池上 はい。今、手塚さんが第一約束期間とおっしゃいましたよね。簡単におさらいをしておきますと、京都議定書ではそれぞれの排出基準、1990年を基準点として2008年から2012年までの5年間の平均で、1990年時点よりも何パーセント削減するかということが目標になったわけですね。そして日本は6パーセント削減をするという目標でした。当初、日本には非常に負担が大きいんじゃないか、本当に削減できるのか。日本だけでは削減できないで、結局、排出権をどこかの国から買ってきて、それで帳尻を合わせるしかないだろうと言ってたら、2008年、リーマンショックが起きて経済活動がすっかり停滞した結果、日本は6パーセントをクリアしたという、非常に皮肉な結果だったということがあります。
日本がこれから何ができるかということで、後ほど、そのお話をまたお伺いしようと思うわけですが、今の手塚さんのお話ですと、つまり、上からこれをやれっていうのが京都議定書だった。それに対してパリ協定は、下から自主的に積み上げていったものをやるということですよね。親が子どもに勉強しろと押し付けても、子どもはやろうとしない。自分で目標を作りなさい。自分でやりなさい。あなたが決めたんだからやりなさいねって言うと、やらざるを得ない。言ってみれば、そういう仕組みを作ったということなんだろうと思うんですが。
さて、お二人の専門家からプラスの評価が出ましたが、環境NGOとして、山岸さんはこれをどう判断するんでしょうか。お願いします。
山岸 期待を裏切って申し訳ないんですが、私も実はポジティブに評価をしておりまして。
池上 何だ。せっかく期待したのに(笑)。
山岸 決して十分ではないですが、やはりパリ協定はすごく意義があるものだと思っています。今、お二方が述べられたものに、あえて付け加えるとすれば、2点ありまして。1点は、国際社会全体として、この気候変動問題という地球規模の課題に取り組むという体制が生き残ったことです。
というのは、2009年にコペンハーゲンで開かれた、COP15という会議で、同じように国際社会の、こういう枠組みを作ろうとしたことがあったのですが、そのときはうまくいかなかったわけですね。コペンハーゲンの会議がうまくいかなかった後に、国連の下で協力してとかっていうのは無理なんじゃないかっていう雰囲気が漂いました。ただ、その後の国際社会では、諦めずに交渉が積み重ねられ、今回のパリ協定ができたということです。国際社会の下で、地球規模の問題に取り組む体制が残ったっていうことが、ひとつ大きな意義と思ってます。
もうひとつの意義は、今回、パリ協定の中で各国が削減目標を出しています。その削減目標のタイムスパンは、大体2025年かもしくは2030年なんですけども、パリ協定自体、実はもっと先を見据えています。先ほど5年ごとの見直しのサイクルがという話がありましたが、5年ごとに目標を見直して、提出し直して、チェックして、改善してというサイクルをやることで、2025年とか2030年より、さらに先を見据えて、永続的な仕組みになっている。この永続性っていうのが、結構、パリ協定の大きなポイントかなと思います。この国際社会の団結と、永続性というのが今回のパリ協定には現れていて、私としては、すごく好意的に評価しています。
池上 分かりました。今、コペンハーゲンでの会議の話が出ましたね。デンマークがやって、コペンハーゲンの会議のときに、確かデンマークの環境大臣が議長をやったものの、全くまとめることができなくて途中で解任になっちゃいましたよね。無能な大臣っていうのは、どこかの国だけじゃないんだなと思ったのでありますが、それがきっかけになって、新しく変わったということがあります。
では、さらに馬場さん。COP21があった後、日本の産業界とか環境に関する運動をやってる人たちや、日本全体の中で、みんなはどのように受け止めているのか。取材しててお感じになっていることはありますか?
馬場 日本の産業界の方の受け止めは、ふたつに分かれているかなと思っております。ひとつは、今回、経団連を中心に産業界が取り組んできた、自主的なPDCAを回していく仕組みがパリ協定に盛り込まれた点で、日本がより貢献できると前向きに評価する考え方です。
一方で、パリ協定に盛り込まれた長期目標は非常に厳しいことを求めています。これに対応するとなると、目標を引き上げることで対応するという方向性になることを、どちらかと言えば心配している。目標引き上げよりもむしろ、日本が得意とする低炭素技術の革新に加え、ビジネスモデルの革新で対応できるという方法で進めていくべきではないかという受け止めをしていらっしゃる方がいると思います。
ただ、長期目標の受け止め方にはもう1点挙げられることがあります。2050年今世紀後半といった長期的な削減を促すという言葉が盛り込まれましたので、企業自身も個別の2050年目標を作り、途上国を含むサプライチェーンの中で、長期を見据えたCO2削減をやっていこうと考えている企業さんが増えそうだという雰囲気を感じています。
池上 分かりました。ありがとうございます。
「議定書」と「協定」の違い
池上 さて、私が先ほど申し上げたんですけど、京都は「議定書」でした。今度のパリは「協定」でした。京都議定書とパリ協定って、何がどう違うんでしょうか。これはどなたに伺えばいいですかね。
高村 では、私がお答えします。京都議定書とパリ協定。法律の観点から見ると、多国間の法的な拘束力がある合意という意味では同じです。名前が議定書と付いてるか、協定と付いてるか。これはあまり関係がありません。きちんと各国が法的に拘束力があるという認識で合意しているという点では京都議定書と全く同じです。
ただし、削減目標の取り扱いは少し違っております。京都議定書は皆さんご存じのように、90年に比べて何パーセント、2008年から2012年の5年間平均をこれだけ減らしてくださいという、結果を出す義務でした。それに対して、今回のパリ協定というのは削減目標を各国がきちんと作って提出をして、それを持ち続けて、5年に1回それを引き上げる方法で検討して、また提出をしなさい。その達成のために、国内措置をきちんと実施をしてくださいということが義務になっています。
従って、一生懸命頑張ったものの結果的に達成できなかったというときに、京都議定書の場合は一定の措置が課せられることになっていましたが、今回、パリ協定に関していうと、まだ具体的な措置は明示されていないですけれども、一生懸命頑張った結果として達成できないことについては法的な義務の違反にはならない。そういう違いがあります。
池上 では、京都議定書は達成できなかったら、ペナルティを課せられた。ところが、パリ協定は「よく頑張ったね」って言うだけになるということなんでしょうか。それから英語で議定書は「プロトコル(Protocol)」であり、協定は「アグリーメント(Agreement)」ですよね。アメリカにとって、これはちょっと違うという話があるんですけど、この点はいかがでしょう?
高村 まず、パリ協定。一生懸命頑張ったけど達成できなかったときどうなるかという規定がございまして、そういう場合にどういう措置を課すかということについては、これからパリ協定が正式に発効するまでの期間で、ルールを決めることになっています。ですので、まだどうなるかっていうのははっきり分かりませんけれども、今、言いましたように、結果を出さないから、イコール義務違反のペナルティが課せられるというふうな法律の義務にはなっていないということです。
名称の点ですけれども、アメリカにとってはこの名称が政治的な意味でハードルになっていた側面もあるようで、できれば「協定=Agreement」がいいと思っていたようです。京都議定書に対して一定の抵抗感を持っている国内の人たちへの配慮もあって、特に上院の議会の助言や同意の必要ない協定として締結をしたいと、オバマ政権は考えていたようです。
池上 なるほど。手塚さん、そういう理解でよろしいでしょうか。
手塚 そうですね。結果として、パリ協定が締結されて良かったねということなんですけど、実は決まるまでのプロセスっていうのは、サッカーでいうと、本当に延長戦の最後の1分ぐらいのところまで、どうなるか分からないという状況だったんですね。
池上 アディショナルタイム。昨日のリオ五輪最終予選の日本ーイラク戦みたいな攻防ですね。
手塚 はい。実際に、最後のプライマリーが始まるまでに2時間ぐらい延びました。裏で何をやってたかというと、実はアメリカが飲めない文言が入っているのをどうやって乗り越えるか調整していたと聞いてます。アメリカが飲めない文言とは何かというと、高村先生が今おっしゃったとおり、議会で批准する投票を要しない、既にアメリカが国内政策の中で言っていることがカバーできるような内容だけが規定されたということです。さもなければ、オバマ大統領は国に持って帰って議会で批准しなければいけません。そこで共和党主導になっている上院で否決されてしまうと、京都議定書の二の舞になる。非常に危ない、ガラス細工の上を歩いてるような状況だったんですね。
そこで今回のパリ協定は、構造的には義務がかかっている、アクションには義務がかかってるんだけども、何かをいつまでにしなければならないとか、数字を達成しなければいけないなどの具体的な部分は自主的なアクションということで、縛りをかけてないことになってるわけです。そういう意味で、ギリギリのバランスの上で、195カ国が同意できる、特にアメリカや中国が同時に合意できる構造の協定になったということだと私は理解しています。
池上 高村さん、そういうことでよろしいでしょうか。
高村 そうですね。特に議会の状況については、ご説明があったとおりです。一つだけ、法的な義務の内容としては、達成を目指して措置を実施する義務というふうになっていますので、目標を出しますと、それに向けてきちんと実施をしてるということは、2年に1回、進捗を評価されることになります。ですので、出したきりであとは何もしなくていいとか、そういうことではないということはご理解ください。
アメリカへの配慮と評価
池上 つまり、今のアメリカのオバマ大統領。上院でも下院でも共和党が多数派になってしまって、議会で否決されることが多いわけですね。ですから、最近のオバマ大統領はさまざまな政策も議会にかけずに、大統領命令で可能なことをやっています。銃規制についてもそれですね。それに対して議会軽視だって言って、非常に批判を受けているところもあるんですが、オバマ大統領として、どうしても自分が大統領のときに実績を作りたいというところで、ギリギリ、議会の承認を得ないでやる仕組みにしようとして、結果的にこういう協定になったんだということですね。
さらに言いますと、じゃあ、条約とどう違うのかということなんですが、私の勉強したことが、理解として正しいかどうか、専門家にお伺いしたいんですが。つまり、議定書だって協定だって、法的に守る義務があるなら条約と同じじゃないかと思ったわけです。そもそもCOP自体は、気候変動枠組条約という、国際的な条約に基づいて始まっているわけですよね。だから、そういう意味で言えば、条約が上位にあって、その条約の下でいろんな約束をしていくのが、議定書だったり、協定だったりという分け方という判断でよろしいんでしょうか。
高村 おっしゃるとおりです。枠組条約という1992年にできた条約があって、京都議定書も、それから今回のパリ協定も、それを実施する、それを具体的に実現をしていくための子どものような協定、条約になります。
池上 そういうことですね。親子関係のようなという。合格点をいただきました。では、山岸さん、今回の協定にアメリカを引き込むためにいろんな苦労があったということで、結局、アメリカを何とかしなければいけないということを、どのように評価してらっしゃいますか?
山岸 一個人として言わせていただければ、アメリカのために、いろいろな配慮を協定の中に織り込まなきゃいけないという側面は、残念と言いますか、もうちょっと厳しくできたのかもしれないのではと感じる部分はあります。先ほど、達成は義務じゃないという話がありましたけども、これはアメリカだけの問題ではないとはいえ、アメリカが中心となって、厳しく反対をしていたところです。
ただ一方で、オバマ政権は比較的気候変動問題については前向きです。ここでうまく取り込んでおかないと、次にアメリカがその気になってくれる機会というのは二度と来ないかもしれないという恐怖心が、各国にあったと思うんですよ。そのタイミングを捉えるためには、必要な措置だったということだとは思います。
池上 つまり、アメリカでもしトランプ大統領が誕生したら目も当てられないという、そういう危機感があったということですかね。
山岸 そうですね。本当にトランプさんになるのかっていうところは疑問ですが。仮にそうなったとすれば、まさに目も当てられないという気はします。