自信につながる!
協力隊派遣前の「JICA海外協力隊
グローカルプログラム(派遣前型)」

「JICA海外協力隊グローカルプログラム(派遣前型)」は、JICA海外協力隊合格者のうち、帰国後も日本国内の地域が抱える課題解決に取り組む意思のある希望者が、派遣前訓練に入る前の約3カ月間に、自治体などが実施する地域活性化、地方創生などの取り組みに参加するOJT(On the Job Training)プログラムだ。2023年11月時点で全国19の地域で行われており、22年1月の制度開始からこれまでに約150人が参加している。23年夏から受け入れを開始した、愛媛県伊予市と宇和島市の2自治体で参加した実習生の様子を見てみよう。


伊予市 ▶ JR下灘駅の活性化や市の魅力発信に取り組む

海を背景に電車と駅が撮れる下灘駅は伊予市の人気観光スポットの一つ

海を背景に電車と駅が撮れる下灘駅は伊予市の人気観光スポットの一つ

   愛媛県伊予市は、将来の人口減少社会への対応として、伊予市と関わりのある関係人口を創出することで「3万人が住み続けられる伊予市」を目指している。

   実習生の一人、中山 慎さんは、元高校の社会科教諭だ。「ずっと沖縄で育ったので、他県も経験してみたいと、JICA海外協力隊グローカルプログラム(派遣前型)(以下、GP)へ参加しました。思っていたより生活面のギャップもなく、気候も人もあたたかくて、楽しんで活動しています」。

   中山さんが取り組んでいるのは、「JR下灘駅」の活性化だ。「海に近い駅」「夕日がきれいな駅」として多くの観光客が訪れる駅ではあるものの、無人駅ということもあり、地元の老人会などボランティアが花壇の手入れや掃除をしているだけで、飲食や土産物の販売などはなかった。「下灘駅に来て、眼下に海が広がる雄大な景色に感動しました。一方、伊予市在住でも駅の近くに住んでいない方からは『行ったことがない』という声もあって、ここをもっとPRしたいと思いました」。

   駅の待合室で地元の菓子を販売し、自由に談話できるようなカフェスペースをつくろうと、待合室を清掃したり、来場者に土産物などについての聞き取りを行ったりしている。「年齢や性別に合わせながら聞き方や接し方を変えることで、話を引き出せるようになってきました」と、コミュニケーションに自信がついてきたという。各所との調整には時間がかかるため、実習期間中に菓子販売までは難しそうだが、今後も継続して実習生が来ることで、下灘駅の活性化は続いていくようだ。

伊予市では住民に親近感を持ってもらうため、実習生にニックネームをつけている。木下るさかさん(キルギス派遣予定/青少年活動、写真左)は名前から「るーちゃん」、沖縄出身の中山 慎さん(タイ派遣予定/野球、写真右)は「シーサー」だ。中央は受け入れ先の一般社団法人いよのミライカイギの冨田 敏代表理事

伊予市では住民に親近感を持ってもらうため、実習生にニックネームをつけている。木下るさかさん(キルギス派遣予定/青少年活動、写真左)は名前から「るーちゃん」、沖縄出身の中山 慎さん(タイ派遣予定/野球、写真右)は「シーサー」だ。中央は受け入れ先の一般社団法人いよのミライカイギの冨田 敏代表理事

   もう一人の実習生、木下るさかさんは、3年半の社会人経験を経て協力隊に応募した。幼少期を海外で過ごし、ゴミ山でゴミを拾う子どもたちや、栄養失調の子どもたちを目にし、協力隊を目指すようになった。海外に視点を向けてきたが、国内の課題を知ってから派遣国に行きたいと、GP参加を決めた。

「伊予市に来て最初の週末に街を散策する日があったのですが、地元の方々から次々と声をかけてもらえて。コーヒーをごちそうになったりして、一人でいる時間がほとんどなかったんです」と、早々に伊予市になじんだ木下さん。伊予市はイベントごとも多いため、活動を一つに絞らずに、すべてをまとめて「伊予市のPRを行い、SNSのフォロワー数を増やす」ことに決めた。市内のさまざまな施設のPR動画も制作中だ。「何にでも顔を出していると、思わぬところで人を紹介していただけたりするんです。今度、イベントで知り合った方の依頼で、英語を使いながら子どもたちに海外の話をする会を開けるかもしれません」と、活動の幅は広がりを見せる。

   伊予市でGPの受け入れを担っている一般社団法人いよのミライカイギの冨田 敏代表理事は、実習生を高く評価する。「協力隊の派遣前に3カ月あったら、今のうちに遊びに行こうなどと考えそうなものですが、日本でもスキルを身につけようと思っている。これまで2回受け入れをしましたが、実際、優秀な人が多いと感じます」。

   冨田さんが大切にしているのは、「楽しみながらも、自分で活動を見つけて行動してもらいたい」ということ。それをあらかじめ伝えても意味がないと伝えずにいるそうだが、「実習生には気づける人が多いんですよ。今日も中山さんが下灘駅の自転車置き場の奥にガラクタが積んであるのを見つけて、『ここ整理しましょうか』と提案してくれたんです。木下さんにしても、例えば何か取りに行くとなったら、彼女が最初に動くタイプで、いつも感心させられています」。

   伊予市企画振興部地域創生課の城戸敬考係長は、GPはJICAの研修の一環であり、伊予市の環境や人との交流を楽しみつつ、海外派遣前訓練としてしっかり学んでいただきたいと前置きした上でこう話す。「伊予市には下灘駅の花壇を整備したり、市民の愛読書を紹介するプロジェクトを行ったりするなど、積極的に活動する方が多くいらっしゃいます。そうした地域性の中にGPの実習生が加わり主体性を持って活動されることで、市民にも地域おこし協力隊の方々にもいい刺激になり、相乗効果が生まれています」。

宇和島市 ▶ 独居老人宅訪問や買い物支援で住民と交流を図る

小学校の窓から見える景色。海では真珠の養殖が行われている

小学校の窓から見える景色。海では真珠の養殖が行われている

   愛媛県宇和島市は2016年から「生涯活躍の町として拠点となる場を設け、地域住民や移住者などが生き生きと活躍できるコミュニティをつくる」ことを目指している。実習生の小田嶋誠津季さんは、旧浦知小学校を地域住民が活動できる拠点にすべく派遣された。

   地元では、旧浦知小学校を地元の拠点であり、旅行客なども過ごせる宿泊施設としても活用したいと考えていた。そこで小田嶋さんは、観光客が楽しめるよう、「地域の特産品である真珠養殖の見学および加工体験を通して、浦知地区の真珠養殖に関する魅力の発信を行う」という活動計画を立てた。

   しかし、旧浦知小学校はこれから改装などを始めるところで、実現は数年後だ。そこで受け入れ先の宇和島市社会福祉協議会(以下、社協)や、地元住民で組織する浦知地区活性化協議会(以下、浦知協議会)の方々と今後の展開を話し合いつつ、地域の独居老人宅を訪問して花を配ったり、個人で買い物することが難しい地域の高齢者と貸し切りバスで買い物に行くといったイベントの手伝いにも参加し、地元住民との交流を図っている。また真珠養殖のPRについては、動画を制作し、将来施設が完成した際に生かしてもらう予定だという。

   もともと都内の病院で看護師として働いていた小田嶋さんは、「相手の意見をくみ取りながら協働するスキルを身につけ、派遣国で生かしたい」とGPへ参加した。「病院もご高齢の患者さんが多かったので、話を聞くという点ではこれまでの経験が役立っているかもしれません」。地域の方々から食事に呼ばれたり、小学校まで送ってもらったりと、すっかり地元に溶け込んでいるようだった。

宇和島市の実習生の小田嶋誠津季さん(カンボジア派遣予定/看護師)。左は宇和島市社会福祉協議会の西村有希子さん、右は浦知地区活性化協議会の門脇常博会長

宇和島市の実習生の小田嶋誠津季さん(カンボジア派遣予定/看護師)。左は宇和島市社会福祉協議会の西村有希子さん、右は浦知地区活性化協議会の門脇常博会長

   浦知協議会の門脇常博会長は、「旧浦知小学校は2012年度に閉校になって、地域住民は皆、活用したいという気持ちを持っていました。でも、実際何かしようとなると、いいアイデアが出なかった」と困っていたという。今回外から来た小田嶋さんを交えて話をすることで、小学校の活用がやっと実現に向けて動きだしたと、社協の西村有希子さんともども顔をほころばせる。

   宇和島市地域包括支援センターの岩村正裕所長も、「1回目の受け入れでも、実習生が地域住民といい関係性を築いてくださいました。今回も小田嶋さんがハブになって、みんなが協力してやっていこうというムードが生まれています」と、受け入れは地域にとっていい効果しかないと絶賛する。

   宇和島市、伊予市ともに、「研修修了後に無理に戻って来てほしいとは思っていないが、関係が続くならこんなに嬉しいことはない」「GPの方々の人柄は十分にわかっている。いつでも戻って来られる場所はあると伝えたい」と、短期間ながら大きな絆が生まれていることが伺えた。こうした自治体とのつながりができることは、実習生にとっても派遣国で活動する上で大きな自信となるだろう。


GP参加時のスケジュール例

■詳細はJICA海外協力隊のウェブサイトへ

■プログラムの様子がわかる動画公開中グローカルプログラムin島根県海士町

Text&Photo=ホシカワミナコ(本誌)

知られざるストーリー