イベント情報

パネルディスカッション第1部 気候変動と日本の今後を考える(4)
【イベントレポート】 シンポジウム『池上彰と考える 〜気候変動と森林保全〜』

脱化石燃料へのインセンティブ

山岸 ひとつは石油の価格が安い、そして天然ガスや石炭の価格が安くなりますと、企業さんとしては安いものを活用するという方向に流れがちなので、政策シグナルとしては「これから私たちが向かうべき方向は、もっと違う方向なんですよ」っていうことを明確に出さないといけないと思うんですね。

日本でも、今、石炭の使用量がすごく増えてしまっています。今後もあまり減らない方向で予測されていて、例えば、これから運転を開始するような石炭火力発電所の計画が、ポコポコ出てきているんです。2030年に向かって温室効果ガス排出量を大きく下げていきましょうという話をしているときに、そういうことが出てきてしまうのはいかがなものかと感じます。先ほどから話があるように、世界全体としても削減目標は気候変動を抑制するまでには足りていないのに、石炭火力発電所が作られてしまうというような状況が生まれているんです。

つまり、政策的に「今から石炭火力発電所を作ることは割りに合わないんですよ」という状況を作ってあげるということが、本当はすごく大事なんだと思います。具体的な方策としては、それを人為的にやるために、英語では「Carbon pricing」と言いますが、炭素排出に税をかけるとか、もしくは排出権取引制度のような経済的手法を入れるというような形ですね。要するに、炭素を排出すると高く付く状況を人為的に作り出してあげるということです。

これをしないと何が問題かというと、発電所のような大規模な設備を作ってしまうと、企業としては減価償却するまで使い切りたいので、40年とか、そういうタイムスパンで使うことのインセンティブが生じるわけですよね。だから、その前に止めてあげないといけないと思うんです。

先ほどアメリカの話がありましたけども、アメリカでは、すでに新規の石炭火力発電所は建てられないという規制があります。こと電力部門に関する規制だけを見ると、日本よりもアメリカのほうが厳しい規制を実施しているんです。

今回の国際レベルの交渉では「達成義務ではない」とアメリカは主張していたわけですけども、こと国内政策で見てみると、分野によってより厳しい規制を採り入れている、そういう逆転現象も見えてきます。つまり、今後は日本の中でも、厳しいけれど将来的にはためになる政策を打ち出していけるかどうかということが、とても大事だと感じています。

池上 手塚さん。今、山岸さんから「Carbon pricing」、すなわち炭素税の話題が出ましたが、産業界の立場としてはいかがですか。

手塚 誤解しないでいただきたいのは、日本に「Carbon pricing」がないわけではないということですね。CO2排出量に比例して、化石燃料の使用に対して税金をかける。「地球温暖化対策のための税」の制度は、2012年からすでに施行されています。これはCO2排出1トン当たり289円だったかな。そういう数字になっています。

さらに言うと、実は1978年、第2次オイルショックの直後から、日本は石油・石炭税という、エネルギー課税をスタートしてます。これは主に石油の、とくに安全保障的な観点から導入された制度です。石油の消費を抑制するために、石油への課税を最も高くしてるんですけど、石油、それから天然ガス、さらに2000年代に入ってから石炭にも課税しています。この税率はCO2トン当たりで見ると1000円前後ぐらいで結構高い。これと地球温暖化対策税を合わせますと、先進的だと言われてるヨーロッパの諸国と比べても、遜色があるような数字ではありません。

しかもこうした制度によって得られる税収は特別会計の中に組み込まれて、いわゆるエネルギー・セキュリティ、資源開発のために半分回って、残り半分が省エネ投資の補助金と緊急開発投資に回ってるんですね。つまりある意味では、理想的な「Carbon pricing」を日本はすでに40年間も運用してきている実績があるわけです。だからこそ、日本の産業界のエネルギー効率は世界でもトップクラスだという結果が、現実に出てきているんだと思います。

産業界代表という立場としては「Carbon pricing」や温暖化対策税に対して必要以上にポジティブだと発言するのは怒られてしまうかもしれないんですけども、正直言って、こうしたシステムが機能して、それを徴収していても企業の国際競争力が損なわれない、ギリギリのうまいバランスの上に、今の日本の産業は運営されてるのかなと感じます。

ただ、さらに今後「今の10倍ぐらいの価格の炭素税をかけましょう」っていう話になってくると、これは全く違う力学が働いて、産業が日本から出ていってしまうようなリンケージが起きるとか、思わぬ副作用が強くなってしまうことを懸念します。

池上 なるほど、よくわかりました。では、馬場さん、このディスカッションの最後のテーマとして、「じゃあ、これから日本に何ができるのか」という話をしようと思うんですけれど、パリ協定を受けて、日本はどこに向かおうとしているのか、メディアの取材を通じて感じていることはありますか?

気候変動防止のために、日本がやるべきことは?

馬場 これからの見通しとしてはまず、直近の国内のスケジュールでは、3月ぐらいまでの間に2030年の目標を達成するための国内の計画が作成されます。同時に長期的に温暖化対策、あるいは低炭素社会づくりに資するような技術イノベーションを、どんなふうに日本で作っていくか、起こしていくかっていう戦略を立てる作業が、政府の中で進められると思います。

短期的には、淡々とそういう計画をやっていき、日本がこれからどこに向かっていくかは、その先にあるのではないでしょうか。今まで日本がやってきた、自主的なPDCAを回して目標を少しずつ高めながら、自分たちの取り組みをブラッシュアップしていくっていうやり方は、私個人の思いとしても高く評価しています。当面はそうしたやり方が続いていくのでしょう。また、日本は産業界を中心として、高度な低炭素技術の革新を実現していく力のある、世界でも限られた国の1つです。しっかりとした技術開発を進めてほしいと思っていますし、実際、そういう方向に物事を進めていくように聞いております。

「Carbon pricing」については、欧米の企業やNGOはかなりポジティブに捉えているところもありますが、日本国内でこれ以上企業の負担を増やすことは自国内で石油ショックを引き起こすようなことにもなりかねませんから、慎重な議論を重ねたることになろうと思います。ただ、必要の是非はさておき、実現は難しいのではないかと見ています。

日本の温室効果ガス排出量は、世界の排出量の約4パーセント程度です。もちろん、淡々としっかり自分たちのやるべきことをやっていくのは大事ですが、世界排出量の7割近くを占める、今後、経済発展をして排出量が増えるであろう途上国に対して、日本の技術をしっかりと伝えて移転していくことが大事だと思います。

あるいは、パリ協定では先進国に対して、資金援助を継続することを求めてますけれど、これを技術支援とセットで、どんなふうに組み合わせながらやっていくのか仕組みを作ることも必要です。具体的には今後、COP22以降の交渉で詰めていくことになると思うんですが、ここでしっかり日本が自分たちの技術を途上国に広められるような、枠組み作りを提案していく必要もあるのではないでしょうか。

池上 ありがとうございます。では、次に山岸さん。これから温暖化防止のために、日本ができること。あるいは、やるべきことは、何でしょうか。

山岸 先ほど、今世紀後半には排出を実質ゼロというお話がありました。これは世界全体の話をしているので、日本がもし環境先進国なるものを自称し続けていくのであれば、当然ながら日本が実質ゼロ・エミッションを実現するタイミングは、もっと早くなければ意味がないと思うんです。したがって、日本がこれから目指すべきは、低炭素からさらに踏み込んで「脱炭素」と呼べる社会を目指していくことが必要だと思っています。

私も日本が今持っている、そしてこれから持つであろう環境技術を使って、国際的な排出量削減に貢献していくことは、ぜひやるべきだと思っています。他方で、それが国内での努力を軽んじる結果になってしまってはいけないなとも思います。何となれば、ちょっと言い方は悪いですけど、日本は「腐っても世界第5位の排出大国」です。もし日本での排出削減の取組には世界全体で見ると意味がないと言うのであれば、残りの190数カ国でやることも意味がなくなってしまいますからね。その190カ国に範を示す意味から、そして、その中で環境先進国であると言うために、日本は意欲的に取り組まなければいけないのだと思います。

1970年代にオイルショックがあり、その中でエネルギー効率の改善を実現してくることができたのは、やはり何らかの制約があったからです。原油価格の高騰、アメリカのマスキー法、そういった厳しい制約があったからこそだと思うんですね。

今、もしここで世界の中で比較的日本のエネルギー効率がいいということで、その地位に安心してしまって新たな制約をかけることを怠れば、欧米はおろか、近隣のアジア諸国にすら最終的には抜かれていくかも知れません。環境技術で世界に貢献しようにも、貢献するべき技術は他の国のほうが優れてますよというような状況を招きかねないと思うんですね。

ですから、あえて日本人らしく自分に厳しくなるという意味でも、日本国内での排出削減はおろそかにするべきではないと思います。技術面でも、政策面でも、そしてビジョンの面でも、パリ協定がくれた機会を前向きに生かしていく姿勢が必要じゃないかなと思います。

池上 分かりました。では、手塚さん。日本ができること、やるべきことについてお願いします。

手塚 私の講演資料3枚目、最後のスライドに「世界の温室効果ガス排出見通し」のグラフを紹介しています。日本は約束草案で2030年までに26パーセント削減を掲げています。これは非常にチャレンジングな数字だと思いますが、山岸さんがおっしゃったように、これをまず確実に達成するためのあらゆる政策を導入するべきということは、私もそのとおりだと思います。

ただ、日本の排出量は約15億トンですから、その26パーセントを削減してもせいぜい数億トンで、2度目標を達成するためには削減量が150億トンも足りないと言っていることに対しては、ある意味、焼け石に水と言ったら語弊があるかもしれませんけども、あんまり大きなインパクトはないのも事実です。

問題は、これからどこで本当に排出が増えるのかということが、スライドのグラフから読み取ることができます。つまり、途上国で生じる100億トンほどの排出増加をどうやって抑え込んでいくかっていうことが、先進国が削減することと同時に、ものすごく大きな意味があります。

GDP当たりのCO2排出量を示したグラフも紹介してあります。一番下の赤い線が日本なんですね。つまり現在でも日本は最も少ないCO2排出量、最も少ないエネルギー消費で最大限の富を生み出している社会ということができます。しかも国内に自動車会社や鉄鋼会社、ケミカルコンビナートなども持ちながらこれを達成しています。

そういう意味で、これから途上国が経済発展をしていくときに、日本の経済発展モデルと同じようなものを使っていただくことが、おそらくは途上国からの排出量が爆発的に増えてることを抑え込む有効な手段であると考えることができます。

途上国はこれから経済成長をしなければいけないわけですから、そこでいかにして、日本のGDP当たり排出量のレベルの技術を使ってもらうのか。これが実は最も日本が世界に貢献できる分野だと私は思ってます。日本の産業界は、工場の自らの排出プロセスだけに留まらず、エコカーなど製品レベルからの排出も含めていろんな技術を持ち合わせてるわけですから、これをどんどん世界に広めていくべきだと思っています。

池上 ありがとうございます。では、最後に高村さん、日本がやるべきことは何でしょう。

高村 そうですね、私は2点申し上げたいと思います。まず、少し心配をしてるのは、山岸さんから指摘があったように、今、新しい石炭火力発電所を1800万キロワットとか2000万キロワットといったレベルで新たに導入するような計画があることです。この計画が炭素排出を押さえ込もうという長期ビジョンと合ってないことは明白です。この問題は、日本における2030年目標にとっても、世界全体が今世紀後半の実質ゼロを目指す上でも、とっても大きな課題であり、何らかの政策が必要じゃないかというふう思います。

私の講演資料の中で「座礁資産」として示したように、今までに投資されている化石燃料を全部燃やせるだけの炭素を排出する余裕が、すでにないことがわかっています。つまり、化石燃料に投資した資産が座礁してしまうわけですね。今回提示された長期目標は、そうした投資リスク、事業リスクまではらんでいることを認識しなければいけません。

二つ目は、手塚さんが指摘したように、技術がとても大事だということです。日本の技術力。とくにゼロ・エミッションに関する技術力は、非常に大きなポテンシャルを持っていると思います。海外でもちろんそれを展開していただくとともに、あるいは海外で技術革新をしながら世界市場を獲得していくためには、国内できちんと指標を定め、技術開発の予算を事業者投資できるような、国内外での政策的なセッティングが必要だと思います。

池上 わかりました。みなさん、ありがとうございました。

日本は何ができるのか。そして、専門家のみなさんに伺って、今の技術だけでパリ協定の長期目標を達成するのはとても無理があることがわかりました。しかし考えてみますと、今のお話にもありましたけど、1970年代の第1次オイルショック。そして第2次オイルショック、日本はそこから省エネ技術を進化させて、いわば筋肉質の体質になっていったわけですね。

あるいはアメリカのマスキー法という、排気ガスの厳しい規制がありました。このとき、アメリカの自動車業界は政治力を使ってマスキー法を骨抜きにしようとした。でも、日本の自動車産業はこれを真面目に守ろうとして、革新的な技術を生み出してきました。その結果、非常に燃費のいい自動車ができて日本経済がさらに発展したということがあります。

いかに厳しい状況にも、チャレンジングな姿勢で正面から取り組むことによって、日本はさらに筋肉質になっていくのではないか。人間の筋肉トレーニングで考えますと、楽なことをやってるといつまでたっても筋肉が付かないわけですね。ただし、いきなり大きな負荷をかけると、筋肉が破壊されてしまうこともあります。「ちょっと重いな」「ちょっと大変だな」ということに取り組むことによって、筋肉が次第次第に付いていく。日本はこれから、そういうことをやっていかなければいけないのかな。それがまた世界の中での、いわゆる日本の姿を示すことになるのではないかと感じました。第1部はここまでにします。どうもありがとうございました。

▲ TOP