ニューアイルランド州でのリンパ系フィラリア症の感染拡大調査の実施支援(準備~事前研修編)
2025年10月、ニューアイルランド州におけるリンパ系フィラリア症(Lymphatic Filariasis、以下「LF」)の感染状況を確認するため、 定点調査(Transmission Assessment Survey、以下「TAS」)の2回目を実施 しました。本調査は世界保健機関(以下、「WHO」)が定める実施ガイドラインに沿って行われ、その結果はWHOによる評価を受ける予定です。今回は 本調査の「準備〜事前研修編」 として、同州におけるLF対策のこれまでの経緯と、TAS実施に向けた準備および事前研修の概要をご紹介します。
ニューアイルランド州のこれまでのLF対策の経緯
ニューアイルランド州は、パプアニューギニア(以下、「PNG」)におけるLF制圧の先進地域・パイロット州として長年取り組みを進めてきました
。
PNG保健省は2011年、同州でベースライン調査※1を実施し、フィラリア抗原検出試薬検査(Immuno-Chromatographic Test、以下「ICT」)により抗原陽性率15~17%という結果を確認しました。この数値は「高度流行(Hyperendemic)」に該当し、迅速な対策の必要性が示されました。これを受け、2014年には外部ドナーの支援のもと、
ジエチルカルバマジン(DEC)とアルベンダゾールによる二剤併用療法を用いた駆虫薬の集団投薬(Mass Drug Administration、以下「MDA」)を実施し、78%のカバー率を達成
しました。続く2015年と2016年にはWHOの支援により第2回・第3回MDAを実施し、それぞれ87%、78%といずれも高い成果を収めました。
2017年11月、
WHOがイベルメクチンを加えた新たな三剤併用療法(各薬剤の頭文字を取って IDA 療法と呼ばれる)の導入を推奨
※2しました。これを受け、翌年12月には JICA が技術協力プロジェクトとして改めて参画し、
IDA 療法による第4回MDAが実施
されました。実施当時は、国内でポリオのアウトブレイクと予防接種キャンペーンが重なり、さらにクリスマス休暇とも時期が重なる厳しい状況でしたが、それでも MDA カバー率は 67.1% に達しました。
その後、MDA終了後の感染状況を評価するステージに移行し、MDA後初めての定点調査(Transmission Assessment Survey、以下「TAS」)が2020年に当初計画されていましたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で延期となりました。コロナ禍に突入後、それでも
2020年12月~2021年3月にかけてTAS第1回目を実施
し、一部地域で追加調査が必要と判断されましたが、同年8月に追加調査を実施し、
その結果、陽性率0.17%と低い感染レベルが確認され、WHOは「Pass(追加的なMDAの必要なし)」との評価
を示しました。
当初の計画では、TASは2年ごとに全3回(2021年、2023年、2025年)実施される予定でしたが、他の優先すべき活動との調整が難航し、第2回TASの計画策定が進まない状況が続いていました。
| 年 | 活動 | JICA プロジェクト |
|---|---|---|
| 2011年 | LFベースライン調査を実施。ICT検査により抗原陽性率15~17%と判明し、高度流行地域(hyperendemic)と確認。 | 無償資金協力:大洋州医療特別機材供与 感染症対策(フィラリア)(PNGを含む大洋州地域14カ国を対象にDEC錠、ICTキット、LF検査キット(PNGは2016年のみ)を調達支援) |
| 2014年 | 第1回MDA(ジエチルカルバマジン(DEC)+アルベンダゾールの二剤併用療法)を実施。MDAカバー率78%。 主要支援:USAID、FHI360(国際NGO団体)、WHO |
|
| 2015年 | 第2回MDA(二剤併用療法)を実施。MDAカバー率87%。 主要支援:WHO |
|
| 2016年 | 第3回MDA(二剤併用療法)を実施。MDAカバー率78%。 主要支援:WHO |
|
| 2017年 | ・中間調査で抗原陽性率0.3%と非常に低いことを確認。 ・11月、WHOがイベルメクチンを含む三剤併用(IDA療法)の導入を推奨。 |
|
| 2018年 | 第4回MDA(IDA療法)を初めて実施。MDAカバー率67.1%。 主要支援:WHO、JICA |
JICA 技術協力:大洋州広域フィラリア対策プロジェクト(2018年10月~2022年2月→コロナ禍を理由に1年延長、2023年2月終了) |
| 2020年 | 12月〜翌年3月、第1回TASを実施。 主要支援:WHO、JICA、PNG-IMR |
|
| 2021年 | ・8月、第1回TASで陽性が確認された地域に追加調査を実施。 ・第1回TAS結果:陽性率0.17% → WHO評価「Pass(追加MDA不要)」 |
調査対象人口に関する問題
PNGでは、保健医療分野に限らず多くの分野で最新の人口動態を入手することや精度の高いデータを入手することが難しく、指標設定や事業計画策定の際にも大きな課題となっています。さらに、PNGで前回実施された国勢調査は2011年であり、2024年に実施された国勢調査の結果も、2025年7月時点ではまだ全容が公表されていませんでした。よって、
調査対象となる児童6~7歳(初等教育1・2年生、Grade 1およびGrade 2)※3の最新の人口統計を把握できない状況が続いており、第2回TASの実施準備が進まない状況にありました。
こうした状況を受け、対象人口の把握に関する課題をニューアイルランド州保健局(以下、「PHA」)等と協議するため、2025年8月に我々プロジェクトチームはPNG保健省およびWHO関係者と共に州都ケビエンを訪問し、関係機関との情報整理と現状確認を行いました。その結果、州教育局においても最新の児童生徒数を把握できていないことが明らかとなりました。そこで、この状況を踏まえ、
調査対象のサンプリング方法を従来の学校ベースから、群(Local-Level Government:LLG)を単位としたコミュニティベース(Community-based survey)へ切り替え
、PHAが把握する2024年国勢調査データを基に、WHOがガイドラインに沿って調査対象人口および調査地点を特定
※4
しました。
対象人口の特定後は、調査予算(マイクロプラン)を確定し、WHO、PHA、本プロジェクトによるコストシェアリングと役割分担を協議のうえ決定しました。本プロジェクトは、主に調査物品の調達と輸送、医療従事者向けの事前研修の準備・調整、および調査実施にかかる一部経費、データ分析を支援することとなりました。各活動において、
コストシェアリングの考え方は、関係機関から確実なコミットメントを得るうえで重要な要素
となります。
ニューアイルランド州(赤塗箇所)の位置(MapChart作成)
PHA関係者と訪問チームで調査対象人口について協議する様子(2025年8月、於ケビエン)
調査実施者への事前研修の実施
2025年10月21日、
第2回TASの実施に向けたPHA医療従事者向けの事前研修を、州都ケビエンにて実施
しました。本研修には、調査実施者を含むPHA関係者34名が参加しました。研修では、LFの概要、調査手法、ロジスティクス、報告方法に加え、採血演習や調査計画の作成を取り扱い、各講義を保健省職員、WHO担当官、本プロジェクトチームが担当しました。
今回の調査では、従来のLF検査キット(Filariasis Test Strip (FTS))に代わり、WHOが調達した
新しいLF検査キット「STANDARD Q Filariasis Antigen Test(QFAT)」が導入され、PNG国内のTAS調査で使用されるのは今回が初めてとなりました
。QFATは、近年各国でのフィールド評価において
従来のキットよりも高い感度が報告されており、実用性と信頼性の高い迅速診断ツールとして期待
されています。採血演習では、参加者がペアやグループになってQFATを用いた実践的な採血演習を行いました。日頃から採血業務に従事している医療従事者や第1回TASに参加した経験者もいたため、演習はスムーズに進行しました。研修内容は実践重視の構成となっており、参加者一人ひとりが調査の目的や留意点を十分に理解したものと考えられます。
WHO担当官による調査プロトコル説明。
JICA専門家によるロジスティクス、報告方法の説明。
QFATを用いた採血の演習をする様子。
WHO調達のQFAT-LF検査キット
各チームで調査計画を議論する様子(Namatanai District方面)。
各チームで調査計画を議論する様子(Kavieng District方面)。
また、研修に先立ち、本プロジェクトが首都ポートモレスビーで調達・発送した調査物品について現地で状況を確認し、 PHA医療品倉庫にて倉庫スタッフと共にチームごとの仕分け作業を実施 しました。本調査で使用する物品は汎用性が高いものも多く、ランセットや消毒用スワブ、広報道具や文具類等、総数は20点以上に及びました。
NIPHAスタッフと共に医療品倉庫で調査物品の仕分作業を実施。
各チーム2袋、14チーム・計28袋に分けて調査物品を準備しました。
今回の
第2回TASは、同州がLF制圧認定に向けて前進するための重要なステップ
です。本調査はPHAが主導し、PNG保健省およびWHOが監督、本プロジェクトが各種必要な支援を行っています。
TASは、MDA終了後のLFの再伝播リスクを早期に把握し、感染状況を疫学的に評価するうえで不可欠な調査
です。今回の第2回TASでは、PHAの14チームが約2週間にわたり現地調査を実施し、その後、データの集計・分析が行われる予定です。
また、調査の過程で
LF によるリンパ浮腫や陰嚢水腫が疑われる患者を確認した場合には、所定の報告用紙に記録し提出
することを新たに求めました。PNG政府としても LF 患者の存在は認識しているものの、依然として情報が十分に整備されておらず、
最新の患者状況を継続的に把握していくことが重要
であるためです。LFに感染すると、リンパ系に重大な損傷が生じ、足などの身体部位に浮腫が起こり、症状が進行すると象のように皮膚が硬く腫れ上がる象皮症などの症状が現れます。
こうした身体的障害は、継続的な労働を困難にし、貧困の一因となるだけでなく、外見の変化に伴う社会的偏見(スティグマ)を招きます。その結果、人目を避けるために外出が難しくなったり、歩行が困難になるなどして、医療機関へのアクセスがさらに遠のく要因となっています
。これらの要因が重なり、各地域では患者の実態を把握することがいっそう難しい状況が続いています。
今後、調査結果は WHO に提出され、評価を経て、同州の今後の対策方針が決定される見込みです。
調査概要
| 1.調査名/目的 | 第2回Transmission Assessment Survey(TAS) - 第2回LF定点調査 MDA終了後のLFの伝播状況を評価し、再投薬の必要性を判断する。 |
| 2.調査対象 | 児童6~7歳(初等教育Grade 1–2)合計1,560名 (※WHOガイドラインに基づく。州内30の行政区・村(Ward)から保護者の同意を得た6〜7歳の児童52名ずつが対象、学校またはLLG単位のコミュニティから抽出され、合計1,560名が対象) |
| 3.調査期間 | 2025年10月〜11月(約2週間を目途で実施) |
| 4.調査手法 | ・QFAT(STANDARD Q Filariasis Antigen Test)を用いた迅速抗原検査。陽性・陰性を確認し、陽性の場合は投薬を実施する。 ・LLGベースのサンプリング ・WHOガイドラインに沿ったクラスタEA抽出(SSB) ・LFが疑われる患者を確認した場合、記録・報告 |
| 5.調査体制 | ・PHAの14チームが現地調査を担当。各チーム最低5名(医療従事者チームリーダー1名、リーダー補佐1名、地域ボランティア2名、運転手等の地域補助1名)の構成 ・PNG保健省・WHOが監督支援 ・PHA、WHO、本プロジェクトが調査資金を支援等 ・医療従事者向け研修後に調査を実施 |
| 6.結果の活用 | 調査結果はWHO評価を受け今後のLF制圧対策(追加MDAの要否等)に活用される予定。 |
注釈
※1:ベースライン調査(Baseline Survey)とは、MDA実施前に、対象地域におけるLF感染状況や抗原陽性率、地理的分布、リスク要因などを把握するために実施される基礎調査。
※2: WHO はIDA 療法が従来の二剤療法よりも寄生虫除去効果が高く、成虫寄生巣の非活動化を示すことが複数の国際臨床研究で示されたことを確認しました。これにより感染伝播を迅速に遮断でき、必要なMDA回数を大幅に削減できると評価されました(参照:Guideline ‒ Alternative mass drug administration regimens to eliminate lymphatic filariasis, 2017 Guideline)。
※3: WHOはTASの目的を「MDA終了後の新規感染の有無を確認し、伝播が停止しているかを評価すること」としており、6〜7歳児の場合、①最近の感染を最も良く反映する指標集団であること、②伝播が続いていれば陽性が発見されやすいこと、③調査の実施効率が高いこと、として科学的根拠があると示している(参照:Lymphatic filariasis: monitoring and epidemiological assessment of mass drug administration – A manual for national elimination programmes, 2011 Guideline)。
※4:サンプリング地域の特定には、「WHO Survey Sample Builder (SSB)」というWHOが提供するオンラインツールが使用され、TASのサンプルサイズ計算・調査クラスタ(EA:Enumeration Areas)の選定を自動で行う仕組み。
事前研修の実施については、JICA PNG事務所のホームページでも掲載しており、地元メディアでも報道されました。
●JICA PNG事務所
・「ニューアイルランド州のリンパ系フィラリア症抑制に向けて定点調査を支援(2025年11月12日付)」
日本語版
、英語版
●地元メディア報道
・「New Ireland steps up Filariasis fight as partners back transmission survey (National Broadcasting Corporation(NBC) Online, 2025年11月3日付)」
・参照情報
「Papua New Guinea steps up efforts to eliminate lymphatic filariasis (WHO Global News, 2021年9月28日付・公表記事)」