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【ジャーナリスト治部れんげさん×萱島信子JICA理事 対談】 社会が大きく変容する今こそ、「女性はこうあるべき」というジェンダー規範が変わる好機

2020年8月21日

世界中が新型コロナウイルスの感染拡大という危機下にあり、社会の在り方が否応なしに大きく変容する。そんな今こそ、これまでに確立されてきた考えが変わるチャンスがある—。それは、男性や女性の在り方を縛ってきたジェンダー規範にも言えることだと二人はその言葉に力を込めます。

変わっていく社会のなかで、いかに新しいジェンダーの在り方を築いていくか。日本国内で女性の社会進出などのジェンダー問題に切り込むジャーナリストの治部れんげさんと、途上国のジェンダー平等推進に取り組むJICAの萱島信子理事が、その糸口を探ります。

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治部れんげさん(右)と萱島信子JICA理事(左)。亀井温子JICAジェンダー平等・貧困削減推進室長(中央)が対談の前に、新型コロナウイルスの感染が世界中で広がるなかでの、JICAのジェンダー分野の取り組みを簡単に紹介。対談は8月にJICA本部(東京)で実施され、感染防止のため、ソーシャルディスタンスを保ちながらも、熱い思いが交わされました

グローバル化が進んだ今、途上国の課題は世界共通の課題。内向き志向にならないで

治部さん:JICAが作成したガイダンスノート「ジェンダー視点に立ったCOVID-19対策の推進 ジェンダー平等な社会の実現のために」を拝見しました。新型コロナの感染拡大という危機下で、脆弱な立場に置かれた人々をどのように守るのか、網羅的に、かつ具体的に記載され、いろいろな国際機関や各国の政府データも興味深いです。

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ガイダンスノート「ジェンダー視点に立ったCOVID-19対策の推進」

萱島理事:JICAで仕事をして約40年になります。国際協力の在り方も、そしてJICAも、ジェンダーに対する意識は大きく変わってきました。このガイダンスノートを見て、真っ向からその必要性に反論する人は国際協力に取り組む方々にはもういないと思います。でも、ジェンダーを理解するだけではなく、実際に現場でのアクションにつながらないと意味がない。そのための仕組みづくりが一番難しいのです。

今、新型コロナの影響で途上国の現場に足を運ぶことができないなか、もっとも影響を受ける弱い立場にある女性やこどもたちを守るためになにができるか、少しでも役立てばという思いが、このガイダンスノートに込められています。

治部さん:ちょうど1年前に、アフリカ・トーゴで子宮頸がんの検査状況などを取材しました。施設整備の予算が足りず、検査技師も不足し、手遅れになって亡くなる人が後を絶たないという過酷な状況を目の当たりにしました。日本では想像できない環境です。女性たちの置かれている状況は、日本とは度合いが違います。

【画像】萱島理事:国際協力に取り組む日本人の行き来が大きく制限されてしまい、状況が見えにくいですが、「見えないからしょうがない」ではなく、見る努力、気付く努力、分析する努力をしっかりしていく必要があります。

今、日本国内も大変な状況になって、考えが内向きになっています。「海外どころではない」「余裕がなく情報もないなか、途上国の底辺層の人々への支援をやるのか」といった雰囲気もないわけではありません。でもこの新型コロナの大流行はグローバル化がもたらしたものです。今後、ワクチンが普及すれば、国をまたいだ人や物の動きがさらに活性化し、グローバル化自体が後退することはないでしょう。世界各国が依存し合い、結びつきが一層強くなるなか、途上国の課題は、途上国だけではなく世界共通の課題です。

治部さん;もっと現実を知って、と声をあげたいです。JICAは今、途上国でどのように支援を続けているのですか?

萱島理事:世界各地で活動するJICA職員や専門家らは、通常なら約6000人。現在は約5500人が日本に一時帰国していますが、世界96ヵ所ある在外事務所のほとんどには、少なくとも所長や数名の職員が残り、現地スタッフと一緒に、各国政府関係者や現地NGOなどと協力して事業を続けています。

マスクの試作に取り組む女性グループのリーダー(左)と試作したマスクを購入した女の子(右)

ジェンダー分野では、例えばパキスタンで、農村部の女性の生計向上に向け、都市部に居住する現地の専門家がオンラインでマスクの制作を指導し、一時帰国中の日本人専門家もその活動を遠隔で支援するといった取り組みもしています。

途上国の方がジェンダー分野の取り組みが進んでいる面も

【画像】治部さん:数年前に取材でケニアの学校を訪れ、布ナプキンを作る講座を見学し、性教育が進んでいることを知りました。防災に関する国際会議に参加したときは、フィリピンの政府関係者が災害時の被害状況を男女別に分析していることに感心しました。政治分野での女性の進出も実は途上国では進んでいますよね。このような途上国の先進事例を発信すると日本のメディアは驚きます。

萱島理事:途上国の方がジェンダー規範にとらわれない取り組みがあるのは事実です。ただ、途上国では貧富の差が大きく、活躍が認められているのは豊かな女性ばかりという一面も否めません。貧しい女の子が豊かな女性の家事労働を担うなど、女性活躍を支える構造にもジェンダーや貧困の問題がからんでいます。

その国、地域、社会ごとに異なる構造があるので、何が正しい、正しくない、ではなく、男性も女性も可能性を持てるよう、社会構造で決めつけられてしまうことがないようになってほしいと思います。

頭ごなしではなく、現実的なアプローチで状況を変える

治部さん:社会構造だけでなく、宗教的な規範もジェンダー問題に大きくかかわっていると思いますが、どのように対応されているのですか?

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萱島理事:宗教上の理由で女性が男性の許可なく外出できない地域では、津波災害で逃げ遅れるなど、女性の死者が男性の約5倍になったというデータがあります。宗教的な規範によっても、女性は弱い立場を強いられています。

しかし、宗教的なことについて、私たちが「それは違う」とか、「こうあるべきだ」と価値判断をくだすのは必ずしも適切ではありません。その一方で、教育や医療を受ける、自分で命を守る行動ができるといった人間として保障されるべき権利は、どのような社会でも共有されるべきです。それを実現していく仕組みづくりを、宗教指導者もふくめ、関係者と一緒に考えることが必要。そういう中で、行動規範も徐々に変わってくる。外部から変化を押し付けるべきものではありません。

【画像】治部さん:頭ごなしにいうのではなく、最終受益者のことを考えて現実的なアプローチで状況を変えていく—。途上国でのジェンダー平等に向けたこの手法は、日本の地域社会でも活かせると思います。

欧米のジェンダーの取り組みを日本で発信すると、「それは日本とは違う話でしょ」といった感じで、なかなか受け入れられないのです。むしろ、途上国での取り組みを国内でもっと発信することも大切です。

萱島理事: JICAはインドの地下鉄整備のプロジェクトで、女性専用車両を導入しました。欧米からは、「車両内での女性への暴力を許容する前提だ」というネガティブな評価もありました。けれども、まず女性が安心して外に出られる環境をつくることが、女性の社会進出を後押しします。

治部さん:現地で起きているリアルなことをみたときに、理想論を語るよりも、前に進む方がいい。

【画像】萱島理事:女性の在り方、社会の在り方を変えていくには、誠実に現場を見て、話し合うプロセスが必要です。特にジェンダーに関する取り組みは、相手に心を許してもらい、信頼関係を構築しながら進めていくことが重要です。

男性中心の確立された社会でジェンダーの在り方を変えるのは難しい。けれども、社会変容が起きつつある今だからこそ、ジェンダーの在り方が変わり、女性がより活躍できるチャンスかもしれない。そういう方向に向けられるような協力ができればと思っています。

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治部れんげ プロフィール
1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『ふたりの子育てルール』(PHP研究所)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版社)。取材分野は、働く女性、男性の育児参加、子育て支援政策、グローバル教育、メディアとダイバーシティなど。東京都男女平等参画審議会委員(第5期)。財団法人ジョイセフ理事。財団法人女性労働協会評議員。豊島区男女共同参画推進会議会長。