「プロジェクトニュース(障害者雇用の優良事例)」Case21 モノスコスメティクLLC
工場で働く知的障害者のシジルムンフさん(中央)を囲んで、
工場マネージャーのアリウンザヤさん(右端)、
ジョブコーチのエンフゾルさん(左端)と、同僚たち
決められた箱に、決められた数の商品を
青い空が夏の訪れを感じさせる6月上旬、ウランバートル市の中心部から一時間ほど車を走らせたバヤンゴル区にあるモノスコスメティクの工場を訪ねた。この辺りは製鉄所や発電所、カシミア工場などが建つ工場地帯で、この工場ではハンドクリームやハンドソープ、フェイスシートといった化粧品を製造している。
製造されたばかりのフェイスシートを確認しながらパッケージに入れていく女性
衛生服で身を包み、強力な風が出るエアシャワーを通って埃や砂などを払ってから工場エリアに入ると、大きな機械の上に2人のエンジニアが立ち、きびきびと原材料を計量して攪拌機に投入していた。床の上には攪拌が終わったクリームを寝かせているのだろう、銀色のタンクがいくつも並んでおり、一つ一つに日付や担当者の名前が書かれたラベルが貼られている。
案内に従って隣の部屋に進むと、先ほどとは別のエンジニアが完成したクリームを容器に一つずつ注入しては重さを確認し、手早く蓋を閉めてベルトコンベヤーに載せていた。ベルトコンベヤーはさらに奥の部屋へとつながっており、クリームが入った容器はガラス窓の向こうで待ち構える工員たちによって次々と箱詰めされていく。
化粧品を製造・販売するモノスコスメティクの工場(c)モノスコスメティク提供
モノスコスメティクの親会社であるモノスグループの歴史は、1990年に遡る。モンゴル初の医薬品製造会社、モノスファームとして創業した同社は、「医薬品の製造・販売を通じて国民の健康を促進する」というミッションを掲げて飛躍的な成長を遂げてきた。現在は、IT事業や大学経営などにも事業を拡大しており、モノスコスメティクをはじめ、15の子会社を展開している。
そんなモノスグループは、1997年に初めて障害者を雇用したのを機に、グループとして積極的に障害者の雇用に取り組んでいる。現在、グループ全体の従業員数は約2,500人で、うち82人に何らかの障害があるという。
冒頭のモノスコスメティクでは、本社で約100人、工場で51人が働いている。同社ではこれまで内部障害者や下肢障害者など4人が本社で清掃や営業の仕事に従事していたが、ここバヤンゴル区の工場でも2023年1月から障害者が働き始めた。知的障害と言語障害があるシジルムンフさん。工場に配属された初めての障害者だ。
家族は6人。兄は日本で働いているため、一歳年下の弟と、まだ幼い妹、そして両親と一緒に暮らしている。週に5日、一人でバスに乗って通勤し、朝8時から夕方5時まで働いている。以前、肉の冷凍倉庫で臨時職員として働いたこともあるが、寒くて長くは続けられなかった。正社員として働くのは、ここが初めてだ。
ベルトコンベヤーを流れてくるハンドクリームを手早く、かつ整然と箱に詰めるシジルムンフさんの表情は、真剣そのものだ。いっぱいになった箱は両手で抱えて指定の場所に運び、足早に戻ってくると次の箱に詰め始める。流れてくる商品がハンドソープに変わると、すかさず別の箱を取りに行き、箱が残り少なくなると段ボールも手早く組み立てる。
ベルトコンベヤーで流れて来るハンドクリームを手際よく段ボールに詰めていくシジルムンフさん(2023年6月撮影)
「どの箱に何個ずつ詰めるのかは商品によって決まっているのですが、シジルムンフさんはすべて把握していて、間違えることがないんですよ」と、工場マネージャーのアリウンザヤさんは頼もしそうに微笑む。働き始めてから遅刻も欠席も一度もないという。
成長を見守ってきた男性をアセスメント
ジョブコーチのエンフゾルさんは、幼い頃からよく知っているシジルムンフさんをモノスコスメティクに紹介した(2023年6月撮影)
シジルムンフさんをこの工場に紹介したのは、ジョブコーチのエンフゾルさんだ。もともとはシジルムンフさんの両親と長年の友人で、シジルムンフさんのことも幼い頃から成長を見守ってきた。
先天的に心臓疾患があるうえ、幼い頃に接種された抗生剤が原因で歩行にも困難をきたすようになったというエンフゾルさんは、周囲からたびたびかけられる心ない言葉をはね返すように、自身のキャリアを重ねてきた。
故郷のホブド県からウランバートルに来て人文大学で学んだ後、記者として2年働き、バヤンズルフ区の障害者協会でも4年間、広報業務に従事したエンフゾルさん。その後、防衛大学に入り直してマネジメントも学んだが、一念発起して2016年に2つの幼稚園を設立した。どちらの幼稚園も障害のある子どもを積極的に受け入れ、障害のある子どもとない子どもが一緒に過ごす空間を作り出しているのが特徴だ。知的障害がある男性をシェフとして採用するなど、障害者の雇用にも取り組んでいる。
そんなエンフゾルさんがジョブコーチを志したのは、二度目に入学した防衛大学を卒業後、障害が理由で就職が決まらなかったことがきっかけだ。高度な教育を受けた自分でもこれほど苦労するなら、進学の機会に恵まれない障害者の就職はどれほど厳しいだろうと考え、2022年6月にDPUB2のジョブコーチ入門セミナーを、その後、2023年3月にはジョブコーチ養成研修を受講した。シジルムンフさんの両親が息子の将来を心配して相談してきた時も、一家に対して友人ではなくジョブコーチとして接し、アセスメントしようと、彼らの家に何度も通った。こうしてシジルムンフさんの性格や得手不得手、障害特性を改めて把握したエンフゾルさんは、地道な作業も嫌がらず根気強く取り組むことができる彼には工場の箱詰め作業が合っていると考え、2022年12月にモノスコスメティクに相談した。
人事部の決断と、工場マネージャーのまなざし
モノスコスメティクの人事部長、B.ゾルジャルガルさん(本人提供)
モノスコスメティクの中でエンフゾルさんから連絡を受けたのは、人事部長のゾルジャルガルさんだ。大学を出てモノスファームで3年間働いた後、2014年にモノスコスメティクに異動した。一貫して人事業務を担当しており、2022年にDPUB2の企業啓発セミナーを受講した。
ゾルジャルガルさんにとって、視覚障害者や身体障害者だけでなく、知的障害者も就労できると知ったことは大きな転機になったという。彼女自身、3人の娘のうち次女がダウン症で、知的障害者の就労には強い関心があったため、モノスコスメティクでも知的障害者を雇用しようと、受講後、さっそく採用計画を立てた。にも関わらず、具体的なあてがなく実現にこぎつけられずにいたゾルジャルガルさんにとって、エンフゾルさんからの電話は、まさに渡りに船だった。
モノスコスメティクの人事部長、B.ゾルジャルガルさん(本人提供)
さっそくシジルムンフさんと面談し、エンフゾルさんの提案通り工場への配属を決めたゾルジャルガルさん。従業員たちがシジルムンフさんを受け入れてくれるのか不安だったが、エンフゾルさんと共に社内向けに障害理解セミナーを二度にわたって開催するなど、念入りに準備した甲斐あって、皆、快く受け入れてくれて安堵したと微笑む。
実際、前出のアリウンザヤ工場マネージャーは、「最初の頃、シジルムンフさんはおどおどして相手の目も見られないほどでしたが、最近は仕事にも工場にも馴染んできたようで、同僚たちと笑いながら話す姿をしばしば見かけます」「指示されなくても自ら動くようになったうえ、新しいアルバイトには率先して段ボールの組み立て方を教えるなど、仕事ぶりにも自信が出てきたようです」と、確かな変化を感じている。
箱詰め作業の手を止め、カメラに向かって微笑むシジルムンフさん(右)。「兄弟」と呼ばれている同僚が、隣の部屋からガラス越しにおどけてポーズをとってくれた(2023年6月撮影)
そんなシジルムンフさんは、いまや工場の中で人気者だ。同僚の一人と背格好や顔立ちが似ているため、二人が一緒にいると「兄弟のようだね」と周囲が親しみを込めてからかうなど、彼の周りはいつも和やかな雰囲気だという。この日も、箱詰めをしているシジルムンフさんにカメラを向けると、「兄弟」と呼ばれている同僚が一緒に写真に入ろうと隣の部屋からガラス越しにおどけてみせ、それに気付いたシジルムンフさんの表情がたちまちほころんだ。
ジョブコーチとともに進めた受け入れ
モノスグループがウランバートル市をはじめ、主要都市に展開している路面店の様子。モノスコスメティクの商品のほか、モノスファームが製造する薬など、グループのさまざまな商品が販売されている(c)モノスコスメティク提供
熱心に働くシジルムンフさんの様子を見ながら、嬉しそうに目を細めるジョブコーチのエンフゾルさん。何度も自宅に通ってアセスメントを行い、就職が決まってからも頻繁にコーヒーショップや食事に誘っては信頼関係を育み、一人で通勤できるようにと自宅から工場までの道順やバスの乗り方を何度も教え、入社後3カ月間は工場に通って様子を観察するなど、手厚くサポートしていただけに、その喜びは格別だ。「お店の棚にモノスコスメティクの商品が並んでいるのを見るだけで、シジルムンフさんが箱詰めした商品かな、と考えて嬉しくなります」「彼の両親もこの就職を大変喜んでいて、彼が家に入れる給料は彼の将来のために使ってほしいと言って手を付けないんですよ」と微笑むエンフゾルさんのまなざしは、どこまでもあたたかい。
そんなエンフゾルさんには、人事部長のゾルジャルガルさんと工場マネージャーのアリウンザヤさんも厚い信頼を寄せている。二人は、「これほど円滑にシジルムンフさんを受け入れられたのは、彼女が彼の家庭の状況や本人の性格をよく理解し、工場に慣れるまで、彼だけでなく私たちにも寄り添ってくれたおかげです」と口をそろえ、「彼女のような存在がいれば、これからも知的障害者を含めて障害者を安心して雇用できます」と意欲を燃やす。
本人や家族と深い信頼関係を有するジョブコーチと、企業の人事、そして配属部署の三者が緊密に連携を取り合い、初めて知的障害者の採用に踏み切り、定着させることができたモノスコスメティクの事例から学ぶことは多い。人々が日常的に使う日用品や衛生品、化粧品を製造する同社が、今後もDPUB2と連携しながら、知的障害者を含めて障害者の雇用を進めることで、障害に対するモンゴル社会の理解が深まり、ゾルジャルガルさんが願う「人を在りのままに受け入れられる社会」に近づくことを確信する。
企業概要
企業名 | モノスコスメティク(モノスグループの子会社) |
事業 | 化粧品の製造・販売 |
従業員数(グループ全体) | 約2500人(2023年6月時点) |
従業員数(モノスコスメティク全体) | 約150人(2023年6月時点) |
従業員数(モノスコスメティク工場) | 51人(2023年6月時点) |
障害者数(グループ全体) | 82人(2023年6月時点) |
障害者数(モノスコスメティク全体) | 5人(2023年6月時点) |
従業員数(モノスコスメティク工場) | 1人(2023年6月時点) |
雇用のきっかけ | ・「食品と医薬品の製造・販売を通じて国民の健康を促進する」というミッションを掲げる企業として、グループ全体で以前から障害者雇用に取り組んでいた ・法定雇用率の遵守や企業の社会的責任が求められる風潮が強まっているため ・ジョブコ―チから連絡を受けた |
雇用の工夫 | ・ジョブコ―チが本人や家族と深い信頼関係を構築する ・本人が職場に慣れるまでは、通勤方法から仕事の内容まで丁寧にフォローし、様子を見ながら次第にフェードアウトする ・ジョブコーチが企業の人事担当者や配属部署とも密接に連携する |
ジョブコーチ就労支援サービスとは
ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。
このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。