「プロジェクトニュース(障害者雇用の優良事例)」Case19 MGLアクア

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安全で安心な水を人々に届ける上肢障害者

「部署横断の取り組みですべての人にとって働きやすい環境をつくる」

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右手に先天性の障害があるエンフアマガランさん(右から2人目)を囲んで、
人事のバタムガラブさん(右端)と、上司のバトオルギルさん(左端)、そしてドゥルゴーン社長(左から2人目)

モンゴル初のボトル入りミネラルウォーターを製造

春とはいえ風の中に頬を刺すような冷気を感じる2023年4月下旬、ソンギノハイルハン区にあるミネラルウォーターの製造と販売を手掛けるMGL アクア社を訪ねた。バーン、バーンと何かが破裂するような大きな音が、一定のリズムで社屋全体に響いている。溶かした樹脂を金型に入れて冷やした「プリフォーム」と呼ばれる瓶のような形状のプラスチックに高圧の空気を入れて一気に膨らませ、ペットボトルを成型しているのだ。

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ミネラルウォーターが入れられたペットボトルにラベルが次々と貼られていく(2023年4月撮影)

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同社の「Voyage」シリーズは地下水を6段階のフィルターで処理して製造している (c) MGLアクア社提供

同社の「Voyage」ブランドは、モンゴル初のボトル入りミネラルウォーターだ。地下120メートルから汲み上げた水を6段階のフィルターで処理して作られており、ブランド名には「ともに人生の旅に出かけよう」という意味が込められている。親会社のTMLは、同社以外にも、前出のプリフォームやキャップ、ラベルなどを作るために専門の子会社を5社有しており、グループ一丸となって大小7種類の「Voyage」のボトルを日に12万本、製造している。

ウランバートル市内のスーパーや小売店、レストランと、近郊のトゥブ県の取引先には工場から直接、トラックで配送しているが、それ以外の地方への運搬については輸送業者に委託しており、国内最大規模のナラントール市場にいったん運んだ後、大型トラックに詰め替えて地方まで運搬しているという。

「Voyage」には2つのこだわりがある。地元のブンバト泉の地下から汲み上げた原水を浄水することで安全安心な水を安価に提供すること、そしてペットボトルの本体やラベルを極力、シンプルなデザインにして色の数も抑えることで、リサイクルに必要な水の量を減らして環境にも配慮することだ。

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溶かした樹脂を金型に入れて冷やした「プリフォーム」に高圧の空気を入れて膨らませ、ペットボトルを成型する(2023年4月撮影)

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最終確認を行う工場の水質担当者(2023年4月撮影)

一方、ここソンギノハイルハン区はウランバートル市内の9つの区の中で2番目に人口が多く、同社の周囲には首都に移住した遊牧民たちが多く住む「ゲル(テント)地区」が広がる。上下水道やセントラルヒーティングのシステムもない簡素な家々だ。生活水準は高くなく求職者が多いため、同社はソンギノハイルハン区の労働福祉サービス課や職業訓練所とも連携して近隣の住民を積極的に雇用しており、従業員の75%は区内に住んでいるという。

そんな同社は、2018年から社会貢献の一環で障害者の雇用を進めており、現在は従業員160人のうち10人が聴覚障害者や視覚障害者、下肢障害者、内部障害者で、清掃や配達、工場、営業などの業務を担当している。

「会社と顧客の架け橋に誇り」

営業部で働くエンフアマガランさんの右手には先天性の障害がある。母親の胎内で5,000グラムを超えて成長したため難産になり、分娩時に医者に右腕を引っ張られたことから神経が損傷し、麻痺が残ったのだ。7人兄弟の中で障害があるのは自分だけだが、いつも最強の味方でいてくれる妻には心から感謝していると話す。3人の子どもにも恵まれた。「子どもたちを両手で抱き上げられないことだけがとても残念ですが、毎日がとても幸せです」と、親しみやすい笑顔を浮かべて話す姿に、人の好さがにじむ。

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エンフアマガランさんには、右手に先天性の障害がある(2023年4月撮影)

エンフアマガランさんは、バヤンゴル区内の個人商店など、チェーン店以外の260店舗を担当している。35人の営業部員は全員が毎朝9時に出勤し、進捗や分担を確認してから車でそれぞれの担当地区を回り、取引先が勝手に値引きせず取り決め価格通りに販売しているか確認したり、新規の取引先を開拓したりする。「2年前に入社した時には、取引先を一軒一軒訪ねて場所を覚えるところから始めたので大変でした」と振り返るが、最近は、持ち前のコミュニケーション力を生かして各店舗との関係も深めつつあるという。訪問先で急に棚卸しの手伝いを頼まれ帰宅が遅くなることもあるし、ノルマをこなしたり支払いを督促したりするのも楽ではないが、「営業は、会社と顧客の架け橋。この仕事を誇りに思っています」と、晴れやかに話す。

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上司で営業部長の バトオルギルさん(2023年4月撮影)

そんなエンフアマガランさんには、周囲も高い信頼を寄せる。営業部長のバトオルギルさんも、「彼はいつも積極的で、頼んだことは丁寧に誠意をもって取り組んでくれるし、オープンな人柄なので仕事が非常にやりやすいです」と、太鼓判を押す。

入社後しばらくはエンフアマガランさんの右手を気遣って品出しのノルマを同僚より減らしていたが、今では皆と同じように接しているという。

職種別に業務マニュアルを作成

同社で障害者雇用を進めているのは、人事マネジャーのバタムガラブさんだ。ただ雇用人数を増やしても、職場の環境が適切でなければすぐに辞められてしまうことを痛感しているバタムガラブさんは、「障害のある社員が、障害のない社員から差別されていると感じないような雰囲気を整えることが大切です」と、話す。同僚や上司の理解は特に重要だと考えている彼女は、障害のある人を雇用する時、一緒に仕事をすることになる部署のメンバーに、事前に障害の特性について説明するように心がけているという。2022年9月には、ソンギノハイルハン区の労働福祉サービス課と連携して、障害理解に関するセミナーを社員向けに開催した。「今後はアクセシビリティの改善についても考えていきたい」と、バタムガラブさんは意気込む。

特にユニークな取り組みとして注目されるのが、業務マニュアルの作成だ。業務の流れや会社の中での部署の位置づけなどが職種別に分かりやすく図示され、かわいいイラストも添えられている。新入社員が仕事の手順が分からず戸惑っているのを見たバタムガラブさんが思いついて社内に提案し、2022年11月に各部の部長と人事部が一緒に作成したという。障害者に限らず、すべての社員が自分の役割を理解して仕事に取り組むうえで役立つと社内でも好評だという。

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人事マネジャーのバタムガラブさん(2023年4月撮影)

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バタムガラブさんの提案により作成された業務マニュアル(2023年4月撮影)

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業務マニュアルは職種別に各部の部長と人事部が一緒に作成を進めた(2023年4月撮影)

障害を理由に可能性を制限されない社会を

終始、人懐っこい笑顔を浮かべて「営業に加え、PRのようにコミュニケーション力を生かせる業務にも幅広く貢献しながら、長くこの会社で働きたいです」と話していた前出のエンフアマガランさんが、一度だけ顔色を曇らせた瞬間があった。「他の人から障害を理由に勝手に可能性を制限されてしまうので、障害があることは、できるだけ表に出さないようにしています」と言った時だ。

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モンゴル初のボトル入りミネラルウォーター「Voyage」ブランド(c)MGLアクア社提供

例えば、子どもの運動会の応援に行った時には、長年にわたりサッカーやバスケットボールをしているエンフアマガランさんの意向を聞かず、親子が一緒に参加する競技のメンバーから勝手に外されたという。「モンゴルには、服装などの見た目で人を判断する風潮がまだまだ根強い。外見に惑わされず、本人の能力によって平等に判断してほしい」「障害者への偏見も、根は同じなのではないか」と、訴える。

そんなエンフアマガランさんを優しく見守る人事のバタムガラブさんは、2023年4月にDPUB2が開催した企業啓発セミナーに参加した。SNSで情報を知り、社長に掛け合って許可をもらい、申し込んだという。バタムガラブさんは、「車椅子利用者が参加者の前で講師としてプレゼンを始めたので、冒頭から大変驚きました」と振り返り、「JICAのこともDPUB2のことも初めて知りましたが、障害者を雇用し仕事を分配するうえでの留意点や配慮事項など、実践的な内容を学べました」と話す。ジョブコ―チ就労支援サービスについても、「今回、初めて知りました。非常に関心があり、連携を検討したいです」と、前向きだ。

人事部と各事業部が連携して業務マニュアルを作成するなど、「働きやすい職場環境」の実現に向けてこれまで独自に取り組んできたMGLアクア社。あらゆる人にとって欠くことのできない水をつくる同社が、DPUB2が育成したジョブコ―チと連携して障害者の雇用をさらに進めることで、エンフアマガランさんが望む「見た目で判断されない平等な社会」の実現にまた一歩、近づくことができるはずだ。

企業概要

企業名 MGL Aqua LLC
事業 ミネラルウォーターの製造・販売(Voyageなど)
従業員数 約160(2023年4月時点)
障害者数 約10人(2023年4月時点)
雇用のきっかけ ・安全で安心な水をすべての人々に安価に提供するミネラルウォーター製造企業として、社会にも環境にも配慮する企業を目指すため
・都市部に移り住んだ遊牧民たちが多く居住するゲル地区に所在し、生活水準が高くない求職者が近隣に多いことから社会貢献の一環として障害者の雇用を開始した
雇用の工夫 ・障害者に限らず、すべての新入社員が働きやすい環境を実現するために、部署ごとにイラスト入りで平易な業務マニュアルを制作する
・障害者が「差別されている」と感じない雰囲気を作るために、事前に障害の特性などを配属部署に説明する

ジョブコーチ就労支援サービスとは

ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。

このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。