「プロジェクトニュース(障害者雇用の優良事例)」Case9 アルドクレジット社

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~ モンゴルの障害者雇用の現場から ~ 優良事例を訪ねて

【CASE 9】すべての人に金融サービスの提供を目指すアルドクレジット社

「社内外への合理的な配慮を通じて変わる組織の文化と体質」

先天性の視覚障害があるムンフトゥルさんが入社したことで、アルドクレジット社にも、グループにも、新たな風が吹き込み始めた

先天性の視覚障害があるムンフトゥルさんが入社したことで、
アルドクレジット社にも、グループにも、新たな風が吹き込み始めた

面接のトラウマを乗り越えてかなえた夢

株を売りたい投資家と買いたい投資家のマッチングをしてくれる証券市場。公正な価格の形成を図るという重要な役割を担う証券市場への個人の注文を引き受けてくれるのが、証券会社だ。

1990年に社会主義から大統領制に移行したモンゴルでは、1992年に新憲法が施行され、名実ともに民主化への道を踏み出したのを機に、証券市場が飛躍的な発展を遂げた。中でも大きな存在感を誇る証券会社が、アルドクレジットNBFI(以下、アルドクレジット社)だ。金融事業者への投資を通じてモンゴル金融のリーディング企業を育成することをミッションに掲げる投資会社のアルドファイナンシャルグループ傘下にある同社は、2011年に設立されて以降、ローンやオンライン決済、送金のサービスを提供してきた。2019年にはモンゴル証券取引所に上場を果たすとともに、フィンテックの世界的なブームに乗ってスマートフォンアプリをリリースし、消費者貸付の審査を自動化するなど、スピーディなサービス提供に取り組んでいる。

そんな同社のオフィスは、中心部のスフバートル広場に面したオフィスビルに入っている。証券会社の中心的な業務の一つであるローンを担当する部署で働くムンフトゥルさんには、先天性の視覚障害がある。障害者としては、同社で初めての正社員だ。

ブルガン県フタグウンドゥル郡で生まれたムンフトゥルさんは、幼い頃から金融に興味があり、大学進学後は経済学を専攻。卒業後は銀行で働くことを夢見ていくつかの銀行に応募したが、面接ではいつも「見えなければお札も数えられないだろう」などと嫌味を言われ、悔しい思いをしたという。

ムンフトゥルさんは金融の知識を生かして同僚たちと生き生きと業務に取り組んでいる。

ムンフトゥルさんは金融の知識を生かして同僚たちと生き生きと業務に取り組んでいる。

2016年から2年間、視覚障害者協会が運営する職業訓練センターでパソコン技術を学び、社会保険庁のコールセンターで働き始めたものの、夢を諦めることができず、休日には銀行員向けのイベントなどに参加していたムンフトゥルさん。ある日、投資家が集う国家会議の会場でアルドファイナンシャルグループのガンフヤグ社長を見かけ、株や投資に興味があったために思い切って話しかけたが、銀行の面接で味わった苦い思いが蘇ってきて、「働きたい」と口にすることはできなかった。

しかし、1年ほど経った2019年2月に転機が訪れる。アルドクレジット社の系列会社で接遇担当社員の募集に思い切って応募し、採用されたのだ。喜びの反面、やっていけるかと不安もあったため、いざという時には戻れるように、最初の1週間はコールセンターに籍を置いたまま、有給休暇を取得してその会社に出勤していたムンフトゥルさん。結果的に見れば心配は杞憂に終わり、本領を発揮するようになるまでに時間はかからなかった。

2020年からは念願のアルドクレジット社に採用され、金融の知識を生かして同僚たちと一緒に生き生きと業務に取り組んでいるムンフトゥルさん。会社に導入してもらったスクリーンリーダーを活用してメールやSNSを自在に送受信し、株価の最新動向も常にチェックを怠らない。

「障害者はやりたい仕事や夢があっても障害を理由に一歩を踏み出すことをためらいがちだし、企業側にも障害者とコミュニケーションを取れるかという不安がある。障害者雇用を進めるために必要なのは、お互いの恐怖心と、障害による物理的な困難を取り払うための、適切で合理的な配慮です。何ができないのか、なぜできないのか、怖がらずに向き合ってほしい」と、自身の経験を振り返りながら熱く語った。

「新たな世界を教えてくれる存在」

そんなムンフトゥルさんのことを「ムンフ先輩」と呼んで尊敬しているのが、机を並べて働くバラスボルドさんだ。大学でビジネス経済を学んで就職した銀行が、コロナ禍のあおりを受けて業績がふるわなかったため、2021年5月にアルドクレジット社に転職した。

入社から数日後の朝、バラスボルドさんがいつも通りに出勤すると、前の日まで誰もいなかった席でキーボードをたたいている人がいた。それが、休暇明けに出勤したムンフトゥルさんとの出会いだった。その時のバラスボルドさんは、隣に座ってもその人が自分を見ようとしないことを少し不思議に感じたものの、「忙しいのだろう」と、さほど気に留めずにいた。

バラスボルドさんは、ムンフトゥルさんのことを「新しい世界を教えてくれる存在」だと話す

バラスボルドさんは、ムンフトゥルさんのことを「新しい世界を教えてくれる存在」だと話す

その後、改めて自己紹介をした時にムンフトゥルさんが全盲だと知って驚いたが、ジョークが好きで、昼休みには視覚障害者用に開発されたチェスや点字トランプをカバンから出して「一緒にやろう」と誘ってくれる気さくな一面と、常に前向きで愚痴や泣き言を口にしない強さを併せ持った人柄を知るにつれ、バラスボルドさんはどんどん魅了されていった。「ムンフ先輩は優しくてクールな、いいお兄さんです。障害者だと意識したことはありません」と、言い切る。

それだけではない。これまで障害者と接したことがなかったバラスボルドさんにとって、ムンフトゥルさんは「新しい世界を教えてくれる存在」でもあるという。例えば、ムンフトゥルさんがエレベーターに乗って、行先階のボタンを迷いなく押すのを見て、バラスボルドさんは初めてボタンに点字が刻まれていることを知ったし、ムンフトゥルさんが指を時々「パチン」と鳴らすのも、単なる癖ではなく、音の響き方や反響を聞いて部屋の広さを確認しているのだと知った。

「ムンフ先輩には、なるほどと感心したり、こんな生き方があるのかと驚かされたりすることばかりです」。

新たな気付きとともに、問題意識も芽生えた。ある日、ムンフトゥルさんと系列会社に出かけたバラスボルドさんは、一緒に歩いていたムンフトゥルさんが突然、立ち止まったのを見て、いつも通っている歩道の点字ブロックがそこで途切れていることに初めて気が付いた。「自分の街が障害者にとっていかに歩きづらいかを目の当たりにして、とても残念でした。そして、僕自身、ムンフ先輩と出会うまでそんなことを考えたことがなかったことに気が付き、恥ずかしくなりました」と、振り返る。

さらに、こんなこともあった。ローンの返済手続きを案内するために、顧客の一人に電話をした時のこと。何度かけても相手が出ず、代わりに「ご用件はテキストで送ってください」というメッセージが届いたため、「急用なので電話に出てください」と返信すると、「私には聴覚障害があるので電話に出られません」という返事が届いたのだ。顧客の中にも障害者がいるかもしれないという配慮や気配りが足りなかったことを反省したバラスボルドさんは、それ以来、テキストを通じて丁寧なコミュニケーションを取ることを心掛けるようになったという。

そんな彼は、「一人一人の状況に応じてきめ細かいサービスを提供する必要があると気が付きました」と振り返ったうえで、こう続けた。

「障害者は、確かに特定の機能を失っているかもしれませんが、それを補ってあまりある優れた才能の持ち主だと思います。そう考えるようになったのもムンフ先輩のおかげです」。

外部とも連携して改革を推進

COOとして、アルドクレジット社の人事と総務を統括しているノミンイレデネさん

COOとして、アルドクレジット社の人事と総務を統括しているノミンイレデネさん

アルドクレジット社で人事と総務の業務を統括しているのは、最高執行責任者(COO)のノミンイレデネさんだ。着任したのはムンフトゥルさんの採用より後だったため、直接関わっていないものの、話は以前から耳にしていた。

ノミンイレデネさんによれば、ムンフトゥルさんは2019年に採用され、まずコールセンターに配属された後、働きぶりと優秀さが評価されて、本社に採用された。アルドファイナンシャルグループ全体では現在、ムンフトゥルさんを含め障害者が4人働いている。本社勤務の視覚障害のあるマーケティングマネジャー、下肢障害のあるアシスタント、アルド保険で働く視覚障害のある保険マネジャー、そして、アルドクレジットのムンフトゥルさんだ。さらに、パラリンピック出場を目指す障害者のアスリートも契約職員として雇用されているという。

視覚障害者がより働きやすい環境を整備する取り組みも、本格的に始まっている。

その例として、ノミンイレデネさんは外部機関との連携を挙げる。たとえば、視覚障害者協会と一緒に職場環境のアセスメントを行ったり、障害理解を促進するために社外で開かれるイベントや研修にアルドクレジット社の社員を積極的に参加させたりするようになったという。

また、モンゴル青年会議所(JCI Central)とも積極的に連携を進めている。JCI Central及び視覚障害者協会と連携して2021年に実施した「No One Left Behind」(誰一人取り残さない)というプロジェクトでは、障害者と一緒に働く時の留意点や、必要な合理的配慮などをまとめたマニュアルを作成した。今後、広く一般に普及していく計画だという。

このほかにも同社は、視覚障害者がいつでも金融情報に気軽にアクセスして状況を確認できるように、JCIとともに「アルドアプリ」というアプリケーションの開発や、ウェブサイト(Ardholdings.com)のバリアフリー化も進めている。

「No One Left Behind」の一環として制作したマニュアルを手に微笑むノミンイレデネさん

「No One Left Behind」の一環として制作したマニュアルを手に微笑むノミンイレデネさん

さらに、グループ全体にも新たな風が吹き始めている。アルドホールディングスが年に一度、投資家会議を開く際に手話通訳を配置するなど、聴覚に障害がある参加者に配慮して情報アクセシビリティの改善に力を入れるようになったのだ。

「ムンフトゥルさんが入社してくれたことで、障害者への配慮とは、会社の中だけにとどまらず、社外の関係者にも同じように取り組むべきことであり、企業イメージやブランドに関わる事柄だと気付くことができました」「さらに彼は、障害の有無に関わらず、モンゴルの若者たちに夢を与える存在となっており、会社としても、また、グループとしても、文化と体質が変わり始めているのを感じます」と、ノミンイレデネさんは話す。同社は、今後も視覚障害者を積極的に雇用していくことにしているという。

視覚障害者の雇用がきっかけとなって、外部機関の知見を積極的に取り入れつつ社内のバリアフリーを進めると同時に、社外の関係者への合理的な配慮にも取り組み始めたアルドクレジット社。同社の事例は、企業で働く障害者がいかに同僚や上司、組織に影響を与え、企業ブランドの向上につながっていくのかを示していると言えよう。取引先や投資家など、社外の関係者が多い同社が、DPUB2の「ジョブコーチ就労支援サービス」と連携しながら視覚障害者の雇用をさらに推進することで、モンゴル社会における障害理解が後押しされ、障害者就労の機運が高まることは間違いない。

企業概要

企業名 Ard Credit NBFI
事業 ノンバンク金融機関
従業員数(グループ全体) 約300人
従業員数(Ard Credit社) 約30人
うち障害者数(グループ全体) 4人(視覚障害者)
うち障害者数(Ard Credit) 1人(視覚障害者)
雇用のきっかけ ・国際的な障害者雇用の機運の高まりを受け、企業として社員のダイバーシティを高めるために求人の幅を広げたのを機に、視覚障害者の雇用を開始した
雇用の工夫 ・外部機関(視覚障害者協会やモンゴル青年会議所JCI)との連携を通じた障害者の就労環境の改善
・社内のみならず、社外の関係者に対しても情報アクセシビリティの改善を推進

ジョブコーチ就労支援サービスとは

ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。

このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。