[特集]派遣国と隊員をつなげる橋渡し役
ナショナルスタッフだから見えること

2023年12月、世界8カ国のJICA拠点から、ボランティア事業担当のナショナルスタッフ(以下、NS)が来日。派遣国をよく知る中核人材としての役割を改めて整理し、これからの時代の働き方やNSとしての成長について議論するため、約10日間の研修が行われました。今回はそんな皆さんにNS代表となってもらい、その仕事内容をお聞きしつつ、JICA海外協力隊へのメッセージを頂いてきました。

そもそもナショナルスタッフとは?

   協力隊員として派遣国で活動している場合、それぞれの国のJICA事務所・支所には、日本人の企画調査員[ボランティア事業](以下、VC)や在外健康管理員がいたりするので、日々の活動や生活の中での困り事は、もっぱらそうした日本人スタッフに相談することが多いかもしれない。

   ただ、各国のJICA拠点では現地雇用の「ナショナルスタッフ」と呼ばれる職員が働いている。その国の出身者が採用されていることが多く、それぞれの職分によって、事務所・支所の管理や運営に当たる総務・経理から、各種プロジェクトの企画や実施、ファシリテーションまで幅広い分野の人材がいる。

   中でも、ボランティア事業を担当するNSは事業の要で、隊員にとっては縁の下の力持ちというべき存在である。なぜなら、VCなどの日本人スタッフと比べて現地語や現地の社会・文化、国民性などに通じているNSは、諸手続きや各関係組織との交渉には欠かせない存在だからだ。隊員本人が赴任してくる以前から、受け入れに向けたさまざまな業務を行ってくれている。

   例えば、今回の研修で来日したネパール事務所のラガブ・カヤストさんは日本語能力を生かして要請書の作成段階から関わっているほか、「隊員の現地語学訓練のための学校や宿泊先の手配も行っています」と話す。また、タイ事務所のジャールック・ユクントンさんは「配属先とやりとりしながら、赴任してくる隊員の生活に適した住居を確保する」業務にも従事している。その他にも、ビザの取得に関する手続きや、空港に到着した隊員たちの迎え、逆に帰国する隊員の手続きといった業務もNSが対応している。

   隊員に対し、現地スタッフならではのサポートをしている人もいる。例えば、ベリーズ支所のマルビア・デュボンさんは、「中南米では、挨拶で異性同士でもハグやキスなどをしますが、シチュエーションによるやり方の違いを、事前に隊員の皆さんに指導しています」。マダガスカル事務所のラスアナリヴ・デボラさんは「隊員の皆さんとお話しする機会には、練習のため現地語を話したり、時にはマダガスカルの文化や国民性について紹介したりもしています」と話す。

   また、パラオ事務所のユウル・エメシオールさんは、「パラオの人々はとても声が大きいので、日本人は初めのうち驚くかもしれません。着任した隊員の皆さんにも『声が大きいからといって脅迫しているわけじゃないから大丈夫だよ』と冗談を交えながら伝えています」と言う。

「隊員の皆さんにとって、文化も言葉も日本とは全く異なる国での暮らしは大変だと思いますが、長い目で見れば良い経験。とても貴重で尊い活動だと思いますし、皆さんをサポートするこの仕事にやりがいを感じています」と隊員への思いを口にするのは、エルサルバドル事務所で12年来勤務しているジェシー・サラビアさんだ。「『困ったことがあったらいつでも言ってほしい』と伝えながら、エルサルバドルでの活動や暮らしを支えられる存在になれるように頑張っています」。

日本人VCとの役割の違いは?
NSの強みと弱み

   隊員の活動を支える重要な存在である、ボランティア事業担当のNSたち。VCのパートナーとして位置づけられているものの、実際にはその立場が裏方やサポーター的なものにとどまってしまっているケースも多いことが課題だという。そこで今回、特に職場で中核的な役割を担っているモデル的な8人のNSを日本に集め、今後の人材育成につなげるための研修が実施された。

   都内の青年海外協力隊事務局と、長野県の駒ヶ根青年海外協力隊訓練所で行われた研修では、協力隊事業や広報活動などへの理解を深めるための講義や、駒ヶ根訓練所での候補者らとの交流のほか、今後のNS向けの研修を企画するための布石として、参加した8人によるNSの役割についての議論も行われた。

   議論の中では、NSの強みとして、「現地の伝統や言語などに通じていること」が改めて挙げられたほか、「国内の法制度や地理についての情報、現地のニーズ」も、NSが深く知っている要素としてピックアップされた。また、「数年で任期が終わって交代してしまう日本人VCと比べ、NSは長く同じ事務所・支所に勤務している場合が多く、そうしたベテランのNSのほうが、これまでの現地の受け入れ団体とのやりとり・取り組み・成果の歴史をよく把握できる」といった意見も上がった。

   一方で、NSの苦手な部分としては、日本の組織文化や労働環境への理解不足があるほか、日本のJICA本部などとの連絡文書や職務上重要な内部資料が日本語で書かれており、どうしても日本人主導となることから、NSが後方支援に回らざるを得なくなる状況も改めて確認された。

   研修の最終日には、参加したNSたちによる、将来的なNS向け研修を想定したコンセプトペーパーの発表が行われた。研修期間を通じて実施した一連の意見交換によって整理したNS・VC双方の強みと弱みを踏まえ、研修の目的や講義内容などの項目を設定。また、今後に向けて、「日本語で書かれた資料についても最低限の情報共有が必要。例えば、協力隊員が何かを尋ねて私のところへ来た場合に、NSとVCのどちらが対応すべき案件なのか判断し、速やかに隊員を支援するためにも、基本的な情報を共有しておくことが重要」といった提言が出た。

   さまざまな課題の整理や、NSとVCの業務の区分けなどは即座に進むものではないだろうが、こうした背景があることは、事務所・支所のスタッフと関わる隊員たちも知っておいて損はないはずだ。

今後に向けて
NSとしての成長を目指す

   研修を経たNSからは、今後の業務に向けた意気込みや感想も聞かれた。

   2019年からベリーズ支所で働いているマルビア・デュボンさんは、「駒ヶ根訓練所で訓練中の候補者との交流を通じ、彼らがそれまでの人生で何を経験し、なぜ協力隊員になろうと決めたのか知ることができたのは有意義でした。これまでも隊員たちに共感を持って仕事をしてきましたが、より一層共感できるようになりました」と訓練所での滞在を振り返り、「訓練所の講師や他国のNSと直接対話することもでき、私たちNSにとってより良いコミュニケーションへの扉が開かれました」と述べた。

   同じく19年にガーナ事務所へ入職したフィデリス・トゥーリさんは、「日頃は会うことのない本部の職員と交流できる良い機会になり、とても嬉しかったです。他国のNSたちとの議論の中でも多くのことを学べたので、ここで得たことをガーナに戻って生かしたい。業務に対する新たなイメージとより強い気持ちを持って、自国でのボランティア事業に取り組めると思います」と話す。

   エジプト事務所のベテランスタッフであるアミーラ・ラーファトさんも、他国のNSとのつながりについて「自国のスタッフと他国のJICA拠点のスタッフとの間にはあまり多くの関わりがないので、各国の同僚からそれぞれのユニークな取り組みについて学ぶ良い機会でした」として、「このつながりはもっと強化されていくと思いますし、今回は参加していない他国のNSにも拡張されていくとよいですね」との期待を寄せた。

   普段、あまり接する機会がないかもしれないNSだが、スタッフたちは担当する協力隊員に大きな関心と敬意を持ち、より良いサポートをできるよう腐心している。とりわけローカルな現地事情などについて、NSは多くのことを教えてくれるはずだ。遠慮することなく、活動や生活の悩みを相談してみよう。


Text=新海美保&飯渕一樹(本誌) 取材協力=岡部繁勝 Photo(NS近影)=飯渕一樹(本誌)

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