公務員獣医師及び民間獣医師実践能力強化プロジェクト

プロジェクトニュース (2023年8月)

本プロジェクトではモンゴル獣医師の能力強化を図ることを目的として活動しております。その具体的活動として、獣医師免許を更新する際に必要な単位認定研修プログラムを開発し、提供することを指標の一つとして掲げています。今回のプロジェクトニュースでは、その背景とプロジェクトの取り組み、これまでの成果についてまとめて報告いたします。

1. 獣医師免許更新制度について

モンゴルでは5年間の獣医学教育を修了し卒業した者に対して獣医師免許が与えられます。2017年に制定された家畜健康法では、獣医サービスを行う権利を持つ獣医師は5年ごとに獣医師免許を更新することが義務づけられています。一方、政府機関や研究教育機関で職務を遂行する公務員獣医師は原則として免許更新の必要はありません。
ちなみにわが国では6年間の獣医教育を受け、国家試験に合格した者に免許が与えられますが、2年ごとの報告義務が課されているだけで、免許更新の手続きは不要です。職務遂行に必要な知識や技術については獣医師会等が開催する生涯研修プログラムや獣医師会大会での学術講演に自主的に参加する必要があります。一方、欧米やアジア諸国では1~5年毎の定期的な獣医師免許更新が義務づけられています。その際、卒後教育研修に参加し、必要単位を獲得することを課している国もあり、モンゴルの制度は欧米に準じたものと考えられます。

このように法律的に必要な卒後研修の実施に加えて、モンゴルでは別の課題があり、それは従来の獣医学教育に起因するものです。すなわち5年間教育が行われますが、実習用機材の不足、教員数の不足に加えて、ロシア語で書かれた古い教科書を使った旧態依然とした講義、実技教育を実施してこなかったことに起因する教員の経験不足等、ハード、ソフト面で多くの問題を抱えていました。加えて、過剰な数の学生(1学年150-200人)が狭隘な講義室、実習室で、文字通りの「詰め込み教育」を受けている実態があり、担当教員も複数回の講義・実習を受け持たざるを得ず、教育負担も過重になっていました。その結果、獣医師として十分な知識、技術を身につけないまま卒業させてしまうというのが過去の獣医学教育の実態でした。2014-2019年に実施された技術援助プロジェクトでは、モンゴル生命科学大学獣医学部の教育改革に取り組み、講義・実習の改善や教育能力向上に向けた研修を通じて学部卒業生の資質向上という点で成果を上げました。しかし、全国で2,000人以上いる2014年の前プロジェクト開始以前に教育を受けた獣医師に対する卒後教育を充実させることは現プロジェクトの課題となっています。

2. モンゴル側での制度設計と経過

PDMの成果目標に「プロジェクトによって開発された研修コースが獣医師免許更新制度の一部として公式に承認される」とあることより、GAVSや関係組織と緊密に情報交換を行い、プロジェクトで実施する研修が単位取得可能な公式研修と認められるように準備を進めてきました。モンゴル側の動きとして、2021年12月には以下の通り、更新制度の骨子が定められ公開されました。

その後、総合獣医庁内で獣医師免許更新制度を管理する研修委員会が正式に組織され、単位認定研修制度の詳細(研修内容、実施団体等)が審議され始めましたが、構成員の間での議論が紛糾し、1年近く審議が滞りました。その後、委員会メンバー交代を経て、プロジェクト開始より2年後の2022年10月にようやく研修実施要領の詳細が決定、公開され、研修制度が正式にスタートしました。その際、一部の研修には世界銀行からの予算が充てられることとなり、その対象となる10項目の指定課題(法令、経営、4大感染症等)については公募、それ以外の研修については実施希望機関が研修委員会にそれぞれ書類審査を持ち込むこととなりました。

3. プロジェクトによる研修プログラム開発と試験的実施
制度が確立されるまでの間、PJでは、カウンターパート機関と研究研修グループ(※)を2021年度より組織して、研究と並行して研修を実施させ、単位取得可能な正式な研修となるように準備を進めてきました。この基本的な考え方は前技プロから引き継いだ「研究活動を通じた教育の改革」で、新しい知識の吸収には探究心(=研究活動)が必須であり、教育にのみ専念すると外界から隔絶され全く進歩しないか社会の進歩やニーズ変化からかけ離れた方向に教育が進みがちになりやすいということです。研究研修グループの活動については後日、本ニュースで取りまとめて報告します。一方、国等から配分される研究資金や競争的研究費がほぼゼロであり、研究費獲得が教育研修活動へ取り組むインセンティブにもります。各グループリーダーには研究と並行して研修の実施を義務として課しました。その結果、2021年度、2022年度上記グループが行った研修は35 コース、参加獣医師はのべ798人となっています。全国的にも本プロジェクトがバックアップする研修の内容が浸透し、中央県以外の各県からの研修依頼も多数よせられるようになっています。

4. 免許更新のための公式研修としての認定
単位認定制度が制定される以前にプロジェクトが実施した2021―2022年度の35研修については、2022年末までに更新が必要な獣医師に対して暫定措置として単位が与えられました。2023年度の実施予定の8項目の研修(計16回)についてをGAVSの研修委員会に必要書類を提出、審査を受けて適正と認められ2023年6月9日に公式単位研修として承認されました。
2023年度の単位認定公式研修の予定は、表1のとおりです。

表1 (カッコ内は単位数と実施時期)
1. Pathological differential diagnosis of respiratory diseases in Ruminants (1: 2023.7.3,2023.11)
2. Appropriate use of veterinary drugs and analysis of drug residues(1: 2023.9)
3. Some non-infectious diseases of horses(2: 2023.8)
4. Diagnostic methods of Parasitology(2: 2023.12,2024.01)
5. Laboratory diagnosis (Diagnostic of Serology and Molecular biology)(2: 2023.10,2024.01)
6. Detection of foodborne illness pathogens of bacterial origin(2: 2023.6,2023.9)
7. Procedures for establishing and canceling prohibitions and restrictions for combating infectious diseases of animals(1: 2023.08)
8. Non-infectious animal diseases(2: 2023.10)

5. 研修プログラムの認可から研修実施までのプロセス
研修委員会への研修認定申請から研修実施、単位認定にいたるプロセスの概略を図1に示しました。まず、必要書類(研修日程、時間割、担当講師と略歴、研修に必要な場所や機材整備状況、試験問題)を研修委員会に提出、受理、審査(必要に応じて修正再審査、委員会でのヒアリング)の過程を経て承認された場合、GAVS長官が各研修プログラム毎に認定証を交付します。その後の一連の作業、すなわち研修の広報、参加者登録、受講資格確認、研修料徴収、試験の実施、出席確認と結果判定、単位認定等の一連の作業はすべてMAKHIS2(世界銀行の支援で作成された登録システム)を通じて実施されます。研修終了時にMAKHIS2システム上でオンラインテストを受け、80点以上取得できれば単位が認定される、ということになります。
2023年6月にプロジェクトのサポートにより実施された食品微生物関連の実習の模様を写真で掲載します。

図1

6. 今後の目標、懸念事項
以上述べましたように、本プロジェクトがサポートする研修コースが、獣医師免許更新のための単位認定コースとして認められたことから、プロジェクトの目標達成に大きく前進しました。しかしながら、GAVSや研修委員会、カウンターパート機関と協議しながら解決しなくてはならない問題もまだまだ多くあります。

① 獣医師に求められる能力・技術は何か、またそれを獲得させる研修内容は?

日本では「動物のお医者さん」のイメージが強いかと思いますが、獣医師は多岐にわたる職責を担っており、モンゴルでの獣医師の役割も同様です。すなわち、産業動物(大動物=牛、馬、ヤク、ラクダ、中小動物=羊、山羊、豚、鶏)や愛玩動物(犬、猫、小鳥、観賞魚)の診療、食の安全を中心とした公衆衛生、国家レベルでの感染症防疫、野生動物保護などです。これらに共通する知識、技能もありますが、職域により、必要とされる専門的知識、技術はそれぞれ異なります。モンゴルでスタートした研修制度では職域毎の「学ぶべき事項」の整理が十分でなく、今後は研修委員会が研修内容を吟味して明確な指針を示してゆく必要があります。

② 研修の持続性をいかに図るか?

今のところ、研修にかかる経費はODA など海外からの資金に大きく依存しています。本プロジェクトでも、試薬等消耗品として1研修あたり2000ドル相当を提供してますし、講師の地方派遣にはプロジェクトカーを使用させるなど、交通費負担を最小限にしています。将来的には、モンゴル側の100%経費負担で研修を実施せねばならず、このような費用を受益者にも負担させなくてはなりません。また研修実施機関に対しても、それなりのインセンティブを確保する必要があります。2023年の研修では、一回1-2単位の研修の受講料として50,000トゥグルグ(約2,000円)を徴収しており、これは研究実施機関に還元され、講師旅費に充当されています。100%受益者負担となる場合、この5-10倍の受講料を徴収しないと研修が成り立たないと考えられます。

③ 研修内容の充実をいかに図るか?

①、②の問題ともかかわりますが、受益者が料金を払うのに見合った研修内容にする必要があります。特に実施機関あるいは講師が「教えたい」ということより、現場の獣医師が必要としており、「教わりたい」ことを優先して研修で取り上げる必要があります。特に、研究機関に所属する研究者は自分の研究テーマにこだわって視野の狭い研修をする傾向がみられましたので、プロジェクト主導により教える側の意識改革を図っていかなくてはなりません。

④ 全国の獣医師に対して研修参加の機会が均等に与えられるか?

モンゴルは東西2,400km, 南北1,260kmで日本の国土の約4倍の面積を有します。また冬季間の移動は厳しく、地方での研修実施は容易ではありません。必然的に地方獣医師が研修に参加できる機会は首都近郊の獣医師に比較して限られます。オンラインでの研修も有効とは思いますが、実技研修は少人数の対面制で行わざるを得ません。また、対面方式の研修終了後の試験はオンラインで実施していますが、完全オンライン化にした場合、試験の公正性をいかに保つかも大きな問題です。

⑤ 実技研修が十分に実施できるか?

大学教育で満足な実習を受けることができなかった獣医師からは、実技に関する研修が切望されています。しかし、そのような研修を実施するには、必要な機材や消耗品、適切な研修場所を準備しなくてはならず、学習効果を上げるためには、受人数(1実習あたり30人程度)を制限せざるを得ません。地方獣医師に対していかに効果的に実技研修を実施するかも課題です。

以上の問題点の解決を図りつつ、2023年秋以降も研修を実施してきます。その実施状況については、引き続きプロジェクトニュースで報告いたします。

写真 ウランバートル獣医局で実施された単位認定研修(食品微生物学)

食品微生物に関する講義

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食品からの細菌培養法実習

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オンラインでの試験―スマホでの回答

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全員合格でほっとした表情の受講者と講師

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