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パネルディスカッション第1部 気候変動と日本の今後を考える(3)
【イベントレポート】 シンポジウム『池上彰と考える 〜気候変動と森林保全〜』

目標は達成できるのか

池上 分かりました。では次に手塚さん、この長期目標で言いますと、将来的には実質排出ゼロだという、非常に重い大きい目標を掲げていますね。これはどうすれば達成可能なんでしょうか。

手塚 先ほど馬場さんがコメントされていたように、基本的にパリ協定に対して産業界は歓迎しています。でも、喉にとげが刺さってるような感じで受け止めてるのがこの2度目標ではあります。場合によって、1.5度まで努力目標になるというこの部分をどう解釈するかっていうことなんですね。

私のスライドの2ページ目を出していただけますか。結局、温室効果ガスの排出とは何なのかということを、原点に立ち返って考えてみるといいと思うんですね。このスライドは「茅恒等式」というものです。CO2排出は三つの要素に分解できます。一番右側が経済成長、GDPの伸び。それに対して、そのGDPを支えるエネルギーの供給と、そのエネルギーを供給するのに必要なCO2の排出。この三つに分解できるということですね。

近年、先進国のGDPの伸びはだいぶ緩やかになってきているんですが、中国をはじめとする新興国のGDPの伸びはものすごく増えています。その中で排出量を減らすためには、この左の二つの項目をものすごく下げる必要があるということです。ゼロにするとなると、実質的にエネルギー起源のCO2、エネルギーの供給量に対するCO2排出量、これをゼロに近付けなければいけません。

とはいえ、エネルギーゼロでGDPを作ることは多分できませんから、排出されたCO2を回収して地中に埋め戻すと言った、いわゆるシンクと呼ばれるような新しい技術開発が不可欠になるということでもあります。先ほど高村先生もおっしゃったんですけど、今、各国が出してる約束草案の数字を全部積み上げても、2度目標を達成するには150億トンの排出削減量が足りないという現実があります。いわゆる「ギガトンギャップ」と言われているんですけども、この150億トンのギャップを埋めるためには、左の二つの項目を達成するためには、人類がすでに実現している技術だけでは足りないんですね。

まずはできることからやっていかなきゃいけないんですが、一方で、この問題を解決するために必要な人類の新しい技術を別の視点から開発していく、つまり、トンネルを両側から掘っていってどこかでそれをつなぐというような作業が、これから必要になってくるというふうに思ってます。それが非常にチャレンジングだということが分かってるので、とくに産業界などでは「これは非常に厳しい目標だ」と受け止められているのだと思います。

池上 よく分かりました。さて、手塚さんが最後に山岸さんのほうを見ながら「産業界は」ということを訴えました。NGOの立場としてはどうですか。

「パリ協定」は国際社会の良心

山岸 この長期目標について言いますと、国際社会の良心が現れてると言うことができるかなと思っています。今回のパリ協定を決めるCOP21に臨む前に、既に各国が出してる目標を積み上げても、気温上昇は1.7度ぐらいになってしまうだろう、圧倒的に排出削減量が足りないだろうっていうことは周知の事実ではあったんですね。交渉に臨んだ国はみんな知っていたことです。

ただ、COP21のオープニングスピーチで、フランスのオランド大統領、ファビウス外相がともに「気候正義」という言葉を使いました。これ、英語では「Climate justice」ですね。どういうことかと言いますと、気候変動の問題はある種、不平等の問題でもあると思うんです。排出を大量にする人は、エネルギーを大量に使える人。すごく単純に言えばリッチな人なんです。そして、その排出が原因で気候変動の影響を最前線で受ける人たちは、基本的にぜい弱な人たち。例えば、水没する島から移住をしなきゃいけないような人や、感染症が広がったときに満足な医療にアクセスができない人たち。干ばつが広がったときに水に対するアクセスがない人たちです。

2度とか1.5度という目標が厳しいことは重々承知しつつも、それでもあえて今回のパリ協定の中に盛り込んだのは、そういう人たちを見捨てるわけにはいかないでしょうということです。国際社会が合意する協定の中で、それを書かないということは、ほぼニアリーイコールでそういう人たちを見捨てることになるので、そこは踏みとどまりましょうという国際社会の良心が、この長期目標だと思います。

もう一つ大事なのは、あえて長期目標を出し、そして2度、1.5度っていう具体的な目標を明示して、今世紀後半には温室効果ガスの排出を実質ゼロにするということを打ち出すことによって「世界はこういう方向に行くんですよ」というシグナルを発信したということだと思うんですね。今世紀後半って、すごい先のようなことに聞こえますけども、2060年だってもう今世紀後半なわけです。今、もう2016年ですから、この時点で発電所のようなインフラを建設する場合、その発電所やインフラは、40年とかの長いタイムスパンで使い続けていきます。そうすると、今世紀後半に突入するわけです。

つまり、今から作る発電所などのインフラは、将来的には二酸化炭素を排出できない。「それを前提に作ってくださいよ」というメッセージを、パリ協定は世界に対して発信したんだと思うんですね。そこに大きな意味があるんじゃないかと感じています。

池上 長期目標は将来やるべきことではなくて、長期目標はこうだからこそ、現時点でこれをやりなさい、やっていかなければいけないよということですよね。さて、高村さん。本当に温室効果ガスの排出をゼロにするのは大変難しいことだと思います。手塚さんは「今ある技術では無理だ」とおっしゃってましたけど、ここをどう評価していますか。

長期目標への評価

高村 はい、手塚さん、山岸さんがおっしゃったことは、いずれも私もそのとおりだと感じます。非常に難しい目標ではあるけれども、社会的に弱い人たちのことを考えて設定された目標ですね。はたして、それをどうやって実現するかという課題に私たちは直面しているんだと思います。一つの鍵は、手塚さんが指摘された「技術」ですよね。何のために、誰のためにどういう技術が必要なのかということを考えるためのメッセージとして、この長期目標ビジョンは非常に大事だと思っております。

併せて、技術を開発して普及させるための政策。あるいは、その技術が活用される社会がどういう社会になっているかという課題もあります。技術のイノベーションと同時に、社会のイノベーションが大切であると思っております。 私のスライド、一番最後のスライドをスクリーンに出していただけますでしょうか。

パリ協定が合意された12月12日に、イギリスのガーディアン紙がすごい大きな見出しで「化石燃料時代の終焉」と打ちました。本当に実現できるのか? というのが率直な気持ちではあります。おそらく明日ではなく、5年後でもなく、10年後にも私たちは化石燃料を使っているのだろうとは思うんですけれど。

しかし、こうした方向を目指して、日本企業が先取りしてやっていらっしゃる事例をいくつか集めてみました。トヨタさんは昨年の10月に「トヨタ環境チャレンジ2050」という目標を発表しています。2050年までに製品である自動車からの排出量を9割削減。工場からはゼロにしますという内容です。

実は、ある講演でこのトヨタさんの事例を紹介すると、日産自動車さんの関係者の方から「うちは2009年からやってます」というふうにお叱りを受けました(笑)。さらには、大成建設や住友林業さんなども、さまざまな観点から「ゼロ・エミッション」という目標を掲げてスタートを切っていらっしゃいます。今回の長期目標が示した方向に向けて、実は、ビジネスは先に動き始めているというふうに感じています。

先ほど社会のイノベーションという話をしましたが、たとえばトヨタや日産の自動車が仮にガソリンを使わなくなったとしても、ガソリンの代わりになる燃料なりエネルギーを供給するインフラがないと、ゼロ・エミッションは実現できません。そういう意味で、技術というのは、社会のインフラや制度と一緒に変わっていかないと、目標は達成できないと思うわけです。

石油価格と気候変動対策

池上 そういう中で、先ほどもちょっと申し上げたんですけど、石油の値段がこんなに安くなってきている。そうすると、石油に代わるものをというインセンティブがなかなか生まれない。そのときに、私たちはどうすればいいんでしょう。

高村 池上さんが指摘されるとおりだと思います。原油価格が下がりますと、やはり省エネですとか再エネの導入への流れは滞ります。そういう意味では、政策の役割というのが非常に大きいんだと思います。きちんと長期的な視野に立って、そうした対策が着実に進むようにする必要があるということですね。

日本のようにエネルギー源を輸入に頼ってる国にとってみれば、化石燃料に依存し続けることは、急激な価格変動といったことを含め、エネルギー安全保障上のリスクを抱えているということです。今、原油の価格が安いというのは、逆に言うとチャンスかも知れません。日本が海外に払うお金を節約できるので、ここで自分たちのエネルギー源を国産にする技術や、あるいは自給率を高めていく施策を打ち出していくことが、長期的にはとても大事ではないかと思っています。

手塚 全く同意見です。今、化石燃料が社会の基本的な経済を支えています。その値段が下がるということは、経済はより成長しやすくなる。気候変動の影響で一番被害を受けるのはぜい弱国であると、先ほど山岸さんが指摘されました。それはなぜかというと、要はその国や地域の生活水準が低い、あるいは経済発展が遅れてるためにインフラが整っていないからですね。エネルギー調達コストが下がっているチャンスに経済成長をして、電力や水などの供給網を整えていくことができれば、気候変動によって生じるさまざまなリスクに対するぜい弱性を軽減することにも繋がるでしょう。こうした視点も、気候変動対策の大きな側面の一つになり得ると思ってます。

また、石油の値段が落ちると、同時に石炭の値段も下がるんですね。アメリカでは既にシェールガスのほうが国内産の石炭よりも安くなっています。従って、石炭が余るんですね。その余った石炭がどこに行ってるかっていうと、実はEU、とくにドイツに行っています。ドイツでは原発を止めた関係で、ベース電源の供給が非常に不安定になってきてまして、石炭をアメリカからわざわざ輸入して石炭火力による発電が増えているという現実があります。

ただ、ドイツはそもそも環境対策に厳しい国ですから、排出の大きな石炭火力なんてそんなにたくさんは燃やせないんじゃないのと思いますよね。でも、実は景気が非常に悪いために、排出権がすごく安いわけです。つまり、排出権という免罪符を付けて、石炭を燃やしてCO2が出ても、実はあんまりコストがかからないという状況が生まれているんです。現実の社会の中では、玉突きのようにしていろんな現象が起きるという例ですね。

最終的に地球上に存在してる化石燃料、とくに石炭が全く使われなくなる時代が来るかというと、それは多分来ないでしょう。いかに賢く使うか、効率よく使うか。それがより厳しく問われるようになるのだと思います。一方で、石炭よりも安い再生可能エネルギー、あるいは自然エネルギー、あるいは核融合や人工光合成といった新しい技術が実用化されるようになれば、おのずと石炭は使われなくなってくる。そういうことだと思っています。

池上 経済合理性を踏まえた、産業界としてのご意見ですね。さて、山岸さんはどう思われますか?

山岸 そうですね、同意できるところもありますが、ちょっと違うなと感じるところもありますね。

池上 お、やっと反論が出てきましたね。では、どうぞ。

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