体育授業づくりワークショップ

2019年1月30日

ボスニア・ヘルツェゴビナ体育事情

2019年1月29日から30日の二日間にかけて、モスタル市の小学校低学年教員を対象とした『体育授業づくりワークショップ』を実施しました。

ボスニア・ヘルツェゴビナ(以下、BiH)では小学校1年生から4年生までは全教科を主にクラス担任が教え、5年生から教科専門の先生による授業が始まります。そのため、低学年の保健体育は、基本的には体育専科ではない担任の先生が実施します。これまで、モスタル市スポーツ協会や教育研究所などは、この低学年における体育授業改善のための教員研修やサポートが十分でないことを問題視していました。また、多くの途上国でよく見られますが、保健体育や音楽・美術などの教科は他の国語や算数などの教科に比べ、優先度が低く、すぐに授業が中止になるということは、ここBiHでもよくあることです。加えて、施設や用具の不足を理由に、「道具がないから〇〇ができない」という固定概念に縛られがちです。このような問題は、まず先生たちへのサポート体制を作り、その上で先生たちの意識を変えなければなりません。どんなに素晴らしいカリキュラムができても、結局は現場で教える先生がやる気になることが重要です。ということで、今回は、プロジェクトがこれまで作成支援してきた『保健体育共通コア・カリキュラム(CCC)』の導入支援をしている4つのパイロット小学校を対象に、どうすれば楽しい体育の授業ができるのかをテーマにこのワークショップを実施しました。内容は、主に、体育の授業ですぐに使えるような簡単なゲームや、遊びを通した体力づくりの紹介です。講師はプロジェクト専門家である辻(筆者)です。

体育授業における楽しさとは

目指すところは、『子どもが楽しんで主体的に参加する体育授業』です。では、楽しさとは何でしょう?子どもはただ飛んだり跳ねたり、友だちと一緒にゲームをしたり、ボールをひとつ与えるだけでも楽しむかもしれません。しかし、体育授業における本当の楽しさ、それは『できた!!』ということだと考えます。どんなことでもいいのですが、『できた!』=達成感を子どもが感じることのできる工夫を教師がしなければなりません。『前転ができた!』『逆上がりができた!』『シュートができた!』といったわかりやすいこともそうですが、『友だちと協力して練習できた!』とか『昨日の記録より0.1秒早くなった!』とか『友だちの良いプレーをほめることができた!』など、些細なことも教師が気づき、褒め、評価してあげることが大切です。

子どもが自然と学ぶしかけ

ワークショップでは、先生たちが生徒の役です。先生たちが子どもの立場になって動いてみることで、いろいろな気づきがあります。

まずは『グループづくりゲーム』から始めました。講師が笛を吹いた数と同じ人数のグループを作ります。これは、先生が笛などの合図をしたら、動きを止めて、先生に注目するという体育授業の基本ルールのようなものです。ゲームをしながら、子どもは自然にそのルールを身につけていきます。このゲームのもう一つの魅力は、子どもたちは正しい人数のグループを作り、その中に自分が入りたいと考えるので、結構子どもの本性が見えたりします。自分がグループから外れてしまったときの態度や、友だちの誰かが外れてしまったときの対応などは見ていると興味深いです。

次に『ひざタッチゲーム』を行いました。二人組で向かい合って左手をつなぎ、右手で相手の右膝をタッチする。自分はタッチされないよう逃げるというものです。単純でルールも簡単な遊びですが、大人でもとても盛り上がります。左手はつないだまま離さないので、比較的狭いスペースでもできる遊びです。自然と手をつなぎ、体に触れあうことで、一気に距離が縮まるので、アイスブレイクにはぴったりのゲームです。

その後は新聞押し相撲やしっぽ取りゲームなど、日本人なら一度はやったことがあるような楽しいレクリエーションをいくつか紹介しました。
このような遊びは子どもにとってはただの遊びでも、体育授業の基礎を作るための要素がたくさん含まれていますし、何より子どもが夢中になって楽しみます。楽しい遊びを通して、基本的な体力をつけたり、ルールを守ったり、友だちとの関わり方を考えさせたりします。

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遊びを通した体力づくり

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ひざタッチゲーム

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フラフープ送り

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風船ラリー

先生たちの気づき その1

しっぽ取りゲームをやったときのことです。今回、しっぽは新聞紙を細長くちぎって作りました。それをズボンの後ろに挟み、決められた範囲内を自由に動きながら、自分のしっぽは取られないようにしつつ、人のしっぽを取るという基本ルールを説明し、実際にやってみました。すると、自分のしっぽを取られないように片手で押さえながらやっている先生がいました。1ラウンド終わったあと、先生たちを集め、「何か気づいたことはありませんか?」と聞きました。すると以下のようなやり取りが展開されました。

教師A:「しっぽを押さえていた人がいてずるい」
しっぽを押さえていた教師B:「しっぽを押さえてはいけないというルールは聞いていない」
講師:「みなさん、しっぽを押さえるのはどうですか?」
みんな:「それはフェア(公平)じゃない!」
講師:「そうですね。確かにしっぽを押さえるのはフェアではありませんね。では、フェアにゲームを進めるためにどんなルールがあったらいいかみなさんで考えて下さい」
教師C:「しっぽを押さえてはいけない」
教師D:「ズボンの中にしまう長さは同じにしなければならない(しっぽの長さを同じにする)」
教師E:「しっぽの太さも同じにした方がいい」
など、いろいろなルールが新たに加えられ、2ラウンド目は公平にみんながゲームを楽しみました。

このゲームの終了後、私が先生たちに伝えたのは、『授業で最初に生徒に動きやルールの説明をする際は、必要最低限の説明でよい』ということです。最初は、生徒が失敗したり、アンフェア(不公平)な状態に気づいたりする場を意図的に作ることも大切なので、すべてを事細かに説明する必要はないのです。気づいたところで、生徒自身が『どうやったらみんながフェアに楽しむことができるのか』『どうやったら成功するのか』を自分たちで考え、友だちと話し合うことが大切なのです。

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しっぽ取りゲーム

先生たちの気づき その2

『無限の椅子』というゲームを紹介しました。これは、みんなで丸くなって輪を作り、同じ方向を向いて一斉に座るというただそれだけのゲームです。後ろの人の膝が自分の椅子になるというわけです。簡単な説明のみをし、実際に先生たちにやってもらいました。すると、当然一回目は上手くいきません。間隔が広すぎたり狭すぎたりして、座るのを躊躇する人がいます。早速先生たちは、ああでもない、こうでもないと言いながら、輪を修正します。そして2回目。それでもまだ上手くいきません。間隔はだいぶよくなっているのに、何度かチャレンジしても上手くいかないので、次のようなやり取りを展開しました。

講師:なぜ上手くいかないのでしょう?
教師A:前後で身長差がありすぎると難しい。
講師:確かにそうですね。では、身長差がありすぎるところはチェンジしましょう。
教師B:輪全体をもう少し小さくした方がいい。
教師C:前の人の肩に手を置いたらちょうどいい間隔ができる。
講師:みなさん、いいポイントに気づきましたね。では、このゲームに一番大切なことは何でしょう?
教師D:タイミングを合わせること。
講師:それはもちろん大切ですが、その上でもっと大切なことがあります。
教師E:信頼すること!
講師:そうですね。後ろの人を信頼して、あと集中力もとても大切です。そこを意識して最後にもう一度チャレンジしてみましょう。

このやり取りのあと、見事に無限の椅子は成功しました。先生たちが『信頼』と『集中』に意識を置いたら、ようやく上手くいきました。

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無限の椅子(準備中)

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無限の椅子(完成の状態)

現地の先生たちは、とかく、生徒の失敗は教師の力不足のように考えがちで、失敗をした生徒に「あなたのやり方は間違っている」というような声かけをしがちです。体育の授業は成功することだけが学びではありません。むしろ、失敗から学ぶ事の方が多いのです。失敗したときに、その生徒のつまずきにきちんと気づき、「なぜそうやったのか」ということを問い、「どうしたら次は上手くいくのか」をフォローしなければなりません。答えを教えるだけではなく、答えを生徒自ら考えられるような場を作ってやることが重要です。

生徒へのアプローチ方法

今回のワークショップで大切にしたことは、授業で使えるアイデアの共有はもちろんですが、生徒が主体的に取り組み楽しい体育授業を実現するために、教師が生徒にどうアプローチするかということです。

教師が生徒に動きやルールの説明をし、生徒がそれを実行するという『教師から生徒』という一方向だけのコミュニケーションではなく、『教師と生徒』の双方向のコミュニケーションが大切です。生徒は、教師が自分の成功に気づきほめてくれたり、失敗に気づきフォローしてくれたりすることで、安心して授業に参加できます。もちろん、それを実現するためには、教師が一人一人の生徒をよく観察し、細やかに対応する必要があるので、教師は一分たりとも気が抜けません。また、生徒が動きやすいような場を準備したり、生徒の反応を予測したりすることも必要ですから、事前の準備が大切です。毎時間の授業を行き当たりばったりでやっていても、いい授業はできません。今回のワークショップで実際にロールプレイ形式の授業を実施したことで、何かヒントを得てもらえたらと思いました。

参加して下さった先生方の中には、60歳を超えるベテランの先生もいましたが、多くの先生方から「楽しかった!」「またやって欲しい!」というコメントがありました。また、「教師役である辻さん(筆者)のコミュニケーションの取り方は決して生徒の意見を否定せず、常にポジティブであったことでみんなが楽しむことができた」というコメントもあり、伝えたかったことは理解してもらえたのではないかという手応えを感じました。プロジェクトでは今後、パイロット校以外の学校での実施も計画中です。

【画像】ペトラバクレ小学校とビェロ・ポリエ小学校の先生たち(前列左端が筆者)

【画像】マリン・ドゥルディッチ小学校とモスタル第4小学校の先生たちと(後列左から3番目が筆者)