イベント情報

池上彰 基調講演(2)
【イベントレポート】 シンポジウム『池上彰と考える 〜気候変動と森林保全〜』

日本にはどのような貢献ができるのか

そして、その中で、日本がどのような貢献ができるんだろうかということがあるわけですね。今回、私は去年の暮れ、パリだけではなくブラジルへも取材に行って、日本の貢献は何ができるのかっていうのを見てまいりました。 これもまたこの後のパネルディスカッションで話題が出てきますけれども、日本が森林を守るためにどのような貢献ができるのかということを取材してきました。

ブラジルのアマゾン川流域は、ご存じのように熱帯雨林が広がっているわけですが、その熱帯雨林の違法伐採が、今、非常に深刻な問題になっています。ものすごい勢いで熱帯雨林が失われつつあるわけですね。それをどうやって食い止めるのか。当然、ブラジルには森林を保護する、あるいは違法伐採を監視する機関があるわけですが、地上からだけでは決して十分なことができない。そこで日本のJICAとJAXAが協力をして、宇宙から『だいち2号』という人工衛星のレーダーを使って、アマゾンの熱帯雨林の違法伐採の現状を調べようということをやっています。

アマゾンのように非常に高温多湿な所では、常に雲が発生しているわけですね。1年の半分ぐらいは雲に覆われている。となると、その雲の下が見えません。でも『だいち2号』のレーダーは雲の下を見る性能を備えています。あるいは、24時間、常に熱帯雨林の状況を監視することができる。そのシステムを今年の6月からいよいよ運用することになりまして、森林保護の監督官が、現地で、スマホでそのデータを見ることができる。スマホですぐに、どこが違法伐採されているかということを見ることができる。それによって違法伐採を食い止めようという取り組みが行われることになるわけですね。

ヘリコプターの操縦士が2人の理由

では、現在それがどのように行われているのかということを、実際に現地に飛んで、見てまいりました。ちょっと、その報告をしようと思います。アマゾンが、どのような状況になっているかということで、まずは最初の写真をスクリーンに出していただけますか。

これはヘリコプターで、空の上からアマゾンを見ているところですね。ここは本当に見渡す限り緑一色ですね。違法伐採が行われていないということです。ところで、この写真、私の顔が画面ギリギリのところになっていますね。何でこんなことになっているのか。当初はヘリコプターの助手席にカメラマンに座ってもらう予定でした。そして私が後ろに座っていれば、かなりゆとりを持って、外の景色と私の顔を入れたレポート画面を撮れるんだろうと、こう考えていたんです。

ところが、ヘリコプターに乗ろうとしたら「パイロットは2人です。操縦席と助手席、どちらもパイロットが乗ります」って言われたんですね。「話が違う。どうしてだ」って尋ねたら、つまり、「ヘリコプターによる上空から違法伐採の監視を、これまでにもやってきた。そうすると、違法伐採をしている組織の中には武装している勢力があり、監視している上空のヘリコプターに向かって発砲する場合がある。パイロットが死んでしまったり、傷付いてしまったりしたときに、とっさに横にいる助手席のパイロットがその操縦を代わらなければいけない。そのためのリスク管理として、ヘリコプターには2人の操縦士が乗るんですよ」というのです。

それまで、そんな話、何も聞かされていませんでしたから、上空からのんびり見ることができるんだろうと思ったら、突然「下から銃撃されることもあります」と。「聞いてないよ」ってなわけですけどね。それでヘリコプターに乗り込んだ。結果的に、私と、あとはカメラマンしか乗れないような状況。それで非常に窮屈な映像になっているということです。

この時は、アマゾン川中流域のマナウスという大きな都市でヘリコプターに乗って、アマゾンの状況を撮りました。では、次の写真をご覧ください。

違法伐採の実態


この写真、下の方の部分で、突然、木がなくなっているのがお分かりいただけると思います。上部はこれまでどおりのアマゾンの熱帯雨林ですね。ところが、下の部分が切り倒されています。

伐採した木は、いい木材になるわけですね。木材にして運び出して、そして残った所に火を付ける。言ってみれば焼畑農業ですね。森の木が灰になりますと、これがいい肥料になるわけです。ですから、ここは取りあえず木材を切り出した、この後、畑にしようとしている、その途中経過ということです。

焼畑農業をすると、灰が肥料になるわけですから手軽に土地を使えるんですが、数年で灰の肥料としての効果がなくなって、土地が痩せちゃうんですね。そうすると、ここを放棄して、次へ行くという形になってきます。

じゃあ、切り倒され、燃やされて、畑にされてしまった熱帯雨林はどうなるのかということです。場所によっては、また緑が出てきて、長い目で見れば回復する場所もあるんですが、一方で、実はそんなにアマゾンは地層の栄養豊かな部分が分厚くはないそうです。雨期に大雨が降ったりすると、熱帯雨林がなくなったことによって地盤の土が洗い流されてしまう。全部洗い流されて粘土層が露出をしますと、そこはもう木が生えない状態になってくる。もう二度と木が生えることができないような状態が広がる。そんな恐れすらあるということですね。

現地の人にしてみれば、「焼畑農業をしてもまた緑は戻ってくるよ」って思ってるかもしれないんですが、実は回復不能になる可能性もあるんだということですね。

では、次の写真です。これも、こうやって中央付近の部分だけ、すっかり枯れてしまってる。切り倒され、あるいは火を付けられてしまったっていうのが分かりますね。そして、この写真、注目していただきたいのですが、違法伐採されているエリアの周りは全部、熱帯雨林です。その中で、ここだけぽっかりと荒れているわけですね。ということは、地上でパトロールをしていたのでは、ここにはなかなかたどり着けないということです。


地上からの目線ですと、鬱蒼とした熱帯雨林の奥で燃やされたり、伐採されたりしているわけですから、上空からでないと見ることができないんですね。こうやってヘリコプターで見れば、もちろん見ることができますが、アマゾンはあまりに広いですから、ヘリコプターで監視するのも限界がある。あるいは、下から銃撃されたんじゃ、危険も伴ってしまいます。となると、やっぱり宇宙から見たほうがいいよねっていう。そういうことになるんだなと、本当に現地を見て実感することができました。

さらに次の写真です。今回は、特に熱帯雨林の違法伐採をしている現場を取材しようということで行ったんですが、私はヘリコプターに乗って行ったからいいんですけど、他の取材チームは、そこまでずっと陸地を延々と行くことになりました。途中で川を渡るフェリーに乗って、延々と5時間かけて現地に到着したということです。

これが、スタッフが走った道の写真です。これも雨が降ってなければ大丈夫なんですけど、雨が降った途端、すっかりぬかるんで、普通の車では通れなくなります。これは地上からの監視、あるいは取り締まりというのは、大変難しいんだなっていうことが分かるわけですね。

容疑者は元警察官だった

さて、ようやく違法伐採の取り締まり現場に着くことができました。この辺りはアマゾンの特産であるブラジリアンナッツが採れる所なんですが、こうやって大きな木が全部切り倒されて、周辺の森には火を付けられてしまっている。森が荒れてしまっている状況が分かります。

そして、これは誰がやっていたのかと言いますと、容疑者がこの写真の人物です。このおなかがでっぷり出た人ですね。これが、このすぐ近くに住んでいて、違法伐採をしていた容疑者です。サングラスの人が取締官ですね。この写真ではわかりませんが、ちゃんと拳銃を携帯しています。取り締まりには危険を伴うということですね。

写真を見てわかるように、ブラジリアンナッツを切り倒した後、見事にきれいに製材されています。これは一枚板ですね。ものすごく長い一枚板。これがいろんな所に高く売れるんですね。切り倒して、こうやって製材をし、業者に高く売る。そして残った所を焼畑にして、いろんな農業をしていくというわけです。

切り倒された大木の年輪をスタッフが数えてくれました。127ありましたね。この木が生まれて127年経っているということです。127年の時間をかけて、ようやくこれだけの巨木になった。それを切り倒してしまったら、それきりということですね。これが巨木になるまでの間、成長するまでに、大量の二酸化炭素を吸収し、これを貯蔵してくれたわけですが、こうやって切り倒されてしまう。そして、これが燃やされてしまうと、その二酸化炭素が、また全部大気中に放出されてしまうという現実があるわけですね。

さらに次の写真です。「IBAMA」とあります。これがブラジルの国家の森林の監視、取り締まりをする機関ですね。この写真が容疑者の取り調べをしているところです。取り調べをするんですけど、この容疑者が、それはのらりくらりと話をそらすんですね。

それもそのはず。この人は元警察官でした。警察を定年退職し、そしてこの熱帯雨林の所に家を構え、そして子どもが7人いました。彼は言を左右にして、「自分は関係ない」と言うんですね。「自分はただこの土地を買ったにすぎない。買ったときに、既に売り主が木を伐採していたよ。だから自分は伐採に関係していないんだ。その後、山火事で燃えてしまっただけなんだ」と主張するわけです。

でも、IBAMAとしては、いろいろ証拠をつかんでいましたから、その場でレシートのような「罰金納入命令書」を出力してサインさせていました。「不服があれば、裁判に訴えなさい」と言っていました。この容疑者は「不服だから裁判に訴える。これから訴訟に持ち込む」と言っていたということですね。

写真で周囲に映っているのが、容疑者の子どもたちです。こうやって子どもの姿を見ると、生活を支えるためにやってしまったのかと同情したくなってしまいますが、IBAMAの人に聞くと、まったく同情する必要はないということでした。「警察を退職するときに、たっぷり退職金も年金ももらってるんだから、これはただ、金もうけのためにやってる違法行為なんだ」ということです。

違法伐採の証拠として衛星画像が活躍

こうやって言い逃れをしている容疑者を追及するために、先ほど少しお話しした『だいち2号』が役に立つというわけですね。こちらの画像をご覧ください。『だいち2号』でその場所の過去の様子、変化を検証していけば、いつ伐採されたり燃やされたりしたかが確認できるんです。

実際のこの摘発現場の画像を確認すると、昨年の7月までは森が伐採されていなかったことがわかります。容疑者は「自分が買った時にはすでに伐採されていた」と主張していましたが、彼が買った時期にはまだ森が健全だったことが証明されています。それが、8月の終わりには伐採されて、10月、11月の画像では燃やされていることがわかります。『だいち2号』の画像のおかげで、容疑者の嘘を暴き、証拠を突き付けることができるわけです。こうしたことが、まさに日本が協力して実現しつつあるんですね。

アマゾンの熱帯雨林で感じたこと

アマゾンの熱帯雨林へ初めて取材に行って、「なるほど」と気付いたことがあります。それは、そもそもアマゾンに住んでいる人たちが、アマゾンの熱帯雨林の大切さを自覚していないということです。

このシンポジウムのタイトルに使った写真。これは、私が熱帯雨林のジャングルを背景にして映っています。でも、本当にジャングルに入るのは大変なわけですね。この写真は、マナウスという街の近くにある、熱帯雨林を再現した植物園と動物園を兼ねたような施設で撮影したものです。この施設は、まさに地元の人たちに、アマゾンの自然の大切さを知ってもらおうとして造られた場所なんですね。

施設の森の中には、ナマケモノやいろんなサルなどがいるんですね。ここには、地元の人たち、親子連れがたくさん訪れていました。すると、子どもが何かを不満げに叫んでいるんです。ポルトガル語で何を言ってるかわからないものですから、通訳の人に「あの子は何を言ってるんですか」と尋ねたら「ライオンが見たい!」と叫んでるというんです。ああ、ブラジルでも子どもたちは動物園に行くとライオンが見たいのかと思いましたが、アマゾンにはライオンはいませんからね。

こんな風にして、アマゾンの動植物のことを知り、そこにある豊かな自然の大切さを、地元の人に知ってもらうことが大切だということです。そこに生まれ育った人にしてみれば、アマゾンの熱帯雨林なんて目の前にいくらでもあって、場合によっては邪魔ものに過ぎないことがあるんですね。邪魔だからどんどん切り倒せばいい、燃やしてしまえばいいと思ってしまう。でも、その地元の人たちに、熱帯雨林が、地球に、世界の人類にとって、いかに大切なものかっていうことを、まずは知ってもらう。そこから始めるしかないという、こういう話を聞いてきました。

アマゾンは大切なものです。熱帯雨林は大切にしましょうという掛け声だけでは、地元の人の気持ちは動かないということですよね。森には、やはり、そこに暮らしている人たちがいるわけです。その人たちの暮らしを、どう保証していくのか。そして、自然環境の中で、環境を守ることが、実は自分たちの経済活動になっていくんだ。環境を守ることによって、自分たちのビジネスが成り立っていく。そういう仕組みを作っていくことが重要です。あるいは、そういうふうに、この人たちの意識を変えていかないと、これは決して持続可能ではないということですね。

ただ地球環境は大切だ。温暖化を防ぐためにも熱帯雨林は大切だ。熱帯雨林を守りましょうという掛け声ではなく、それを経済合理性の論理に乗せて、それを守っていくことが、彼らの生活を守っていくことになるんだという、それをどういう仕組みを作っていくのかということですね。そういうことが、また求められてくるということに気付くことができました。

今日のシンポジウムでは、後ほど、熱帯雨林、森林を守るためには、どうしたらいいのかという、その点について、専門家の方々のお話が聞ければなというふうに思っています。

とにかくパリ協定によって、人類はようやく一歩を踏み出したわけですね。でも、一歩踏み出したっていうのは、一体どういう意味で踏み出したのだろうか。京都議定書とは何が違うのだろうか。そして、この後、私たち人類にとって、どのような課題が待っているのか。そして、私たちはそれを実現することができるのだろうか。そのときに世界の中で、日本が果たすべき役割とは何だろうか。今日は、そんなことを皆さんとともに考えていく時間にしたいと思います。まずは、私からの問題提起ということで、話をさせていただきました。ありがとうございました。

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