保証種子の販売・利用促進活動と種子販売率の伸長

2016年7月26日

1.はじめに

かつて(2000年頃まで)のミャンマーでは、種子生産農家が生産した保証種子(CS)の一部をミャンマー政府が買い取っていましたが、その後政府の方針が変わり、政府のCS買取は取り止めになってしまいました。これまでCSの主な買い手は政府でしたが、種子生産農家にとっては、CSを相応の価格で買ってくれる人たちを新たに見つける必要がでてきたのです。
しかしながら、全ての種子生産農家がCSの買い手を見つけられるわけではありません。この結果、細心の注意を払ってCSを生産しても、CSの買い手が見つからず、やむをえず種子としてではなく普通の籾米としてCSを売らざるを得ない種子生産農家がいても不思議ではない状況でした。
プロジェクトの計画を詳細に検討する段階では、プロジェクト対象地域であるエーヤワディ地域において、どの程度の量のCSが実際に使われているのか、あるいは優良種子の市場など、シード・フローの末端を取り巻く現状分析を十分行うことができず、プロジェクト開始後に実施する調査によって確認することとされました。プロジェクトでは、ベースライン調査や、その後の折々の時期をとらえた政府や市場の関係者との対話を継続しつつ、一般稲作農家や市場関係者のCSに対する認知度や、CSから作られた良質な籾米に関する評価を把握し、種子市場を捉えることに腐心してきました。
プロジェクト開始直後に実施したベースライン調査(2011年12月)の結果、一般稲作農家の間でのCS認知度は高くありませんでした。政府の認証を受けていない「優良種子」は利用されていても、認証を受けた「保証種子(CS)」という言葉や、CSを使ったことがある農家が限定的にとどまる一方、農家自身は定期的に種子を更新する必要があることから、常に良質な種子を探しており、CSを使ってみたい層が一定程度存在することが分かりました。さらに、精米業者の中には、CSを知らないか知っていても信用せず、より上流部分にあたる原種種子(RS)を購入して契約農家に配布し、生産された籾米を買取って精米することで、利益を出す業者がいることもわかってきました。
シード・フローを遵守する観点からは、RSから籾米を作ることは容認しがたいものがあります。しかし見方を変えれば、こうした現象は、素性が曖昧な種子ではなく、然るべき手順と検査を経て生産された種子から作られる籾米ならば、通常の自家採種種子や、いわゆる「優良種子」から作られた籾米よりも、精米時に良い結果(歩留まりの良さ等)が得られ、利益が上がることが経験的に知られていることを示唆しています。
厳しい基準と多くの品質管理手順を経て、いかに良質なCSを生産しても、最終的に広く農民に使われないと、シード・フローが破綻してしまいます。したがって、CSの便益についての理解度を上げることで、CSを多くの人に使ってもらい、シード・フローが正しく循環し、機能するようにすることが、シード・フローの強化のみならず、ミャンマーの稲作の発展にとっても必要なのです。このような考え方に基づき、プロジェクトではCSの利用促進のための活動を継続しています。

2.種子市場把握のための調査と、市場関係者との情報交換

2013年11月、本邦から短期専門家の派遣を得て、エーヤワディ地域における種子市場について調査を行いました。調査期間中、エーヤワディ地域における物流の要衝であり、精米業者・米穀問屋が多く所在するパテインとミャウミャを中心に、市場関係者からヒアリングを行い、市場を通じたCSの購入・配布の可能性を検討するためのフィールド調査を行いました。この結果の一部として、精米業者や肥料業者等の市場関係者にCSの便益を売り込むことで、彼らが契約栽培をさせている稲作農家に種子を配布する方法が提言されました。
こうした調査を行う一方、プロジェクトでは、ヤンゴンやパテイン、ミャウミャなど、下ビルマのコメの流通・取引の中核となっている場所において、精米業者や米穀商人等と情報交換を行っています。CSが優良籾米を生産する上で不可欠な要素であることの理解を得つつ、プロジェクトサイトを足がかりに、国内市場における良質な籾米のニーズと、CSをリンクさせようとしています。こうした情報交換の場として、稲作農家や市場関係者等を招いて実施するフィールド・デイは欠かせない場となっています。

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パネルの前で、市場関係者にCSについて説明するカウンターパート

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フィールド・デイ実施後に、市場関係者と情報・意見交換する様子

3.精米デモンストレーションの実施

CSから作られた籾米の品質が他の籾米と異なることを例証するために、他の一般稲作農家と市場関係者を集めて、CSから作られた籾米とそれ以外の種子から作られた籾米の精米比較を行いました。このデモンストレーションは、プロジェクトが対象とする3つのタウンシップでそれぞれ実施し、CSを利用する農家から約1トンの籾米を調達し、精米業者の工場で実際に精米してみることで、整粒歩合や赤米混入の比率、一部では食味の比較を行っています。
この結果、CSから作られた籾米とそうでない籾米の間には、赤米混入で300倍以上、胴割の発生で約3倍の違いがあり、CSから作られた籾米の方が、良い精米結果が得られることを例証しました。デモンストレーションに参加した一般稲作農家からは、「とても同じ品種とは思えない」という驚嘆の声が上がるとともに、精米業者からは、買取価格を下げる要因の一つになる赤米の混入率が著しく低いことや、胴割が少なく、高い歩留まりが得られることに注目しつつ、「この品質が得られるのであれば、通常より高い値段でCSから作られた籾米を買い取る」、「CSの良さを地域の精米組合とも共有したい」といった発言が得られました。
各種フィールド・デイを通じて、実際にCSを使っている稲作農家の成功体験を、他の稲作農家と共有することを続けてきましたが、農家にとって一番身近な市場関係者である精米業者から、農家の前で、CSを使って作られた良質な籾米であれば、通常より高く買取るという宣言を引き出せたことは、プロジェクトが取り組む市場へのアプローチが結実した一つの例となりました。

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CSから生産された籾米と、通常の籾米の比較結果を確認する稲作農家・市場関係者

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CSから生産された籾米の精米時の質(赤米の混入、胴割の状態等)を確認する参加者

4.収量比較の実施

こうした品質以外にも、一般稲作農家が種子を更新するかどうか判断する身近な要件のひとつに、収量が挙げられます。通常、普及員は種子をCSに変える収量が2割程度上がることは説明していますが、実際にどの程度の収量差が得られるか、CSの利用普及に活用する情報を整える目的で調査を行いました。具体的には、プロジェクトが対象とする3つのタウンシップにおいて、CSを使っている稲作農家(合計300名)の協力を得て、同じ品種でCSとCSでない種子を使った際の収量を聴取しています。
この結果、CSを使うと同じ品種・同じ栽培状況下にあっても、約10%の収量差が得られることがわかりました。10%という数値は一見少なく見えますが、これはCSを使う農家と、その他の種子を使う農家を同じタウンシップ内でサンプリングしたため、昨年CSを使って自家採種された、品質劣化が比較的低い種子を使っている農家が、調査対象者に多数混在していることが要因と考えられます。仮に、プロジェクト対象地域ではない場所でサンプリングをしていれば、収量差は20%程度まで広がっただろうと考えられます、今後さらにCSの便益を周知していく上で、こうした収量比較の結果の活用方法を検討していく方針です。

5.種子倉庫の建設と一時買取基金の創設

例年11月頃に収穫される種子は、サンプルが種子検査室で検査された後、翌年1月頃に判明する結果によってCSと認証されます。しかしながら、CSを使うのは次の作期の播種のタイミングまで待たなければなりません。稲作農家は、収穫後すぐではなく、次の雨期が始まる前の4〜5月にかけて、次の作付用の良質な種子を求める傾向があります。
一般的に、種子の価格は収穫シーズン直後が最も低く、播種前の時期に高値を付けるのはこのような背景があります。したがって、種子検査結果が判明したあと直ぐCSを販売するより、種子の値段が高くなる時期まで待ってCSを販売する方が、種子生産農家にとっては実入りが大きいことになります。
しかしながら、種子生産農家の中には、農家自身の経済的な理由や、あるいは自宅敷地内やその周辺に手頃な種子保管場所が無いため、やむを得ず種子を早々に販売してしまう農家も少なくありません。こうした問題に対処するため、プロジェクトでは種子保管倉庫を建設し、種子検査結果が出てから播種のタイミングまで、種子を一時的に保管しています。需要が高まる時期まで種子を適切に保管することができれば、丁度良い売り時期に、より高い値段で種子を販売することができるようになります。
種子保管倉庫を活用するために、エーヤワディ地方政府が管理する貧困削減基金から予算を得て、普及所が独自に種子の一時買取基金を設置するようになっています。普及所は、種子検査判明後すぐに売却したい種子生産農家から、一時買取基金を原資として一旦CSを買い取り、高値になる時期まで種子保管倉庫で保管した後で普及所が販売することにより、差額を種子生産農家に還元する取り組みを始めたところも出てきました。今では、種子を保管してから売る便益も広く種子生産農家に知られるようになっており、普及事務所では、種子生産農家からのCSの一時受入や、販売活動の継続に意欲を示すようになっています。

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プロジェクトが支援した種子保管倉庫の例

6.種子販売率の変遷

プロジェクト目標が達成度合を測定する指標のひとつとして、プロジェクトでは「種 子生産農家による種子販売率」を定めています。ここでいう種子販売率とは、種子検査に合格したCSのうち、何割が種子(CS)として販売されているかを指すもので、検査に合格したCSの70%以上が種子として販売されることを目標としています。
指標達成状況を計測し始めた2012年雨期作は、目標値を大きく下回っていました(57%)。その後、シーズンごとの変動はありながらも販売率は増加傾向にあり、最新(2015年雨期)の結果では、上記のような活動の成果も相まって、種子販売率は97%まで伸び、ほぼ全てのCSが種子として販売されるようになっています。
昨今は全国的に種子への注目が高まりつつあることから、プロジェクト対象地域においても、CSの価格は年々高くなる傾向が見られます。こうした全体的な環境の好意的な変化も、これまで記したようなプロジェクト活動の追い風となって、種子販売率の向上につながったと考えています。

7.おわりに

シード・フロー全体を見通したとき、フローの出口にあたるCSの販売・利用促進にむけてどのような取り組みを行うかは、2014年2月に実施された中間レビューで提示された課題のひとつでした。種子生産自体に経済的な魅力が無ければ、種子生産農家は種子生産を続けにくいでしょう。このため、プロジェクトは上記のような活動を通じて、シード・フローの出口から正しく種子が出て行く(販売・配布される)ようにし、もってフロー全体が好循環していくための支援を行ってきました。2016年2月に実施された終了時評価では、こうした活動が高く評価され、さらなる継続が提言されています。
そもそもミャンマーでは、国内市場向けの高品質籾米が、各段階で正当に評価されて市場に流通する仕組や制度が確立しているとは言いがたいのが現状です。このため、CSから作られた籾米がいかに高品質であっても、現状では買取価格に見られる品質の価格転嫁率(プレミアム)は決して高くはありません。巨視的に見たとき、こうした構造の転換には、プロジェクトの枠を超えた取り組みが必要になるでしょう。
しかしながら、プロジェクト活動の周辺では、CSから作られた籾米の質を評価し、その元になったCSの価値に注目する農家や、市場関係者も現れつつあります。現に、種子生産の途中からCS買取の引き合いが出てくるほど、CSの需要は高まってきています。「正しく実施される圃場審査や種子検査に合格した種子がCSと呼ぶに足る」という原則を貫きつつ、CSの需要を惹起する環境を醸成していくことで、種子生産農家が種子生産を継続・拡大していける道筋を着実なものとすることが重要です。プロジェクトでは、残されたプロジェクト期間を通じて、カウンターパートとともにこの課題に取り組んでいくことになります。