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池上彰 基調講演(1)
【イベントレポート】 シンポジウム『池上彰と考える 〜気候変動と森林保全〜』

パリでの『COP21』と、アマゾンで違法伐採の現実を取材してきた
ジャーナリスト池上彰氏による基調講演の内容をご紹介します。

パリの『COP21』取材で感じたこと

みなさん、こんばんは。ようこそおいでくださいました。今日のシンポジウムでは、気候変動を巡る世界の取り組み。あるいは、そこでの日本の役割。どんなことができるのかなということを、皆さんとともに考えようと思います。

本題に入る前に、まず、私自身がフランスのパリで開催されたCOP21を取材に訪れた時の印象をお話しします。2015年の12月、パリでCOP21が開かれました。テロ事件が起きた直後でした。厳戒態勢の下、とりわけ世界各国の首脳たちが集まるということですから、本当に厳戒態勢でした。パリの街に観光客が全くいないことも印象的でした。エッフェル塔の周りもガラガラですし、ルーブル美術館も誰もいない。こういうときこそ観光に来るべきだなと思ったのですが、仕事で行ったものですから、私自身、観光はできないままでしたが。

さて、COP21ではどのような議論が行われていたのでしょうか。私も取材をしたのですが、やはり専門家の人たちに話を聞かないと、何が議論されていたのかっていうのは分からないわけですね。今日はこれから、専門家の方々にいろんなお話をしていただければなと思っています。

温暖化対策と言いますと、かつての「京都議定書」を想起します。日本で開かれたCOP3で採択されたのが京都議定書です。同じようにCOPで採択された文書がこのときは「議定書」で、今回は「パリ協定」と訳されていますね。もちろん使われている英語の言葉も違うわけですけど、議定書と協定って、何が違うのでしょう。このあたりも、後ほどお話を伺えればと思っています。

皆さんご存じのように、京都議定書というのは、二酸化炭素など温室効果ガスの削減義務が与えられたのは先進国に限られていたわけですね。また、先進国として参加するはずだったアメリカが離脱してしまいました。国際的な取り組みというのは、やはりそれぞれの国での方針が変わったり政権交代が起きたりすると、非常に不安定になるものなんだなということをあらためて痛感したわけです。今回のパリ協定は世界全体で合意を得ましたが、これがいかに大変なことだったのかということが分かると思います。はたしてそこで何が議論されたのか、興味深く思います。

「地球温暖化」と「気候変動」

そもそも、一般に「温暖化防止国際会議」とよく言われますが、厳密に言いますと「温暖化」ではなく「気候変動」という言葉が使われているんですね。気候変動とは人為的にお天気が、気候が変わるものです。それに対して、自然現象として変わるのは「気候変化」です。気候変化と気候変動を使い分けているわけですね。この国際会議(COP)が問題にしているのは、あくまで気候変動である。人為的な理由によって起こるさまざまな異常気象を何としても食い止めようとするための国際会議だったということです。

最近、天気の変動が大きいですよね。異常な暑さだったり、あるいは寒さだったり、非常に大きく変わります。異常気象という言葉が、毎日のように聞かれるようになる。ところが毎日言うんだったら、それは異常気象じゃないわけですね。めったにない、たまに起きるから「異常」と言っていたのに、日常的に異常気象という言葉が使われるということは、もはや異常ではなくなっているという、異常な状態になっているのではないかということです。ですから、温暖化、あるいは気候変動という言い方をしているほうがより正確ですよね。

また、温暖化と言いますと一直線に温暖化が進むかのような印象がありますが、そうではないわけですね。まさに気候が変動することによって、暑い夏もあれば、寒い夏もある、異常な状態が続いて、ふと気が付くと、温暖化が進んでいたということになるというわけです。

そもそも、「温暖化」っていう言葉がいけないんじゃないかという議論も最近は出てきていますね。「温暖な」というのは、「温暖な気候に恵まれた」という言い方にもよく使われるわけで、温暖っていうのはプラスのイメージですよね。プラスのイメージで地球環境の変化を語るのは、イメージが違うんじゃないか。大きな誤解を生むんじゃないか。むしろ、それこそ過熱する気候。地球過熱化と言ったほうがいいのではないかと、こういう議論もあります。

こうやってどんどん暑さが続いていきますと、熱帯の危険な病気がどんどん入ってくるということになりかねません。今、ブラジルではジカ熱という新たな病気が非常に心配されています。蚊が媒介をする病気です。日本では、それこそ一昨年の夏、デング熱でだいぶ大勢の人が困ったわけですが、同じように蚊が媒介する病気としてジカ熱があり、とりわけ妊産婦がその蚊に刺されますと、子どもに非常に大きな障害が出るということが大変心配されています。リオデジャネイロでのオリンピックへの影響も心配されています。そうしたリスクに、私たちは一体どのような対策を取ることができるんだろうかっていうことが、大変大きな課題になっています。

石油価格と温暖化対策

とりわけCOP21でパリ協定が締結された後にも、世界経済は大きく変わっています。みなさんご存じのように、原油価格が暴落をしています。1バレルが30ドルを切るという状態になってきているわけですね。そもそも、例えば、再生可能エネルギーや温暖化対策について世界規模で議論が盛り上がったのは、石油価格が非常に値上がりしたときでした。1バレルが140ドルにもなってしまって、これからどうなるんだろうかというときに、やはり化石燃料には頼れない、石油に代わるものが必要なんだということで、例えば、アメリカではトウモロコシを原料にしたバイオエタノール、ブラジルでもサトウキビを利用したバイオエタノールが、非常にもてはやされるようになりました。

バイオエタノールを作るコストは高いのですが、石油価格が高くなりますと、これが価格競争力を持つわけですね。その結果、バイオエタノールが非常に注目され、開発が進んだわけです。でも、トウモロコシやサトウキビの、人間の食料になる部分を燃料にする問題があるわけです。トウモロコシは食べるのか燃やすのか。そんな新たな議論が生まれたこともありました。

また、そうやって石油の値段が上がりますと、それに代わるものとして、例えば、太陽光や風力ですとか、自然エネルギーを活用しようという機運が盛り上がっていくわけです。ところが、これだけ原油価格が値下がりをしてしまいますと、結局、石油を使ったほうが安いよね。あるいは、天然ガスを使ったほうが安いよねという事態になってきているわけですね。

私たちの暮らしにとって、石油価格が下がること自体は決して悪いことではありません。さまざまな物流経費も安くなる。暖房代も安くなる。それはいいですけれども、むしろ温暖化対策が鈍るのではないかという別の課題が出てきたのではないか。それもアメリカのシェール革命が進んだことによって、起きているわけですね。

アメリカはシェール革命によって、ついに去年、世界最大の石油産出国になりました。サウジアラビアやロシアを抜いて、世界最大の石油産出国になり、なんとアメリカ国内で石油を備蓄する場所がない、備蓄場所がなくなっちゃったから、これは輸出するしかないっていう形で、大量の石油が輸出されることになりました。そんなこともあって、とにかく需要に対して、供給があふれているわけですね。

中国の経済が、かなり開発が止まってきたことによって停滞し、石油の需要は落ち込む一方で、供給は大きく伸びるということになりました。さらに、イランに対する経済制裁も解除されました。イランがこれから大っぴらに、大量に、石油を輸出することができるようになる。それによって、ますます石油の価格は、当分上がる見通しがないということになりました。

その結果、アメリカはサウジアラビアを中心とする中東への関心をにわかに失いつつありますね。アメリカがなぜ中東に関心を持っていたのかと言いますと、それは石油がいっぱい出るからです。とりわけ、サウジアラビアとは蜜月の関係を築いてきました。サウジアラビアの人権問題には目をつぶっていたのも、石油を大量に売ってくれるからです。そして、そのオイルマネーでアメリカの最新兵器を大量に買ってくれるから、サウジアラビアとの関係を良くしていた。

ところが、石油の値段が下がってしまいますと、アメリカにとってサウジアラビアは、かつてほど大事な国ではなくなっているわけです。むしろ、イランの核開発を止め、イランと国交正常化するほうが、アメリカのオバマ政権にとってはずっと優先度が高くなる。その結果、アメリカはイランとの関係を改善する。それにサウジアラビアが、俗な言い方をすれば、嫉妬をしているわけですね。これまでは恋人関係だったアメリカが心移りをして、自分の敵国であるイランと関係を改善している。これは許せない。アメリカを振り返らせようとして、今、緊張状態が生み出されているというところがあるんだろうというわけです。

石油価格が下がったことによって、新たな国際紛争の火種が生まれる。そしてまた、世界が再生可能なエネルギーを何としてもという、そのインセンティブが大きく失われつつあるのではないかということです。

以前であれば、とにかく温暖化対策が必要ですよねと言えば、そりゃそうだよね。石油の値段がここまで上がったら、とてもやっていけないからね、っていうふうになっていたわけですが、ここへ来るとそうではないわけですね。むしろ、石油の値段がこんなに下がってしまって、それでも再生可能エネルギーでやる必要があるのか。コスト的に引き合わないじゃないかっていうことになってくる。以前は、経済合理性で再生可能エネルギーが必要だと論じることができたんですが、非常に短期的な経済合理性でいうと、それが説明できなくなってきているというのが現状です。その中で、どうやって世界を説得し、温暖化対策に乗り出していくのか。それが、これから大きな課題になるんだろうと言えるわけです。

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