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ボリビアでのJICAチェア

2023年4月16日
舟橋 學(国際大学/JICA)

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これまで私が関わってきたJICAチェアは単発のセミナーが中心であった。その中で例外的に長いお付き合いが続いている国がある。それがボリビアだ。始まりは2021年12月だったと記憶している。それが今も関係が続き、最近では2023年3月にも講義を行った。今回はそんなボリビアでの経験に絡めて、私自身がJICAチェアに関して考えていることをお話ししたい。


UAGRMビジネススクールにおける「日本モデルによる企業管理」の開講

私が関わりを持ったのは、サンタクルスにあるガブリエル・レネ・モレノ自治大学(UAGRM)ビジネススクールである。なぜUAGRMとのJICAチェアが続いているかというと、「日本モデルによる企業管理」という名前を冠した、数か月間にわたって実施される企業向けのディプロマコースが組み込まれているからである。学位が授与されるわけではないものの、大学プログラムの一つとして認識されている。

5つのモジュールから成る同コースは、Total Quality Management(TQM)が主な内容であり、後半3モジュールを充ててローカル企業による品質管理の理解促進と実践を後押ししている。元々、米国から科学的経営手法として日本に導入されたノウハウが、第二次大戦後の数十年をかけて日本企業に合う形に進化してきたのが日本式TQMである。なぜこのような形になったのか、その背景を理解するために、最初の2つのモジュールでは日本文化や日本産業の発展についても学べるよう内容が設定されている。

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ガブリエル・レネ・モレノ自治大学(UAGRM)での講義

ボリビア企業の視察から得た気づき

コースの内容についてその適正を判断するには、コース参加後の参加者の認識の変化や企業における実践状況が重要である。2022年7月に現地出張の機会を得た際に、ビジネススクールに企業訪問のアレンジをお願いしていたところ、零細から大企業まで、セクターも製造業からサービス業まで、多様な8社を視察することができた。

通常、JICA事業の効果を検証するために企業訪問を依頼すると、比較的うまくいっている企業を紹介される。そのため概してポジティブな結果が得られることが多い。ボリビアでも想定通りではあったものの、他国と比較して明確な違いがあった。それは、訪問した企業のほとんど全てで、参加した人材が参加する前の段階で、自社で対策を考えなければならない課題が何であるかを具体的に意識していたことである。これは当たり前のように聞こえる。しかし、実は課題を明確化した上で研修に参加する人材は意外に少ない。漠然と何かを知るために参加するのと、解決したい課題を明確に持って参加するのでは、コースに参加する際のアンテナの感度が大きく異なる。感度が高ければ、自分が考える課題解決に使えるのではと参加中に認識できる可能性が高まり、ゆえにすぐに実践してみようという行動につながる。他国でもこのような参加者はいないわけではない。ボリビアでは、紹介された企業でそのような傾向を持つ参加者の割合が突出して高かったことが、少々驚きであった。

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ワイン製造企業の訪問

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中小企業製品展示会

「文化的な違い」を伝えることの重要性

また、TQMの背景を理解してもらうための日本に関するモジュールに関して、予想以上に良かったという意見が多く聞かれたことも特筆に値する。ある参加者から聞かれた「文化的な背景も解説してもらったことで、どのようなバックグランドがあるとツールが使用しやすいかが理解できた。異なる環境でも理解促進のためには何が必要かも知れたことは大きい」という意見が、ポジティブな反応の理由を端的に示している。同時に、JICAチェアにとって重要な示唆を含んでいる。

TQMに関して多くの日本企業が実践できた背後には、日本特有の雇用慣行が存在していることは事実である。しかし「じゃあ私たちの国では無理ですね」ではJICAチェアを実施する意味はない。ボリビア企業がそこで思考停止するのではなく実践にたどり着けたのは、文化的な違いは違いとして認識できる内容がコースに組み込まれていたことが大きい。違いを認識出来れば、実践に使えそうな別のドライバーとなるものを考えやすくなるからである。考え続けた理由として、「この課題を解決したい」という上に挙げた強い問題意識を持っていたことも大きい。明確な課題認識と自国に合った実践のためのドライバー探索、この2つを満たすために準備段階でできることは何か、他国でのJICAチェア実施においても参考になるのではないだろうか。

JICAチェア講師として伝えるべきこと

加えて、第三の視点として、講師の側のスタンスについても触れておきたい。私が日本的経営に関して話をするに当たっては、欧米の研究者の研究成果を含めた経営戦略論の全体をまずは示すことにしている。いくつかの学派の違いを説明した上で、そのうちの一つである資源ベースの経営理論と日本的経営の親和性に言及する。かつて日本異質論という言葉で日本企業による経営の特殊性が強調された時代があった。しかし、「日本的経営=欧米とは異質な特殊なもの」ではなく、理論全体の中で日本的経営の立ち位置を示すのである。その上で、経営理論と合致しているエッセンス部分、例えば競争力の源泉としての内部経営資源、特に無形資産がどのような企業行動やヒトの間の情報のやり取りで蓄積されてきたかを、日本企業の事例を交えて示す。同時に、どのような局面では日本的経営の考え方は貢献度が少ないのかについても触れる。日本的経営の強みを発揮できずに国際競争力を持てなかった、といった観点も敢えて含めるようにしているのはそのためである。単純に日本がやってきたことを礼賛するのではなく、客観的に良い点、良くない点の両面を説明するといった対応が、他国の人々に理解してもらうには必要なのだろう。

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第1回ディプロマコース修了式にて、修了者との記念撮影