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事例紹介2017.11.27

Ahsania Mission Cancer and General Hospital~ホール・ピラミッド・アプローチで貧困層にガン治療を提供するモデル~

【ソーシャルビジネス事例解剖シリーズ③】

地域:ダッカ

分野:医療

 バングラデシュでは、食生活の変化によりガン患者が増加しています。例えば、国立のがん専門病院であるNational Institute of Cancer Research and Hospital (NICRH)では、2012年の外来患者数は59,221名だったのが、2015年には174,037名に達しています1。男性では肺がん(患者数の25.2%)、リンパ節腫(11.8%)、胃がん(5.2%)が多く見られる他、女性では乳がん(26.4%)、子宮頸がん(18.4%)、肺がん(6.1%)がNICRHでは多く見られます。

 一方、ガンの治療は化学療法や放射線治療に代表されるように、一定の設備と機材を必要とします。この為、医療施設が十分ではないバングラデシュでは、いかに適切にガン治療を提供するのかは、大きな開発課題です。

 この問題にアプローチを掛けているのが、Ahsania Mission Cancer and General Hospitalです。この病院は2014年にガン治療を目的に設立された私立病院で、現在ベッド数は500床、およそ50名の医者と320名の事務スタッフが勤務しています。また、化学療法や放射線治療、外科的治療(手術)など総合的なガン治療を提供する施設を備えており、毎日150名以上の外来患者が来院する他、30件以上の化学療法を実施しています。病院の収入は開業当初の2013/14年度は1,920万タカでしたが、翌年の2014/15年度には8,420万タカ、更に2015/16年度は1億5,000万タカ、2016/17年度は1億8,870万タカと右肩上がりを続けています。これは、ガン治療に対する需要の強さの反映と考えられます。

 このAhsania Mission Cancer and General Hospitalの大きな特徴は、富裕層や中間所得層だけでなく、貧困層も数多く利用しているという点です。そもそも、先述の通りガン治療では多くの場合、化学療法や放射線治療など高度な機器や技術を必要とします。この為、その治療費は、他の病気よりも高くなりがちです。一方、貧困層の所得水準は一般的に低い為、このようなガン治療を受けるには大きな困難が伴います。Ahsania Mission Cancer and General Hospitalは何故、多くの貧困層にもガン治療を提供できているのか。これが今回の記事の大きなポイントです。

初期投資を賄った寄付金~効果的なファンド・レイジングの方法

 まず、Ahsania Mission Cancer and General Hospitalの治療代は、他の病院よりも低く抑えられています。例えば、リニア・アクセレーターを用いた放射線治療の場合、ダッカ市内の有名私立病院では25万タカ掛かるのに対し、Ahsania Mission Cancer and General Hospitalでは僅か9万5,000タカです。

 Ahsania Mission Cancer and General Hospitalが、低い価格で治療を提供できる秘訣は、この病院の開業当初にまで遡ります。即ち、Ahsania Mission Cancer and General Hospitalが設立される際に、多額の寄付金が集められ、それによりビルの建設費用は数々の機材の購入費用が賄われた為、巨額の初期投資を負担する必要がありませんでした。この為、銀行からの借入による高い金利を負担する必要もなく、病院の運営管理費用(ランニング・コスト)のみを、治療代の収入から賄えばよい構造になっており、このことが低い治療代に繋がっている訳です。

 具体的にはAhsania Mission Cancer and General Hospitalの設立にあたり、政府より土地取得用に8億1,000万タカの補助金が支給された他、合計98社の企業から4億3,200万タカが、また海外で働く在外バングラデシュ人(185名)からも約3,200万タカの寄付がありました。更に、バングラデシュ国内でも合計948名から3億6,800万タカが集められました。

 このように巨額の寄付金を多方面から集める為に、Ahsania Mission Cancer and Generl Hospitalは大規模なキャンペーンをうちました。Daily Star紙など新聞社とタイアップし、寄付を寄せてくれた人の名前を、その金額の多寡にかかわらず全て新聞に掲載しました。更に、このように寄付金を提供してくれた機関や人々の名前は、病院のホームページや院内の壁に掲示されています。また政府の許可を得てLotoを3回実施し、合計で1億2,000万タカを集めました。

 通常であれば、がん専門病院の設立には、大きな建物の建設や多様な機材の調達に多額の初期投資が必要となり、この資金を例えば銀行からの融資で賄えば、病院開業後も、その返済(金利負担)がのしかかり、最終的にその負担は大なり小なり治療費に反映されます。一方、Ahsania Mission Cancer and General Hospitalの場合は、このような巨額の初期投資を寄付金で賄った為、初期投資に関する資金調達コストの負担から免れており、このことが他の私立病院よりも安い価格で治療を提供できる背景となっています。

治療費減免システム
~中間所得層・富裕層の収益で貧困層へのサービスの費用を賄う方法~

 一方、Ahsania Mission Cancer and General Hospitalは、貧困層にガン治療を提供する為に、独自の施策を実施しています。それは、治療費免除システムです。Ahsania Mission Cancer and General Hospitalでは、患者総数の最低30%に対し、治療費の一部(あるいは全額)を減免する制度を設けています。高額な治療費の支払いが困難な貧困層の患者は、病院の医者や事務スタッフなど4~5名から成る委員会に対し、治療費減免の申し立てをすることが出来ます。この委員会は、その患者の所得水準や治療方法などを勘案し、どれくらいの治療費を免除するかを決定します。

 この免除となる治療費の原資は、残り70%の患者が支払う治療費です。(また、同病院では、zakat fundと呼ばれるイスラム教に基づく富裕層からの寄付金も、この原資に当てています。)

 このように富裕層や中間所得層の顧客から得られる収益を、貧困層へのサービスの費用に活用する方法は、ホール・ピラミッド・アプローチと呼ばれています。グラミン・ダノンが、同じヨーグルト商品でも、富裕層や中間所得層が多く住む都市部と、貧困層が居住する農村地域で、その価格を変えているのも同じ発想です。

「善意の結集」から「持続的なソーシャルビジネス」を目指して

 グラミン銀行の創業者であるムハマド・ユヌス博士は、ソーシャルビジネスを「損失もない代わりに配当もないビジネス」と定義します2。Ahsania Mission Cancer and General Hospitalの関係者は、「我々は利益を株主に配当せず、病院の事業に再投資しており、このような点でムハマド・ユヌス博士のソーシャルビジネスを体現している」と強調します。

 一方、同病院は現在、増床と追加機材の購入による業容拡大を検討しています。ここで課題になるのが、その資金をどのように調達するのか、という点です。開業当時は広範に寄付金を集めたことで初期投資を賄いましたが、病院の関係者は「必要となる投資は巨額の為、現実問題として今回も多くの方々に寄付を呼びかけざるを得ない。一方、我々は、次のステップに向けて新たなソーシャルビジネスの形も模索しているところだ。例えば、ある機材を購入した場合、その機材から生じる収益を(販売元である)企業側と折半するような仕組みが出来ないか考えている」と話します。

 即ち、開業当初は人々の善意に働きかけることにより必要な資金を寄付金で集めましたが、いつまでも寄付金に頼るのではなく、持続可能な独自の方法を模索し始めています。

社会的効果と事業の持続性を両立させるビジネスモデル

 このようにAhsania Mission Cancer and General Hospitalは、貧困層に対し適切な価格でがん治療を提供するという高い志を掲げ、治療費減免システムにより、それを実施しているという意味で、ソーシャルビジネスと捉えることが出来ます。一方、ガン治療は数多くの高度な機材を必要とする資本集約的な事業です。この為、事業の立ち上げ時および拡大時には、巨額の初期投資(或いは追加投資)が必要になります。同病院が創業時に展開した寄付金を集める広範なプロモーション活動は、一つの感嘆すべき戦略ではありますが、追加投資の度に必要な寄付金が集まる保証はありません。この為、中長期的な事業展開を見据えたソーシャルビジネスの形が模索されています。


  • 1 Health Bulettin 2016, Ministry of Health and Family Welfare Bangladesh
  • 2 『貧困のない世界を創る‐ソーシャル・ビジネスと新しい資本主義』ムハマド・ユヌス(猪熊弘子訳)、株式会社早川書房、2008年

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