熱帯地域の未来のトウガラシとトマト
インドネシアでは食卓に欠かせないトウガラシ。ご飯やおかずに辛味を加える「サンバル」はインドネシアの国民食とも言えます。トウガラシは鮮度が命で長期保存が難しく、供給量によって価格が激しく変動します。天候や病害虫に影響を受けて、農家は不安定な経営を強いられています。価格が高騰すると、貧困層が栄養のある食事を摂れなくなるというような社会問題にもつながり、国を挙げて解決に取り組んでいます。
インドネシアでは、トウガラシに加え、それに次ぐ圧倒的な流通量を誇り、食卓のベースを支えているトマトが最優先作物として挙げられます。この2種類の作物は同じ「ナス科」の仲間です。インドネシアではトマトを生で食べるより、サンバルの辛味をまろやかにしてコクを加えたり、スープをはじめとする様々な料理に旨味や風味を加える食材として用いられています。しかし、近年の気候変動による猛暑で深刻な収量減少に直面しています。
そこで、この国際共同研究(SATREPS)プロジェクトでは、トウガラシとトマトの品種開発をすすめています。トウガラシは病気(炭疽病※)に、トマトは暑さに強い性質を持たせることを目指しています。そのアプローチは主に2つ。最先端のゲノム編集技術と突然変異の利用です。本プロジェクトでは、まず技術が先行しているトマトを対象にゲノム編集による品種開発を試み、将来的にその技術をトウガラシに応用していく道筋を描いています。今回は、これら2つのアプローチで現場の活動がどのように進んでいるのか紹介します。
市場にならぶトウガラシ
料理に添えられるサンバル(魚の左上)
インドネシア初!分子のハサミで未来のトマトをデザインする
従来よりも何倍も速く新品種が作れるゲノム編集の技術を用いて、暑さに強いトマトを開発しています。ゲノム編集は、特定の遺伝子を狙って変化させる、分子の「ハサミ」のような技術です。この写真ではクリーンベンチ(無菌作業台)の中で、大腸菌に「gRNAコンストラクト」というハサミが切る場所を示す、いわば「GPS」を組み込んでいます。その「GPS」を効率よく増やすために大腸菌の力を借ります。全ての工程は雑菌が入らないよう慎重に行います。この「ハサミ」と「GPS」が完成すれば、暑さに負けないトマトを作るための準備が整います。この研究が成功すれば、ゲノム編集によるトマトがインドネシアで初めて作られることになります!
無菌状態ですすめられる精密な作業
Genome editing research feels like solving a tricky puzzle—sometimes messy, sometimes magic! (ゲノム編集の研究は手ごわいパズルのようです。一筋縄ではいかず、時には魔法のような瞬間があるんです!)
大学院生Fさん
数千株から奇跡の1株を見つけ出す
ゲノム編集(狙って変化させる)とは別のもう一つの挑戦が「突然変異」を利用した品種改良です。バンドン近郊の高地レンバンの野菜の研究機関(BRMP TS)では約3,000株のトマトとトウガラシがひしめき合っています。
突然変異とは、細胞にあるDNAが、コピーミスを起こして配列が入れ替わったりすることです。細胞の設計図が変わるため、大きさや色、味が変わることや、それまでとは異なる性質をもつように変化します。自然界でもDNAが偶然書き換わる突然変異は起こりますが膨大な時間がかかります。このプロジェクトでは、種を特殊な溶剤(EMS)に浸して、進化の偶然を人工的に引き起こします。現在はそのようなトマトとトウガラシを大量に栽培しながら、葉の形、花の色、育ち方等、突然変異の兆候が表れているか毎日注意深く観察しています。
トマトの突然変異体作りの様子
トウガラシの突然変異体と研究者による議論の様子
今後は、その中から理想の性質をもった、暑さに強いトマト、炭疽病に強いトウガラシを探して選んでいきます。その際、地道な観察だけでなく、最新の技術・研究機材を使って、DNAを直接読み取ることで、苗の段階で突然変異を起こしているか的確に見極めることができます。
研究活動の意見交換
2025年12月1日にパジャジャラン大学で第2回JCC(合同調整委員会)を開催しました。SATREPSプロジェクトチームに加え、国際協力機構(JICA)、科学技術振興機構(JST)の関係者が出席しました。各研究活動のリーダーが進捗について発表し、意見交換を行いました。その質疑応答の一部をご紹介いたします。
質問者:インドネシア政府による無償給食プログラムが実施される中で、農家は現在もトマト・トウガラシといった作物の栽培に関心をもっていますか?
無償給食プログラムは、8千万人以上の就学児童・妊産婦を対象に栄養のある給食を無償で提供する優先政策で、その莫大な需要を支えるために農家さんがどのような影響を受けているのか、現在のインドネシア情勢を踏まえた指摘です。
回答者:トウガラシは市場価値が高く、農家にとって魅力的な作物です。インドネシア人はトウガラシなしでは生きられない食文化を考慮しますと、これらの作物は継続して栽培されるものと考えられます。
高く売れて魅力が高いトウガラシ。その一方で、病害によるリスクも大きく、収入が不安定な側面も併せ持っています。本プロジェクトで安定して収穫できる強い品種を開発することは、農家さんによる安定した経営に向けて重要なステップとなります。会合では、今後も日本とインドネシア側で協力して、研究と社会課題の解決に向けて取り組んでいくことを確認しました。
JCC会合の様子
日本でも気温の上昇により、マンゴー、アボカド、バナナといった沖縄や海外で栽培されていた作物が日本各地で栽培されるようになってきました。皆さんが普段食べているトマトも、もしかしたら将来この技術に支えられているかもしれません。
「ODA見える化サイト」では、この国際共同研究がどのように進んでいるのか、現地でどんな成果が出ているのかを、今後も分かりやすくお届けしていきます。未来の食卓を守る挑戦に、ぜひご注目ください!
【Q&A】
Q1: SATREPSとは?
地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム、通称SATREPS(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development)は地球規模課題の解決に向けた日本と開発途上国の国際共同研究を推進するプログラムです。
Q2: JCCとは?
合同調整委員会(Joint Coordination Committee)の略です。日本とインドネシアの関係者一同が集い、プロジェクトの進捗について共有・意見交換を行ったり、運営について意思決定を行います。
Q3: トウガラシの炭疽病とは?
炭疽病は、かびによりトウガラシが黒く腐ってしまい、甚大な被害をもたらす病気です。
トウガラシの炭疽病