「プロジェクトニュース(障害者雇用の優良事例)」Case12 聴覚障害者が腕を振るうホリデイ・インウランバートル

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~ 障害者雇用の現場から CASE 12 ~

「誇りをもって働ける職場から生まれる信頼」

前職の窓枠会社で磨いた技術を生かして、ホテル内の木製家具の修理や制作、内装を一手に手掛ける聴覚障害者のボルドさん。分厚いコートをかけておくハンガーも好評だ

前職の窓枠会社で磨いた技術を生かして、ホテル内の木製家具の修理や制作、内装を一手に手掛ける聴覚障害者のボルドさん。分厚いコートをかけておくハンガーも好評だ

バリアフリーの5つ星ホテル

モンゴル革命を率いた国民的英雄の騎馬像が立っているスフバートル広場や国立オペラ劇場から15分ほど歩くと、青い空に向かって伸びる高層の建物が現れる。ホリデイ・インウランバートル。イギリスに本部を置き、世界に5,900軒以上のホテルを展開しているインターコンチネンタルホテルズグループ(IHG)の一つで、海外からモンゴルに来る観光客の宿泊先としてはもちろん、さまざまな会議やセミナー、イベントの会場としても人気が高い5つ星ホテルだ。鉱山採掘や建設業、輸入業など、多岐にわたってビジネスを手掛けるマックスグループ傘下のマックスホテルが2016年に開業し、2022年11月に6周年を迎えた。エントランスをはじめ、客室やボールルーム、レストランやトイレは車椅子で利用できるように設計されているため、国内外の障害当事者団体が主催するイベントの会場としてもしばしば利用されている。

ホリデイ・インウランバートルは2016年に開業した

ホリデイ・インウランバートルは2016年に開業した

人事のチメグさん(左端)、 安全担当のアルタンゲレルさん(左から2番目)、修理部門の上司、ツェレンハンドさん(右端)と談笑するボルドさん

人事のチメグさん(左端)、 安全担当のアルタンゲレルさん(左から2番目)、修理部門の上司、ツェレンハンドさん(右端)と談笑するボルドさん

多国籍ホテルグループに加盟しているだけあって、ホリデイ・インウランバートルでは障害者の雇用にも積極的に取り組んでいる。現在は、全111人の従業員のうち2人が聴覚障害者だ。一人は、オープン2年目の2018年に初めて雇用した障害者の女性で、社員食堂の調理場で働いている。翌2019年、修理部門担当として、聴覚障害者の男性技術者を採用した。
同ホテルでは、他にもてんかんがある人と片目が義眼の人を雇用していたが、接客時の負担が大きかったようで続かなかったという。

さらにこの3年間、世界を席捲したコロナ禍による移動制限でホテル業界が被った影響も大きかった。それでも、ようやく少しずつ通常通りに営業できるようになりつつあることを受けて、2023年3月には新たな求人を出すことにしている。人事部のチメグさんは、「障害者から応募があれば、よほどサービス業の適性がないと判断せざるを得ない人ではない限り、それぞれの希望や意向に耳を傾けて採用を検討します」と、意欲を示す。同社は、法定雇用率を満たすために、2023年上半期までに障害者をあと2人、雇用することを計画しているうえ、それ以上の応募があった場合も前向きに検討することにしているという。

経験と技術を生かして大活躍

寒さが厳しくなってきた2022年12月初旬、ホリデイ・インウランバートルを訪ねると、ボルドさんが穏やかな微笑みを浮かべながら現れた。修理部門で働く木工技術者で、以前は、マックスグループ傘下の窓枠専門制作会社で勤務していたという。現在は週に5日、月曜から金曜まで、毎日8時間、このホテルで働いている。

切れ長の目が印象的なボルドさんは、長い髪を無造作に流したヘアスタイルもあいまって、一見すると、物書きかアーティストを思わせる雰囲気だ。現在、53歳。印刷工の父親と看護師の母親の間に、4人兄弟の長男として生まれたが、物心つく前に発熱し、打たれた注射が原因で聴覚を失った。
中学校まで特別支援学校に通った後、16歳の時に父親が働いていた印刷会社に入社し、本の糊付けの仕事を始めたボルドさん。作業は性に合っていたものの、2001年に会社が倒産し、別の技術を習得しなければならなくなった。

リノベーションした20階につくった飾り棚の前でポーズをとるボルドさん

リノベーションした20階につくった飾り棚の前でポーズをとるボルドさん

縁あって木工技術の訓練を受けて窓枠会社に入社し、10数年にわたって経験を積む一方、私生活では25歳の時に教会で知り合った聴覚障害者の女性と結婚。2人の息子に恵まれた。レストランで配膳の仕事をしている29歳の長男も、中学生の次男も、聴力に問題はない、いわゆるコーダ(Children of Deaf Adults)だ。
その後、窓枠会社も倒産し、2019年にホリデイ・インウランバートルに移籍したボルドさんは、長年の経験を生かしてあっという間に周囲からの信頼を獲得する。
「机や椅子からベッドまで、木製家具なら何でも作ってしまうんですよ。見事なものです」と修理部のツェレンハンド部長が話すと、ボルドさんが少し照れくさそうに微笑んだ。氷点下30度まで下がるモンゴルの真冬の寒さをしのぐ分厚いコートを同時に何着もかけておける丈夫で見栄えのいいハンガーも、あっという間に完成させたという。

20階のリノベーション工事は、ボルドさんの陣頭指揮の下、修理部門総出で行われた (c)ホリデイ・インウランバートル提供

20階のリノベーション工事は、ボルドさんの陣頭指揮の下、修理部門総出で行われた (c)ホリデイ・インウランバートル提供

家具だけではなく、内装もこなす。2022年12月には、中東・カタールでサッカーのワールドカップが開かれ、モンゴルでも市内のスポーツバーにファンが集まって盛り上がったが、それに先立って同ホテルでは20階のVIPルームを観戦用にリノベーションすることを決め、11月に急きょ、工事を敢行した。修理部全員でデザインを考え、改装作業はボルドさんが陣頭指揮を取り、10日間で完成させたという。

「会社は二番目の家族」

ボルドさんの上司、ツェレンハンドさんは、以前、グループ内の別の建設会社で働いており、3年前にホリデイ・インウランバートルに異動してきた。ツェレンハンドさん自身はそれまで聴覚障害がある人と働いたことがなかったが、ボルドさんとは、以前から互いに面識があったため、一緒に働くことに戸惑いはなかった。

ボルドさんとツェレンハンドさんは以前からの知り合いで、互いに信頼し合っている

ボルドさんとツェレンハンドさんは以前からの知り合いで、互いに信頼し合っている

修理部のメンバーは、現在6人。電気技師の資格者や水道の配管工事の専門家など、皆、それぞれに専門技術の持ち主だ。ボルドさんは、木製家具の制作や修理作業を一手に引き受けている。「他のメンバーは手話ができませんが、チャットの絵文字やジェスチャーなどでコミュニケーションを取っています。皆、手の動きを読み取ろうとしてくれるし、普通に接してくれるので居心地がいいです」「私にとって、会社は二番目の家族です」と笑顔を見せる。その姿を見守りながら、ツェレンハンドさんも「ボルドさんは気持ちがいい人ですね。それにとてもきれい好きで、作業着が汚れると日に何度も着替えるんですよ」と笑った。

20階のVIPルームをリフォームして修理部門みんなで作ったバーカウンターの前でほほ笑むボルドさん(左から2人目)と、上司のツェレンハンドさん(左端)、人事のチメグさん(右から2人目)、そして健康と安全担当のアルタンゲレルさん(右端)

20階のVIPルームをリフォームして修理部門みんなで作ったバーカウンターの前でほほ笑むボルドさん(左から2人目)と、上司のツェレンハンドさん(左端)、人事のチメグさん(右から2人目)、そして健康と安全担当のアルタンゲレルさん(右端)

一方、1年前からホテルの職員の健康と職場の安全を担当するマネジャーとして、修理部のメンバーとも日常的にやり取りしているアルタンゲレルさんも、ボルドさんの腕前に全幅の信頼を寄せる1人だ。「以前は、障害によって特性があることや、合理的な配慮に必要な事項について何も理解していなかったため、障害者はみんな同じだと思っていた」と、恥ずかしそうに振り返るアルタンゲレルさん。ボルドさんと働く中で、障害によって、できることとできないことが違うという、ごく当たり前のことに気が付いたと言う。

さらに、「障害者も、社会に受け入れられていないという思いを常に抱えているからこそ、自分自身のことを受け入れられずに苦しんでいるのではないか」と、問題意識を持つようになったアルタンゲレルさん。「ホテルスタッフという仕事は、訪れる客のあらゆるニーズに対応しなければなりません。そのためにはまず、われわれ自身が広い視野を持つ必要があるのです」「マックスグループの中で職場の満足度調査のスコアが最も高いのが、わが社です。障害者雇用の面でも、グループのいい事例になるように頑張りたい」と意気込んだ。

周囲が変わり、組織が変わる

優秀社員として表彰されたボルドさん(c)ホリデイ・インウランバートル提供

優秀社員として表彰されたボルドさん(c)ホリデイ・インウランバートル提供

2022年夏、ボルドさんに嬉しい出来事があった。同社は月に一度、全社員の投票によって月間の優秀社員を表彰する制度があり、7月の投票でボルドさんが選ばれたのだ。社内のSNSでも紹介されたという。10月には、社員食堂で働いている聴覚障害の女性も表彰された。
前職の窓枠会社の仕事内容と比べると、前職の方が木工の専門性を極めることができたという思いもある一方、現在の仕事は木製家具であればなんでも修理したり作ったりしなければならないため、技術の幅を広げることができると感じている。
「ここで手掛けた仕事は、すべて私の自慢です」と胸を張るボルドさんの横顔は、誇らしさと充実感に輝いている。

仕事を通じて変わったのは、ボルドさんだけではない。人事のチメグさんは、ボルドさんが作ったコートハンガーが1階と2階をつなぐ吹き抜け階段の下の目立つ場所に置かれ、朝に夕にホテルを訪れる人たちに使われていたり、20階に完成したバーカウンターが客で賑わっていたりする様子を見て、他の社員もいい刺激を受けていると話す。また、社員食堂で働く聴覚障害者の女性も、ホテルスタッフのみならず、隣接する系列の商業施設の従業員たちにとっても励みになっているという。
「障害者が頑張っている姿が目に見えることによって、皆の意識が変わりつつあるのを感じます」とチメグさん。DPUB2にも「セミナーにはぜひ引き続き社員を派遣したいし、サービス業のことを理解してくれるジョブコーチに障害者を紹介してもらえたら」と期待を寄せる。
 5つ星ホテルのホリデイ・インウランバートルは、バリアフリー設計をいち早く採用するなど、常に国際標準に準拠してモンゴル社会に大きな影響を与えてきた。そんな同ホテルとDPUB2がタッグを組み、ジョブコーチを通じた障害者の就労事例を生み出せば、モンゴルにおける障害者雇用に新たなうねりを起こすことができるはずだ。

【企業概要】

企業名 マックスホテル社
事業 ホリデイ・インウランバートルの経営
従業員数(マックスホテル全体) 約111人(2023年1月時点)
従業員数(修理部門) 6人(2023年1月時点)
障害者数(マックスホテル全体) 2人(2023年1月時点)
(聴覚障害者)
障害者数(修理部門) 1人(2023年1月時点)
雇用のきっかけ 国際的な5つ星ホテルとしての責務を果たすため
雇用の工夫 ・障害の種別ではなく、接客やサービス業に向いているかどうかに重点を置いて面接する
・本人の経験や得意なことに応じて他部署に配置する
・頑張っている姿を他の社員の目に触れる機会をつくり、優秀社員として表彰するなどモチベーションの維持と向上を工夫する

【ジョブコーチ就労支援サービスとは】

ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。
このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。