「プロジェクトニュース(障害者雇用の優良事例)」Case8 ジュル・ウル

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~ モンゴルの障害者雇用の現場から ~ 優良事例を訪ねて

ベーカリーショップを展開するジュル・ウル社

「社内にも、社会にも幸せを届ける」

ウランバートル市内にあるジュル・ウル社の工場で働く低身長症のオドゲレルさん(中央)。いつもにこにこと微笑みを絶やさない彼女は、工場でも人気者だ

ウランバートル市内にあるジュル・ウル社の工場で働く低身長症のオドゲレルさん(中央)。
いつもにこにこと微笑みを絶やさない彼女は、工場でも人気者だ

1日に40種類のケーキと140種類のパンを製造

きらきらした照明と可愛らしいウォールペイント、ファンシーなインテリアなどで飾られた可愛らしい店内に、クリームと果物が乗ったペストリーや具沢山のサンドイッチ、デコレーションされたホールケーキや焼き菓子が、ところせましと並べられ、宝石のように輝いている。甘い香りが立ち込める中で、ガラスケースをのぞき込みながら品定めをしている人たちは、大人も子どもも、一様に顔をほころばせて嬉しそうだ。商品の種類が豊富で、味が良く、価格も手ごろなジュル・ウルベーカリーは、モンゴルで一、二を争う人気のベーカリーショップだという。

1998年に創業してケーキの製造を開始した同社は、2002年にウランバートル市内の第3、第4地区に初店舗を出店。以来、順調に成長を遂げて、現在はウランバートル市内に27の直営店舗と6つのインストアを展開しているほか、国内第二の都市エルデネトや、第三の都市ダルハン、そして中央部に位置するウブルハンガイ県にも進出し、それぞれ工場と店舗を構えているという。一日に40種類のケーキと140種類のパンを製造し、従業員数も1,000人以上にのぼる。

工場のすぐ隣にあるジュル・ウルベーカリーの直営店舗。

工場のすぐ隣にあるジュル・ウルベーカリーの直営店舗。

「応募者がいる限り受け入れたい」

人事開発部のナンザッドドルジ部長(左)と、人事マネジャーのドルジドラムさん

人事開発部のナンザッドドルジ部長(左)と、人事マネジャーのドルジドラムさん

そんな同社は、「Share Happiness(幸せを人々に届けて、共有する)」をミッションに掲げる。「JUR UR」という社名は人体に効能をもたらす薬草の名前に由来しており、成長と再生への願いが込められているという。

2007年からは聴覚や視覚、身体に障害がある人たちの雇用を積極的に進めており、2022年10月時点で35人以上の障害者が清掃や販売、オフィス業務、梱包、製造などの業務に従事している。法定雇用率4%を満たすためだけであれば障害者をあと数人雇用すればいい計算だが、人事開発部部長のナンザッドドルジさんは、「一緒に働きたいと応募してくれる人がいる限り、何人でも受け入れたい」と意欲的だ。さらにナンザッドドルジさんは、「わが社は法定雇用率を満たすためではなく、多くの人々と幸せを共有するために障害者を雇用しているのです」と熱く語る。もともと同社は障害の有無によらず、応募者をできるだけ受け入れているが、特に障害者から応募があった場合は、採用することを前提に、「どんな支援や配慮があれば安全に長く働いてもらえるか」という視点に立って検討するという。配属は、人事部と職業安全の担当職員が5~6人でチームを組んでアセスメントを行い、本人の希望や障害の程度、通勤のしやすさなどを鑑み、多面的な観点から決定している。

「人間には皆、特徴があって同じ人がいないように、障害も個性の一つだと思います」と優しく微笑むナンザッドドルジさんは、モンゴル財政大学と中国の大学でマーケティングと食品技術をダブルディグリーで学び、卒業後すぐにジュル・ウル社に入社した。今年で10年になる。「記念日やお祝いの席に、ケーキは欠かせません。ケーキを通じてモンゴルの人々に幸せを届けるジュル・ウル社の一員になりたいと思い、応募しました」と、笑顔を見せる。

一方、人事マネジャーのドルジドラムさんは、大学を卒業後、2つの企業で人事担当として働いた経験と知見を買われ、ジュル・ウル社に採用された。経営層に対して従業員の代表として要望を伝え、従業員に対して企業の理念や経営計画を伝える人事の仕事は、いわば「企業と職員の架け橋」だと考えているドルジドラムさん。「昔から一消費者として大好きだったジュル・ウル社で、今、人事という自分の専門性を生かして障害者と会社をつなぐことができて幸せです」と、誇らしそうに話した。

これまでで一番の幸せ

工場内は自動化され、手際よく正確な作業が進められている

工場内は自動化され、手際よく正確な作業が進められている

2022年10月中旬、ウランバートル市南部のハンオール区にある同社の製造工場を訪ねた。消毒と衛生管理が徹底され、何重ものチェックポイントをクリアしなければ中に入れないこの工場で、小麦粉や水、酵母などの原材料の計量からミキシング、醗酵、分割、成型、焼成、冷却、包装に至るすべての行程が行われ、各店舗へとトラックで配送されている。機械により自動化された正確な作業と、経験豊かな技術者たちの確かな目と勘が共存する空間だ。

ここで働く約300人のうち、10人が障害者だ。その一人、低身長症のオドゲレルさん(通称、オドコさん)は、工場内の清掃を担当している。製造ラインの作業台が高く負担が大きいため、会社と相談して清掃の仕事をすることになったという。

いつも微笑みを絶やさず、視線が合うと、ぱっと花が咲いたかのような明るい笑顔を見せてくれるオドコさんだが、生い立ちは苦労が続いた。ウランバートルで生まれたが、早くに両親が亡くなったため、姉2人と弟と一緒に祖母の家に引き取られた。その祖母も亡くなってからは、ヘンティー県にある児童養護施設に預けられたという。

しかし、オドコさんが中学生の時に施設が閉鎖され、4人はウランバートルに戻ってくることになる。それを機に姉たちは働き始めたが、オドコさんは弟とともに国際NGOのワールドビジョンから支援を受け、2年間、専門学校に通った。

踏み台に乗って流しを清掃するオドコさん

踏み台に乗って流しを清掃するオドコさん

お気に入りの踏み台に乗ったオドコさんと、清掃担当の同僚たち。チームは皆、仲良しで、休憩時間には韓国ドラマの話題で盛り上がるという。

お気に入りの踏み台に乗ったオドコさんと、清掃担当の同僚たち。チームは皆、仲良しで、休憩時間には韓国ドラマの話題で盛り上がるという。

その後、レストランのキッチンで盛り付け担当として働いたが、勤務が深夜におよぶなど待遇が良くなかったため、2019年初頭に雇用主協会が開いたイベントに参加。ジュル・ウル社を紹介されて応募した。3カ月の試用期間を経て、現在は正社員として勤務している。床や廊下の掃き掃除をする時には、作業の前にまず、箒とちり取り、ゴミ箱をきれいにするとか、拭く場所によってピンク、緑、オレンジなど指定の色の雑巾を使い分けるとか、製造ラインの周辺の掃除は昼休み時間中に行うなど、細かく定められている作業手順やルールに従い、週に5日、丁寧に工場内の清掃作業を行っている。20人いる同僚とも仲良しで、休み時間には好きな韓国ドラマの話で盛り上がるのが楽しみだ。

オドコさんには、13歳になる娘がいる。以前は二人で親戚の家に身を寄せていたが、ジュル・ウルに入社して一年が経った頃、会社からゲルをプレゼントされ、今は母娘二人、水入らずで暮らしている。「毎朝、ジュル・ウルの食パンに自分たちで作った具を挟んだサンドイッチを食べているんですよ」と笑うオドコさん。娘はジュル・ウルのケーキも大好きで、オドコさんの入社が決まった時には大喜びしたという。そんな娘をオドコさんはシフトが入っていない日に工場に連れて来ては、皆に紹介している。

最近、娘から「お母さんは、前よりももっとよく笑うようになったね」と言われたオドコさんは、「ジュル・ウルで働くことができて、あなたというかわいい娘がいるからよ」と答えたという。これまでの人生の中で、今、一番の幸せをかみしめている。

ゲルの贈呈イベントで思わず嬉し涙を流すオドコさん ©ジュル・ウル社提供

ゲルの贈呈イベントで思わず嬉し涙を流すオドコさん ©ジュル・ウル社提供

絆と結束を大切にする風土

強い信頼関係で結ばれたオドコさん(右)と、アルタンガヤさん

強い信頼関係で結ばれたオドコさん(右)と、アルタンガヤさん

工場では、オドコさん以外にも、袋詰めや箱詰めの作業を担当する聴覚障害者や視覚障害者が働いている。

工場の清掃およびサービスを統括しているのは、アルタンガヤさんだ。オドコさんが工場内で常に持ち歩いている白い踏み台も、アルタンガヤさんがプレゼントした。オドゲレルさんが昇り降りしやすい30センチほどの高さで、足場も広く、安定感がある。

アルタンガヤさんが台をプレゼントした理由は、オドコさんに高い場所で掃除をしてもらうためではない。棚から物を取る時や、水道の蛇口をひねる時に、毎回、周囲に助けてもらう状況が続いてオドコさんが気を遣い、萎縮することがないようにとの思いからだった。

以前は香港資本の服飾メーカーで働いていたアルタンガヤさんは、同社が2011年にて倒産したため、翌2012年にジュル・ウルに入社した。当時、従業員はまだ300人しかいなかったという。最初の1年は、今のオドコさんのように清掃を担当していたが、すぐに働きぶりを認められ、現在のポジションに昇進したアルタンガヤさんは、皆と対等に接することを心掛けている。「人を上から見下すといい関係を築けないのは、障害の有無に関係ないですよね。一番大切なポイントだと思います」。

オドコさんについて「常ににこやかで気持ちがいいです。彼女の周りはいつもにぎやかで、笑いが起きているんですよ」と話す口調からは、「オドコさんがかわいくて仕方がない」という様子が伝わってくる。

そんなアルタンガヤさんのことを、オドコさんも「ガヤ姉さん」と呼んで慕い、仕事上のことに限らず、困ったことはなんでも相談している。「アルタンガヤさんは、天使のような上司です。何かあった時は天使に相談せずして誰に話すというのでしょう」「インタビューだから大袈裟に言っているというわけでは決してありません。アルタンガヤさんのことが心の底から大好きなんです」と力説するオドコさん。離職はまったく考えておらず、この先、ずっとここで働くつもりだ。

ジュル・ウル社では毎年、春と秋に全社を挙げて運動会を開き、社員の結束を深めている © ジュル・ウル社提供

ジュル・ウル社では毎年、春と秋に全社を挙げて運動会を開き、社員の結束を深めている © ジュル・ウル社提供

同社は、社員の結束と絆を重視しており、毎年7月に開かれる民族の祭典「ナーダム」の時期には地方の店舗や工場で働くスタッフも含め、全社員が3日間、草原で一緒に過ごすほか、12月の年越しパーティーや、3月の女性の日なども盛大に祝うのが恒例だ。社員もこうしたイベントや交流の機会を楽しみにしており、同社では家族の転勤や子育てといった事情がない限り、退職する者はほとんどいないという。

毎年、旧暦のお正月には社内で新年会を盛大に開いている。写真は2020年度のパーティーの様子 © ジュル・ウル社提供

毎年、旧暦のお正月には社内で新年会を盛大に開いている。写真は2020年度のパーティーの様子
© ジュル・ウル社提供

社会全体で取り組むべき課題

「障害者の雇用を進めるためには、企業単位ではなく社会全体の取り組みが必要」と話すナンザッドドルジさん

「障害者の雇用を進めるためには、企業単位ではなく社会全体の取り組みが必要」と話すナンザッドドルジさん

残念ながら、モンゴルではいまだ歩道が未整備で段差が多かったり、階段の隣にスロープが併設されていなかったりして、車椅子利用者や視覚障害者が一人で外出しづらいのが現状だ。バスもバリアフリー化が進んでおらず、乗降のハードルも高い。前出のナンザッドドルジさんは、「障害者の雇用を拡大しようとしても、こうした物理的・社会的な障壁がバリアとなる。障害者の雇用を一企業で進めるのは限界があり、モンゴル社会全体として進めるべきだ」と、強く訴えた。

取材を終え、工場の隣にある直営店舗に立ち寄ると、子どもの誕生日のお祝いを買おうとしているのだろうか、ケーキが並ぶウィンドーの前で、男性が「なあに?ヨーグルト味がいいの?」と、優しい口調で電話をしていた。隣では、母親に連れられた3歳ぐらいの男の子が食い入るようにサンドイッチのショーケースをのぞき込んで目を輝かせており、店内はあたたかい笑顔と幸せな空気に満ちていた。

「幸せを人々に届けて、共有する」というミッションの下でケーキやパンを製造し、生活を彩り、気持ちを明るく照らす同社は、社員の幸せも同じように重視し、絆を育み、障害を個性として受け入れ、差異を認め合うあたたかさが溢れていた。モンゴル国民の幸せを願い、組織をあげて誠実なビジネスを営む同社と、DPUB2が育成しているジョブコーチがタッグを組めば、同社の優しさがさらに多くの人々を照らし、幸せを届けることができるだろう。

企業概要

企業名 ジュル・ウル社
事業 ベーカリー業
従業員数(全体) 約1,000人(2022年10月時点)
従業員数(ウランバートル工場) 約300人(2022年10月時点)
障害者数(全体) 35人(2022年10月時点)
(視覚障害、聴覚障害、身体障害など)
障害者数(ウランバートル工場) 10人(2022年10月時点)
雇用のきっかけ 「幸せを人々に届けて、共有する」という企業ミッションを実践するため
雇用の工夫 ・採用時にアセスメントを実施する
・障害に応じた配属や業務の割り振りを行う
・社員同士のコミュニケーションを促進し、障害の有無に関わらず風通しの良い環境をつくる

ジョブコーチ就労支援サービスとは

ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。

このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。