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事例紹介2016.10.01

180万人のBOP顧客を獲得する方法〜世界最大のモバイルヘルスサービス「Aponjon」〜

Dnet社

地域:ダッカ

分野:保健医療

コールセンター

世界最大のモバイルヘルスサービス

バングラデシュの農村では、基本的な医療保健サービスをうけることさえ容易ではない。病気にかかったとしても、近くに病院やクリニックはなく、相談できる専門家もいない。国営の医療施設は少ないながらあるにはあるが、医者や看護師の数が慢性的に不足しており、十分なサービスを提供しているとは言い難い。民間の病院の多くは都市部に集中しており、都市と農村の医療格差は大きな社会問題である。

こうした格差を埋めるため、多くの社会起業家やNGOによって、情報通信技術(ICT)を利用した新しいサービスの試みがバングラデシュでも始まっている。例えば、都市の医者と農村の患者をインターネットのビデオ会議でつなぎ、簡易な診察を行う遠隔医療の取り組みである。患者はわざわざ都市部に行くことなく、医者の診断を受けることができる。なかでも注目されているのが「mHealth(エムヘルス)」と呼ばれるモバイル技術やモバイル端末を利用した医療保険サービスで、近年大きな広がりを見せている。

農村の家族

携帯電話の健康サービスを利用する農村の家族

このmHealthにおいて、世界最大の利用者数を誇るのが、バングラデシュのソーシャル・エンタープライズ「Dnet(ディーネット)」が取り組む「Aponjon(アポンジョン)」と呼ばれる母子保健サービスである。バングラデシュの農村に住む妊婦と新生児の母親を対象に、携帯電話を通じて出産・育児情報を定期的に発信するほか、医者に電話相談できるサービスを提供している。Aponjonとは、ベンガル語で「寄り添う」という意味である。

Aponjonは、DnetがUSAID(米国国際開発庁)の支援を受けて立ち上がった。バングラデシュ政府、現地NGO、地場の携帯電話会社や協賛企業と提携し、2011年9月にパイロット事業を行い、2012年12月から本格的なサービスを全国で開始した。サービス開始後、わずか3年半で累計180万人の顧客を獲得し、現在も常時20万人がサービスを利用している。

極端な貧困者には無料サービスもあるが、利用者の95%が有料サービスに登録している。

農村の女性2人

Aponjonのサービス内容

サービスの内容は、至ってシンプルである。対象となるのは貧しい農家の妊婦、1歳未満の新生児を持つ母親、そしてその家族だ。毎週2回、妊婦の健康管理や新生児の育児に関するメッセージがユーザの携帯電話に発信される。メッセージはSMS(短いテキストのメッセージ)か、文字が読めない人のための音声メッセージでユーザに届く。

ユーザひとりひとりの妊娠週数、新生児の月齢に合わせて、そのタイミングに必要かつ適切とされる情報が送られる。一般的な健康情報ではなく、ユーザそれぞれにパーソナライズされた情報である点が大事である。メッセージは、本人だけでなく女性を支える家族(夫や両親)にも発信され、女性を取り巻く環境に配慮している。

またAponjonでは、ユーザが携帯電話で医師に直接コンタクトし、低料金でカウンセリングを受けられるサービスも提供している。24時間体制のコールセンターを用意し、不安を抱えた妊婦や母親がいつでも気軽に相談できる。

料金表

Aponjonサービスのメリット

バングラデシュでは、現在、人口の6割強が農村に住んでいるが、医療保健にかかる施設や人材は、都市部に集中しており、農村部では圧倒的に不足している。農村では、自分や子供の健康について相談しようにも近くに相談できる場所がない。公共交通手段が十分に整備されていないので都市部へ行くにも長時間かかる上、健康保険の制度がないので医療費の自己負担率も高く、貧しい農家にとっては非常に重い負担となる。

こうした過酷な状況にある農家の妊婦や新生児の母親にとって、自分の状況に合わせたメッセージが定期的に届き、出産や育児に関する知識を得ることは心強い。電話でいつでも気軽に相談できる相手があることは、それだけでも安心感がある。

はじめての出産の場合はもちろんであるが、2度目以降でも妊娠の状況は毎回違うので、母体のちょっとした変化や新生児の育て方について母親は常に不安を抱えている。「重いものを持ってはいけない」、「こういう食事をした方が良い」など、ちょっとしたアドバイスでも、不安感の軽減に役立つ。家族が出産や育児の正しい知識を持つことも、女性をとりまく環境を安全で安心したものに改善する上で大切である。

実際に加入者に話をきくと、「専門家のアドバイスが聞けて非常にいいサービス」「次に子供を授かっても利用したい」とポジティブな意見が聞かれた。

男性が二人の女性に話しかけている様子

農村の女性たちと語るAponjonのスタッフ

BOPビジネスとしてのAponjon

Dnetは、Aponjonを持続性・発展性のあるビジネスにすることを目指している。寄付金や援助に頼り切るのではなく、サービスへの対価で持続するソーシャル・エンタープライズに発展させることを当初から考えていた。立ち上げ時に必要なシステム開発、コンテンツ制作、マーケティングなどにかかる費用についてはUSAIDの支援を受けたが、段階的にこれを減らし、ビジネスからの収入で自立する計画となっている。

ビジネス化する上で、特に力を入れてきたのがマーケティング活動である。DnetとUSAIDは、9ヶ月間に渡るマーケティングの大掛かりな実験調査を行い、顧客動向に関する詳細なデータを収集し、分析している。これには、John Hopkins大学の研究チームが担当、ターゲットとなるBOP層の意識調査を行い、そのニーズや嗜好、コスト意識など様々な角度から検証した。調査結果(MAMA “Aponjon” Formative Research Report/ Dnet & Johns Hopkins University Global mHealth Initiative/2013年12月)は公表されており、バングラデシュのビジネスを考える企業にとって、非常に参考となる資料である。

Aponjon” Formative Research Report

AponjonのFormative Research Report/ Dnet & Johns Hopkins University Global mHealth Initiative

調査結果によれば、マスマーケティングはあまり効果がなかった。テレビコマーシャルでの宣伝、スーパー店頭でのキャンペーン、宣伝カーによる呼びかけなどを1年かけて実施したが、登録者の増加には直接結びつかなかった。登録者を増やす上で一番有効だったのは、販売員による戸別訪問である。

Aponjonでは、主に農村の貧困層にさまざまな健康サービスを提供しているヘルスワーカーと呼ばれる人々を代理人として、販売活動を行っている。各地域のヘルスケア関連の組織や団体、あるいはBRACにように全国で大規模にヘルスワーカーを組織したNGOなどと提携し、ヘルスワーカーによる販売活動を展開している。ヘルスワーカーには、販売実績に応じたインセンティブが与えられる。

Aponjonとすれば、自社で販売員を持たずにコストが軽減できる上、既存のネットワークを利用してすばやく全国展開することができる。ユーザとしても自分で良否の判断できないが、信頼するヘルスワーカーから説明を受けることでサービスに対する安心感が生まれ、家族にも相談しやすい。

農村で働くBRACのヘルスワーカー

農村で働くBRACのヘルスワーカー

BOPビジネスのプラットフォームとして活用

Aponjonは、バングラデシュでのビジネスを検討する日本企業にとっても、有効なプラットフォームとして機能する可能性がある。Aponjonを通じて自社製品・サービスを試験販売したり、現地でのマーケティング調査に活用したりすることも可能である。

Aponjonは、将来的には「母子保健」から「生涯ヘルスケア」にサービスの幅を広げる計画である。すでに育児情報の発信や電話相談の対象を「1歳未満の新生児」から「5歳児」に広げた。今後、時間をかけて徐々にではあるが、青年期から高齢期までの人々もユーザ層に取り込み、新しいヘルスケアサービス市場を開拓していく。日本企業との新しいコラボレーションも期待できるかもしれない。

男性4名の会議風景

事業計画を話し合うDnet/Aponjonのメンバーたち

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