「プロジェクトニュース(障害者雇用の優良事例)」Case26 ゴールドジム
スポーツジムで働く聴覚障害者たち
「従業員にも利用者にもバリアフリーな環境を」
上司のバドチメグさん(右)と、人事マネジャーのゴンボドルジさん(左)の間で微笑む
ホブトゥグルドさんには、先天性の聴覚障害がある(2023年12月撮影)
ウランバートルにオープンした世界で715番目の店舗
「SERIOUS FITNESS For EVERYBODY(全ての人々に本当のフィットネスを)」というコンセプトのもと、ヨガセッションから有酸素運動まで、初心者かアスリートかを問わずすべての人が結果を出せるように考えられた豊富なトレーニングメニューを提供するゴールドジム。1965年にアメリカのカリフォルニアで誕生し、いまやメキシコやベネズエラといった中南米諸国をはじめ、イタリア、サウジアラビア、南アフリカ、フィリピン、そして日本など、世界30カ国・700カ所以上にフランチャイズ展開するまでになった。会員300万人を誇る世界最大級のネットワーク型フィットネスクラブで、入会すると旅行や出張先でも国を問わず利用できるのも好評だ。
モンゴルでは、30年ほど前に初めてジムが誕生して以来、若者層を中心に健康志向が徐々に高まりつつあった。建設業などを手掛けるイフ・ウィルシーン・エレルド・グループがその機運に目を付け、2016年にモンゴル初のゴールドジムをウランバートルのハンオール区にフランチャイズ出店した。世界で715番目の店舗にあたるという。
2016年にオープンしたウランバートルのゴールドジム(2023年12月撮影)
障害者は、2022年の秋から採用を進めている。事業統括部でマネジャーとして働くバドチメグさんによれば、現在、従業員は約40人で、うち4人が聴覚に障害があるという(2023年12月時点)。4人のうち3人は男性でジム内の清掃を、女性はトレーニング機器の消毒を担当している。
世界への挑戦が変えた日常
4人の中で最初に採用されたのは、ホブトゥグルドさん(19歳)だ。聴覚の障害は生まれつきだという。
ウランバートルの中心部から東へ車を1時間半ほど走らせたナライハ区で生まれたホブトゥグルドさんは、小学校1年生を終えるまでは地元で過ごしていたが、2年生に進級する時に、兄と弟妹たちと一緒に中心部に引っ越した。ホブトゥグルドさんを特別支援学校に通わせたいと考えた両親の決断だった。
中学校を卒業した後は、リハビリテーションセンターで大工の技術を学んだ。できればそのまま大工として働きたいと思っていたが、タイミング良く求人を見つけられずにいた時に、ゴールドジムが障害のある社員を募集しているというSNSを見かけて応募した。2022年8月に入社後は、週に5日、朝7時半から午後2時半まで働き、帰宅すると8歳の妹の面倒をみたり家事を手伝ったりして過ごしている。
ホブトゥグルドさんは、4人の障害者の中で初めてゴールドジムに入社した(2023年12月撮影)
もっとも、ゴールドジム側にとってホブトゥグルドさんは初めて採用する障害者だったため、社員もホブトゥグルドさんも、互いに戸惑う場面は多々あったようだ。仕事の内容や手順はジェスチャーやメッセージパッドを通じて教えてもらったが、最初のうちはうまくコミュニケーションが取れず、ホブトゥグルドさんはどこか居心地の悪さが拭えずにいたと振り返る。
ジム内の器具の清掃やバッテリー交換を行うホブトゥグルドさん(2023年12月撮影)
そんな日々を変える一歩を踏み出したのは、ホブトゥグルドさん自身だった。ゴールドジムに入社後も大工の腕前を磨き続けてきたホブトゥグルドさんは、モンゴル国内の予選を勝ち抜いて、2022年11月にフランスのリヨンで開かれた技能五輪国際大会に出場したのだ。「世界の国々で頑張っている技術者たちと知り合えたことに刺激を受けて、自分の殻を破ることができました」と、振り返る。
モンゴルに帰国後は自分から意識的に同僚たちと交流するように心がけ、気を許せる人も少しずつ増えていった。今では、ホブトゥグルドさんが仕事に追われて昼食をとれずにいると、飲み物を差し入れてくれる同僚もできた。
その後、2023年の夏以降、ホブトゥグルドさんの紹介で特別支援学校の同級生で聴覚障害がある男性2人と、同じ特別支援学校の卒業生で同じように聴覚障害がある女性が1人、相次いで入社したため、ホブトゥグルドさんは先輩として3人の面倒もみている。
そんなホブトゥグルドさんの将来の夢は、やはり大工として独り立ちすることだ。給料のうち、毎月20万トゥグルグは両親に渡し、残りのお金は、新しい工具を買ったり、将来の独立資金にするために貯金したりしているという。最近は、休みを利用して自動車学校にも通い始めた。
ここで働き始めて、大好きな母親から「成長したね」「頼もしくなったね」と言われるようになったと笑うホブトゥグルドさんの表情は、明るい。将来の夢に一歩一歩、近づくことができているという手応えと自信が、伝わってくる。
特別支援学校との連携も
ホブトゥグルドさんたちの上司にあたるバドチメグさん(本人提供)
国際舞台への参加を機に自信と積極性を身に付け、後輩たちの世話もやくホブトゥグルドさんに、上司のバドチメグさんは信頼を寄せており、「私たちの口の動きを読み取ってくれ、コミュニケーションにも意欲的です」「清掃だけではなく、更衣室のロッカーの電子キーやトレーニング機器のバッテリー交換、その他、簡単な修理が必要な箇所にもよく気がつき、率先して直してくれるので助かります」と、高く評価する。また、3人の後輩たちにも気を配っており、「仕事に慣れるまで少し時間がかかりましたが、清掃場所の指示は写真に撮って見せるなど、明確な指示を心掛けていました。ホブトゥグルドさんもよく面倒をみてくれていますよ」と話す。
また、ゴールドジムでは今後も障害者の雇用を拡大していくことを予定しており、障害者が仕事に早く慣れてスムーズに働ける環境づくりにも取り組んでいる。2023年には、ホブトゥグルドさんたちが卒業した特別支援学校の先生に協力してもらい、仕事の中身や手順などを手話で解説するビデオを制作した。
一方、人事マネジャーのゴンボドルジさんは、「障害者の雇用は、イフ・ウィルシーン・エレルド・グループ全体として取り組んでいます」と強調する。背景には、法定雇用率の制定をはじめ、企業の社会的責任(CSR)を求める機運がモンゴルでも高まりつつあることが挙げられる。事実、ゴールドジムで雇用しているのは今のところ聴覚障害者だけだが、グループ全体ではすでにさまざまな障害者が働いており、業務内容の解説だけでなく、就業規則や契約事項も手話で説明するビデオを制作したり、書類の点字化を進めたりしているという。さらに、グループ内の人事交流も検討が進んでおり、「ホブトゥグルドさんが大工の技術を生かして働けるポジションがあれば、異動もあり得るかもしれません」と、ゴンボドルジさんは話す。
配慮の対象は、従業員だけではない。ゴールドジムでは、障害のある人にも気軽に利用してもらえるように、ジム内の環境整備にも乗り出している。
たとえば、ゴールドジムには現在、聴覚障害のある利用者が2人と、軽度の脳性まひがある利用者が1人おり、会費は通常価格(月額30万トゥグルグ)の半額で利用できるという。また、前出の特別支援学校の先生から「受付のスタッフが手話を理解できると、聴覚障害者にとって利用しやすい」という助言を受けて、初級の手話を学べる本も購入した。さらに、今後は手話ができるトレーナーの採用も検討中だという。
人事マネジャーのゴンボドルジさん(本人提供)
障害に対する周囲の理解を深めるために
機器のバッテリー交換作業を行うホブトゥグルドさん(左)と、上司のバドチメグさん(2023年12月撮影)
そんなゴールドジムはDPUB2との連携も開始しており、2023年10月にDPUB2が実施した企業啓発セミナーにも参加している。受講したのは、ゴンボドルジさんではなく、前任のダワスレンさんだったが、その後、本社に異動したダワスレンさんは、グループ全体として障害者の雇用を推進するために、前述の取り組みを積極的に進めているという。
またゴンボドルジさん自身、サービス業ならではの難しさを感じながらも、試行錯誤しながら障害者の雇用に取り組んでいる。たとえば、ホブトゥグルドさんや後輩たちは、背後から声をかけられても気付くことができない。しかし、障害のことを知らない会員がホブトゥグルドさんたちに話しかけ、「無視された」「失礼だ」とジムにクレームを入れるということがしばしばあったという。
そこでゴンボドルジさんは、新規申込者を含めて会員一人一人に対して、聴覚障害者が働いていることを説明し、理解を求めた。その甲斐あって、最近は少しずつ理解が広まり、クレームも減りつつあるという。この出来事から、障害者の雇用にあたって障害に対する周囲の理解がいかに重要であるか実感したゴンボドルジさんは、「今度は、従業員向けに障害理解研修を開こうと考えています」と意気込んでいる。
世界に広く展開し、海外からの利用者も多く訪れるゴールドジムでは、必然的に、施設のみならず、サービスや経営など、さまざまな面で国際スタンダードが求められる。国際社会の潮流やニーズに敏感に対応し、雇用する従業員のみならず、ジムを利用する会員にも目を向け、障害者を積極的に受け入れながら、より良いサービスの提供に努める同社の取り組みには、非常に好感が持てるうえ、さまざまな可能性を感じる。今後もDPUB2と連携し、スタッフも利用者も、障害の有無に関わらず生き生きと輝けるジムが実現すれば、健やかな身体づくりの場から健やかな社会が育まれる好例となることは、間違いない。
企業概要
企業名 | ゴールドジム |
事業 | フィットネス事業の運営 |
従業員数(グループ全体) | 約365人(2023年12月時点) |
従業員数(ゴールドジム) | 約40人(2023年12月時点) |
障害者数(グループ全体) | 11人(2023年12月時点) |
障害者数(ゴールドジム) | 4人(2023年12月時点) |
雇用のきっかけ | ・企業の社会的責任(CSR)が求められる中、グループ全体として障害者雇用を進めており、ゴールドジムとしても取り組みが不可欠となったため ・ジムを利用したい障害者のニーズに対応するため |
雇用の工夫 | ・先に入社した聴覚障害者が、後から入った聴覚障害者たちに指導している ・ジムの会員たちに障害者を雇用していることを説明し、理解を求めた ・特別支援学校の教員に、職場で必要な配慮について助言を求める ・業務内容を手話で解説する動画を制作した |
ジョブコーチ就労支援サービスとは
ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。
このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。