事調査により、栄養指導を継続してきた糖尿病・高血圧科とHIV/エイズ科では、摂取する食品のバランスが1回目の調査のときと比べて改善されていることが判明。そこで以後は、専門外来の「産婦人科」と「乳幼児科」での栄養指導にも力を入れていくことにした。
 2回目の食事調査の結果については、配属先の幹部によって毎朝開かれている申し送りのミーティングの場で発表。すると、「患者の変化」を伴う栄養指導をしていたことがあらためて配属先に認知されることとなり、「栄養のエキスパート」としてにわかに安冨さんの活動に対する同僚たちの姿勢が協力的なものになった。そうして任期後半に入ってから新たに取り組めるようになったことのひとつが、「地域」に赴いて住民に栄養指導を行う活動だ。毎日村々に赴き、乳幼児健診などを行う部署が配属先にはあったが、それに週に1回同行し、訪問先でその地域の住民に栄養指導の講習を行わせてもらえるようになったのだった。

モデル献立の提案

安冨さんが作成したモデル献立のレシピ書。「グラム」ではなく、「大さじ何杯」や「食材の個数」で分量を表現したり、写真を多用したりすることで、わかりやすさを狙った

 配属先の内外で栄養指導を進めるかたわら、安冨さんには空いた時間を使って進めていた活動があった。より良い病院給食の考案だ。安冨さんの着任当時、配属先には規程の献立が存在。しかし、マラウイ政府の予算の関係から、調達する食材の種類と分量が指定されていたため、満足に給食が提供できず、何をどれくらい食べたら良いのかを示すものもなかった。そうしたなかで安冨さんが取り組んだのは、規程の献立をアレンジし、より栄養の量とバランスが良い献立をつくることだ。
 着手したのは、着任の約半年後。任地の患者に必要な栄養量や任地の市場で手に入る食材を調べたり、食材の調理法を近所の住民に教わったりしながら、現地で入手可能な食材でつくれ、かつ栄養の面で良質な1週間の献立案を考えていった。
 完成したのは、任期の残りが半年ほどとなったころ。それを、配属先で給食をつくる調理師に提示したところ、やはり国で規定している食材の種類と分量を変えることは難しいとの回答だった。そこで安冨さんは、この取り組みの着地点を転換。配属先を訪れる人たちに、作成した献立案をそれぞれの家庭や病棟で食事をつくる際の参考にしてもらおうと着想した。そうして、作成した献立案をポスター形式にまとめ、配属先の各病棟に掲示。そのうえで、ときおり病棟を訪ねては、入院患者たちにそのポスターを示しながら栄養指導を行っていった。

Pick‐up SHOT

そこらに生えている「草」も大切な食材

「マラウイの主食は、トウモロコシの粉からつくる『シマ』がメインで、庶民のおかずは豆や小魚の煮干しなどをトマトと一緒に煮込んだもの。そこらに自生している雑草も、おかずに加える大切な食材であり、市場で売られていることもありました。この写真は、庭に自生していた現地では馴染みの雑草の調理法を、親しい近所の女性に教えていただいたときのものです。現地の人から学んだ調理法は、モデル献立を作成する際に役立ちました」(安冨さん)

知られざるストーリー