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事例紹介2017.12.25

Coders Trust~貧困層でもグローバル市場で闘えるフリーランスITエンジニアを育成するモデル~

【ソーシャルビジネス事例解剖④】

地域:ダッカ

分野:IT

「例えば弁護士であれば国によって法律が異なる為、バングラデシュ人がヨーロッパやアメリカで活躍することは難しい。一方、コンピューター言語は世界中のどの国でも共通だ。だから、我々バングラデシュ人でも、欧米企業から仕事を受注することが可能なのだ」

「ITエンジニアにとっては、スキルが全てだ。そこには学歴も性別も関係ない。だからこそ、我々は貧困層に対しITスキルを身につけさせたいと考えているのだ」

 これはCoders Trust社のカントリー・ディレクターが発した言葉ですが、IT業界の本質を見事に表しています。即ち、コンピューター言語という各国共通の法則が支配する世界が存在し、そこでは標準化されたスキルと仕事の結果のみが求められ、究極的にはITエンジニアが有する属人的個性(学歴、性別、性格、そして所得)は問題にされないということです。同社は、まさにこの点を突いて事業化を図ったからこそ、事業の持続性と社会的効果を両立できたと言えます。

 Coders Trust社は、デンマークに本社がある会社で、ITスキルに関するトレーニングを提供しています。同社の事業は2つの大きな特徴を有しています。1つ目は、フリーランスのITエンジニアを育成することに焦点を当てていることです。そして2つ目は、貧困層に対してもITスキルのトレーニングを提供していることです。

 2017年時点で、バングラデシュには1,500社以上のIT企業が存在し、そこでは25万人のITエンジニアが雇用されています。これに対しフリーランスのITエンジニアは55万人いると言われています。このようにバングラデシュのIT業界では、フリーランスで働く若者が大勢います。更に、世界に目を向けても、IT業界ではフリーランスのエンジニアが数多く存在します。世界中に150のフリーランス・プラットフォームが存在し、そこには毎月10万件の仕事の募集が掛かります。また、このようなフリーランス・プラットフォームにより、2025年までに1億5,000万件の仕事が創出されるとの見方もあります1

 同社は、2014年からバングラデシュで事業を行い、現在では、コーディングやデジタル・マーケティングなど10のトレーニング・コースを提供しています。受講者数も2015年は僅か272名だったのが、2016年には827名に増加し、2017年は10ヶ月間で940名に達しています。

(出典)Coders Trust社

バングラデシュのITエンジニアに「フリーランス」が好まれる理由

 そもそも同社が、バングラデシュに進出したのは若年層が多いこと、またマイクロファイナンス機関が発達している為でした。 即ち、同社はITスキルのトレーニングを提供することは出来ますが、トレーニング終了後は基本的には卒業生が自力で仕事を探さなければなりません。この為、まずトレーニングの対象が多いという意味で若年層に着目し、更に事業化の際の資金調達を個人のレベルでも可能になるという意味で、マイクロファイナンスの仕組みが必要だったのです。

 一方、バングラデシュの若者に「フリーランス」という働き方が受け入れられなければ、同社の事業は定着しません。バングラデシュでは農業から(工場やオフィスなどの)非農業雇用を志向する人が増えていますが、これは毎月決まった収入を受け取れるからです。一方、IT業界では、上記のようにフリーランスで働く若者が数多く存在します。これは何故なのでしょうか。

 同社のトレーニングの1期生(卒業生)に話を聞いたところ、フリーランスという働き方を選択した理由は、1つ目は報酬の高さであり、2つ目は柔軟な働き方へのこだわりでした。彼の話によれば、例えば新卒でIT企業に就職した場合、月に30,000タカを稼ぐのがせいぜいですが、フリーランサーとしてグローバルなポータル・サイトで欧米企業から仕事を受注した場合、最低でも500ドル(=約40,000タカ)を稼ぐことが可能とのこと。更に、会社勤めをした場合、ダッカ市内であれば朝晩の交通渋滞で多くの時間を浪費することになる一方、フリーランスであれば、自宅など自分の好きな場所で仕事が出来る利点もあります。

 言葉を換えて言えば、IT業界であればフリーランスという個人単位であっても、ポータル・サイトを介してグローバル市場に直接アクセスすることが可能であり、そこではバングラデシュ国内よりも遥かに高い、国際水準の報酬を受け取ることが可能になります。この為、わざわざひどい渋滞の中を通勤し国内水準の低い給料を貰うのであれば、自分にとって好ましい環境で働き世界で勝負したいというバングラデシュ人ITエンジニアの意欲が、フリーランスという就業形態に結びついていると言えます。

フリーランス育成の為のトレーニング

 同社のトレーニングでは高校卒業者から対象になりますが、実際には大学生やIT業界で働く若手エンジニアがトレーニングに参加しています。1コースあたりの受講料は300ドルです。この3か月のコースでは、コーディングやウェブ・デザイン、デジタル・マーケティングなど実践的で付加価値の高いITスキルが習得できる他、履歴書やカバーレターの書き方、面接の受け方などソフトスキルに関するトレーニングも行われます。

 トレーニング終了後は、自分でポータルに登録し仕事を探すことになります。一方、フリーランスで仕事を受注することは、たやすいことではありません。この為、同社では、トレーニング終了後に、先輩の成功体験を聞く「ワークショップ」や一定期間内に多くの受注が出来た人を表彰する「受注コンテクスト」などを開催し、仕事の受注や実施に関する具体的なノウハウを提供すると共に、卒業生のモチベーション向上を図っています。同社のカントリー・ディレクターは、「確かにフリーランスは個人単位で行う業務形態ではあるものの、コミュニティーを作りお互いに助け合える体制を作ることが、とても重要だ」と強調します。

貧困層はITエンジニアとして闘えるのか~事業における社会的効果

 同社では、UNDP(国連開発計画)の支援の下、2014年から40名の貧困層に、また2016年からは合計360名に対し、6か月間のトレーニングを実施しています。このトレーニングでは、コンピューター技術について基礎から教える他、英語のトレーニングも行われます。この為、通常よりも倍のトレーニング期間となっている他、授業時間数でも通常より3倍の時間が確保されています。更に、ノートパソコンなどの機材も提供されます。

 ここで大事なポイントは、このような貧困層の受講生は、トレーニング終了後にフリーランサーとして稼ぐことが出来るようになるのか、という点です。結論から先に書けば、同社が実施したトレーニングにより、貧困層がフリーランスのITエンジニアとして自立した事例が出ています。例えば、ある卒業生(男性)は、受講当時は地元の小さな雑貨店で働き1日に100タカを稼ぐのみでしたが、現在は3か月で700ドルを稼ぐようになりました。また別の女性は、当時スラム街に住んでいましたが、現在は3か月で600ドルを稼げるようになり、スラム街から引っ越すことが出来たようです。

 この背景は、IT業界の人材市場の特徴が大きく関係しています。即ち、先述のように現在、世界中には100を超えるポータル・サイトが存在し、フリーランスであったてもそこで仕事を受注することが可能です。また、そこでは学歴や性別、出自は関係なくITスキルと以前の仕事のパフォーマンスのみが評価対象となる上、それらのサイトでは様々な難易度(とそれに対応した価格)の仕事が求められ、貧困層であっても最初は「データ入力」などの難易度の低い仕事から入っていき、徐々に経験と知識を積み重ねて難易度の高い仕事に移行してゆくことが出来ます。

 貧困層から見れば、例えばバングラデシュでIT企業に就職しようとすると、そこでは当然「学歴」が問われ、不利な立場に置かれがちです。一方、フリーランスであれば、直接グローバル市場にアクセスすることができ、自分の「腕一本」でのし上がっていくことが可能になります。

社会的効果と事業の持続性を両立させるビジネスモデル

 以上のようにCoders Trust社の事業は、2つに分けることが出来ます。1つ目は大学生やIT業界で働く若手エンジニアが受講する「通常研修」と呼ぶべきものです。この受講料が同社の収入になります。また2つ目は、貧困層を対象とした研修です。この研修は、貧困層に無料で提供されている為、ここでは収入は発生しませんが、この費用はUNDPからの支援で賄われています。

 一方、このUNDPからの支援は2018年に終了する予定です。この為、同社では、その後の展開を検討しています。具体的には、国際NGOや外資系ITコンサル企業と組み現在の取り組みをバングラデシュ全国に広げる方法や、或いは貧困層の受講生一人ひとりに海外から投資家を募り、受講生がトレーニング終了後に稼いだ報酬から資金を還元していく制度などです。

 このように見ていくと、Coders Trust社の事業では、貧困層でもグローバル市場で闘えるフリーランスのITエンジニアに育成できるという点において、社会的効果が認められます。更に、このような社会的効果が発現している背景は、UNDPによる支援もさることながら、特筆すべきは、Coders Trust社が、個人単位であってもグローバル市場にアクセスでき、そこではスキルと仕事の結果のみが評価されるというIT市場の特性を上手く捉え活用した点です。

 このように貧困層の置かれた環境と、自分達の市場の特性を上手く組み合わせて社会的効果を発現させる発想は、我々にとっても大いに参考になります。


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