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JICAチェアを通した交流の意義

緒方貞子平和開発研究所シニア・リサーチ・アドバイザー
東京大学大学院法学政治学研究科教授 高原明生

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カンボジアでのJICAチェア講義の様子

2022年初め以来、日本の経験を伝えるJICAチェアにて私が行った講義はこれまでで5回を数える。オンラインで実施したものを含めると、対象校は以下の通りであった。トルコの中東工科大学、セルビアのベオグラード大学、バングラデシュのダッカ大学、カンボジアの国立外交国際関係研究所、そして5番目はザンビアのザンビア大学(University of Zambia: UNZA) および南部アフリカ政策研究機構共催のものであった。そのうち、トルコとセルビアを実際に訪問することは残念ながらかなわず、その2回はオンラインで講義を行った。話を聞いてくれた人の数だが、累計するとおよそ500名弱かと思われる。その外に、JICAのYouTubeチャンネルにアップロードされたベオグラード大学での講義を視聴した人の数は800名強となっている。


日本の知見としての日中関係――「Japan after World War 2 and Japan-China Relations in the Modern Era」の開講

ザンビアでの回を除き、演題はJapan after World War 2 and Japan-China Relations in the Modern Eraとしてきた。今、多くの国が中国との付き合い方に悩んでいるが、それは中国から多額の援助や投資を受け入れている途上国や新興国でも同様である。当初、中国と付き合い始めた頃は、どの国から見ても中国は一点の曇りもない、素晴らしい協力のパートナーだと目に映る。先進工業国と異なり、人権が侵害されているとか、野党が弾圧されているなどと言って内政に干渉することもない。また、採算性の面では厳しいが受け入れ国には必要なプロジェクトを建設してくれるし、首脳会談をすれば、いつも多額の資金投入をプレッジしてくれる。今でも、中国はベスト・フレンドだと言う人が途上国には少なくない。
しかし、長く付き合っているうちに、当初の好印象が変わっていく場合も多い。契約した工期が守られない。多くの中国の資金や人が入ってきても、潤うのは中国人と一部の現地人だけだ。そもそも約束した投資が行われない。結局、債務の返済ができなくなってしまったが、その処理の話し合いに積極的に加わってくれない。一体これはどうしたことなのか。
中国、そして中国との付き合い方について理解を深める上では、日本との比較、そして日本が中国と付き合ってきた経験が大変参考になる。私の講義では、内政と外交の関係、ナショナリズムと近代化、自由貿易と経済外交、自由で開かれたインド太平洋と一帯一路、そして近隣外交といったテーマについて、日中の比較を行う。その上で、かつては中国の経済発展を強力に支援した日本だが、今や協力と競争という矛盾した政策を同時に推進する必要に迫られていることを解説する。実は、その事情は中国の側から見ても同様である。つまり、日中を含め多くの国が協力と競争のバランスをとることに腐心しているのが現実だ。日本は常に中国と喧嘩しているわけではないと語ると、多くの人はホッとしたような反応を示す。

中国との競争・協力の経験を共有し、交流する意義

日本は課題先進国だと言われるが、公害や金融危機、少子高齢化と並んで、台頭する中国にも他国より早く対応を迫られてきた。多くの、特に中国との付き合いに悩みを持ち始めた国では、日本の経験や知見に対する知的欲求は強い。講義の後で、中国に関する日本人の見方についてもっと知りたいという声が上がるのは嬉しいことだし、普段からもっと発信しなければいけないという気持ちにもさせられる。対面でのQ&Aに手応えを感じることも多かった。ダッカ大学では笑顔の学生たちから多くの質問を受けたが、教員たちも興味を覚えてくれたようで、JICAチェア実施数か月後に同大学で開かれた南アジア日本学研究大会の基調講演者として招かれることとなった(今度はオンライン講演ではあったが)。
効果的な交流の前提として、日本は反中意識に凝り固まっており、中国に対抗してばかりいるという誤解を解く必要がある。どの国も中国と付き合っていかなければならないので、悪口ばかり聞かされても為にならないと考えるのは当然だ。しかし実態として日中は協力もしているのだとわかると、自分たちと同じだ、共通する悩みもあるだろうと関心を持つようになる。もちろん、競争の面について正しく伝えることも大切だ。日本の対外政策について正しい理解を持ってもらうことが、日本との協力の拡大深化につながる。私の拙い講義でさえ、その理解を深める一助になったとするならば、JICAチェアには確かに意義とポテンシャルがあると言えるだろう。

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カンボジアJICAチェア講義における記念撮影