「プロジェクトニュース(障害者雇用の優良事例)」Case16 YONGSAN

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ジョブコ―チによるマッチングと集中支援が奏功

韓国料理店の洗い場で働く知的障害者

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同僚で料理担当のバヤルマさん(右から2番目)、店舗マネジャーのドラムさん(右端)、そしてジョブコ―チのオソルジャルムさん(左端)と一緒に店の前でポーズをとるムンフオチレルさん(左から2番目)。みんなでわきあいあいと撮影に臨んだ。

面談を繰り返して性格と特性を把握

4月半ばだというのに11時過ぎから降り始めた小雪があっという間に歩道に白く積もったこの日、ウランバートル市の中心部にあるチンゲルテイ区の韓国料理店「YONGSAN」を訪ねると、白い不織布のヘアキャップをかぶった背の高い男性が、黙々と床を掃除していた。ムンフオチレルさん、23歳。知的障害がある。2022年11月中旬からこの店で働き始め、バスで通勤している。清掃に加えて皿洗いも担当しており、「この仕事が大好き。ずっと続けたい」と微笑む。

ウランバートルで生まれ、中学校まで通常学校に通ったムンフオチレルさん。卒業後は、民間の職業訓練学校でシェフやマッサージなどいくつか受講してから民間企業に就職したが、うまくいかず1カ月ほどで退職してしまった。

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11時の開店前に、清掃に精を出すムンフオチレルさん

そんなムンフオチレルさんをYONGSANに紹介したのは、ジョブコ―チのオソルジャルムさんだ。ムンフオチレルさんと知り合ったのは、息子を心配したムンフオチレルさんの母親が障害者開発庁の職業訓練センターに相談に行き、労働社会保障省の就労支援データベース「eJob」を利用したのがきっかけだ。母親も交えてムンフオチレルさんと面談を重ね、性格や就労意欲の把握に努めたオソルジャルムさんは、「少しワガママな部分もあるが、素直でかわいい。一生懸命働いてくれるはず」と確信。紹介先を検討する中で思いついたのが、YONGSANのオーナーで、オソルジャルムさんの友人でもあるバドヒシグ社長だった。

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YONGSANオーナーのバドヒシグ社長

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NGO「ツェルメグ・アミドラル」は、シングルマザー世帯にプレゼントや石炭などを支援している(バドヒシグ社長提供)

バドヒシグ社長は、YONGSANに加え、農業や観光分野のビジネスも手掛けるボルホ・オルギル社を切り盛りする敏腕経営者だ。その傍ら、多子世帯や一人親世帯の貧困をはじめ、社会課題への関心も高い。きっかけは、大学を卒業後、4年間滞在していた日本での経験だ。語学学校に通ったり、兵庫県立大学で研究生をしたりしながらボランティアやアルバイトにも精を出した。デイサービスセンターで高齢者を介護したり、障害者の支援団体で車椅子利用者を介助したりするなかで、社会的弱者の支援に使命を感じるようになったという。

帰国後も「社会の役に立ちたい」との思いから、本業の傍らシングルマザー世帯などへの支援活動を個人的に続けていたバドヒシグ社長は2019年、友人たちと一緒に5人で障害者支援のNGO「ツェルメグ・アミドラル」(モンゴル語で「晴れ渡った人生」の意味)を設立する。オソルジャルムさんは、同団体が主催するイベントに何度か参加するなかで、バドヒシグ社長から「YONGSANで障害者を雇用したい」と相談されたことから、企業で働いた経験があるムンフオチレルさんを紹介することにしたのだ。

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NGO「ツェルメグ・アミドラル」は、子どもたち向けにさまざまなイベントも開催している(バドヒシグ社長提供)

働きやすい環境をつくる工夫

では、実際に店でムンフオチレルさんと一緒に働くことになったYONGSANのスタッフたちは、どのように受け入れたのだろうか。

コロナ禍のさなかの2020年2月にオープンしたYONGSANは、現在、ランチと夜営業を合わせ、日に100人から200人が来店する人気店だ。ムンフオチレルさんを入れて正規の社員4人と、学生アルバイト2人が交代で働いている。1年前から店の統括を任されているマネジャーのドラムさんは、「正直言って、はじめはムンフオチレルさんに何の仕事をしてもらえばいいか、分かりませんでした」と振り返る。

最初は配膳を担当してもらったが、注文どおりに料理を並べ、食器を下げるタイミングを見計らうのは難しいことが分かったため、開店前の清掃と皿洗いを頼むことにしたドラムさん。それでも、試行錯誤は続いた。スポンジにつける洗剤の量が分からないムンフオチレルさんは、大きなボトルを2、3日で使い切ってしまったり、すすぐのを忘れたり、逆に水道を流しっぱなしにしたりすることがしばしば起きたのだ。調理を任されているバヤルマさんが、「洗剤の量はこれぐらいとか、洗った後は必ずすすぐ、と教えても、すぐ忘れてしまうので大変でしたよ」と言うと、ドラムさんも、「水道代は倍近くに跳ね上がりましたね」と苦笑する。

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店が営業中は、皿洗いがムンフオチレルさんの仕事だ

スタッフの様子を見て、オソルジャルムさんは、一計を案じた。洗剤を少し薄めてポンプ付きの容器に詰め替え、1、2プッシュすれば適量が出るように工夫したのだ。

さらに、ドラムさんやバヤルマさんたちスタッフも、忍耐強くサポートした。特にドラムさんは、バドヒシグ社長から常々、社会貢献の重要性や想いを聞いていたこともあり、これまで障害者と一緒に働いたことはないものの、知的障害について理解しようと努めているという。「一緒に働くのは難しいのではないか」と思ったことも何度かあるが、前の職場でつらい思いをした時のことを思い出して涙を流すムンフオチレルさんを見ていると、「この店を辞めさせてしまったら、彼はこの先、ますます大きなトラウマを抱えて生きていくことになってしまう」と思うからだ。

「丁寧に話を聞くように心がけています」「この店では安心していいよというメッセージも繰り返し伝えています」と話すドラムさんからは、小柄で可愛らしい外見と裏腹に、深い愛情と強い覚悟が伝わってくる。オソルジャルムさんとも頻繁に連絡を取り合い、ささいなことでもすぐに相談し、ムンフオチレルさんの母親も呼んで一緒に話し合うという。「皆でサポートする体制を作っておくことが大切だと感じています」と、ドラムさんは力を込めた。

NGOの活動とジョブコ―チの連携に意気込み

そんなドラムさんの様子を頼もしそうに見つめながらうなずくオソルジャルムさんは、DPUB2によりジョブコ―チトレーナーになった。DPUB2が2021年9月にウランバートルで開催した「ジョブコ―チ基礎研修」をはじめ、2022年3月の「第1回ジョブコーチ入門セミナー」、2022年11月のマレーシア・スタディツアー、さらに2023年2月の本邦研修にも継続的に参加し、積極的に学んだオソルジャルムさん。2023年3月には、ウランバートルで開かれた「第1回ジョブコーチ養成研修」でジョブコ―チトレーナーとして参加した。これまで、ムンフオチレルさん以外にも、3人の障害者をジョブマッチングして企業に紹介している。

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日本で研修を受けるオソルジャルムさん(前列左)

オソルジャルムさんがジョブコ―チを志したのには、深い理由がある。オソルジャルムさんの母親、グンジットマさんは下肢に障害があり、義肢を利用している。モンゴルにおける障害者の社会参加と就労に難しさを感じていたグンジットマさんは2007年、障害者の雇用と起業を支援しようと、NGO「障害者ビジネスインキュベーションセンター」を設立した。当時、高校生だったオソルジャルムさんも、母親の力になりたいとの思いから、学業の傍ら活動を手伝い始め、大学を卒業後はそのまま就職し、働くようになったという。マネジャーとして日々、障害のある人たちと接する中で、「障害者と我々は同じだ」という思いを一層強め、自分たちの活動の意義を再確認するようになった頃、障害者開発庁からジョブコ―チ就労支援サービスが始まると聞いたオソルジャルムさん。ちょうど、NGOとしても、職業リハビリテーションセンターの立ち上げを検討し始めたところだったため、「障害者と社会をつなぐそのような専門職があるのなら、ぜひ理論を学びたい」と思い、DPUB2の研修に迷わず応募した。

援助付き雇用の理念やジョブコ―チの役割について、理論から実践まで包括的に学んだことにより、オソルジャルムさんはこれまでNGOが提供してきた支援に過不足があったことに気付き、活動を見直すことができたという。同時に、NGOとジョブコ―チが目指すゴールが同じだと再認識できたことは、彼女にとって、さらに大きな意味があったようだ。

その例として、オソルジャルムさんは最近、母親に連れられNGOのオフィスに来た女の子のエピソードを挙げる。

女の子は聴覚障害と言語障害があり、部屋に入った時からおどおどしっぱなしだった。スタッフに話しかけられても、相手の目を見ることもできず、質問にはすべて母親が隣から代わりに答えているのを見て、オソルジャルムさんは母親にいったん退室してもらい、女の子と2人だけで時間を過ごし、緊張と警戒心をほぐしたうえで、NGOが運営している縫製のクラスに彼女を勧誘した。女の子は最初のうち気が進まない様子だったというが、回を重ねるごとに相手の目を見られるようになり、ぽつり、ぽつりと言葉も発するようになるなど、人とのコミュニケーションに少しずつ変化が生まれつつあるという。「これからもNGOの活動を通じて彼女との信頼関係を深め、ゆくゆくはジョブコ―チとして彼女に合う企業と仕事を紹介し、就労につなげたい」と話すオソルジャルムさん。「NGOとジョブコ―チの仕事は、私が思っていた以上に相互に密接につながっていると感じています。どちらの仕事も100%、力を尽くして取り組みたいです」と力強く決意を語った。

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NGO「障害者ビジネスインキュベーションセンター」の仕事とジョブコ―チの仕事をうまくつなげたい、と話すオソルジャルムさん(左)

働きたいと希望している障害者と企業をつなぐジョブコーチ。DPUB2は、2021年からその育成に取り組んでおり、2023年3月の「第1回ジョブコ―チ養成研修」では35人を育成した。今回紹介したYONGSANのムンフオチレルさんは、オソルジャルムさんがジョブコ―チとして、本人とお店をどうマッチングし、アセスメントを行い、適応と定着に向けてどのような支援をしたのかを示す貴重な記録である。また同時に、モンゴルにおけるジョブコ―チ就労支援サービスの誕生の記録でもある。

これまでは障害者の雇用に先進的に取り組んでいるモンゴル企業を紹介してきたこの連載も、今後はいよいよDPUB2を通じて育ったジョブコ―チによって実現した雇用事例を少しずつ紹介していく予定だ。

企業概要

企業名 YONGSAN
事業 韓国料理店
従業員数 正社員6人(2023年4月時点)
学生アルバイト2人
障害者数 1人(2023年4月時点)(知的障害者)
雇用のきっかけ ・オーナーのバドヒシグ社長が社会課題に対する問題意識が強く、社会貢献意欲が高かった
・ジョブコ―チのオソルジャルムさんに相談し、ムンフオチレルさんを紹介してもらった
雇用の工夫 ・本人に適した仕事を探り、アセスメントを行って、必要に応じて配置換えをする(配膳→皿洗いと清掃担当へ)
・皿洗いの手順を分かりやすく壁に貼る、洗剤の適量が簡単に出せるようにポンプ付の容器に詰め替えるなど、合理的な配慮を行う
・母親とも日頃から連絡を取り合い、問題が起きそうな時は早めに母親やオーナーも一緒に皆で話し合う

ジョブコーチ就労支援サービスとは

ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。
このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。