「プロジェクトニュース(障害者雇用の優良事例)」Case10 eマート

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【CASE 10】聴覚障害者夫婦の周りに広がる笑顔

「ここで働き始めてすべてがいい方向に動き出した」

物流倉庫の同僚たちと一緒に笑顔を見せるエンフトゥブシンさん(後列右から2人目)と、妻のドルゴルマーさん(同3人目)。軽口が飛び交う和やかな雰囲気の中、皆でにこやかに撮影に応じてくれた

物流倉庫の同僚たちと一緒に笑顔を見せるエンフトゥブシンさん
(後列右から2人目)と、妻のドルゴルマーさん(同3人目)。
軽口が飛び交う和やかな雰囲気の中、皆でにこやかに撮影に応じてくれた

家族連れや若者でにぎわう店内

スフバートル広場の北側から東に伸びる大通りは、ウランバートル市の文教地区だ。国立大学や人文大学、エトゥゲン大学、科学技術大学、国立音楽院などが両脇にずらりと並び、通りは昼も夜も学生で賑わう。その通り沿いに建つこげ茶色の大きな建物が、韓国系大型ディスカウントストア、eマートのチンギス店だ。韓国国内のほか、ベトナムや中国に160店舗以上を展開するチェーンストアで、モンゴルには2014年にスカイハイパーマーケットと協定を締結して進出。1号店、かつ旗艦店として2016年に開業したこの店舗は、それ以前にあった小売業のスカイを吸収合併してリニューアルオープンした。総床面積が7600平方メートルを超える広い店内には、食料品から日用雑貨、衣料品、本、家電、化粧品にいたるまで、さまざまな商品を扱うショッピングフロアをはじめ、レストランやカフェ、フードコート、銀行のATM、携帯電話会社のカウンター、美容院、コインランドリーなども入居しており、モンゴル人の家族連れや若者たちで連日にぎわっている。

2016年にウランバートル市内にオープンしたeマートの1号店

2016年にウランバートル市内にオープンしたeマートの1号店

スカイハイパーマーケットの人事部でeマートの採用面接を担当しているガントルガさん

スカイハイパーマーケットの人事部でeマートの採用面接を担当しているガントルガさん

上階のオフィススペースで爽やかな笑顔とともに出迎えてくれたのは、ガントルガさんだ。2018年に入社し、人事部で採用面接を担当している
ガントルガさんによれば、eマートでは現在、ウランバートル市内にある3店舗と、市の中心部から車で40分ほどのハンオール区にあるディストリビューションセンター(在庫型物流倉庫)を合わせて正社員が約1,000人、アルバイトや契約社員を入れれば約2,000人が働いているという。うち35人に脳性まひや言語障害、聴覚障害などがあり、店舗でカートやカゴを片付けたり、駐車場で料金を徴収したり、物流倉庫でラベルを貼ったりしている。また、系列の清掃会社では130人が働いており、うち10人が障害者だ。
同社は、前身のスカイ時代から働いていた障害者をそのまま受け入れたうえ、新たな雇用も積極的に進めている。障害者の応募があるたびに面接して障害を把握したうえで、本人に配属の希望を聞き、1~2カ月程度の研修と試用期間を経て正社員として採用しているのだ。また、労働社会保障省が主催するジョブフェアにも定期的に参加し、障害者開発庁からの紹介を受け入れるなど、政府との連携にも積極的だ。障害者を雇用する理由について、ガントルガさんは「法定雇用率を達成することはもちろん大切」だとしたうえで、「障害者は、いったん働き始めると長く働いてくれる人が多いため、ありがたいのです」と話す。「従業員の中には、残念ながら、ある日突然、連絡が取れなくなってそのまま辞めてしまう人もいますが、障害者の場合はそのような人はまずいません」と、ガントルガさん。定年まで10年以上、働き続けた障害者もこれまでに2人いたという。
韓国から輸入した約1万2,000種類もの商品を保管し各店舗へと配送している物流倉庫で、韓国語のパッケージの上から価格や使用法などをモンゴル語で書いたシールを貼る作業を行っている聴覚障害者の夫婦がいると聞いて、2022年10月中旬に訪ねた。

1万2000種類の商品が集まる物流倉庫

物流倉庫の朝は早い。毎朝7時前には全員が出勤し、朝礼後、それぞれに作業を始める。この日も、われわれが10時前に到着すると、入り口付近では積み上げた段ボールが崩れないように数箱まとめてストレッチビニールで巻き上げる機械がすでに大きな音を立てて稼働しており、そのそばでフォークリフトがラッピングされた段ボールを次々にトラックに積み込んでいた。eマートの店舗に並ぶ商品は、ほぼ韓国から輸入されており、パッケージも当然、韓国語で書かれているため、店員が店頭で直接、客に説明する化粧品以外は、すべてここにいったん納められ、あらかじめ発注してあるモンゴル語のシールを貼ってから各店舗に配送される。入荷予定に合わせて、日に37種類のシールを発注することもあるという。
物流倉庫は品質管理上の理由から年間通して一定温度に保たれており、照明も常に同じ明るさに設定されている。朝方に零度を下回るほど冷え込むようになったこの時期も暖房は入っていないため、さすがに中にいても足元から冷気が立ち上ってきて底冷えする。

ハンオール区にある物流倉庫。韓国から輸入された商品は、いったんここにすべて納品されてモンゴル語のシールを貼ってから店舗に配送される

ハンオール区にある物流倉庫。韓国から輸入された商品は、いったんここにすべて納品されてモンゴル語のシールを貼ってから店舗に配送される

エンフトゥブシンさんは、5年前から物流倉庫でシール貼りの仕事をしている

エンフトゥブシンさんは、5年前から物流倉庫でシール貼りの仕事をしている

先天性の聴覚障害があるエンフトゥブシンさんは5年前から週に5日、ここでシール貼りの仕事をしている。今年30歳。入社した時はチンギス店の地下にあった倉庫で働いていたが、3年前にここに物流倉庫が完成したため、異動してきた。最初は歩いて通勤していたが、2年前に自動車を買って、ずいぶん楽になったという。
ロシア語を教えていた母親と、個人商売を手掛けていた父親の間に生まれ、生後3カ月でウランバートルに引っ越してきたエンフトゥブシンさん。7歳の時に両親が韓国に出稼ぎに行ったため、小学校5年生まで祖父母の家から特別支援学校に通い、長期休暇のたびに治療のために韓国で両親と過ごした。韓国の特別支援学校に通ったこともあり、韓国語も少し理解できる。母親のマエチメグさんは、当時のことを「子どもの頃から非常に活発で、空手や野球、テコンドーに打ち込む一方、絵を描くことも大好きで、いつも何かを描いていました」「自立心も旺盛で、韓国の特別支援学校にも、外国人生徒はほかにいなかったにも関わらず、臆することなく通っていました」と振り返る。
モンゴルの特別支援学校に戻って高校を卒業後は、芸術大学に進学。プロの画家を志してオフィスを借り、創作活動の傍ら、日雇いで掘削作業をしたり、ベーカリーショップの臨時職員として働いたりしたが、仕事も収入も不安定だった。

今の仕事は、「韓国系の企業なら、韓国語のスキルを生かす機会があるかもしれない」と考えたマエチメグさんが勧めてくれた。実際、eマートで正社員として働き始めてからは、制服が支給され、社会保険にも加入できて、経済的に自立したという。
勤務は朝7時から夕方16時まで。1日に2,500枚、多い時には3,000枚のシールを貼っているという。5年の間に試行錯誤を重ね、自己流の技も編み出した。「シールをシートから1枚ずつはがしてから商品に貼っていく代わりに、裏紙を丸ごとはがし、腕や胸に貼りつけてから1枚ずつ貼ると効率がいいんですよ」と、得意気にやってみせてくれた。

自分で編み出した作業のコツを披露するエンフトゥブシンさん

自分で編み出した作業のコツを披露するエンフトゥブシンさん

夫婦で取り組むラベル貼り作業

エンフトゥブシンさんと、妻のドルゴルマーさんは、SNSで知り合い、ビデオチャットで手話を重ねながら距離を縮めて結婚した

エンフトゥブシンさんと、妻のドルゴルマーさんは、SNSで知り合い、ビデオチャットで手話を重ねながら距離を縮めて結婚した

そんなエンフトゥブシンさんにとって、日々の張り合いであり、支えになっているのが、7歳年下の妻、ドルゴルマーさんだ。同じように聴覚に障害があるドルゴルマーさんとは1年前にSNSで知り合った。当時、ドルゴルマーさんは北部にあるボルガン県に住んでいたため、2人はビデオチャットを駆使して手話で距離を縮めたという。半年が経った頃にエンフトゥブシンさんが迎えに行き、ウランバートルに連れて帰ってきて結婚した。
ボルガン県には特別支援学校がなかったため、8年生まで普通学校に通った後は、放牧の仕事をしていたドルゴルマーさん。あどけなさが残る可愛らしい彼女は、エンフトゥブシンさんと結婚した時、前の夫との間に授かった息子が生まれたばかりだったこともあり、不安もあったという。だからこそ、エンフトゥブシンさんがまるで実の親子のように息子のことをかわいがってくれるのを見て、この上ない安堵と喜びを感じている。なお、まもなく2歳になる息子は聴覚に障害がない、いわゆるコーダ(Children of Deaf Adults)で、少しずつ手話を理解し始めているという。

新しい生活が始まって、エンフトゥブシンさんは再び祖父母の家に戻った。今、エンフトゥブシンさんとドルゴルマーさんは、毎朝6時半に家を出て、一緒に車で物流倉庫に出勤している。ドルゴルマーさんも、昼間は祖父母に息子を預け、アルバイトとして働き始めたのだ。倉庫ではエンフトゥブシンさんと一緒にラベル貼り作業を担当している。
「手順やコツは、すべて夫に教えてもらいました」と、はにかむドルゴルマーさんを優しく見守りながら、エンフトゥブシンさんも、「家でも、職場でも、いつも一緒にいられて幸せです」と顔をほころばせる。同僚たちも皆、2人に優しく接してくれ、居心地の良さを感じている。

小柄ではにかみ屋のドルゴルマーさんは、エンフトゥブシンさんといつも一緒だ

小柄ではにかみ屋のドルゴルマーさんは、エンフトゥブシンさんといつも一緒だ

居心地よく働ける環境づくり

ラベル貼りの作業を統括するシニアマネジャーのナブチャさん

ラベル貼りの作業を統括するシニアマネジャーのナブチャさん

2人の上司にあたるシニアマネジャーのナブチャさんは、大学で韓国語を専攻した後、別の韓国系企業で販売業務に従事していたが、eマートのモンゴル進出を受け、将来性があると感じて転職してきた。2カ月前に物流倉庫に配属され、ラベル貼りを担当する正社員とアルバイト、計8人を統括している。
これまで障害のある人と一緒に働いたことがなかったナブチャさん。スタッフの中に勤続5年の聴覚障害者がいると聞いて、最初はうまくコミュニケーションが取れるか不安もあったが、エンフトゥブシンさんの真面目で穏やかな勤務態度を見て、すぐに安心したという。ドルゴルマーさんとの結婚を報告され、アルバイトとして働かせたいと相談された時も、喜んで了承した。込み入った話の時には、スマートフォンのチャット機能も活用しながらやり取りしているという。
「倉庫で最も大切なのは、安全に作業してもらうこと。障害の有無は関係ありません」と言い切るナブチャさんは、2人の働きぶりを高く評価しているからこそ、「これからも障害者の応募があれば、その都度、アセスメントしたうえで、ぜひ受け入れたい」と意欲的だ。

ナブチャさんとともに働いているマネジャーのソロルマさんは、ホローロル団地の店舗で3年間、レジを担当していた。顧客に商品を届ける最終段階の仕事としてレジの業務に誇りと責任を感じていたが、腰痛が悪化したために異動を願い出て、3カ月前に物流倉庫に配属された。
ホローロル店でも障害者が数人働いており、彼らが上司の指示をよく聞いて、仕事の手を抜いたり中途半端に投げ出したりせずにカートやカゴの片付けや清掃をしていたのを見ていたソロルマさんは、エンフトゥブシンさんの働きぶりにも全幅の信頼を置いているという。

マネジャーのソヨルマさん(左)と、ナブチャさん

マネジャーのソヨルマさん(左)と、ナブチャさん

同僚たちと手話で談笑するエンフトゥブシンさん

同僚たちと手話で談笑するエンフトゥブシンさん

とはいえ、モンゴル社会では、障害への理解がまだ十分ではないのも事実だ。
本社の人事部で面接を担当する前出のガントルガさんは、「障害のあるスタッフと客の間のトラブルを完全になくすことは難しい」と、打ち明ける。例えば、聴覚障害がある社員が店舗で働いている時に、そうとは気付かず話しかけた客が「返事がない、無視された」と勘違いし、「失礼だ」「なぜこんな社員を働かせているのか」とクレームしてくることは珍しくない。
その一方で、聴覚障害がある社員がカートを黙々と片付けている様子を客の一人がSNSに投稿し、「eマートで障害者がこんなに頑張っています」「私たちも進んで片付けましょう」と呼びかけてくれたこともある。「あの時は嬉しかったですね」と振り返るガントルガさんは、「障害者が働いていることを誰も特別視することなく、当たり前に受け止める社会になってほしい」と話す。
さらに、物流倉庫と市内3店舗で働く社員が一堂に会する社員旅行を定期的に企画して親睦を図るなど、障害のある社員たちが居心地良く働けるような環境づくりにも積極的だ。「単純作業や負荷の大きい肉体労働ばかりが障害者にいかないように、一連の行程を再度見直し、機械化できる作業は極力進めるなど、取り組むべきことはまだまだあります」と、ガントルガさんは顔を引き締める。

「すべてがいい方向に動き出した」

「ここで働き始めてから、すべてがいい方向に動き出したと感じています」と話すエンフトゥブシンさん。子どもの頃から好きだった絵も描き続けている。
最近、新しい夢もできた。自分たちの家を買うことだ。「息子が何でも乗り越えられる強い人に成長するように、家族が安心して暮らせる家を買い、幸せを守りたいです」「そのためにも、もっともっと頑張ろうと思います」
エンフトゥブシンさんの毅然とした姿から決意と自信が伝わってきて、頼もしい。
人々の生活を支える小売業。特にeマートは、買い物にとどまらず、店内であらゆる用事をすませることができるため、人々の滞在時間も長い。そんな同社でさまざまな形で働いている障害者の姿がモンゴル市民の目に触れることで、社会の意識変容にもつながることが期待される。一連の業務を見直し、障害者に長く働いてもらうための配分と環境整備に熱心に取り組む同社がDPUB2のジョブコーチと連携し、アセスメントとマッチングをより体系的に進める体制が整えば、同社の障害者雇用がさらに広がることは間違いない。

エンフトゥブシンさんは幼い頃から絵が好きで、芸術大学でも絵画を専攻した。今も時間を見つけて描き続けているという © 本人提供

エンフトゥブシンさんは幼い頃から絵が好きで、芸術大学でも絵画を専攻した。今も時間を見つけて描き続けているという © 本人提供

【企業概要】

企業名 スカイハイパーマーケットLLC
事業 ハイパーマーケット
従業員数(スカイ全体) 約2,000人(2022年10月時点)
従業員数(eマート全体) 約1,850人
従業員数(物流倉庫) 約30人(2022年10月時点)
従業員数(子会社/清掃会社) 約130人
障害者数(スカイ全体) 約30人(2022年10月時点)
(視覚障害、聴覚障害、身体障害など)
障害者数(eマート全体) 約20人
障害者数(物流倉庫) 2人(2022年10月時点)
障害者数(子会社/清掃会社) 10人
雇用のきっかけ 前身のスカイショッピングセンターから引き受けた障害者と、新たに採用した障害者が共に働いている
雇用の工夫 ・採用時にアセスメントを実施する
・社員旅行などを通じて同僚とのコミュニケーションを促進し、居心地の良い環境をつくる

【ジョブコーチ就労支援サービスとは】

ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。
このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。