障害者と企業をつなぐジョブコーチ制度をモンゴルへ <中>

日本の障害者雇用の現場で学ぶきめ細やかな配慮

今年2月、モンゴルで障害者の就労支援に携わる行政官やNGO、民間企業関係者らが来日し、大阪で日本の障害者雇用の仕組みについて学んだ。前回記事に続き、その様子を紹介する。

保険業界初の特例子会社を訪問

大阪市が運営する職業リハビリテーションセンターや、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の傘下大阪障害者職業センターから説明を受けたり、加島友愛会や大阪府庁、ハローワーク淀川を訪問したりして行政やさまざまな支援機関の取り組みについて学んだ研修員たち。中でも一行が特に目を輝かせて見入っていたのは、民間企業の取り組みだった。

株式会社ニッセイ・ニュークリエーションの業務第二部で担当部長を務める相井弘幸さん

株式会社ニッセイ・ニュークリエーションの業務第二部で担当部長を務める相井弘幸さん

同社の一角にあるストレッチコーナーには、車椅子のまま利用できる機械も設置されている

同社の一角にあるストレッチコーナーには、車椅子のまま利用できる機械も設置されている

さまざまな配慮が施されたトイレに感嘆の声を上げる研修員たち

さまざまな配慮が施されたトイレに感嘆の声を上げる研修員たち

同社では日本生命からの委託を受けて印刷・製本などの業務も行っている

同社では日本生命からの委託を受けて印刷・製本などの業務も行っている

今回訪問した株式会社ニッセイ・ニュークリエーションは、日本生命保険相互会社が100%出資する子会社として1993年に設立された。保険業界初の特例子会社であり、ニッセイ・ニュークリエーションで雇用されている障害者は、親会社である日本生命が雇用したとみなされる。設立当時は障害のある社員25人でスタートしたが、現在は、全408人の従業員のうち356人になんらかの障害がある(2022年4月時点)。同社は、日本生命からの委託を受けて保険関係事務の代行や印刷・製本を行っているほか、日本生命本社内のコンビニエンスストアの運営や手すき紙の制作などを行っており、社員の9割は日本生命の専用端末でマイナンバー登録や保険事務関係書類の確認や作業など、保険関係事務の代行業務に従事している。創業当時は肢体・聴覚等の身体障害者を中心に雇用していたが、近年では、精神・発達・知的障害者を多く採用しているという。

一行は、業務第二部担当部長の相井弘幸さんから同社の概要について説明を受けてから、2グループに分かれて社内を視察。車椅子同士が無理なくすれ違えたり角を曲がったりしやすいように幅員が広く設計された廊下や、緊急時に車椅子を押して上り下りができるようにスロープが付いた屋内階段、車椅子利用者が自力で避難できるように外壁に沿って附設されたスロープなどを興味深く見て回った。

特に、周囲の人の視線や話し声がストレスになってしまう社員のためにサイドパネルで囲われた半個室のワーキングチェアが配置されたリラクゼーションスペースや、車椅子に座ったまま利用できるマシンが置かれたストレッチコーナー、ユニバーサル機種の自動販売機などのきめ細かな配慮には、皆、驚きを隠せない様子で、実際に自分もチェアに座ってみたり、マシンに触ったりしていた。さらに、全部で31室あるという車椅子対応トイレには、空き状況が遠くからでも分かるように標識が工夫されているほか、左右どちらからでも車椅子から便座に移ることができるように設計され、体温調整が難しい脊髄損傷者のために空調も付いていると説明を受けると、いっせいに感嘆の声を上げていた。

障害者の採用基準やビジネス上の利益を尋ねる質問も

視察の後に行われた質疑応答には、前出の相井さんら同社の人事関連業務に携わる社員に加え、余部信也・代表取締役社長も出席した。

質疑応答には余部信也社長も出席した

質疑応答には余部信也社長も出席した

案内してくれた社員の皆さんと記念撮影

案内してくれた社員の皆さんと記念撮影

たとえば、「役職クラスは障害がある人とない人の人数が半々だということですが、最初から目指していたのか、それともたまたまそうなったのですか」という質問には、「設立当初は、役職者は全員が日本生命からの出向者でしたが、社員が育ち、現在は半々になりました」と回答。また、「社内にジョブコーチは何人いますか」という質問には、「何かあれば相談にのることができるように約70人の障害者職業生活相談員が在籍しており、うち17人が企業在籍型ジョブコ―チです。上司が相談にのるのが基本ですが、解決できない場合にジョブコーチが間に入り環境調整を行っています」と答えた。

また、「知的障害者を雇用してもらうためには企業にどう働きかけるのが効果的だと思いますが」という質問も出た。これに対しては、「わが社でも現在、59人の知的障害者が働いているが、皆、仕事に対して真剣で、大切な戦力になっています」と紹介したうえで、「知的障害者は理解するのに時間がかかるが、いったん雇用すれば感謝して一生懸命に取り組んでくれることを説明すると良いのではないでしょうか」と述べた。

「御社にとって障害者を雇用するビジネス上の利益はどこにありますか」という踏み込んだ質問には、「大企業の利益を守り、法定雇用率を追求するために障害者を雇用している特例子会社があるのも事実ですが、われわれは障害者を雇用することに正面から取り組み、それ自体を目指す企業だと自負しています」と言い切った。

さらに、「私は9年前にモンゴルで会計士の資格を取得しましたが、専門性を生かせる仕事は見つかりませんでした。残念ながらモンゴルではまだまだ能力ではなく見た目で判断される状況がありますが、御社では、障害者を採用する際にどのような基準を設けていますか」と車椅子利用者の研修員が尋ねると、「生活面がどの程度整っているかや、仕事への意欲、そして障害をどの程度受容し、周囲に発信することができるかを総合的に見る職業準備性ピラミッドに準拠して採用しています」「周囲が適切に配慮するためにも、本人が障害を受容しているかどうかは特に重視しています」と話した。

社を挙げて障害者の雇用に取り組むニッセイ・ニュークリエーションの姿勢は研修員たちの胸にも響いたようで、帰りのバスの車内でも口々に感想を語り合う一行の姿からは、多くの刺激を受けた様子が伝わってきた。

コロナ禍で苦労した研修づくり

今回の研修日程を組み立てたのは、加島友愛会専務理事で、かしま障害者センターの館長も務める酒井大介専門家だ。

グループに分かれた研修員たちに議論の方向性などをアドバイスする酒井専門家(写真奥の男性)

グループに分かれた研修員たちに議論の方向性などをアドバイスする酒井専門家(写真奥の男性)

約25年にわたり加島友愛会に勤務している酒井専門家は、特に障害者の就労支援業務に使命感を抱き、役職者として管理業務に追われるようになった今も、個人的にも強い思いを持って注力し続けているという。JICAがマレーシアで実施していた障害者の就労支援プロジェクトに縁あって2007年に参加したのを機に国際協力事業にも携わっており、DPUB2にも短期専門家として参画している。「いろいろな国の方々と就労支援をキーワードにコミュニケーションが取れるのは新鮮だし、日本の歩みや課題について説明しながら、日本の今後について自分自身の考えを整理するきっかけにもなっている」と、海外業務のやりがいについて話す。

今回の研修については、職種も規模もさまざまな企業を見てもらえるスケジュールを組みたいと考え、普段、ジョブコーチの養成研修を行う中で企業実習に協力してもらっている数社と調整を進めたが、あいにくコロナ禍の影響から在宅ワークに移行している企業が多く、今回の視察先はニッセイ・ニュークリエーション一社になったという。「正直、当初のイメージからはだいぶ変更を余儀なくされたし、研修員の皆さんももっと多くの企業を見たかったでしょうね」と気遣いながらも、酒井専門家は「特に身体障害者への配慮や設備が整っているニッセイ・ニュークリエーションを見てもらえたことは良かったです」と話す。

一方、支援機関については、受け入れキャパシティの都合もあり、視察は加島友愛会のみとなったものの、講義に招いた大阪市職業リハビリテーションセンターや大阪障害者職業センターも含め、アセスメントから就職に向けた送り出し、その後の定着支援までしっかり行っている様子を伝えたかったという。

また、行政の取り組みを視察してもらうことも、今回のスケジュールでこだわった点だ。「障害者雇用を進めるためには、法定雇用率を設定している行政自身が模範を示すことが重要であるため、大阪府のハートフルオフィスの取り組みはぜひ見てほしいと考えました」「今回の視察を機に、モンゴルの労働社会保障省でも障害者の雇用が進んでほしいです」と、期待を寄せる。

「DPUB2も折り返しが過ぎた今、できるだけ皆さんと顔を合わせながら、今、どんな課題に直面し、何に迷っているのか理解したい」と意気込む酒井専門家。「マレーシアのプロジェクトに関わったのは数年だったが、互いに就労支援の分野にいるからこそ、関係者たちとはいまだにつながっています。モンゴルにもジョブコーチ制度を根付かせて、息の長い付き合いができたらいいですね」と、熱く語った。

言葉の壁を越えて通用するジョブコーチの方法論

学生時代に加島友愛会でお出かけ支援のアルバイトをした後、そのまま就職してジョブコ―チの資格を取得し、現在はLinkで支援課長を務める玉城由美子さん(右)

学生時代に加島友愛会でお出かけ支援のアルバイトをした後、そのまま就職してジョブコ―チの資格を取得し、現在はLinkで支援課長を務める玉城由美子さん(右)

そんな酒井専門家とタッグを組んで視察先を考え、実際にアポイントを取ったのが、かしま障害者センターLink(以下、Link)で支援課長を務める、前出の玉城由美子さんだ。

学生時代から加島友愛会でガイドヘルパーとして知的障害者や聴覚障害者のお出かけ支援のアルバイトをしていた玉城さんは、次第に「買い物だけでは本当に社会に参加していると言えないのではないか」「消費だけではなく生産側にも回って初めて真の意味で社会参加なのでは」と考えるようになったという。そんな折、たまたま新聞でジョブコーチの制度化に関する記事を目にして「こんな仕事があるのか」と強い関心を持った玉城さんが加島友愛会に相談した時に紹介されたのが、酒井専門家だった。この出会いをきっかけに、専門学校を卒業後は加島友愛会に就職し、ジョブコーチの資格を取得した玉城さん。2006年にLinkが立ち上げられると、Link所属のジョブコ―チとして障害者の就労支援に従事するようになった。

13年前からは酒井専門家の下でJICAの研修事業の受け入れにも携わっており、これまでにマレーシアやヨルダンから障害者雇用の関係者が研修員として来日した際、研修日程の作成や視察先との調整などを行った経験がある。毎回、楽しみにしているのが、研修の終盤に開かれるアクションプランの発表会だ。訪問や講義を振り返り、帰国後の業務にどう生かすかという決意を披露する場だが、「各国の文化や社会保障制度の成り立ち、さらに植民地支配下に置かれていた歴史の有無や、直近まで紛争下にあったかどうかによって考え方が大きく違うことが感じられて、とても興味深いです」と話す。

ジョブコーチについて、「企業の人と直接話をして、職場環境にダイレクトにアプローチすることで障害がある人の障害を取り除くことができる。こんなに手っ取り早くて効果的な支援はほかにないと思います」「まさに自分が理想とする支援の形です」と誇らしげに話す玉城さん。10年ほど前からは、Linkの人材育成など管理者としての業務も増えたが、「言葉が違う国でもジョブコーチの理論や方法論が通用する様子を目の当たりにして、これまで以上にジョブコーチという仕事が好きになりましたよ」「大好きな仕事に一貫して関わり続けられて幸せです」と顔を輝かせた。

さまざまな業界の第一線で活躍する人々を海外から受け入れ、日本の制度や取り組みを効率的に理解してもらうための研修日程を組むことは決して容易ではない。日々の業務を工面して来日した研修員たちが、限られた日程の中で多くの学びを得ることができるのは、企業から行政まで日常的に幅広いセクターの関係者と関係を構築し、視察の受け入れなどを依頼できるネットワークを有する組織の全面的な協力が不可欠であるのは、言うまでもない。それを支えているのは、受け入れ者がそれぞれに胸に抱いている強い思いと使命感だ。

(DPUB2 本邦研修ルポ③に続く)