「プロジェクトニュース(障害者雇用の優良事例)」Case17 ハスメガワット社

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社を挙げて長く働ける職場づくりに取り組むエネルギー企業

「障害者を皆で見守るために、家族とも連携」

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工場長のドルジセンベさん(左)や人事部のガンエルデネさん(右から2人目)、
ムンフサイハンさん(右)と一緒にポーズをとるオドゲルマさん(左から2人目)

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ハスメガワット社はモンゴルでエネルギーや鉱業関連事業を展開している

エネルギー分野のサプライヤー企業

モンゴルのエネルギーや鉱業関連事業を展開するハスメガワット社。2000年に創業された同社は、冬季の寒さが厳しいモンゴルの生活に欠かせないセントラルヒーティング設備やボイラー、送電線、パイプライン、圧力タンクなどの建設と設置、メンテナンスを行っている。将来的な需要を見据え、エネルギーや製鉄、鉱業、重工業などの分野で技術と知識に裏打ちされたサプライヤーになることをビジョンに掲げる同社は、オユトルゴイ社やレッドパス社など、大手鉱山会社から発電所の維持管理も請け負っている。製造業や貿易業、運送業、サービス業が国内経済を押し上げる反面、電力需要がひっ迫しているモンゴルでユニークな存在感を放つ企業だ。

身を切るような風が吹く4月中旬の朝、バヤンゴル区にあるハスメガワット社を訪ねた。同区には第3、第4地区のように住宅やショッピングモールが建ち並ぶ地域もあるが、ドント川の対岸にパン工場や飲料、皮革、衣類などの工場や倉庫が多いハンオール区が広がっているためか、この辺りも大型トラックが頻繁に行き交い、周囲にはクレーンや煙突が空に向かって伸びている。

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ハスメガワット社ではアクセシビリティの改善も進めている(同社提供)

ハスメガワット社は、モンゴルで近年、障害者法定雇用率の遵守や企業の社会的責任が求められる風潮が強まってきたうえ、人材不足も深刻になったことを受け、障害者の雇用を積極的に進めるかたわら、駐車場や外階段にスロープをつけて滑り止めを敷いたり、2階の社員食堂に上がる屋内階段や社員用トイレに滑り止めや手すりをつけたりして、少しでも使いやすくなるような努力をしている。現在は約550人の従業員のうち20人の社員になんらかの障害があり、うち11人がドイツ国際協力公社(GIZ)の支援を受けて社内に設置している職業訓練センターやオフィスで働いているほか、鉄鋼加工工場にも9人が配属されている。もともと同社で働いていたが仕事中のケガが原因で障害者になった人のほか、区の労働福祉サービス課や知り合いから紹介されて応募してきた人たちだ。

その一人、2020年から工場で働いているオドゲルマさんには、脳性まひがある。現在26歳。ウランバートルで生まれ、中学校を卒業するまで普通学校に通った後、職業訓練校でコンピューター技術とCGグラフィックデザインを学んだ。最近まで一緒に住んでいた祖母が大好きで、ハスメガワット社の求人も祖母の知人から教えてもらった。今も近くで暮らしており、頻繁に行き来しているという。

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脳性まひがあるオドゲルマさんは、2020年からハスメガワット社の工場で働いている

工場での勤務は、平日の7時から15時半まで。原材料の発注や製品の発送、報告書作成を担当しているが、はじめのうちは仕事の内容がまったく理解できなかったという。「指示されていることも分からず、本当に大変でした」と苦笑しながら振り返る。経理のオンライン研修を1週間、受講したこともあるという。

また、工場で働いている男性たちとも恥ずかしくてなかなか話せなかったが、今はだいぶ慣れてきた。「最初は少し怖いと思っていた工場長も優しくて、いつも応援してくれます」と話すオドゲルマさん。「今は工場の人たちと週に一度、バスケットボールや卓球、バレーボールをしに出かけるのが楽しみなんです」と笑った。

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工場長のドルジセンベさん(右)は、オドゲルマさんの成長を見守ってきた

試行錯誤しながら築いた信頼関係

彼女の成長を見守ってきたのが、工場長のドルジセンベさんだ。「オドゲルマさんは、うちに入社するまで社会経験がほぼなかったためか、人に何か言われるたびに怒られたと思い込み、泣いていましたね」と、振り返る。そんなオドゲルマさんの心を開いてもらおうと、ドルジセンベさんはいろいろ工夫した。

まず、業務上の指示だけではなく、彼女が慕っているおばあさんの話題など、世間話も含め積極的に話しかけ、コミュニケーションを取ることを心掛けた。また、直接、顔を合わせない日は、他の従業員に「オドゲルマさんは今日どうしてますか」と尋ねて様子を把握するように努めたほか、ドルジセンベさん自身、大声で話すクセがあるのを反省して、オドゲルマさんを怖がらせないように穏やかに話すことを意識した。その甲斐あって、オドゲルマさんは1年ほど前から目に見えて笑顔が増え、働きぶりにも安定感が出てきたという。「最近は、発注や受け取りの際もミスがなくなり安心して任せられます」と優しく微笑むドルジセンベさんの隣で、オドゲルマさんがぱぁっと表情を輝かせ、少し照れながらも誇らし気な笑顔を浮かべる。

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発注書や納品書を見ながら話し合うドルジセンベさん(左)とオドゲルマさん

オドゲルマさんの特徴や性格に配慮して接し方を変えることで信頼関係を築いたドルジセンベさんは、20年前にハスメガワット社に入社して以来、一貫して同社で働いている。5年前からは、工場長として、オドゲルマさんや手が不自由な女性、聴覚障害者の男性などを積極的に受け入れてきた。普段はオドゲルマさんたちが障害者であることを、あえて意識していない。同じ人間は一人も存在せず、それぞれに違いがあって、皆、平等だというのが、ドルジセンベさんの信念だからだ。オドゲルマさんたちにも、折に触れて「自分に障害があるからと萎縮しないでください」と伝えている。

以前は、「障害者に仕事を任せることができるのですか」と聞かれることもあったが、そのたびに、「人は皆、平等ですよ」「障害の有無は関係ありません」と答え続けたというドルジセンベさん。「今はもうそんなことを言う社員はいません」「障害者が働くことへの理解が広がったのを感じます」と嬉しそうに話す様子からは、鋭い眼光と強面の風貌とは裏腹に、優しさと信念が伝わってくる。そんなドルジセンベさんに、「その熱い思いは、どこから来ているのですか」と尋ねると、少し考えてから「幼い頃、聴覚障害がある祖母と一緒に暮らしていたためかもしれません」という答えが返ってきた。祖母との暮らしを通じて「障害者を理解し、尊重しよう」という思いが自然と芽生えたのだという。

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人事専門家のムンフサイハンさん(左)と、人事部を統括するガンエルデネさん。ムンフサイハンさんは2023年3月に開かれたDPUB2のジョブコーチ養成研修を受講した

長い目で取り組む採用と人材育成

同社は障害者に限定した求人を出すことはほとんどなく、応募があるたびに人事部が面接しているという。ムンフサイハンさんは人事部の一人で、2023年3月に「モンゴル国障害者就労支援制度構築プロジェクト」(DPUB2)が開いたジョブコーチ養成研修を受講した。2020年から障害者雇用を担当しているほか、鉱山会社のオユトルゴイ社系列の電力会社で働く150人のスタッフの人事も兼任している人事専門家だ。

DPUB2の研修は、障害者開発庁のFacebookを見て申し込んだ。1年前から関心を持っていたが、タイミングが合わず、2023年になってようやく参加できたという。「採用や配属時のアセスメントがいかに重要か学んだほか、継続的な配慮の必要性を含め、実践的に勉強できた。もっと早く知っていれば、これまでに辞めた障害者たちも働き続けてくれていたかもしれないと思う内容だった」と話す。

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工場内のボードには、一人一人が担当する作業と留意点が記載されている

そんなムンフサイハンさんが日々の業務で障害者と接する中で特に重要だと感じているのは、コミュニケーションを取る際の気配りだ。例えば、採用面接を受けに来た障害者が自分の強みやスキルをアピールできなくても、すぐに判断を下さないように心がけているという。「働き始めて環境に慣れるとスムーズに働けるようになる人も多く、まずは社会参加してもらうことが大切」だと考えているのだ。

その例としてムンフサイハンさんは、言語障害と知的障害のある男性が工場で溶接作業を任されるようになった例や、片手に障害があり事務として働いていた女性がプロジェクトを管理できるようになった例、そして、下肢障害がある男性が工場で労働安全業務を担当するようになった例を挙げる。労働安全担当の男性は、近々、オユトルゴイ社に派遣されることも決まっているという。

面接を受けて採用が決まると、障害者をどの部署に配属し何の業務を担当してもらうかについては、ムンフサイハンさんをはじめ人事部のメンバーと工場長のドルジセンベさんが話し合って決める。長く働いてもらうためには適切な配置が不可欠であることを、皆、理解しているためだ。そのうえでドルジセンベさんは、人間関係についても、「同僚との円滑な関係」、「障害についての管理職の理解」、そして「仕事の内容に対する家族の応援」の3要素が重要だと言う。

一方、「一度や二度、仕事を辞めたいと言われたからと言って鵜呑みにするのではなく、まずは話し合い、不安の原因を知ることも大切」だと話すのは、ムンフサイハンさんの上司にあたるガンエルデネさんだ。実際、前出のオドゲルマさんも、新型コロナウイルスにかかって重症化し、数日休んだのを機に、回復後も出社を渋るようになり欠勤が続いたが、人事部から彼女の家族に連絡を取って話し合いの場を持ったことが奏功し、再び出社でき

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オドゲルマさんは工場で働き始めて見違えるようにほがらかになったという

祖母が気付いた孫娘の変化

最近、ドルジセンベさんに嬉しい電話があった。オドゲルマさんの祖母から「工場で働くようになってから、孫娘が見違えるようにほがらかになり、口数も増えました」「お洒落もするようになり、変化を感じています」とお礼を言われたのだ。これは、単に障害者の人数を増やせばいいというのではなく、長期にわたって働いてもらうために社を挙げてアセスメントや職場配置に取り組み、一人一人の変化にも気を配り、見守っている同社の人々の背中を押す出来事だった。「障害者を雇用しない代わりに納付金を払って済ませる企業もあると聞きますが、私たちは、実際に一人でも多くの障害者を雇用して、一緒に働きたいと思っているのです」。そう意気込むドルジセンベさんたちからは、腰を据えて障害者雇用に取り組もうという覚悟が伝わってくる。

事業を統括する工場長と人事部が連携しながら障害者の雇用を進めるハスメガワット社。平等への確固とした信念に基づき同社が実践している採用時のアセスメントや、見守り、コミュニケーション上の配慮は、DPUB2が育成しているジョブコーチの役割にも通じるものだ。同社はすでにDPUB2のセミナーにも参加し、連携に乗り出しているが、今後、相互に協力関係を一層深めれば、同社の先駆的な取り組みが後押しされ、人々の暮らしを支えるエネルギー分野でも障害者雇用の機運に追い風が吹くはずだ。

企業概要

企業名 ハスメガワット社
事業 電力、建設、鉱山、コンサルティング
従業員数(ハスメガワット社全体) 約500人(2023年4月時点)
従業員数(工場) 約60人(2023年4月時点)
障害者数(ハスメガワット社全体) 20人(2023年4月時点)
(脳性まひ、聴覚障害者、視覚障害者、身体障害者など)
障害者数(修理部門) 9人(2023年4月時点)
雇用のきっかけ 法定雇用率の遵守や企業の社会的責任が一層求められるようになったため
雇用の工夫 ・人事と工場長が話し合い、障害者のアセスメントをしっかり行う
・一度、「辞めたい」と言われてもしっかり話し合い、本心を聞く
・週に一度、皆でスポーツを通じて交流する
・必要以上に障害を意識しない

ジョブコーチ就労支援サービスとは

ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。

このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。