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日本から学び、モンゴルで歩み始めたジョブコーチたち(前編)

変わり始めた障害者に対する社会のまなざし

2009年に障害者権利条約に批准し、障害者の権利保障と社会参加を促進する施策の強化を進めているモンゴル。2016年には障害者の権利を定めた「障害者権利法」を制定し、翌17年には障害者の就労促進を国家目標に掲げるなど、法制度の整備にも取り組んできた。そんなモンゴルが、障害者雇用の推進に向けてさらなる一歩を踏み出した。後押ししたのは、同国の家族・労働社会保障省とJICAが2021年から実施してきた技術協力「モンゴル国障害者就労支援制度構築プロジェクト」(DPUB2)だ。4年にわたるプロジェクトの終了を前に、関係者たちは確かな手応えを口々に語った。 

障害者雇用を進めるモンゴル企業を訪ね、関係者への多角的なインタビューを通じて障害者と企業の双方が笑顔になれる就労のあり方を伝えてきた全40回にわたる連載記事の総括として、DPUB2がモンゴル社会に残した足跡を2話にわたり振り返りたい。

ロールプレイを通じて実践的に学ぶ

「彼には知的障害がありますが、御社の倉庫作業は十分可能です。慣れるまで私も一緒に出勤しますのでご安心ください」「毎朝、何時に起きますか」「はんこは、この枠の中にまっすぐ押してくださいね。そうそう、いいですね」——。朝晩の冷え込みが厳しくなり、秋から冬へと足早に季節が移ろいゆくのを感じる10月中旬、障害者開発庁の大会議室は4日間にわたり熱気と活気に沸いた。障害者の就労を支援する専門人材であるジョブコーチを養成する研修が開かれ、ウランバートル市内の企業31社で働く人事マネジャーら36人が集まったのだ。指導にあたったのは、ジョブコーチを育成できる人材としてDPUB2が養成したジョブコーチトレーナーたち。2期生8人が中心となって準備と運営を進め、1期生からも4人が助っ人に入った。

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分かりやすい教え方(システマティック・インストラクション)の演習で、知的障害者に扮して参加者の教え方を観察するジョブコーチトレーナーのウンドラルさん(中央)(2024年10月撮影)

障害者や職場のアセスメント、職務の再構成や分かりやすい教え方(システマティック・インストラクション)など、ジョブコーチとして身に付けておかなければならないスキルを毎日8時間かけて学ぶ濃密なプログラムの中で、特に盛り上がったのが冒頭のロールプレイだった。受講生たちは5~6人ずつ6つのグループに分かれ、ある時は採用や配属のための面談を行う人事担当者を、またある時は企業に障害者の採用を働きかけるジョブコーチを、さらに別の時には障害者に仕事を指示する配属部署の上司を演じた。いずれの役も一人当たりの持ち時間が厳しく管理され、正面のスクリーンに映し出された残り時間が終了を告げると、各グループで一斉に演者が交代した。

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演習の時は、各グループとも中央のスクリーンに映し出された残り時間に従ってディスカッションや実技を行った。(2024年10月撮影)

また、各グループにはジョブコーチトレーナーが1人ずつ入り、障害当事者や企業の人事担当者に扮しながら、一人一人の受講生の応対を観察。ロールプレイの順番がグループ内で一巡するたびに、「先ほどの声がけは良かったです」「障害者の人柄や性格をうまく引き出す質問ができていましたが、質問攻めにするのではなく、話しやすい雰囲気をつくるように心がけてください」「障害者を雇用してほしいという熱意は伝わってきましたが、企業が不安に思っていることももう少し踏み込んで聞けるといいですね」などとコメントした。

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障害者に対する分かりやすい教え方(システマティック・インストラクション)を学ぶ演習の様子。「会社の手紙を封に入れる」「封筒に社判を押す」「封をする」という一連の作業内容が全体向けに説明された後(写真左)、参加者たちは知的障害者に扮したジョブコーチトレーナーに試行錯誤しながら指示を出した(写真右)(2024年10月撮影)

受講生の1人で、パンや菓子を製造するモンベーカリーの人事マネジャーを務めるニャムスレンさんは、「現在、従業員は188人いますが、障害のある人はまだ雇用していません」と発言。「以前は、障害者と聞いても車椅子利用者のように外見で障害が分かる人しかイメージできていませんでしたが、障害の種類も必要な配慮もさまざまであると学びました」「これから新築する社屋にもバリアフリーの視点を取り入れようと思います」と意気込んだ。

従業員50人のうち4人が障害者だというソファ輸入販売会社のシルメルブダン社で人事マネジャーを務めるフブダエルデネさんも、「研修を通じて障害者への意識が一変しました」と振り返る。フブダエルデネさんは「知的障害者にペンで書くよう指示するなら、“ペンのふたを外してください”というところから指示する必要があると学びました」としたうえで、「今後、職場のアセスメントをし直して職務を再構成します」と話す。

4年間の活動によって生まれた成果

2021年2月に開始されたDPUB2は、日本の障害者就労支援の現場で活躍する専門家をモンゴルに招いてジョブコーチ入門セミナーや養成研修を実施したほか、日本やマレーシアで行った研修では障害者雇用の現場を訪ね、両国の支援制度の在り方を学んだ。DPUB2の期間中に養成された人材は、ジョブコーチトレーナーが1期生と2期生を合わせて16人、ジョブコーチは241人に上る。ジョブコーチトレーナー1期生は日本の専門家たちから直に指導を受け、2期生は1期生が育成した。通算10回目となる冒頭のジョブコーチ養成研修は、事前の準備から講義や演習の進行まで2期生が中心となって進め、参加者の募集と修了証の授与は障害者開発庁が行った。必要経費もモンゴル側が支出した。

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本邦研修では大阪にある加島友愛会を訪問し、就労支援の様子も視察した(2023年2月撮影)

講義も演習もDPUB2がトレーナー向けに製作した「ジョブコーチ養成研修実施マニュアル」や参加者向けにまとめた教材に忠実に進められたうえ、受講生が帰宅後はジョブコーチトレーナーが毎日、その日の内容について振り返りを行い、1期生が2期生に助言や指導を行った。これは、日本で実施されているジョブコーチ養成研修で行われている習慣を踏襲したものだという。4年前まではモンゴルになかったジョブコーチの知見を日本から学びジョブコーチトレーナーになった1期生たちと、彼らが育てた2期生たちが協力し合い、新たなジョブコーチを育成する姿は頼もしい。

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受講生が帰宅した後はジョブコーチトレーナーたちが毎日、会場に残り、
その日の研修について振り返りを行った(2024年10月撮影)

また、ジョブコーチという新たな専門職の定着に向け、モンゴル政府も積極的に動いている。家族・労働社会保障省はジョブコーチを国の専門職として認定し、経費は省が負担することを決定した。さらに、ジョブコーチ同士が今後、互いに協力し合い、情報を共有しながら障害者の就労支援に取り組んでいけるように、ジョブコーチネットワークも構築された。ネットワーク規約の策定も進められており、近日中に障害者開発庁内で承認される見込みだ。

ジョブコーチの可能性に胸躍らせる挑戦者たち

ジョブコーチという新たな専門職を志して果敢に名乗りを上げた人々は皆、障害者を取り巻く環境と就労に強い問題意識を抱き、それぞれに取り組んできた人々だ。2022年からモンゴルのニュースサイトIKONで続けてきた障害者雇用の優良事例に関する連載でも、後半はUBグランドホテルに聴覚障害者を紹介したチメグスレンさんや、ピザハットを展開するタヴァン・ボグド・フーズ・ピザ社に知的障害者を紹介したバドツェツェグさんなど、もともと障害者支援に取り組んでおり、ジョブコーチになったことで活動の幅を一層広げた人々を紹介した。モンゴル初の障害者就労支援制度に寄せられる期待は大きい。

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NGO「ゲレルトアンダガン」の会長を務めるかたわら、ジョブコーチ養成研修を受講したソロンゴさん(2024年10月撮影)

「初めてジョブコーチのことを知った時、可能性の大きさに胸が躍りました」と振り返るのは、障害児支援のNGO「ゲレルトアンダガン」(モンゴル語で「誓い」の意味)の会長を務めるかたわら、私立エトゥゲン大学の教員養成科でインクルーシブ教育について教えているソロンゴさんだ。大学で保育園教育を専攻したソロンゴさんは、インクルーシブ教育を専攻していた妹や、交通事故で下肢障害者になった叔母と話をする中で、障害者がいかに社会から排除されているのか気づき、ゲレルトアンダガンを立ち上げた。その後、ジョブコーチ養成研修を受講した彼女は、ジョブコーチは「大人になるまで家から出る機会がないモンゴルの障害者を社会参加させてくれる存在」だと感じたという。

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ジョブコーチ養成研修では参加者が数人ずつグループに分かれ、
各グループに1人ずつジョブコーチトレーナーが入って指導する(2024年10月撮影)

その一方で、ゲレルトアンダガンには障害のある大人からの就職相談も寄せられるようになり、知り合いの幼稚園に頼んで清掃員として雇ってもらうなど、見様見真似で仕事を紹介してきたソロンゴさん。そんな彼女にとって、ジョブコーチ養成研修でジョブマッチングやアセスメント、定着支援について学んだことは、自己流でやってきた就労支援のやり方を見直すいい機会になったという。さらに、「早い段階で社会参加の機会があれば、それだけ職業準備性が高まるという意味で、インクルーシブ教育とジョブコーチの親和性は高い」と考え、他のメンバーにも受講を奨励しているという。確固とした自身の専門性にジョブコーチの知見も習得して挑戦を続ける彼女の目には、強い決意と使命感の色が浮かんでいる。

障害者の就労によって生まれる多角的な変化

企業の側も、試行錯誤しながら障害者の雇用に取り組んでいる。連載でもたびたび触れた通り、モンゴルではCSRの機運の高まりや人手不足などの理由から、ジョブコーチが育成される以前から独自で障害者の雇用に取り組んできた企業が少なくない。そうしたケースからは、就労を通じて障害当事者にも企業にもプラスの変化が生じているというコメントを複数聞いた。

例えばCase1では、後天性の脳性まひがある息子が小売業のm・martの倉庫で働き始めて成長したのを母親が実感していた。彼女は「人と話すことを嫌がり、怒りっぽくて頑固だった息子が別人のように辛抱強くなり、自分から人に話しかけたり、相手の話を最後まで聞いてから自分の意見を言ったりできるようになった」と喜んでいた。

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障害者雇用の優良事例を紹介した連載のCase1では、後天性の脳性まひがある男性(左)が小売業のm・martで働く様子を紹介した。取材中息子の変化を母親(右)が嬉しそうに語ってくれた(2022年4月撮影)

Case4では、先天性の難聴と言語障害のために夢を諦め、居場所も見失いかけていた女性が、飲料メーカーAPUで働く中で、あたたかく見守ってくれる同僚や上司と出会い、笑顔を取り戻しつつある様子を紹介した。「社員に幸せに働いてもらうことが自身の使命」と話す上司が彼女を内面から理解しようと努め、同僚との良好な関係づくりも側面支援する姿勢が印象的だった。

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Case4では、聴覚障害と言語障害がある女性をあたたかく見守る上司と同僚の姿を紹介した(2022年6月撮影)

さらに、Case9で紹介した証券会社のアルドクレジットの事例では、全盲の男性と一緒に働くことになった同僚が、男性のことを「新たな気付きをくれ、世界を広げてくれる存在」だと尊敬していた。また、同社の最高執行責任者(COO)の女性も「男性の雇用がきっかけとなり、顧客や投資家に対する情報開示の方法もバリアフリー化が進んだ」「企業としてもグループとしても文化と体質が変わり始めている」と語った。

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Case9で紹介した証券会社のアルドクレジットでは、全盲の男性の採用を通じて、企業としてもグループとしても体質と文化に変化が起きていた(2022年4月撮影)

一方、連載では、ジョブコーチに信頼を寄せ、タッグを組んで障害者雇用に取り組む企業の事例も取り上げた。Case15で紹介した調理器具メーカーのチギレル社で社長の右腕として障害者の雇用を進めてきた女性が、その後、企業内ジョブコーチとなり、訪問型ジョブコーチと連携しながら取り組みを拡大していた。

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Case15で紹介した調理器具メーカーのチギレル社では、取材時に人事マネジャーだった女性がその後、企業内ジョブコーチとなり、訪問型ジョブコーチとも連携しつつ、障害者雇用をさらに進めている(2022年11月撮影)

Case21では、幼い頃からよく知っている知的障害者の男性を訪問型ジョブコーチがアセスメントし、化粧品メーカーのモノスコスメティクスの工場に紹介した事例を紹介した。ダウン症の次女がいる人事部の女性とジョブコーチの信頼関係や、工場長をはじめ同僚たちのあたたかいまなざしに希望を感じる事例だった。

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Case21で紹介した化粧品メーカーのモノスコスメティクスの事例では、知的障害者の男性の就労に向けてジョブコーチや人事、配属部署の上長などの密な連携の様子が伝わってきた(2023年6月撮影)

もっとも、すべての就労がうまくいくわけではない。2021年5月に韓国系コンビニエンスストア「GS25」をモンゴルに出店して以来、3年半で280店舗以上を展開しているデジタルコンセプト社は、2023年11月にジョブコーチの紹介でダウン症の女性を2人採用した。どちらも自宅の最寄店に配属したうえ、店舗マネジャーには事前に障害特性についても説明し、ジョブコーチもたびたび店舗に顔を出していたものの、結果的に1人は1カ月、もう1人も7カ月で退職したという。

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デジタルコンセプト社のシニア人事マネジャー、ラハガワドラムさん(2024年10月撮影)

「われわれの受け入れ計画や準備も、彼女たちの職業準備性も、どちらも足りなかった」と振り返るシニア人事マネジャーのラハガワドラムさんは、それでも「とてもいい経験になりました」と、笑顔を見せる。「これを機に、今後は社内にも在職型ジョブコーチを育成してまた障害者を雇用したいと思います」「ゆくゆくは、障害者だけでなく、子育て中の世代や年配者など、すべての人にオープンな職場の実現に取り組みたいです」と意気込むラハガワドラムさん。試行錯誤しながらも、反省を次に生かしながら障害者の雇用を続けようとする企業にとって、ジョブコーチの存在がいかに大きいかが伺える。

モンゴル社会で、障害者に対するまなざしが変わりつつある。後編では、こうした変化について、政府関係者や企業の取り組みを基に深掘りしながら、障害者就労支援制度の定着とさらなる発展を展望しつつ、求められる改善と課題を探る。

 (後編に続く)