不就学児童・若者向けの前期中等教育の承認と実施―若者の生計向上や就労にも繋がる継続的な教育機会の提供のために
パキスタンでは、前期中等教育の最終学年である8年生まで在籍する子ども(残存率)は58%(男子58%、女子57%)1で、4割以上の子どもが初等教育から前期中等教育の期間に退学してしまいます。毎年学業を修め、労働市場に進出する若者はおよそ180万人おり、職業訓練が必要な不就学の若者およそ440万人を加えると、他の高等教育機関への進学者を除いても500万人分の若者の技能開発が必要と連邦教育省は試算しています2。他方、職業訓練校の受け入れ可能人数は50万人で、多くの職種において少なくとも前期中等教育の修了資格が求められます。15-24歳の男性の35.3%、女性の78.1%が労働市場に参画できていない3という結果も出ており、公教育と労働市場との間に需要と供給のミスマッチが生じているパキスタンにおいて、教育の継続性、特に初等から中等教育への継続性に加え、労働市場への架け橋となる技能向上は極めて重要です。
オルタナティブ教育推進プロジェクト – Advancing Quality Alternative Learning(AQAL) フェーズ2では、初等教育を卒業したが、様々な理由で中等教育に進学できなかった若者たち向けに、若者の生計向上や就労も考慮した前期中等教育段階のNFE(Non Formal Education、ノンフォーマル教育)コースをパキスタン政府とともに作成し普及する取り組みを実施しています。そこで今回は、前期中等教育(6〜8年生段階)及び職業訓練(国定職業資格全5レベルのうち、レベル1~2)における速習型学習プログラム(Accelerated Learning Program (ALP) Middle-Tech)をご紹介します。本プログラムの試行は、国立のアラマイクバル放送大学と協働し、複数の州政府関連団体やNGO団体と連携して全国27箇所でNFEセンターを開設し、2022年12月から2024年6月に渡って実施しました。
1 PIE(2023)「Pakistan Education Statistical Report 2021-22」 p.24
2 MoFEPT(2018)「National “Skills For All” Policy」 p.3-4
3 Labor force participation rate for ages 15-24, female, male (%) (national estimate) – Pakistan (最終閲覧日2024年7月31日)
https://data.worldbank.org/indicator/SL.TLF.ACTI.1524.FE.NE.ZS?locations=PK
https://data.worldbank.org/indicator/SL.TLF.ACTI.1524.MA.NE.ZS?locations=PK
ALP Middle-Techプログラムは、通常では36ヶ月を要する前期中等段階の学習範囲を18ヶ月間で終えることができるように構成されています。このコースでは、中等(6〜8年生段階)における国語、英語、数学、社会、イスラム教育/宗教学といった一般科目に加え、観光、グラフィックデザイン、電気工などの職業関連の科目のうち1つの理論と実技を学ぶことができます。基本的に、本プログラムに参加する子ども・若者は該当する学齢期を過ぎているため、これまでの生活や仕事の中で培ってきた既存の知識や豊かな経験を有しており、それらのメリットを活かしながら学ぶことで、6〜8学年の3年間で学ぶ内容を半分の期間で終えることができるのです。本プログラムは政府や通信大学4の公式カリキュラムにのっとったコースなので、修了すると、当該政府機関発行の前期中等段階の修了資格と、国定職業資格の枠組みにおけるレベル2の資格を得ることができ、その後は後期中等段階の学校やMatric-Tech校(一般教育及び技術教育課程)、職業訓練校(レベル3)への進学や就職など進路の選択肢が広がります。学びたいけれども仕事をして家計を支える必要があるなど様々な環境で公教育を受けられない青少年にとって、上記の資格を得られることは大きな希望につながります。
4 今回Middle-techコースを共同実施したアラマイクバル通信大学は、大衆向けの教育を目的にした大学で、識字から中等レベルの教育も実施している。
写真1 社会科の授業の様子。意見を交わしながら教科書の問題に取り組む
写真2 タブレットに装置されたデジタル教材も併用しながら学習を進めることで理解が深まる
実際にプログラムで学ぶ生徒の事例をご紹介します。
イスラマバード近郊のMiddle Techセンターで学ぶリズワナは、このプログラムで技術・職業訓練を受けられると聞き参加しました。彼女は生まれつき手に障害を持っており、はじめは他の子どもたちに障害のことをからかわれるのではないかと恐れていましたが、両親の励ましや友人との交流の中で自信をつけていきました。彼女は美容師コースを選択し、今では顔にメイクやフェイシャルマッサージ、手にヘナを施す技術を身につけました。彼女は「さらに勉強を続け、教師や美容師になりたい。そしてこのコースで得たスキルを活かし、両親の生活を支えたい」と力強く話してくれました。まもなく彼女はMiddle Techセンターを修了する予定です。
写真 3 クラスメートにモデルとなってもらいメイクアップの練習をするリズワナ
クエッタのMiddle Techセンターに通うアスマットは、小学校5年生まで公立学校に通っていましたが、家庭の経済的な事情により中学校への進学を断念せざるを得ませんでした。その後、彼は仕立て屋でアルバイトとしてお使いを頼まれたり、仕立てた衣服の配達を手伝ったりしましたが、裁縫に関してスキルを身につける機会はありませんでした。そんな時、近くでMiddle Techプログラムが始まることを友人から聞き、アルバイトの経験により興味を持っていた裁縫コースも中等の教科とともに学ぶことができると聞き、参加することにしました。センターで理論的知識・実践的スキルを学んだことにより、今では家の近くの仕立て屋で雇用され、服を縫うことでお金を稼ぐことができるようになりました。顧客の請求書の作成や採寸なども自ら行っています。彼はコース修了後、進学を望んでいます。アスマットは言います。「教育は必要です。教育を受ければ、良いことと悪いことを判断できるようになるからです」
写真 4 アスマットはMiddle Techセンターでスキルを学んだことにより仕事を得ることができた
Middle Tech アプローチは、職業訓練だけでなく、タブレットやLMSなどデジタルツールを介して、より楽しく、わかりやすく学ぶとともに、実践にも役立つコンテンツを提供しています。こうした様々なコンテンツを含むことで、対象とする学習者の社会的、経済的、文化的なニーズと課題(学齢期を過ぎている、働いているので時間がない、近くに中学校がないなど)を解決することを目指しています。Middle Tech の試験的導入で得た結果や教訓を、政府関係者やステークホルダーと広く共有するなかで、既に複数の州政府がMiddle Techの導入・実施に前向きな姿勢を示し、そのための準備を始めています。
写真 5 協力しながら布を採寸する(裁縫コース)
写真 6 講師から実践的な技術を学ぶ(HVACR(空調整備)コース)