サンフアンデルスール(San Juan del Sur)市にて、地域住民等を対象にした津波防災研修が実施されました

2019年6月19日

2019年6月18日及び19日に、サンフアンデルスール(San Juan del Sur)市において、地域住民等を対象にした津波防災研修が実施され、92名が津波のメカニズムや避難について学びました。

さて、津波から命を守るためにニカラグアの住民が学び、身に付けるべきことは何でしょうか?
ニカラグアでは、170名もの人命を奪った1992年のニカラグア津波を教訓として、地域住民の津波知識の向上と警報サイレンの設置を進めてきました。それは、1992年当時の沿岸部の住民は、津波についての知識もなければ、どう行動すべきかも知らなかったからです。また、この津波は津波地震とも呼ばれ、ニカラグアの太平洋近海で発生したにも関わらず、大きな揺れを伴わずに津波が襲来しました。これらの教訓を踏まえるならば、住民が津波に関する知識を有し、対処行動を知るとともに、行政側で警報サイレン等を整備して住民に津波情報が届くようにすることが津波対策として求められます。

一方で、日本の教訓を踏まえるならばそれだけでは十分ではありません。東日本大震災の際に、津波のことを知らなくて、或いは津波の情報を得ることができずに命を落とされた方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか。我々は、時にこうした死者の言葉にも耳を傾け、適切な津波防災について常に自問し、実施していく必要があります。

さて、ニカラグアや日本の教訓も踏まえた6章からなる津波防災教材をプロジェクトで作成しており、今回は住民の知識レベルに合わせて第1章から4章までの教材が使用されました。

第1章では、津波の基本的なメカニズムや特徴について学びました。例えば、多くの津波がプレート境界で発生すること、それがニカラグア近海のどこにあるのか、津波が多くの建物を破壊し瓦礫を伴うこと、「揺れたらすぐ逃げる・サイレンが鳴ったらすぐ逃げる」がニカラグア津波避難の基本であることなどが住民参加者に伝えられました。

第2章では、津波のメカニズムの中でもその複雑な仕組みについて学びました。例えば1992年のニカラグア津波の前には引き波が起こったため、「引き波を見たらすぐに避難!」と考えている住民がいましたが、津波は必ずしも引き波から始まる訳ではないことや、津波の高さは海岸によってまちまちであり、海岸ごとの正確な津波高の予想は困難であることなどを知り、津波の大きさに関係なく「揺れたらすぐ逃げる・サイレンが鳴ったらすぐ逃げる」ことへの理解を深めました。

第3章では、津波早期警報システムについて、誰が警報発令を決定し、誰が情報を出し、住民は何をすべきなのかを学びました。特に重要な点は、津波警報が出たからと言って必ずしも津波が襲来する訳ではないという点と、それに対して住民がどのような認識・反応をするかという点です。日本では「オオカミ少年効果」と言って、最初の津波警報で避難したにも関わらず津波が襲来しないと、2回目の警報では多くの住民が避難しないという人間の心理行動が明らかになっています。こうした人としての性質を理解し、「津波が襲来しようがしまいが、常に避難する」ことの重要性を伝えました。また、日本の事例として、「子供が逃げないのは知識がないからではなく、逃げない大人の後姿を見て育ったから」であることを伝え、数十年先に起こるかもしれない津波でも住民とその家族の命を守るためには、常に子供たちに行動を示すことの重要性も伝えました。

第4章では、実際の津波避難対応について検討しました。住民には4つのシナリオを提示し、どのように対応するか参加者全員で議論しました。1つ目のシナリオは、「津波避難の途中に、見知らぬ人が瓦礫の下敷きになっていました。重機なしには瓦礫をどかすことは出来なそうです。あなたはどうしますか?」という内容です。2つ目のシナリオは、1つ目のシナリオの「見知らぬ人」の部分が、お年寄りや子供・障害者等の「避難要支援者」に変わった場合にどうするかというシナリオです。多くの住民は「できる限り助けたいが、無理ならば諦めて避難する」とのことでした。
さて、引き続き3つ目のシナリオです。それは、「津波避難の途中に、あなたの家族の誰かが瓦礫の下敷きになっていました。重機なしには瓦礫をどかすことは出来なそうです。あなたはどうしますか?」という内容です。すると、多くの住民が「家族を助ける」と言います。「2人とも亡くなってしまうかもしれない」と問うと、「それは家族だから仕方がない」と答えます。そこで4つ目のシナリオを提示します。それは、「あなた自身が瓦礫の下敷きになっています。重機なしには瓦礫をどかすことは出来なそうです。家族が近くにいますが、あなたはどうしますか?」という内容です。多くの住民が「家族に逃げるように説得する」と言います。しかし「あなたが家族を見捨てることができないとすると、あなたの家族もあなたを見捨てることができないのではないでしょうか」と尋ねると、全員閉口してしまいました。

このような状況は日本でも実際に起こったことであり、家族を大切に思うが故に津波避難としては適切ではない行動を住民が取ってしまうのです。一方で家族を見捨てないこうした行動は、人としては十分に理解できるものです。それでは人としても正しく、津波避難としても正しい行動を取るためにはどうすればよいのでしょうか。
まず、住民には、その時にできることには限りがあることを伝えます。残念ながら瓦礫の下敷きになるような状況に陥っては、運よくレスキューチームでも来ない限りは家族と共倒れになるか、家族を見捨てるしかありません。しかし、なぜ瓦礫の下敷きになるのでしょうか。それは、耐震補強と家具の固定という地震対策の王道を実施しなかった結果なのです。そのことを理解した住民は、事前の地震対策の重要性を強く認識しました。そして、地震対策とは各個人が実施すべきものであり、それが家族の安全にも直結することを理解しました。第4章は、津波避難を実行性あるものにするための地震対策を学ぶ章だったのです。それもただ単に知識としての地震対策を伝えるのではなく、大切な人の状況をイメージさせた上で、地震対策の重要性を、実感を持って理解できるような構成にしています。

これらの津波防災研修は、観光・学校関係者・漁業関係者・一般住民・行政職員のそれぞれで実施されましたが、例えば参加者であった中学校の生徒からは、「すぐに家族とも話し合いたい」との感想が述べられ、漁業関係者からは「船も大事だけど、やっぱり家族との避難を優先したい」と、それぞれの置かれた状況も踏まえた上で、どう行動すべきかについて前向きな反応を得ることができました。

今回使用した津波防災教材はプロジェクト対象地域だけではなく、ニカラグア全土への普及を目指して作成されており、今回の研修を通して住民への教材として適切なものであることが分かりました。
本プロジェクトでは、引き続き、サンフアンデルスール(San Juan del Sur)市において、住民への津波防災研修を実施するとともに、全国展開を見据えた津波防災教材の改善を進め、ニカラグアの津波防災推進に貢献していきます。

作成:川東 英治(長期専門家)

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行政関係者への津波防災研修の様子

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観光業者と中学生への津波防災研修の様子

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地域住民とその子供たちへの津波防災研修の様子