-モンゴルの障害者雇用の現場から-優良事例を訪ねて

2023年4月27日

2009年に障害者権利条約に批准し、障害者の権利保障と社会参加を促進する施策を促進しているモンゴル。2016年には障害者の権利を定めた「障害者権利法」が制定され、翌17年には障害者の就労促進が国家目標に掲げられるなど、法制度の整備も進むなか、2021年からはモンゴルの労働社会保障省とJICAが技術協力「モンゴル国障害者就労支援制度構築プロジェクト」を実施しています。

このコラムでは、障害者の雇用を進めるモンゴル企業を訪ね、関係者への多角的なインタビューを通じて、障害者と企業双方が笑顔になれる就労のあり方を伝えます。

【CASE 7】工具から高級家具まで扱う大型デパートのノミン・ミシェル「一つのチームのような組織づくりを」

【画像】

「仕事が楽しい」「今が幸せ」と口をそろえる聴覚障害者のガンスフさん(右)とビャンバダワーさん(左)と笑顔を見せる直属の上司、バヤスガランさん(中央)

親会社はノミングループ財閥

首都ウランバートルの街を東西に走るエンフタイバン(平和)通りは、チンギス・ハーン広場などの観光スポットをはじめ、高級ホテルや大学、大使館などが並ぶ目抜き通りだ。

なかでも、旧国営デパートはモンゴルを代表する百貨店だと言える。重厚な趣をたたえる建物の1階には、化粧品売り場やスーパー、両替所などが入り、2階にはカシミヤ製品を扱う専門店が並ぶ。3階は海外ブランドの衣料品店、4階は家電、そして5階には土産物屋や本屋が入っている。

社会主義下の1921年に創業したこのデパートは、1995年にモンゴルが社会主義から民主化へと舵を切ったことを受け、地場家電メーカーのノミンホールディングスによって2000年5月に買収された。

ノミンホールディングスといえば、小売、輸出入、金融、建設/不動産、テクノロジーの5分野に進出し、ウランバートル市と15県に70支店を展開するモンゴルの一大財閥だ。2022年6月現在、正社員4,300人とパートやアルバイト800人を合わせると、従業員数は5,600人を超える。

国際スタンダードの順守も進めており、2016年以降、「ISO9001(品質マネジメントシステム)」や「ISO14001(環境マネジメントシステム)」、そして「ISO45001(労働安全衛生マネジメントシステム)」の認証を相次いで取得。2022年には人的資本の情報開示ガイドラインである「ISO30400」も導入し、従業員が安全に働くことができる環境が整っていることを証明した。さらに同じ2022年にリスク担当部署も設立し、社員の労働安全と環境づくりの体制を整えた。

そんなノミンホールディングスは、障害者の雇用にも積極的だ。内部障害者二人が系列の子会社で幹部として経営に携わっているほか、経理部門のマネジャークラスの中にも、聴覚障害者や言語障害者がいるという。配送担当や店員、清掃担当として働く聴覚障害者や言語障害者、下肢障害者、視覚障害者(弱視)も入れると、障害者はグループ全体で80~100人に上る。なかでも最も多くの障害者を雇用しているのが、小売業だ。

【画像】

ウランバートル市内の目抜き通り沿いに建つ重厚なナショナルデパート

ノミンホールディングスとして初めて障害者を採用したのは、創業間もない1996年のことだった。当時の社員数は約20人程度で、性別や障害の有無によらず、求人に応募してきてくれた中から選考を行ったという。

人事部長を務めるオユンボロルさんは、障害者の雇用にあたっては、一般の求人を見て応募してきた人から選考し、リスクアセスメントと健康診断を行ったうえで、他の新入社員と一緒に5日から1週間程度、インターンとして職場体験をしてもらって採用すると話す。

オユンボロルさんは、人文大学を卒業後、他社で1年働き、2014年にノミンに入社した。業務のかたわら経済大学で学び直し、2021年には修士号を取得している。

入社するまでは障害者と接したことがなかったが、「人事部の仕事を通じて、障害者自身が特別扱いを望んでいるわけではないことに気が付いた」と話すオユンボロルさん。一言で「障害」と言っても、視覚や聴覚に障害があって点字や手話を使っていたり、車椅子を利用していたりする人たちばかりではなく、内部障害のように外見からは分かりづらい障害もあることを知った。

【画像】

ノミン本社の人事部メンバー。部長のオユンボロルさん(右)と、人事担当のウーガンチメグさん(中央)。シニアマネジャーのトゥミンナストさん(左)は、20社以上あるノミンホールディングスの子会社の一つ、ノミン・ミシェルの人事を担当している

一方、オユンボロルさんの下で働くウーガンチメグさんは、「法定雇用率を満たすことは重要だが、それ以上に、障害者にいかに長く働いてもらえるかが大切」だと考えている。実際、同社では、なんらかの障害がある社員の中で、勤続23年が3人、勤続18年も6人いるという。障害者の在勤年数を平均すると、5年を超える計算だ。今後は、障害者がインターンとして職場体験する際のコーチやメンター役も、支社ごとに育成していく予定だという。

そんなウォンガンチメグさんは、2007年にオルホン私立大学を卒業後、ノミンに入社し、15年になる。受付や秘書、オフィスマネジャーなど、多岐にわたる業務を経験する中で、社員がいかに幸せに働けるか考えることが自分の役割だと考えるようになり、自ら進んで人事部を希望した。今年3月からは労働環境整備を担当している。

そんな彼女が障害について考えるようになったのは、2009年に祖母が事故で片足を切断し、車椅子を利用するようになったことがきっかけだったという。以前は外交的で何事にも積極的な性格だった祖母が、事故を機に落ち込み、精神的に不安定になっていく姿を目の当たりにして、接し方が分からず葛藤したという。この苦い経験から、ウォンガンチメグさんは、「障害者を哀れみ、福祉の対象として見るのではなく、対等に接すること」と、「できたら誉め、できなければ叱る」の2点を意識するようになった。

【画像】

小売、輸出入、金融、建設/不動産、テクノロジーの5分野に展開するノミンホールディングス全体の人事を担当する本社の人事部メンバーたち。「仕事は大変だがやりがいがある」と笑顔で話す

社内で評判の二人組

6月下旬、ウランバートルの中心部から車を約30分走らせたハンオール区にあるノミン・ミシェル社を訪ねた。ノミン・ミシェルは、ノミンホールディングス傘下の子会社の一つで、工具や板など、DIYに必要なものから、ドイツをはじめ海外から輸入する高級家具まで扱うハイパーマーケットストア形式の大型デパートだ。客層は、中流以上の比較的裕福な人々が多い。

ここで、社内でも評判の仲良し二人組が働いている。ガンスフさんと、ビャンバダウさん。両者とも聴覚障害者で、手話を通じて商品の荷卸しや商品棚への陳列、在庫の管理などを行っている。

【画像】

ガンスフさんとビャンバダワーさんは、社内でも評判の仲良しだ

ガンスフさんは、ホブド県生まれで、ここで働いて6年になる。現在、37歳。4歳の時、後天的に聴力を失った。地元には特別支援学校はなかったために、読み書きは家族から、また、日常の簡単な手話は同じホブド県に住む聴覚障害者から教えてもらいつつ、家畜の世話をして過ごしていたという。

20歳の時に故郷が冷害に見舞われて家畜が全滅したのを機に、家族で首都ウランバートルに移住。縁あってキリスト教会で手話を学び直す機会を得た。

しかし、その後も苦労は続いた。建設会社で働いたこともあるが、万が一の緊急事態の際、何も聞こえないガンスフさんにどう危機を伝え、安全を守るかといった対策や配慮が何もない環境だったため、不安で孤独な日々だったという。

ノミン・ミシェルに入社したのは、先に働いていた聴覚障害のある友人が辞めることになり、代わりにガンスフさんを紹介してくれたのがきっかけだった。「入社手続きの時、私のためにわざわざ手話通訳を呼んで契約書の内容を説明してくれたので、とてもびっくりしました。でも、大切にされていることが伝わってとても嬉しかったです」と振り返るガンスフさん。「入社してからも、同僚たちがスマートフォンのアプリを活用してコミュニケーションを取ろうとしてくれたり、複雑なやり取りの時には手話通訳とビデオ通話をつないで手順を教えてくれたりするため、今は不安も孤独もまったく感じません」と、笑顔で話す。荷卸しの作業で腰を痛めないようにと会社が支給してくれたサポーター(コルセット)を仕事の間は肌身離さず身に着けているうえ、倉庫の商品一つ一つに振られているコード番号もすべて把握していると、社内でも評判だ。

そんなガンスフさんは、「ある日突然、聞こえなくなって学ぶ機会も奪われ、一時はぶつけ先がない怒りに苦しみました」と、振り返ったうえで、「でも、今はとてもいい仕事に恵まれて幸せです。自分の人生が好きになりました」と、晴れやかに話す。「3人の子どもたちの中では、一番下の息子が特に目が大きくて自分にそっくりなんです」と、顔をほころばせる彼を見ていると、一人の人間として人格を尊重し、コミュニケーションを大切にしてくれる職場と出会えるかどうかで人生がいかに変わるのか、実感させられる。

【画像】

仕事中は会社から支給されたコルセットを大事に身に着けているガンスフさん

ビャンバダワーさんは、2年前に入社した、フブスグル県生まれの30歳だ。

ビャンバダワーさんにも、後天性の聴覚障害がある。6歳の時に落馬して聞こえなくなった。

ガンスフさんと同様、特別支援学校が故郷の村になかったため、13歳の時に両親とウランバートルに移住するまで学校で読み書きを習う機会はなかった。障害者開発庁傘下の職業訓練校で散髪技術を学んで床屋に就職したが、客とコミュニケーションがうまく取れず、トラブルも多かったという。

ある日、買い物のついでにノミン・ミシェルに立ち寄ったビャンバダワーさんは、手話を使いながら倉庫で生き生きと働いている人を見かけて、いてもたってもいられなくなり、気付けば「僕も耳が聞こえないですが、ここで働きたいです」と、手話で話しかけていたという。それが、ガンスフさんとの出会いだった。

ビャンバダワーさんの熱意を受け止め、上司に口添えしてくれたガンスフさんの後押しの甲斐あって、めでたく店で働けることになったビャンバダワーさんは、その日から、ガンスフさんを兄のように慕い、シフトが合わない日以外は片時も離れず、いつも一緒に働いている。「入社初日に、ガンスフ兄さんが、店内や倉庫を丁寧に案内しながら、一つ一つ丁寧に説明してくれたのがとても嬉しかった。一緒に働けて幸せです」

そんなビャンバダワーさんは、入社後、家を建てた。真面目に働けば定期的に昇給していく契約であることから決断できたという。すると、思いがけず会社から寄付金が支給されたり、ガンスフさんや同僚が休日に代わる代わる手伝いに来てくれたりと、職場からさまざまな形で応援してもらえたという。

「今の職場はとても恵まれている。周囲の友人からも羨ましがられるんです」と、ビャンバダワーさんは笑顔を輝かせる。

【画像】

ノミン・ミシェルで働きたいと勇気を出して自ら手を挙げたビャンバダワーさん

社員一人一人が役割を実感

倉庫で働く二人にとって直属の上司にあたるのは、サブマネジャーとして店内の管理を担当するバヤスガランさんだ。12年前にノミンホールディングスに入社し、すぐにノミン・ミシェルに配属された。

昔、聴覚障害のある友人がいたため、基本的なあいさつ程度の手話はできるようになったものの、その後は障害者と接する機会がなかったというバイサガルさん。ガンスフさんとビャンバダワーさんにも、最初はどう接したらいいか分からなかったものの、二人が障害を理由に特別扱いされることを好まないことをすぐに理解し、他の職員と同じように接することを心掛けているという。「倉庫担当は、二人を含めて全部で7人います。彼らが入ったからといって特別な環境をつくらなければと意識したことはありませんが、社員同士、お互いにサポートし合い、まるで一つのチームのようですよ」と、あたたかい微笑みを浮かべる。

【画像】

二人と手話で話すサブマネジャーのバヤスガランさん

その一方で、バヤスガランさんは、仕分け作業中の二人に話しかけて「返事がないから失礼だ」と苦情を言ってくるような客には、毅然と抗議するという。「従業員に尊大な態度で接する人は、我慢できません」と、頼もしい。

「職員を大切にしてくれる」「正しく評価してくれる職場」だと二人が口をそろえるとおり、ノミン・ミシェルの社員たちは離職率が低く、職場への満足度が高い。その理由について、バヤスガランさんは「スーパーでは、買いたいものを自分で選び、カゴに入れてレジに持って行けばすぐに買えますが、ここではそれぞれの商品の特長について担当者から説明や助言を受け、倉庫から出してもらい比較したうえで購入するため、スタッフ一人一人が“自分があの顧客の買い物を手伝った”と実感でき、やりがいを感じられるためではないでしょうか」と話す。実際、同社は、周囲の企業がコロナ禍のあおりを受けて次々に社員を減らすなか、誰一人解雇することなく雇用を守ったという。

【画像】

息を合わせて手際よく商品を仕分ける

「日に8時間過ごす職場を居心地よく」

ノミン・ミシェル全体の運営を統括しているのは、マネジャーのボロルトヤさんと、人事マネジャーのトゥメンジャルガルさんだ。

2018年にマネジャーに就任したボロルトヤさんは、「部品を販売している会社だと聞くと、店内がさぞ散らかっているのだろうと思う人もいるのですが、ご覧のとおり、片付けが行き届き、整理整頓されているでしょう?」と微笑み、「これも、ガンスフさんやビャンバダワーさんたち倉庫担当者が商品の管理を頑張ってくれているおかげなんですよ」と、胸を張る。

「ガンスフさんは、社内でたった一人、全商品の記号やバーコードを把握していて、皆から一目置かれています」「ビャンバダワーさんはすぐ辞めるのではないかと心配しましたが、ガンスフさんとコンビを組み、楽しそうに働いてくれており、安心しました」と、嬉しそうに話すボロルトヤさんの言葉からは、二人の働きぶりを日々、気に懸けている様子が伝わってくる。

【画像】

マネジャーとしてノミン・ミシェルを統括するボロルトヤさん

一方、トゥメンジャルガルさんは、5年前にノミンホールディングスに入り、2年前にノミン・ミシェルに配属されて以来、人事を担当している。同社では、週の労働時間や一年間の有給休暇の日数などは、労働法を順守して定めており、仕事内容は、同じ業務の人が一定期間、付き切りで指導する仕組みになっているという。

ガンスフさんとビャンバダワーさんについては、「遅刻したことは一度もなく、模範的と言っていい働きぶりです」と、高く評価するトゥメンジャルガルさん。障害者の雇用についても、「ノミンホールディングスを選び、一緒に働きたいと応募してくれる人なら、誰でも喜んで面接します」と、意欲的だ。

【画像】

ノミン・ミシェルの人事担当者、トゥメンジャルガルさん

ノミン・ミシェルでは、前述のとおり、ビャンバダワーさんが家を建てるにあたり資金援助を行うなど、社員の福利厚生に配慮しているほか、年度末にはノミンホールディングス全体としてその年の優秀社員を表彰する制度に加え、ノミン・ミシェル独自でも社員の功績をたたえ、意欲を喚起しているという。

「職場は一日の3分の1にあたる8時間を過ごす場所。居心地よく働いて、いい気持ちで家に帰ってもらいたいと思っています」というボロルトヤさんとトゥメンジャルガルさんの言葉は、スタッフを思うあたたかい愛情に満ちている。

【画像】

ハンオール区にあるノミン・ミシェルの外観

ガンスフさんを尊敬し、大好きでたまらないビャンバダワーさんと、そんなビャンバダワーさんを可愛がりながら指導するガンスフさん。その微笑ましい二人をそれぞれの立場から見守る同僚や上司、経営陣たちのまなざしも、皆、あたたかく、それぞれの話を聞いていると、バイサガルさんが言うように、ノミン・ミシェル全体が一つのチームか大きな家族のように思えてくる。

会社が社員を大事にしていることが伝わってこそ、社員一人一人も己の仕事と役割に誇りと責任を持ち、やりがいを感じつつ仕事に取り組むようになる。その一見シンプルな循環は、障害の有無に関わらず、どの組織にとっても重要であることは言うまでもない。モンゴル社会で大きな存在感を誇るノミンホールディングスのように大きな組織と、その子会社のノミン・ミシェルが、業務のアセスメントや、特性に応じた配属、円滑なコミュニメーションと居心地の良い人間関係への配慮という基本を重視し、障害者が長く働ける環境づくりを実践していることは心強い。あたたかさに満ちた同社の取り組みは、DPUB2で進めているジョブコーチ就労支援サービスとの相乗効果によって、必ずやモンゴル社会に大きな波及効果をもたらすだろう。

【企業概要】

企業名 ノミン・ミシェルLLC
事業 ハイパーマーケットストア
従業員数(ノミングループ) 約5,600人(2022年6月現在)
従業員数(ノミン・ミシェル社) 約100人
うち障害者数(ノミン全体) 約100人(聴覚障害、言語障害など)
うち障害者数(ノミン・ミシェル) 約4人(聴覚障害、身体障害など)
雇用のきっかけ ノミンホールディングスとして創業間もない頃から障害者を雇用している。最近は国際スタンダード順守の観点からも、より積極的に推進している。
雇用の工夫 ・リスク担当部署を創設した
・リスクアセスメントと健康診断を徹底する
・インターンとして職場を体験した上で採用する
・子会社独自の社員表彰制度も創設し、モチベーションの維持を図る

【ジョブコーチ就労支援サービスとは】
ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。
このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。