JICA海外協力隊員ってどんな人?

CASE5   栄養士としての長年のキャリアを
生かして途上国に貢献したいと
パラオで学校給食の改善と食育に取り組んだ

定年退職後に参加した細川敦子さんの場合
▶ シニア海外協力隊員としてパラオへ
▶ 帰国後:仕事に復帰すると共に配属先の人たちとも関わり続ける

巡回先の小学校で子どもたちの給食の様子を調査する細川さん

巡回先の小学校で子どもたちの給食の様子を調査する細川さん

細川敦子さん
細川敦子さん
SV/パラオ/栄養士/2018年度2次隊、2021年度9次隊・富山県出身

大学卒業後、専門学校に入り栄養士の資格を取得。東京都職員として病院・保健所・学校に勤務。栄養教諭免許取得後は食育にも携わる。定年退職後も非常勤栄養教諭をしながらシニア海外協力隊に挑戦、64歳でパラオへ。コロナ禍により帰国し、1年8カ月の待機を経て、パラオに再赴任した。

パラオの小学校の調理員の方々

パラオの小学校の調理員の方々

「栄養士のキャリアを生かし、定年後に協力隊に参加し、その国の食文化を学び、深めたい」と、シニア案件のシニア海外協力隊に参加した細川敦子さん。

   細川さんは東京都の栄養士として、病院、保健所、学校と、その時の配属先で栄養業務にあたった。50代で栄養教諭免許を取得してからは、小学校において給食管理と共に食に関する指導に努めた。

「仕事は忙しく責任もあり定年までは辞められないけれど、その後は経験を生かして途上国の役に立ちたいと50代になって応募を考え始め、募集説明会にも行き、活動内容や応募に必要な条件を知りました」

   職種による違いはあるものの協力隊に参加するためには語学力は最低でも英検3級、TOEIC330点以上などが必要と知った細川さん。週に1度、仕事帰りに英会話の個人レッスンに通い始めた。

   しかし、定年を迎えた後も細川さんは協力隊参加に踏み切れずにいた。郷里の高齢の母親が気がかりだったためだ。数年後、母親が天寿を全うしたことで、「やりたいことをやったら」と後押しされた気がし、応募することにした。1度目は不合格となったが、2度目は語学のみならず健康管理も万全にして取り組み、合格した。

小学校で食育の授業を行う細川さん

小学校で食育の授業を行う細川さん

   派遣前訓練を終え、細川さんが配属されたのはパラオ教育・総務局のフードサービスプログラム(以下、FSP)。国内の公立小学校・高等学校、全18校に給食を提供する部署だが、スタッフはわずか4名。全体を管理するマネージャー1名、食材などの発注・管理をするスタッフ1名、そして各学校に食材などを配達する2名のスタッフがいるのみ。日本のように栄養士や調理師を養成する学校がなく、細川さんのカウンターパート(以下、CP)であるマネージャーも栄養学の知識は少なかった。

   パラオでは偏った食生活や運動不足など、不健康な生活習慣を起因とする疾病が大きな問題となっていて、国を挙げてその対策を重視。小児肥満も増加傾向にあるため、2015年から、ほぼ毎日、給食に野菜を取り入れるようになった。

   細川さんへの要請内容は、大きく3つあった。栄養バランスの取れた給食に改善するため、CPをサポートすることと献立案の作成。全校を巡回して調理員への指導と研修会の実施。それと児童・生徒への食に関する指導だった。

   学校を巡回して細川さんが驚いたのは給食で野菜の食べ残しが多いことだった。「野菜を家庭できちんと食べる習慣が少なく、野菜の名前も知らない。どの葉物野菜を見せても『ナッパ』(※)と言うのです」

   そこで、子どもたちに野菜に興味を持ってもらうため、2校で月1回、食に関する指導に取り組んだ。当初はCPから「各学校で1回やれば十分」と言われ、継続して指導することの重要性を伝えるのに苦労した。

   調理員への調理技術や衛生管理の指導などでもCPと意見がぶつかった。細川さんが「パラオの給食室でもこれぐらいならできるのでは」と提案すると、「ここは日本じゃない」と言われてしまう。「振り返ると、シニア案件なのだから経験を生かさなければ、と肩に力が入り過ぎていたことと、語学やコミュニケーションの力が不足し、上からものを言っているように受け取られていたのだと思います」。

現地の調理員にワークショップを行う細川さん

現地の調理員にワークショップを行う細川さん

   そんな中、細川さんはコロナ禍によって一時帰国。1年8カ月の待機中は、「CPといい関係を築けなければ活動は進まない。『まずはパラオの慣習や相手を褒める、その後にやんわりと改善方法を提案する』というパラオ研究歴の長い大学の先生からのアドバイスをもとに、次はこうしようとイメージして再派遣を待ちました」。

   パラオへの再赴任では、学校給食で朝食も提供されるようになり、意欲ある調理員が採用されるなどの変化があった。CPは細川さんが行っていた食育の継続の重要性を認識してくれて、細川さんは小学校で朝食の大切さを伝える指導や、校長が食育に熱心な小学校で各学年に1コマずつの授業を行うことができた。

   また、パラオの給食の記録集作りにも取り組み、小学校と高校を訪ねて、毎日の献立の写真を撮り、説明を記載した。今後の献立を考える上での資料として始めたものだが、CPがパラオの給食について国内外に紹介する際にも役立った。

「最後にはCPから『アツコの活動は素晴らしいよ』と評価してもらうことができ、達成感を味わうことができました」

   現在、臨時的任用職員として都内の小学校に勤務する細川さん。近くパラオの給食や食文化を児童に紹介する予定でいる。

※1914年〜45年、パラオが日本の統治下にあった影響で日本語由来の言葉がたくさん残っている。ナッパは日本の「菜っ葉」と同意。

応募者へのMessage

協力隊に参加したいと思い、その時に行ける環境であったら、悩んでいないで、挑戦してほしい。いくらでもやれることはあります。そして、私の場合は語学力不足をカウンターパートが助けてくれましたが、語学の勉強は根気よく続けたほうがいいと思います。


持って行ってよかったモノ

シニア案件とは?

一定以上の経験・技能などが求められる案件(実務経験を15年程度以上求めるものなど)で、日本国籍を持つ20~69歳までの方が対象。長期派遣は1~2年で、「シニア海外協力隊」と、「日系社会シニア海外協力隊」がある。


職種ガイド:栄養士

専門的な知識と技術で、対象者の栄養指導や栄養管理、食育などを行う。地域住民への栄養教育プログラムの開発、疾病治療における栄養管理・指導、低栄養児とその母親などへの栄養教育、地域の糖尿病患者対象の栄養管理・教育までと幅広い。細川さんはパラオの全公立校の給食を担当する教育省に配属され、献立改善や材料の選定、学校を巡回して調理員への指導、児童・生徒への食育などを行った。


Text=工藤美和 illustration=サイトウトモミ 写真提供=細川敦子さん

知られざるストーリー