誰もが水を通じて幸せになる仕組みを!持続可能な水資源の確保に向けて

#6 安全な水とトイレを世界中に
SDGs
#11 住み続けられるまちづくりを
SDGs
#13 気候変動に具体的な対策を
SDGs

2024.05.08

水は人間の生存や経済活動に不可欠です。しかし今、世界は深刻な水不足に直面しています。そんな中、JICAは誰もが公平に水の恩恵を受けられる仕組みづくりを推進しています。「統合水資源管理」と呼ばれるこの取り組みは、多くのSDGs達成への「鍵」でもあり、5月にインドネシアで開催される国際会議「世界水フォーラム」でも注目されるでしょう。

地盤沈下によって海に沈んだジャカルタのモスク

地下水の過剰なくみ上げが地盤沈下を引き起こして海に沈んだモスク(インドネシア・ジャカルタ)

2030年には水資源が40%不足、解決の糸口は「統合水資源管理」

世界銀行の報告書によると、生活、農業、工業などに向けた水需要量に対し、安定的に利用可能な世界の水資源量は、2010年時点で7%、2030年には40%不足すると言われています。水インフラの未整備、気候変動、都市部での人口増加に加え、「限られた水資源をめぐる利害の対立が大きな原因となっています」。そう指摘するのは、水資源管理を専門とするJICA国際協力専門員の永田謙二さんです。

JICA国際協力専門員の永田謙二さん

JICA国際協力専門員の永田謙二さん。世界40カ国以上で水資源・防災分野の開発協力事業に従事

例えば、川の上流にダムをつくると、下流では流量が減少するなど変化して生態系に影響を与えます。また土砂が流れなくなるので下流で河床低下や浸食が起こり、塩水遡上を引き起こすこともあります。下流で川の水が使えなくなると、地下水の大量なくみ上げによって地盤沈下が起きることがあります。このように、水資源を確保し利用すると、必ずその下流で何らかの影響が出て、利害の相反が起こります。そうならないよう計画しても、自然を人間の意のままに操ることは相当難しいのです。

「雨が少なく、そもそも水資源が絶対的に少ない地域もありますが、人と人、上流と下流、川の右岸と左岸、人と生態系が、水を巡って対立し、結果として水不足を招いていることも多い。こうした対立状況を改善することで、さまざまな水問題は大きく緩和されると考えます」(永田専門員)

多くの国で、環境保護と水資源開発のバランスをどう保つかが課題となる中、持続可能な水資源の確保と水供給および水災害の緩和に向けた総合的な解決方法の一つとされるのが、「統合水資源管理」というアプローチです。自然環境や生態系を維持しつつ、水資源に関わるさまざまな関係者や組織が調整を図り、水による恩恵を公平な方法で最大限生かすために、水を計画的かつ総合的に管理する仕組みです。

関係者の共通認識がジャカルタの地盤沈下を食い止める

統合水資源管理の手法を用いたJICAの協力の一つが、今回、世界水フォーラムが開催されるインドネシアの地盤沈下を食い止める取り組みです。首都ジャカルタの一部の地域では1970年から現在に至るまで最大4メートルの地盤沈下が発生。洪水や高潮で大きな被害が懸念されていました。

高潮で海水が流入したジャカルタ沿岸部

地盤沈下により、ジャカルタの沿岸部では高潮時に海水が流入(Photo: ardiwebs/Shutterstock.com)

「日本では、地盤沈下の原因は地下水の過剰揚水であることは常識です。しかし、インドネシアの研究者らは、過剰揚水以外に、都市荷重やプレートテクトニクスなども原因ではないかと議論し、地盤沈下対策として何が必要なのか、共通認識がない状況でした。ジャカルタと東京では地盤条件なども異なります。現地の自治体や研究者、住民や商工業施設など、地域全体で対策を考えていくには、科学的な根拠を示す必要がありました」。永田専門員は当時をこう振り返ります。

そのため、まずは宇宙航空研究開発機構(JAXA)の陸域観測技術衛星「だいち」のデータを活用し、地盤沈下の状況を解析。地上でも観測井戸を設置して地盤沈下量と地下水位を記録する体制を整え、地下水揚水量の調査も行いました。その結果、工場や巨大ショッピングモール付近など、地下水の過剰揚水地点で地盤沈下が著しく進行していることがわかりました。「関係者の間で地盤沈下の原因について共通認識が生まれ、井戸掘削や地下水利用・登録に係る法整備、代替水源の確保など、対策が徐々に進むようになりました」。(永田専門員)

陸域観測技術衛星の画像データによるジャカルタの地盤沈下分布と沈下量

2007年~2017年の陸域観測技術衛星「だいち」の画像データを解析することで明らかになったジャカルタの地盤沈下分布と沈下量。沈下はミリ単位で計測されており、赤色や黄色でハイライトされた地域は、沈下が大きな地域。

さらに、インドネシア関係者の意識を変えたのは、日本での研修で眼にした東京湾にそびえる堤防の壁でした。東京は戦後の経済発展や都市化の進行で1970年代まで最大で4.5メートルの地盤沈下が進みました。海面より低い海抜ゼロメートル地帯が生まれ、浸水被害を防ぐためには堤防や排水ポンプ場が不可欠となってしまったのです。

「船上から見た東京湾の巨大な堤防に、誰もが驚いていました。この堤防がないと東京は水の中に沈んでしまいます。地盤は一度沈下するともう元には戻らない。ジャカルタで地盤沈下を放置したら、東京のように高く長い堤防を建設し、未来永劫それを維持管理していかなければならないのです。早めに手を打つ方がコストを大きく抑えることができ、それがインドネシア関係者の意識の変化につながったのだと思います」(永田専門員)。

東京では沈下が治まった現在でも、多くの観測井戸で地盤沈下と地下水位のデータが観測され続けています。そうした日本の継続的な対応もインドネシア関係者たちを大きく動かしました。統合水資源管理を進める上で鍵になるのは、「関係者が共通認識を持って取り組むこと」と永田専門員は強調します。

日本での研修に参加しているインドネシアの行政官たち

日本で行われた研修に参加し、東京の地盤沈下対策や統合水資源管理の考え方を学ぶインドネシアの行政官たち

ジャカルタでは、科学的データに基づいて地盤沈下のメカニズムが解明され、将来予測も可能となっています。地盤沈下による洪水・高潮リスクの増大も把握できました。ジャカルタ特別州政府は、海岸堤防の整備を進めるとともに、地盤沈下の沈静化に向けて、井戸登録の促進や不法取水の取り締まり、さらに地盤沈下地域からの工場の移転促進などを行っています。今後、この成果はインドネシア各地に広がっていくことが期待されます。

統合水資源管理を単なる理想論にしない

「統合水資源管理といっても、水から恩恵、もしくは被害を受ける住民や組織、水や環境や経済開発に係る行政など、そのすべてを統合して考えていくことは本当に難しいです。でも、夢物語ではありません。その地域で起こっている水の問題は何なのか、関係するのは誰なのかをきちんと明らかにする。現場の人々を巻き込み、関係する行政や研究者を巻き込み、一緒に議論を始め、合意できたら必ず解決策を実施する。このような実践的な統合水資源管理のプロセスを進めています」

そう語る永田専門員は、ジャカルタや南米ボリビアでの手応えを踏まえ、キューバやフィリピンなどでも、統合水資源管理プロジェクトを進めています。対象地域における水問題・課題を明らかにし、成功事例を一つ一つ積み重ね、継続的な取り組みを国の法制度につなげていくことが、持続可能な開発に向けた一歩となります。SDGs目標6「すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する」の中で、「統合水資源管理の実施」が明記されたことで、世界中ほぼすべての国でより良い水資源管理に向けた政策が推進されています。

ボリビアのコチャバンバ県の能力強化プロジェクトのようす

かつて、水道事業の民営化と水道料金の値上げをめぐり住民の大規模な暴動が発生したボリビアのコチャバンバ県。JICAの協力のもと、統合水資源管理を推進するための能力強化プロジェクトが進められた。

「統合水資源管理を端的に表すと『Water well-being together』。つまり、水を通じてみんなで幸せになろう、ってことではないでしょうか」。この永田専門員の言葉こそ、今後、持続可能な水資源の確保に向けて、統合水資源管理が加速する原動力になりそうです。

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