「プロジェクトニュース(障害者雇用の優良事例)」Case22 シューズラブを展開するCSL社
大怪我を乗り越えて出会った靴修理のチェーン店
「仕事を通じて取り戻した意欲と新たな目標」
二度の暴行事件で大怪我を負い、身体障害者となりながらもリハビリに励み、
同僚たちと笑顔で働くテムーチンさん(左から2人目)(2023年6月撮影)
過酷な気候から足元を守る
季節により天候も気温も大きく変わるモンゴル。夏こそ爽やかな青空が広がるものの、春は風が吹き荒れて砂嵐や雨交じりの雪に見舞われ、秋は早々とちらついた雪が歩道のあちこちで溶けないまま凍り始める。その後の長い冬には氷点下40度近くまで気温が下がり、辺り一面、銀世界に包まれる。それでも首都のウランバートルでは、朝晩の渋滞を嫌って、最寄りのバス停や学校、あるいは仕事場へと歩いて向かう人々の姿が一年を通じて絶えない。
ハンオール区の一角にあるシューズラブの本社兼クリーニング工場(2023年6月撮影)
「シューズラブ」は、ウランバートル市内の商業施設などにも11店舗展開している
CSL社が展開する「シューズラブ」は、過酷な天候からウランバートル市民の足元を守る革靴やパンプス、ブーツのメンテナンスサービスを提供している。大学で経済学を専攻し、公務員としても勤務していた経験があるチメドザヤ社長が2006年に創業した。ウランバートル市西南のハンオール区に本社とクリーニング工場を構え、市内の商業施設などに11店舗を出店している。「靴を修理する個人商店はこれまでもありましたが、チェーン展開する企業としてはモンゴル初です」と、チメドザヤ社長は胸を張る。さまざまなシューズケア用品を海外から輸入・販売するかたわら、靴のメンテナンスやクリーニングサービスを提供している同社には、連日、「革靴に傷がついた」「かかとや靴底がすり減った」「ヒールが折れた」といった相談とともに、さまざまな靴が持ち込まれてくるという。靴以外にも、カバンの修理や、冬用の分厚いコートをはじめとした衣類のクリーニング、さらに、大型カーペットなどの洗浄も請け負っており、人々の生活に身近な存在だ。
そんな同社はCSR(企業の社会的責任)にも意欲的に取り組んでいる。学生時代にアルバイトとして入ったのを機に、そのまま同社に就職し、現在は副社長を務めているトグトフさんは、「普段から企業としてどんなことができるのか、社員たちと話し合っています」と話す。例えば9月に新学年が始まる前にはセーラー服を集めてクリーニングし、困窮家庭の子どもたちにプレゼントしているほか、古着を集めて袋に入れ、「ご自由にお持ちください」というメモを付けてバス停に置いたり、6月1日の「子どもの日」に合わせて新しい靴をプレゼントしたり、孤児院の子どもたちの服を無料でクリーニングしたりと、同社ならではの貢献を行っている。
チメドザヤ社長(右)とトグトフ副社長(2023年6月撮影)
二度の暴行事件を乗り越えて
シューズラブでは衣類のクリーニングサービスも提供している(2023年6月撮影)
CSL社は創業当初より労働力を確保する一貫としてハンオール区の労働社会福祉サービス局から紹介を受けながら障害者の雇用に積極的に取り組んできた。現在、本社とクリーニング工場、そして11の店舗を合わせて60人の正社員と10人のアルバイトが働いており、そのうち4人にまひや知的障害、内部障害があるという。
その一人、クリーニング工場の中で靴紐をほどく作業を担当しているテムーチンさんには、後天的な身体障害がある。大学生だった2014年と、4年後の2018年の二度、酔っ払いから殴られて大怪我を負ったのだ。特に二度目の時は、28日間にわたり昏睡状態になった。何度かの大手術を経て一命を取り止めたものの、話すことすらできず、寝たきりの生活が3年続いたという。
後天性のまひがあるテムーチンさんは、クリーニング工場で靴紐をほどく作業を担当している(2023年6月撮影)
それでも、家族がプレゼントしてくれた機械を使い自宅で懸命にリハビリに取り組むなど、テムーチンさんはトレーニングを欠かさなかった。現在は、左足と右手にまひが残り、発話にも一部、聞きづらさがあるものの、会話もできるまでに快復している。「意識が戻った後、身体が動かない自分に何度、もどかしさを感じたか知れません。リハビリも、とてもつらいものでした。それでも、もしどこかで諦めていたら、今でも寝たきりのままだったことでしょう」と振り返るテムーチンさん。キャップの下に残る後頭部と側頭部の大きな手術跡は今も生々しいが、「つきっ切りで看病と介護をしてくれた母と、手術代や薬代の工面に奔走してくれた兄に心から感謝しています」と話す笑顔は、意外なほど晴れやかだ。
片足を引きずりながらもなんとか歩ける状態まで回復した2022年11月、テムーチンさんは登録していた区の労働福祉サービス事務所社会保障課を通じてCSL社に入社した。毎朝6時半に起床し、一人でバスを乗り換えて通勤し、8時半から午後2時半まで働いている。医師の指示で年4回、1週間前後入院して治療とリハビリを受ける必要があるため、その都度、休暇を申請しているという。
すべての社員が働きやすい職場環境を
テムーチンさんが無理なく働き続けられるように、常に様子を観察し、細やかな配慮を行っているのは、13年前に入社し、現在はクリーニング工場を統括しているナランツェツェグさんだ。テムーチンさんの怪我について初めて聞いた時には非常に驚いたというが、リハビリを頑張り、働くことに意欲的な様子を見て、迷うことなくクリーニング工場で受け入れることを決めた。
クリーニング工場を統括するナランツェツェグさん(左)とテムーチンさん(2023年6月撮影)
最初は清掃を担当してもらおうかと考えたナランツェツェグさんだが、テムーチンさんがまひのため清掃用具を持ちづらそうにしている様子を見て、長時間の立ち仕事や部屋の移動の必要がなく、座ったまま作業ができる靴紐の作業に配置換えをした。手が空いている時には、調理担当スタッフの手伝いをしてもらうこともあるという。
さらに、年4回の入院治療時は休暇を認め、普段の勤務日も他の従業員より2時間早く退社できるように短時間勤務にするなど、社をあげてテムーチンさんが働きやすい職場の環境づくりに取り組んでいる。なお、同社では、こうした柔軟な対応をテムーチンさんにだけ特別に行っているわけではない。たとえば一人でまだ留守番させることが難しい幼い子どもを抱えた従業員には子どもを連れて出勤することを認めるなど、皆にとって働きやすい職場にしようという意識は全社的に高い。
シューズラブに持ち込まれた靴をクリーニング工場で丁寧に洗う従業員(2023年6月撮影)
また、新たな知識の吸収にも積極的だ。前出のトグトフ副社長は、DPUB2が2023年4月に実施した企業啓発セミナーを受講した。「CSL社は以前から障害者を雇用しており、これまでも自分たちなりに障害のある従業員たちに接してきました。しかし、セミナーで、障害者一人一人の事情に即して配慮するとはどういうことかや、合理的配慮を提供することがいかに大切なのかを学び、とても参考になりました」と振り返るトグトフさん。「以前、働いてくれていた聴覚障害者とはジェスチャーでコミュニケーションを取っていたのですが、残念ながら辞めてしまいました。もっと早くにセミナーを受けていれば、今も働いてくれていたかもしれないとも思いました」と話す。
そのうえで、「障害の有無に関わらず、皆が働きやすい環境を整え、社員が生き生きと働いてくれることで、こちらも大きなエネルギーをもらうことができます。今後、さらに柔軟に対応していきたいと思います」と、トグトフさんは意欲を見せる。
「もっと話したい」同僚たちとの会話が励みに
致命的な重傷から一時は昏睡状態となり、その後も寝たきり状態が長く続いたにも関わらず、諦めることなくリハビリを続け目覚ましい回復を遂げたテムーチンさん。その忍耐力と不屈の精神力は驚異的だが、彼自身は、CSL社で働き始めたのを機に、自分でも驚くほど考え方が変わったのを感じているという。
致命的な重傷から一時は昏睡状態となり、その後も寝たきり状態が長く続いたにも関わらず、諦めることなくリハビリを続け目覚ましい回復を遂げたテムーチンさん。その忍耐力と不屈の精神力は驚異的だが、彼自身は、CSL社で働き始めたのを機に、自分でも驚くほど考え方が変わったのを感じているという。
「ここで働き始めるまでは、家で毎日、一人でリハビリしていました。CSL社に入社し、優しい同僚たちと一緒に働けるようになったおかげで、“皆ともっと話したい”“コミュニケーションを取りたい”という目標ができ、生活に張り合いが生まれて思考が前向きになったと感じています。今は毎日がとても楽しいし、みんなのことが大好きです」と、テムーチンさんは微笑む。
最近、筋力の増強に効果的だと聞いてボディビルも習い始めた。仕事帰りには必ずジムに寄ってトレーニングをしているため、帰宅が夜の9時半を回ることも珍しくない。これまで6月と10月の2回、大会に出場した。さらに、天候が良い時にはあえて手前の停留所でバスを降りて歩くことを心掛けるなど、体力づくりには余念がない。
ボディビルの大会に出場したテムーチンさん(右端)(2023年6月撮影、本人提供)
「トレーニングは、他の誰でもなく、自分との闘いです。自分に勝つことが大切です」と話すテムーチンさんの目には、「困難に負けない」「自分で人生を切り開く」という強い意志の色が浮かぶ。
逆境にうちひしがれることなくひたむきにリハビリに励み、トレーニングを重ねながら仕事に取り組むテムーチンさんはクリーニング工場内でも評判で、「気力に満ちあふれた人」「任せた作業は決して途中で投げ出さず、責任をもって頑張ってくれる」と、周囲からの信頼も高い。上司にあたる前出のナランツェツェグさんは、「いつも一生懸命で、人柄も良いテムーチンさんは、皆から愛されていますよ」と、太鼓判を押す。
身体を動かして気力の充実を
そんなテムーチンさんに、最近、新たな夢ができた。障害者向けのトレーニングジムを立ち上げることだ。身体を定期的に動かすことが気力の充実にいかに重要であるか、自分自身の経験から痛感しているからこそ、テムーチンさんは一人でも多くの障害者にそのことを実感してもらえる場を提供したいと考えているのだ。「まずは1カ月、定期的にトレーニングを続ければ、身体も気持ちも必ず変わります。かつての私のように後天的に障害者となった人はもちろん、先天性の障害がある人にも、ぜひ無理のない範囲で定期的に身体を動かし、前向きな気持ちになれることを実感してもらいたいのです」と、熱い口調で話す。
人生が大きく変わった暴行事件を振り返る時も、テムーチンさんは恨み言を決して口にしない。
「障害者になったことで、以前できたのにできなくなったことは数え切れず、悔しい思いもあります。しかし、障害者になったからこそ気付いたことも、たくさんあります。以前の私は今よりも気持ちが弱く、物事の考え方が幼かったと思います」「今の私は、もう昔の私ではありません」—。きっぱりとしたその口調からは、心身を管理しながら逆境を乗り越えてきたことへの自信と、これからの希望が伝わってくる。
各店舗に持ち込まれた靴はクリーニング工場に集められる(2023年6月撮影)
大好きな同僚たちからエネルギーをもらいながら、過去を振り返らず、前を向いて進み続けるテムーチンさんの挑戦と夢をあたたかく見守るCSL社。ボディビル大会にも社員たちが応援に駆け付け、テムーチンさんをたいそう喜ばせたという。両者の固い絆は、互いに尊敬し合い、高め合うことができる職場がいかに多くの可能性を育むのかを示している。靴や衣類のメンテナンスやクリーニングという、人々の暮らしに寄り添うサービスを提供する同社が、今後も社員の夢と目標を後押しながらDPUB2と一層連携を深め、障害者の雇用を推進していくことで、すべての社員にとって働きやすい職場づくりのモデルケースとしてモンゴル社会に広がっていくことは間違いない。
企業概要
企業名 | CSL社 |
事業 | ・靴やカバン、修理と洗浄 ・衣類やカーペットのクリーニング |
従業員数(企業全体) | 正社員 約60人(2023年6月時点) アルバイト 約10人(2023年6月時点) |
障害者数(企業全体) | 4人(2023年6月時点) |
雇用のきっかけ | ・創業間もない頃から労働力確保の一環として障害者雇用に取り組んでいた ・区の労働社会福祉サービ局の紹介など |
雇用の工夫 | ・定期的な入院治療の際は休暇を適用する ・仕事帰りにトレーニングに通えるように短時間勤務を認める ・まひの程度を観察しながら、座って作業できる靴紐の作業に配属 |
ジョブコーチ就労支援サービスとは
ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。
このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。