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事例紹介2017.12.25

Hridoye Mati O Manush(Soil and People in Our Hearts)~テレビ番組で人々の行動に変革を巻き起こすビジネス・モデル~

【ソーシャルビジネス事例解剖⑤】

地域:ダッカ

分野:資源・エネルギー

バングラデシュで人気の農業番組

 バングラデシュでは、独立当初より食糧の確保を目的とした農産物の収穫量や農業生産性の向上が大きな開発課題でした。現在では穀物の自給率は100%を達成したと言われていますが、換金作物の普及や食の多様化は未だに大きな課題です。我々JICAをはじめとした援助機関は、このような農業セクターの発展に向けて数々のプロジェクトを行い、政府関係機関や農民に対し技術トレーニングを実施してきました。しかし、このような問題に対しテレビという媒体、しかも民放という商業ベースの媒体を用いて、大きな成果をあげてきた人物がいます。

 Shykh Seraj氏は、“Hridoye Mati O Manush(Soil and People in Our Hearts)”という番組のプロデューサー兼プレゼンターを務めています。この番組は、毎週Channel-iという民放テレビ局で30分間放映され、バングラデシュでは、どのテレビ局もニュースやドラマ、映画、音楽といった番組を放映する中、「農業」に特化しているという点で異彩を放っています。この番組では、彼自身が、バングラデシュ国内や海外の農業現場を訪問し、農産物や農業技術、農業機械などを紹介します。また、この番組は1982年から続いている長寿番組でもあり、この番組により新しい農産物や農業技術が普及したとして、彼はAshok Fellowをはじめ様々な賞を受賞し、国内外から高い評価を受けています。

 今回の記事では、なぜ彼はテレビという媒体を用いて農民に大きな影響を与えることが出来たのか、或いは、テレビ・ビジネスにおいて社会的効果と事業の持続性をどのように両立させているのかという点に焦点を当てます。

何故「農業番組」を始めたのか

 Shykh Seraj氏は、この番組を開始した理由について、次のように語っています。

「バングラデシュが独立した当時、私は16歳だった。独立戦争の影響により農村地域には荒廃した風景が広がっていた為、農業で何かしたいと考えた。縁あって20歳からバングラデシュ・テレビ(国営放送)で仕事をするようになり、当時、バングラデシュ・テレビと日本のNHKとの間で番組を交換する制度があった。この制度で送られてきた日本の教育テレビを見た時、私はテレビ番組が人々に与える教育効果を確信した。それまで農民は“農村で暮らすだけの人々”と捉えられてきたが、 “農業は大切な生産活動であり、そこに従事する農民は価値ある人々である”というように、この番組によって農業の定義を変えたいと考えたのだ。」

 1971年の国内総生産(GDP)に占める農業セクターの割合は51.0%で、現在(2016年)の16.0%より遥かに大きな割合でした1。この当時のバングラデシュでは、農産物はお米とジュートしかなく、「停滞のアジア2」と表現されるように、モノもなく、お金もなく、そして食糧も十分にない時代でした。農民は“字も読めない学のない人々”と、特に都市部の住民からは見られており、このような状況の中、Shykh Seraj氏は社会的使命感に基づいて、この番組を始めたことが分かります。

何故農民の行動を変えることが出来たのか

 ある調査によれば、この番組を見た農民の76%が、番組で取り上げた新しい農産物や農業技術を自分でも試している由です。また、この番組により、バングラデシュでグアバの生産や自家池を活用した魚の養殖が広まったと言われています。一方、他の発展途上国でもそうですが、バングラデシュにおいても農民は保守的です。特に農業は彼らにとって大事な生産手段であり、食糧の確保が掛かっているので、(彼らから見てリスクがあると思われる)新しい技術には、なかなか手を出しません。

 では、何故この番組は、農民に対し影響を与え、彼らの行動を変えることが出来たのかでしょうか。彼にこの質問を率直にぶつけると、次のような答えが返ってきました。

 まず1つ目は、常に現場からレポートをすることです。彼は「農民達を乾いた土地に連れてきて話を聞くよりも、自分が畑の中に入って泥にまみれながら話を聞かなければ本当の声を拾うことは出来ない。」と強調します。

 そして2つ目は、農業は収入に直結することから、農民にとって実は最も関心の高い事柄であることです。保守的であると同時に、やはり心のどこかでは「良い暮らし」に対する願望が宿っています。

 3つ目は、農民に親しみやすい言動に気を付けたことです。例えば、彼は番組内で、いつも「緑色の服」、「胸ポケットにボールペン」そして「メガネ」を着用します。これは学校教師やイマーム(宗教指導者)がする格好で、農民から親しみと信頼を持って貰えるとのこと。

 最後に4つ目は、特に最近は農民の意識も変化してきて、新しい農産物や技術に対する関心が高いことです。この為、番組でも加工やマーケティングに関する情報を取り上げることにも力を入れており、「道の駅」を取材する為に日本を訪問したこともあります。

何故テレビ番組が社会的効果を生じさせることが可能なのか

 そもそもテレビ番組の本質は、何事かをショーアップして視聴者の目の前に差し出すことです。一方、ただ闇雲に何かをショーアップして見せたとしても、視聴者である農民の心が動く訳ではありません。Shykh Seraj氏の言葉が示すことは、農民は繊細な存在であり、彼らの視線に立って物事を捉え、目の前に差し出さなければ、彼らの心には突き刺さらないということです。

「農業の他に医療や教育も農民の関心が高いと思うが、これらを題材に番組を作っても、彼らに受け入れられると思うか」と聞いたところ、彼の答えは一言「それには努力しかない」というものでした。農民の心を掴むのに、近道はないようです。

 ソーシャル・ビジネスにおいても、貧困層である農民を対象に何かの製品・サービスの販売を意図する場合、彼ら農民達の琴線に触れなければ、彼らが財布の紐をゆるめ、その製品・サービスを購入してくれることには結び付きません。このような意味で、Shykh Seraj氏の言葉は我々にとっても示唆に富むものです。

社会的効果と事業の持続性を両立させるビジネスモデル

 一方、このような番組に対する高い評価にもかかわらず、この番組は広告収入を得ている訳ではなく、Channel-i社のCSR活動の一環として行われています。即ち、この番組の制作費は、全てChannel-i社が自社で負担している訳です。この理由について、彼は「農民から“自分達を利用して金儲けをしている”と誤解されない為である。農民は、このような点にとても敏感だ」と述べます。即ち、農民の視点に立って番組を制作しているからこそ社会的効果を発現させることが可能になっている一方で、逆に、そのような姿勢によって事業から収入を得ることも難しくなっているのです。

 このことは一見するとソーシャル・ビジネスの隘路のように見えます。しかし、一方で、CSR自体は何も悪い訳ではなく、これも民間企業が自社業務の中で社会的効果を発現させる為の有力な選択肢です。特に最近ではテレビ番組以外の情報伝達手段が発達しており、この番組もYoutubeなどで見ることが可能です。このような動きについて、Shykh Seraj氏も「様々な人々に番組を見て貰うことが出来る」と肯定的に捉えています。このように、この番組が多くの人々に見られることによって、Channel-i社のコーポレート・ブランドが向上し、他の番組に対する広告収入が増加することで、結果として、この番組の費用も賄われているという構図です。このように見ると、この番組をCSR活動として制作・放映することは理にかなった戦略であることが分かります。 


  • 1 World Development Indicators
  • 2 『成長のアジア 停滞のアジア』渡辺利夫著、講談社学術文庫、2002年

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